279.【ナナ(朱里)】お姉ちゃんのお尻は私のもの
ミリド王国のお城の裏の、森の奥地にある二階建ての家、その散らかったダイニングの端と端、私達と知らないオジサンが向き合って立っている。
誰? このオッサン。全然お姉ちゃんじゃないじゃん。もはやお姉ちゃんとは真逆の存在だよ。
「誰だよ。全然ソニアじゃないじゃん。もう、ソニアとは正反対みたいな奴が出て来たよ」
私の心の声と、ディルの小さな呟きが重なる。
(フフフッ、朱里とディル同じようなこと言ってますね! 案外似た者同士なんじゃないですか?)
ふざけないで。私とこいつも真逆みたいな存在だから。
(はいはい、そういうことにしておきますね)
「おいおい・・・ったく、「誰だ」と聞きたいのはこっちなんだが? お前らこそ誰だよ」
ディルの小さな呟きはバッチリ聞こえてたみたいだ。声に出すからこうなるんだよ。これが私とディルの違いだね。
「珍しくノックをしてから入ってきたと思ったら・・・誰だよお前ら」
ん? 誰か別の人だと思ってたのかな?
「勝手に入って来たことは悪いと思ってます。謝りますよ。俺達はある人? 妖精?を探して旅をしてるんです。情報ギルドの酔っ払いにここに居るって聞いたんですけど・・・」
「妖精を探してる? おいおい・・・ったく、俺が妖精に見えるってか? ハッハッハ、お前らもう少し常識ってのを勉強した方がいいんじゃねぇのか?」
ハッハッハ・・・こいつ、ぶちのめしたろか?
「・・・あなたが妖精じゃないのは見れば分かりますよ。明らかに」
(ディル君、額に青筋が・・・きっと朱里と同じこと考えるんでしょうね)
そんなわけないでしょ。
「それと、自己紹介が遅れたけど、俺はディル」
ディルはそう言ったあと、マリちゃん達を見る。
「それで、このダサいバンダナをしてる奴がかい・・・じゃない、連れのウィックです」
ウィックが「うぃっす」と軽く手を挙げる。オッサンは何が気に入ったのか「ふぅん」とニヤリと笑った。
「この汚い灰色の髪の男がヨーム」
ヨームが「どうも」と軽く頭を下げる。オッサンは「おう」と軽く手を挙げる。
「ヨームの隣にいる女の子がマリ。・・・妹みたいな奴です」
マリちゃんはディルの言葉に嬉しそうにいい笑顔で「マリです!」と自己紹介する。オッサンは眩しそうに目を細めながら「あ、ああ」と返事する。
「そして・・・・」
ディルは私が入ってるマリちゃんのポシェットをチラリと見る。紹介するかどうか迷ってるみたいだ。
「おいおい・・・ったく、もしかして隠してるつもりだったのか? 最初から丸見えだぞ。そこの金髪の妖精」
呆れたようにこっちを見ながら指差すオッサン。
まぁ、ちょくちょく目が合ってたからね。
(じゃあ、もう普通に出ちゃっても大丈夫ですよね!)
ナナはポシェットの中から元気に飛び出し、そのままの勢いで自己紹介をする。
「初めてまして! 虹の妖精のナナです! せんぱっ・・・金髪の妖精のソニア先輩を探してます!」
「金髪の妖精ソニア? ・・・ぶっ」
ナナの自己紹介を聞いたオッサンが急に吹き出した。
「ぶっ・・・ハッハッハハハハ!! おいおい・・・ったく」
急に大笑いしだしたオッサンに、一同啞然とする。
「な、何がそんなにおかしいんですか! こっちは真面目も真面目、大真面目なんですよ!!」
「いやぁ。わりぃな。ちっちぇ妖精さんよ。馬鹿にしてる訳じゃねぇんだ。ただよ・・・」
オッサンは「ふぅ~」と息を整えて、ニヤッと悪戯っ子のように笑う。
「聞いて驚け、俺の名前はオニダ。人からは銀髪の傭兵オニダと呼ばれていた。ちなみに、その金髪の妖精ソニアってのは知らねぇなぁ」
おいおい・・・ったく。
(朱里、気持ちは分かりますけど、オジサンの口調が移ってますよ)
「金髪の妖精ソニアに、銀髪の傭兵オニダ・・・ですか。完全に聞き間違いですね」
ヨームがそう言いながらポンとディルの肩に手を置く。
「ハァ・・・初めに話を聞いたお爺さんに、ギルドの酔っ払い。どっちも聞き間違えられてたわけか・・・。すいません。人違いでした。俺達は帰ります」
踵を返すディルに、オニダは「おいおい、ちょい待ち」と声を掛ける。
「勝手に入ってきた詫びをしろ」
「詫び?」
「ああ、ご覧の通り、今この部屋は散らかっててな。ちょいと片付けるの手伝ってくれや」
はぁ? 何でそんなことを・・・お姉ちゃんならともかく、こんなオッサンの部屋の片付けなんてしたくないんだけど・・・。
(と言っても、私達は体が小さいから何も出来ないんですけどね)
「まぁ、そんな嫌そうな顔すんなや。不法侵入をしたにしては軽い罰だと思わねぇか?」
「ハァ・・・分かりました。やりますよ」
こうして私達はこの知らないオッサンことオニダの家を片付けることになった。それもこれも、ディルが勝手に入っちゃったせいだ。コノヤロー。
「それにしても、オニダさんは妖精を見ても驚いたりしないんですね」
ヨームが床に散乱した本をまとめながら、皆に指示を出していたオニダにそう言う。
「ああ? あ~・・・ったく、そうだな。普段の俺なら驚いてたかもしんねぇな」
「今は普段の自分じゃないと?」
「今は散々な目に遭わされて、心身ともに疲弊しきった俺だ。だから、驚く元気もねぇし、お前らがどんな事情でここに来たかとかもどうでもいいんだよ・・・ったく」
聞いた? 彩花。さっき大笑いしてた人間が、驚く元気もねぇとか言ってるよ?
