280.ドジっ子ソニア
「おはよう。ソニア。気分は、どう?」
真っ暗闇の視界の中、空の大妖精エリカの声が聞こえてる。
暗くてよく見えないよぉ。
頭の上に小さな光の玉を出して、周囲を照らしてみる。
ここは海の底にある、海底トンネルという場所の途中。そこで横たわるわたしを、エリカと、火の大妖精ケイト、土の大妖精アケビ、水の大妖精リナム、緑の大妖精ジニアが呆れたような顔で見下ろしていた。
「あれ? ビオラは?」
「隣」
エリカの視線を追って隣を見たら、闇の大妖精ビオラが幸せそうな顔で、わたしの腕に小さな胸を押し付けて抱き着いてた。
睡眠が不要な妖精のわたしが、どうしてこんなところで眠ってたのか。たまに趣味で眠ることはあるけど、別に好き好んでこんな薄暗いジメジメした場所で眠ってたわけじゃないよ。
・・・。
半日くらい前のこと。猛吹雪のなか、わたしは家の前で盛大なドヤ顔を決めていた。長い黒髪が暴風でなびきまくる。これじゃあ髪で皆の「ソニア凄い!」っていう顔で見えないよ。
「ソニア! 凄いわ! ワンピースが風で翻って可愛いパンツが丸見えよ!!」
ブォォォォ!!っと激しい吹雪の音が響くなか、ビオラの歓喜の声が聞こえるけど、そうじゃない。
「じゃあ、わたし達はこれから旅に出るわけだけ・・・」
ブォォォォォォ!!!
「わたし達はこれから・・・」
ブォォォォォォ!!!
「もう! うるさいなぁ!! エリカ!! この吹雪止めてよ!」
「うん。まかして」
エリカが上空を見上げた途端、吹雪はピタリと止み、分厚い雲は霧散し、明るい太陽がこんにちわ。上空に晴天が広がった。
「ソニアちゃんの少し幼い可愛い顔がよく見えるわ!」
「どうもありがとっ。ジニア。でも、幼いは余計だよ」
興奮気味のジニアを「どーどー」と宥めて、私は話を続ける。
「ずっとここにいても暇だから、皆で旅に出るわけだけど、それだけじゃあ少し物足りないと思うんだよね」
「おう!! アタイも同意見だ! ただ旅に出るっつったって、アタイ達大妖精からしたらちっぽけな世界だからな!!」
「その通りだよケイト! わたしなら一秒も掛からずにこの惑星を一周できちゃうからね」
光の速度で飛べるわたしにかかれば、一秒もあれば10週くらいはできるかもしれない。
「だからさ! 妖精じゃなくて、人間として旅をしようと思うの!!」
「なるほどだよ。だから、ソニアは髪の色を黒にして、羽も消して、耳も丸くして、まるで人間みたいにしてるんだよ」
「そう! アケビは泣き虫なのに察しがいいね! 察しがいいから泣き虫なんだね! アケビのいい所だと思うよ!」
「えへへ」と照れ笑いするアケビを撫でて上げて、わたしはもう一度話を再開する。
「そういうわけだからさ、皆も人間のフリしてね!」
パチッと指を鳴らせば、皆の羽が消え、尖った耳が丸くなる。
「凄いですねこれ。どうなってるんです? あ、ちゃんと羽の感触はありますね。耳も」
リナムがそう言いながら自分の耳を触って、背中を少し丸めて見せる。
「実際に消したわけじゃないからね。少し周りの光を弄って、見えなくしただけだよ」
わたしはそう言いながら、そーっとエリカの後ろに回る。
「だからね。・・・ほら! こうやって・・・」
「えいっ!」っと、エリカの見えない羽を摘まんじゃう。ふふふ。
「ふわっ!?」
あら! 可愛い声! ・・・なんかさっ、普段が大人しいと、こう・・・驚かせてこういう反応を見たくなっちゃうよね!
