277.【ナナ(朱里)/ディル】やめてくれ!悩殺ボディ
少し欠けた月が夜空に光る静かな海の上、同じ部屋に居るマリちゃんとヨーム、それから同じ体に居る彩花が眠りについたのを確認した私は、ピカピカ光る羽をパタパタさせて、こっそり窓の隙間から抜け出す。
「ふふ~んふふ~ん♪」
ディルと合流してから、明日で3日になる。私はこの体を動かす彩花の後ろで、お姉ちゃんのことが好きで、お姉ちゃんもその気があるっぽい男、ディルとかいう野郎を観察していた。
そして、ディルは頑張り屋で気配りも出来る好青年だったわけだけど・・・でも、まだ結論を出すわけにはいかないからね。
ディルはこの二日間、自分の右腕を治してヘトヘトのマリちゃんに気を使ってヨームと一緒にお世話したり、ウィックとマイクと一緒に戦闘訓練的なのをやってたり、船長のダリアさんに恋のレッスンとかいうのを受けてたり、海賊船のクルーの手伝いをしたり、何やら忙しそうにしてた。本人は暇だとか言ってたけど、暇そうにしてるところは見たことない。
誰とでも屈託なく仲良く話してて、一見親しみやすい好青年に見えるけど、絶対にどこか欠点があるハズ! いや、見つけてみせる! そして、お姉ちゃんを巡るライバルを1人削る!
私は男が嫌いだ。幼少期にはガサツで野蛮な男の子達によく虐められてたし、学生時代は下心丸出しの男共に言い寄られて、そのせいで女の子達にハブられたし、アイドル時代は学生時代に攻め寄ってきた男に街で絡まれて、それを週刊誌に撮られ、巡り巡ってお姉ちゃんがアイドルを辞める原因になった。
だから結局、私は生涯独身だった。
・・・そんな男という人種が、お姉ちゃんの恋人になるなんて許せない!!
「よーっし・・・ここがディルの部屋だね」
窓は開いてないけど、ガラスみたいな光が通る材質なら私は体をすり抜けることが出来る。まぁ、彩花はまだ出来ないみたいだけど、私は出来る。・・・年の功ってやつかな。
「すぅ・・・すぅ・・・」
部屋の中に入ると、どこからか寝息が聞こえてきた。ただ、寝てるであろうディルの姿が見当たらない。
もしかして気付かれた? ・・・いや、でも寝息が聞こえるってことは寝てはいるハズ・・・。
暗い部屋の中、よく目を凝らしてキョロキョロと辺りを見渡しながら飛んでいると、ディルを見つけた。甲板に出る扉に下半身を出して挟まって寝ていた。
うわっ! 寝相わっる!!
お姉ちゃんも寝相は良く無い方だけど、せいぜい手を万歳にするくらいで、可愛いものだ。むしろそれがいい。でも、この男は尋常じゃない。どうやったら眠ったままベッドから飛び出して、扉を開けて、半身飛び出した状態になれるんだ。夢遊病とかじゃないよね?
これも一つの欠点なんだろうけど、まだ弱いよね。
私は自分の目的を達成する為に、目の前にホログラムを出す。
虹の妖精とは、言い換えれば色の妖精でもあるわけだ。例え月明かりでも、少しでも光があれば、その色を自由自在に変えてお姉ちゃんのホログラムを出すことだって私なら出来る。・・・これも彩花には出来ないことだ。
妖精の姿のお姉ちゃんは一度しか見てないけど、お姉ちゃんはお姉ちゃんだからね。我ながら再現度完璧じゃない? これで、こいつの本性を暴き出す。男は皆ケダモノ、誘惑すれば絶対に本性をさらけ出す。こいつも例外じゃないハズ!
腰まであるふわふわの長い金髪に、綺麗な青い目、尖った耳に、ナナと同じ薄黄色の羽、そしてちっちゃい妖精ではなく大妖精にするのも忘れない。こいつから話を聞いて、お姉ちゃんが今は人間サイズになってることは知ってるからね。身長は人間だった頃のお姉ちゃんと同じにした。たぶん合ってるハズ。
さて、まずはこの寝相最悪の男を起こさないとだね。
「ディ・・・」
おっと、声も真似なきゃ。
私はお姉ちゃんの可愛らしい声を真似て、ディルを起こす。なかなか起きなかったけど、何度も呼びかけたら起きた。
【ディル】――――――――――――――――――――
「・・・ル! ・・・ィル! 」
・・・ん? なんだ?