(もう・・・いちいち細かいことを気にしないでくださいよ)
「部屋が散らかってるのだってよぉ、俺が散らかしたわけじゃねぇんだよ」
「いったい何があったんです?」
いいよもぉ、聞かなくてぇ。長い話だったら嫌じゃん。
(いいじゃないですか。どうせ私達はやることなくて暇なんですから。今だってマリちゃんの頭の上で寝転がってるだけですし)
「俺ぁ、昔は傭兵だったが、そのあとはこの国の騎士団長だったんだよ」
オニダは語りだす。
あ~~、始まっちゃったよ。
「んで、3年前に俺は騎士団長を辞めて、一番弟子のサークリーって男を騎士団長にした。して、俺はその日からこの家で隠居生活を送りつつ、たまに弟子の様子を見たり、若い奴らの尻を叩いてやったりしてたんだ」
若い奴らのお尻を叩いてたって・・・変態じゃん! 私もお姉ちゃんにお尻を叩かれたい! いや、叩きたい!!
(変態なのは朱里の思考ですよ・・・)
「そんなこんなで余生を過ごしてた・・・んで、半年前、国で革命が起きるわ、ザーリスとかいう新王がアホで、何か知らねぇけど偉い妖精様の怒りを買うわで・・・一応国側の人間ってことで民達の鎮圧やら新王の護衛とかに駆り出されたり、もう散々なんだわ」
大変なのは振り回される国民の方だと思うけどね。言ってやんなよ。彩花。
(確かにその通りかもしれませんけど、この人だって振り回されてる側じゃないですか)
被害者面してるのが何か腹立つの! 国側の人間って自覚があるのなら文句言わずに踏ん張れって!!
(むぅ・・・)
「それでも何とか国として形を成してたんだよ。ところがどっこい、つい最近、突然ザーリス王が殺された」
「殺されたんですか!?」
ヨームがバッとオニダの方を見て驚く、マリちゃんも同じように頭を動かして驚いている。お陰で頭の上にいるナナは転げ落ちた。
「ああ、殺されたんだ。しかも、見計らったかのように、タイミング良くその日のうちに亡命していたハズの元王妃のアネモネ様が国に戻られた」
「え・・・では、今の王は彼女が?」
「代理だけどな・・・ったく」
じゃあ、今この国が荒れてるのは何で何だろう?
(朱里、何だかんだ言って真面目に話を聞いてたんですね)
しょうがないでしょ! 聞こえてくるんだから!
「だが、アネモネ様は元王妃で、国王であったわけじゃない。当然王の資質なんてのもありゃあせん。この荒れまくった国をどうにか出来るわけがねぇ。元国王が戻ってきてくれれば良かったんだが、あの方は革命時に処刑されてしまってるからな」
「では、現状この国は、まともな頭を持ってるのに、体がまともじゃなく、言うことを聞かずに暴れまくってるみたいなものですか」
分かりやすいね。
(そうですね。マリちゃんは分かってないみたいですし、ディル君は欠伸をしてますけど)
ウィックなんてコックリ船を漕いでるからね。私あいつ嫌い。
「ところで、王を殺した犯人は誰なんですか? その後、どうなったんです?」
「ああ・・・ったく、それが俺の一番の悩みの種なんだけどよ・・・」
ダァン!!
突然、物凄い勢いで玄関扉が開かれた。皆が扉の方に注目するなか、オニダだけは「こいつがその犯人だよ・・・ったく」と額に手を当てて溜息を吐く。
う、噓でしょ・・・?