「ひょわぁ!?」
可愛く頬を膨らませているエリカを見てたら、急にわたしの羽を誰かに掴まれた。
「あら! 可愛い声ね! ソニアちゃん!」
「ジニア・・・もう、やめてよそういうのぉ」
「自分だってやってたじゃな・・・うおぉい!?」
ジニアが急に体を反らしたと思ったら、ジニアの顔があった場所を黒色の刃がヒュンっと通過した。
「ちょっとビオラ!! 今は羽を掴み合う流れでしょ!? どうして鋭い魔力を投げつけてくるのよ! 殺す気!?」
「何を言っているかしら? 私達妖精は死なないでしょ? せいぜい頭が吹き飛んでしまうくらいよ。すぐに治るでしょう? それにても、ジニアは汚い声ね。まるでオスのゴリラみたい」
「治るわね! 数日間くらい掛けてね! そしたら、私だけ旅に出遅れちゃうじゃない!・・・っていうか、誰がゴリラか!」
「そうなればよかったのに。ソニアの隣は私のものよ」
あーあ、またビオラとジニアの喧嘩が始まっちゃったよ。
「行こっか。エリカ。まずは海底トンネルを通って、この南の果てから脱出だよ」
「うん」
わたしはエリカの手を繋いで、歩き出す。その後ろを興奮気味のケイトと、楽しそうにお喋りしてるリナムとアケビが付いてきて、少し出遅れてジニアとビオラが互いの頬をつねりながら付いてくる。仲が良いことだ。
「なぁ、ソニア。アタイ達の家、そのまんまにして大丈夫か? また凍らしていった方がいいんじゃねぇか?」
ケイトが後ろから心配そうに声を掛けてきた。わたしが記憶を失って皆がバラバラになっていた間、この家を凍らせて守ってくれていたのはケイトの眷属の妖精だ。一緒に暮らそうって誘ったけど、何だかわたしが南の果てから追い出した人間達を気に入ってたみたいで、そいつらと一緒にどっかに行っちゃった。
「家は大丈夫だよ。莢蒾の妖精が留守番しててくれてるから。何かあったらジニアかわたしに連絡がくるハズだよ」
「ああ、ソニアとジニアに着せ替え人形にされてた妖精か」
「そうそう」
ガマくんはジニアの眷属だ。2人は植物の種を使って連絡を取ることが出来るらしいし、家の地下にある電話を使えば、直接わたしに通信することも出来る。そして、わたしなら一瞬で家まで飛んでいくことが出来る。完璧だ。
「ね、ねぇ、ソニア・・・」
「それでですね。アケビ。そこで私は言ったんです。焼き魚にはかつお出汁ですよ・・・って」
「う、うん。醬油じゃダメなんだね」
アケビがわたしに何か言おうとしてるけど、意外とお喋りなリナムに話し掛けられ続けて困ってる。あとで聞いて上げよっと。
「よしっ、ここが海底トンネルの入口だね! しゅっぱーつ!」
皆が「おーっ」と返してくれる。いいね。
「最初に妖精だってバレた妖精は、罰ゲームだよ!」
皆が「おー?」と返してくれる。いいね?
トンネルの階段を皆で降りていく。凍っていて何度か転びそうになって、その度に手を繋いでたエリカに助けて貰ったりしたけど、無事に階段を降りた。
「じゃあ、先頭はわたしね。わたしが明かりを出して進むから。皆しっかりついて来てね」
「・・・大丈夫か? ソニア。なんか、ソニアが先頭だと、どことなく不安なんだけど・・・。明かりならアタイも出せるし、アタイが先頭になろうか?」
「失礼なっ! わたしが先頭で大丈夫だよ! なんてったって、一度通ってるからね!」
「ふんす」と鼻息荒くしてケイトを睨む。まだ不安そうな顔をしてる。わたしを何だと思ってるのか。皆のお姉ちゃんだぞ。
「大丈夫、僕がソニアと、手を繋いでる、から」
エリカがそう言うと、ケイトは渋々といった感じで納得した。解せない。
「気を悪くしないで、ソニア。ソニアは完璧に美しくて可愛いくて、妖精としても私達の中で一番の力を持っているけれど、バカでドジで鈍感だから、私達は心配なのよ」
「え、ビオラ? もしかしてわたし、悪口言われてる?」
「まさか。そんなことないわよ。ソニアに悪いところなんてないわよ。考えなしで間抜けで、片付けが出来なくてだらしないところも可愛いと思っているわよ」
「いや、やっぱり悪口だよね? わたし、考えなしでも間抜けでも・・・」
ズボォン!!