「ディル! 起きて! 私だよ! 宝石のようなキラキラした笑顔が可愛くて、全ての女性が羨むナイスバディを持ってて、まるで幼子のような純粋で綺麗な心を備えた、わたっ・・・あなたの天使、ソニアだよ!」
「ソ・・・ニア?」
聞き覚えのあるような・・・ないような声で、何だか凄い勢いで起こされた俺は、夢うつつのまま重たい瞼をゆっくりと目を開ける。
月明かり・・・?
窓から差し込む月明り・・・にしては少し眩しい光が寝起きの目に入り込んでくる。少し瞼を細めて明るさに慣らしてから再び目を見開くと、そこには光があった。俺の光。ちっちゃな妖精さん、雷の妖精、そして光の大妖精、ソニア。最も愛おしい存在が、ニコリと微笑みながら、寝転がっている俺を見下ろしている。もう少しでスカートの中が見えちゃいそうだけど、不思議と見えない。
「ソニア・・・」
覚醒しきっていない、ぼんやりとした頭のまま、俺はソニアに向かって手を伸ばす。すると、ソニアはまるで触られたくないかのように、ササッと一歩後ろに下がった。
「ソニア?」
体を起こして、何故か半開きになっている扉を閉めて、ソニアと向き合う。
「久しぶり! ディル!」
「あ、ああ、久しぶり・・・どうして・・・ここに?」
もう会うことはないって言って別れたのに、どうしてソニアから会いに?
喜びよりも困惑が勝ってしまってる。
「なぁに? ディル。可愛い私に会えて嬉しくないのー?」
そう言いながら前屈みになるソニア。そこで、寝惚けていた頭が完全に覚醒する。
た、谷間がっ・・・!! ソニアの谷間が!!!!
「どうしたの? ディル。どこを見ているの?」
「へ!? い、いや!? 別にどこも!?」
「ふーん・・・」
ま、まずい! 視線が・・・そこに吸われる!!
「そ、そんなことよりも! どうしてソニアがこんなところに・・・俺の部屋にいるんだよ! 他の大妖精達は!?」
「他の皆は別のところだよ。・・・私、気が付いたの!」
ソニアは前屈みになったままずずいっと近付いてくる。
お、おい! やめてくれ!
何かがおかしいと、微かに機能してる理性が警告を発しているのに、目の前の光景がその警告を見事にフッ飛ばしてしまう。
「私ね。やっぱりディルと一緒にいたいって思ったの! だから戻ってきたの!」
「・・・お、おう!?」
「それでね。私、ディルに酷いこと言っちゃったから、お詫びに何でも言うことを聞いてあげる! それで、仲直り!」
・・・え、今、何て?
「ディルは、私に何をして欲しい?」
ソニアは腕をギュッと内側に寄せて、谷間がむにっと強調される。体中が熱くなり、心臓がバックバックとうるさい。
と、とりあえず、この光景を鮮明に記憶しなきゃな!!
俺は視覚、聴覚を全力で身体強化する。そして、じーっと凝視する。わざわざどこをなんて言わない。
お、おぉ・・・凄い! 凄いぞ! 透けてる!! ・・・・・・え? 透けてる!? 何で!?
ソニアの体が少し透けて向こう側の壁が見える。
「どうしたの? ディル? そんなに私の魅力的なカ・ラ・ダを見つめちゃったりして」
ん? あれ? おかしいぞ? ソニアの声がソニアから聞こえない。それに、ソニアは自分で自分のことを魅力的なんて言うか? ・・・いや、調子に乗って言う時もあるかもしれないな。
「ふふん、私の悩殺ボディに見惚れちゃった?」
いや、さすがに自分で悩殺ボディなんて言わないよな。それに、「私」の言い方もソニアの「わたし」とは少しイントネーションや発音の仕方が違う。これは身体強化で聴覚を強化してなきゃ気付かなかったかもしれないな。
「何だったら・・・触ってもいいんだよ?」
よく耳をすませて、声の出所を探す。
いた・・・あそこだな?