(え、なんで・・・?)
そこに堂々と立っていたのは・・・お姉ちゃんだった。金髪碧眼、尖った耳に薄黄色の羽の光の大妖精ソニア・・・ではなく、黒髪黒目、耳は普通に丸く、羽もない。私の記憶にある、人間のお姉ちゃんだ。しかも、何故かメイド服を着ている。とても似合っている。ここにカメラが無いのが悔やまれる。
「あれ? なんか人が増えた? それも見覚えのあるような・・・」
お姉ちゃんは私達を見て、それはもう可愛く首を傾げた。
「ん・・・?」
ディルが怪しむように目を細めてお姉ちゃんを睨みながら、首を傾げる。
「わぁ!ソニアちゃんみたいなすっごい可愛いくて美人なお姉さん!」
マリちゃんがそう言いながら元気に立ち上がり、ヨームがお姉ちゃんを警戒しながら、駆け寄ろうとするマリちゃんを止める。
お姉ちゃん!!
(ヒカリちゃん!!)
私はすぐに体の主導権を彩花から奪う。
「お姉ちゃ・・・せんぱっ・・・おねっ・・・」
ちょっと彩花!! 体を寄越してよ!! お姉ちゃんに抱き着けないでしょ!!
(嫌ですよ! 私だって抱き着きたいんです! 年長者なら譲ってくださいよ!!)
私と彩花で体の奪い合いをしていると、ウィックがナナの隣を物凄い勢いで通り過ぎた。ナナはその場でクルクルと回転して、ポトリと床に落ちちゃう。
もう! ウィックの癖になんなん・・・
「愛してます!!一目惚れッス! 結婚を前提にお付き合いしてくださいッス!!」
「ふぇぇ!?」
ズサーっとお姉ちゃんの前に跪き、そんなことを言い出しやがるウィック。お姉ちゃんは大きな瞳を丸くして、パチパチと瞬きしながらウィックを見下ろす。
は、はぁ!? ありえないから! ほんと! ありえないっから!
「え、えっと・・・一目惚れってことは、わたしに気付いてない?」
お姉ちゃんはボソリとそんなことを呟く。
私は気付いてるよ! お姉ちゃん!!
「おねえ・・・せんぱっ・・・」
もう! いい加減にしてよ! このままじゃ、私の可愛いお姉ちゃんがウィックに汚されちゃう!!
(こっちのセリフですよ! こんな時だけ出しゃばらないでくださいって!!)
「俺は気付いてるッスよ!! 貴女は俺の運命の人ッス!!」
ずずいっと近付くウィックに、お姉ちゃんはたまらず後ずさる。
「お、おいウィック。その人たぶん・・・」
「ディル、止めないでくださいッス。俺は心に決めてるんス!!」
「い、いや、そうじゃなくて・・・」
ウィックは本格的に頭がお花畑みたいだ。
「それで!! 返事はどうなんスか!! いいんスか!? お付き合いしてくれるんスか!!」
「え、は? 何で・・・」
「 迷ってるのなら、その大きな胸に聞いてみてくださいッス!!」
「だから・・・」
「さぁ!! 来てください!!」
「・・・」
お姉ちゃんは俯いて、プルプルと震えながら黙る。ウィック以外の誰が見ても、怒ってることは一目瞭然だ。オニダなんて口に手を当ててアワアワと怯えまくっている。
「・・・うっっっっっざいわぁ!!」
お姉ちゃんはそう叫びながらウィックを両手で押し倒そうとするけど、体幹の強いウィックはまったく動じず、逆にお姉ちゃんが「きゃあ!」と尻餅をついてしまった。
お姉ちゃんの可愛いお尻に何てことを!! お姉ちゃんのお尻は私のものなのに!!
(いやいや・・・気持ち悪いですって・・・)
彩花が呆れてる間に、素早く体の主導権を乗っ取り、ウィックの耳を思いっ切り引っ張る。
「おい! コノヤロー!! お姉ちゃんに謝れ!! そして小指を詰めろや!!」
「・・・あれ? ここ何処っスか? というか・・・俺って誰ッスか?」
ウィックは自分の頭に手を当てて、コテリと首を傾げる。一瞬の沈黙のあと、ポツリと呟く。
「「マジか・・・」」
私とディルの声が重なった。
(ウィック、もしかして記憶を失くしちゃったんですか!?)
そうみたいだね。
「ふん! 殺されなかっただけ有難く思ってよね!」
尻餅を着きながらも偉そうに腕を組んでぷくーっと頬を膨らませるお姉ちゃん。
ぎゃわいいいい!! 可愛いから許しちゃう!! この可愛い顔を見れるならウィックの記憶なんて安いものだよ!!
読んでくださりありがとうございます。次話はようやく主人公視点のお話に戻ります。