突然、足元の地面が崩れた。気付いたらエリカに手を繋がれたままプラーンと宙ぶらりんになっていた。下を見れば、鋭い針がびっしりと敷き詰められている。
な、なにこれ・・・落とし穴? こんなの前は無かったのに・・・エリカがわたしの手を掴んでいてくれなかったら串刺しになってたよ・・・。
「大丈夫? ソニア」
「う、うん。ありがと、エリカ」
エリカがグイっと引き上げてくれる。妖精なのに、心臓がバクバク言ってる気がする。妖精なのに。
「ソニアは僕が守るから、大丈夫だよ」
腰に手を回されて、クイッと抱き寄せられる。顔が近い。
「僕は、ソニアがいない2000年の間、人間を観察して、色々と学んだ。好きな女を守るのは、男の幸福」
「う、うみゅ」
か、嚙んじゃった。エリカの口から「男」って言葉が出てくるのは違和感が凄いけど、今日のエリカは何だかカッコイイね。
パシン!!
突然、エリカの頭を植物の蔦が叩いた。
「ちょっとエリカ! 何を格好付けてるのよ! っていうか、そこのポジション変わりなさいよ!」
「嫌」
エリカはプイッとそっぽを向いて、わたしの手を引いて歩き出す。憤慨するジニアと何やら黒いモヤモヤを出すビオラを最後尾に、わたし達は海底トンネルを進む。
「前に通った時はあんなの無かったハズなんだけど・・・」
ガコン
え?
わたしが踏んだ部分の地面が少し沈んだ。その瞬間、真横の壁の一部がスライドしたと思ったら、そこからぶっとい大剣が飛んでくる。それをエリカが素早い動きで蹴り上げた。一瞬の出来事に啞然としながら、カランカランと転がる大剣を見下ろすわたし。そんなわたしを見ながらホッと安堵の息を吐く一同。
「あ、ありがとね。度々」
「うん。ソニアが無事でよかった」
「ほんとにね。エリカは凄いね。いつの間にあんな動きが出来るようになったの?」
わたしの知ってるエリカだったら、軽く突風でも吹かせて大剣を薙ぎ払うと思ったんだけど、まさかの体術だったからね。
「これも2000年の間に学んだ。人間が使うほぼ全ての武術を、極めた」
「なんだか分からないけど、すごいね」
「よしよし」と褒めてあげる。エリカ「えへへ」と照れた。可愛い。可愛いしカッコイイ。最高だね。
「それにしても、危なかったですね。これは人間が作った罠ですかね?」
リナムが首を傾げる。そんなリナムの隣にいたアケビが申し訳なさそうにそろ~りと手を挙げた。
「あの・・・それ・・・その罠なんだけど・・・私が作ったんだよ」
手を挙げながらそう言ってるけど、いつも元気に立っている茶色のアホ毛はしょんぼりと下がっちゃってる。
「アケビが? 何のために?」
「また前みたいに人間がここを通ってやってきたら嫌だなって思ったんだよ。だから、来られないよう罠を張ったんだよ」
なるほど・・・確かにそれなら罠を張るのが一番だね。アケビは天才だ。
「人間を来られないようにするのなら、このトンネル自体を沈めたり破壊したりする方が一番良かったんじゃないの?」
ビオラが呆れたように言う。
「もちろん、それくらい気が付いたよ。でも、作ってるうちに楽しくなっちゃったんだよ。それで、壊しちゃうのは勿体ないな思ったんだよ」
そうだよね。トンネルを破壊するのが一番だよね。もちろん、わたしも分かってたよ?
「じゃあ、先頭はソニアじゃなくて、罠を張った本人のアケビの方がいいんじゃないのか? アタイ達は妖精だから死にはしないと言っても、家族が傷付くのは見たくないからな」
「え~、このままでいいよ」
わたしが一番お姉ちゃんなんだから、わたしが先頭で皆を引っ張って行くんだもん!
わたしはエリカの手を引っ張って、少し早歩きで前へ進む。
「あ、ソニア。そこの地面も気を付け・・・」
ガコン!!
目の前に、宙吊りにされた腐乱死体が現れた。目の前に顔がある。飛び出た目玉と目が合った。
「ひっ・・・」
あ、ダメ・・・。
そしてわたしは、見事に気絶した。
読んでくださりありがとうございます。
女装姿で留守番させられているガマくん「この半年、大妖精達に玩具にされて遊ばれてたけど、ようやく1人になれるよ・・・ハァ・・・」