ベッドの陰に隠れる金髪のショートヘアーに金色の目の小さな妖精を見つけた。ニマニマと意地の悪そうな顔でこっちを見てる。
俺のことを試してるのか、揶揄ってるのか分からないけど、思い通りに騙されるのは癪だな。
「ああ、じゃあ触らせてもらおうかな・・・なぁ、ナナ!!」
「きゃあ!?」
身体強化をしたまま素早く移動して、ガシッと鷲掴みにする。目を丸くして驚いているナナに、俺は一層怖い顔を作って微笑みかける。
「よう、ナナ。良い夜だな。俺の言うことを何でも聞いてくれるのか?」
ピクピクと口角を引くつかせるナナに、更に追い打ちをかける。
騙されそうになったんだ。少しくらい脅したっていいよな?
「このままお前を掴んでる拳を握り絞めたらどうなるんだろうなぁ・・・なぁ、ナナ?」
「ひぃ!? ご、ごめん! ごめんって!だから許して! このゴツゴツした野蛮な手を放して!!」
こ、こいつ・・・このまま握りつぶしてやろうかな。
とは思いつつも、本当にそんなことをするわけにはいかない。俺のゴツゴツした野蛮な手が汚れるからな。それにこいつは・・・。
「というかお前・・・なんか昼間と性格違くないか?」
昼間はもっとこう・・・丁寧な口調だったと思うんだけど・・・。
「まぁ、昼間とは別人だからね!」
「は? 別人? どういう・・・」
「お前に話す義理は無いけどね!」
ツンとそっぽを向くナナ。
こいつ、今の状況分かってるのか? 俺に鷲掴みにされてるんだぞ?
「じゃあ・・・アレは何なんだよ」
薄暗い部屋の中、薄っすらと透けているソニアの姿を指差す。ナナを掴んでからピクリとも動かなくなった。恐らくナナが作って動かしてたものなんだろう。
「フン! お前を試してやったんだよ! お姉ちゃんに相応しい男かどうかをね! ・・・途中まではいい感じに騙せてたと思ったんだけどなぁ」
「だ、騙されてないからな」
強がってみる。
「噓言うなぁ! お前の下心丸出しのだらしない顔は見えてたよ!」
「くっ・・・だってしょうがないだろ!? 俺だって男だ。好きな女の子が目の前で破廉恥な格好をしてれば目を奪われるし、ソニアが隣で寝ていれば色々と妄想しちゃうことだってある。だけど、絶対に表には出さないし、ソニアを怖がらせたり傷付けたりするようなことは絶対にしないからな!」
まぁ・・・危ない時もあるけどな。わざわざ言わないけど。
「フン! 言葉だけならいくらでも言えるよね! ・・・でも、まぁ・・・今回は見逃してあげるよ!」
今回はって・・・また同じようなことやるつもりなのかよ。マジかよ。気が抜けないじゃん。
「じゃ、私もう行くから! じゃあね!!」
「うわっ!?」
突然目の前が真っ白になった。視覚を強化してただけにかなり眩しい。思わず目を閉じて、もう一度開けた時には、握ってたハズのナナがいなくなってた。
「逃げられた・・・ハァ・・・」
もういいや・・・さっさと寝よっと。明日はミリド王国のある大陸に着くらしいからな。船でゆっくり寝られるのは最後かもしれないし。
何故か部屋の外に放り出されていた枕と、何故か天井に張り付いていた布団を回収して、俺はベッドの上に寝転がり、目を閉じた。
・・・でも、偽物とはいえ久しぶりにソニアの姿を見られて元気がでたな。・・・あっ、もしかしてナナは俺を元気付けようとしてくれ・・・・・・いや、ないな。アレは本気だった。
・・・。
そして翌朝。
「ディルお兄ちゃーん! 起きて~! 船を降りるよ~!」
「ディル君! 起きてください! もう皆準備は終わってますよ~!」
目を覚ますと、俺のベッドの上でマリが元気に跳ねていた。その周りを妖精のナナが鬱陶しく飛び回っている。ちなみに俺はベッドの上にはいない。おかしいな。ベッドの上で寝たハズなのに。
「マリに・・・ナナ」
「おはようございますディル君! ディル君待ちですよ! 早く準備して先輩を探しに行きましょう!」
じゃあ何でもっと早く起こしてくれなかったんだ・・・って聞きたいところだけど、それよりもナナの夜中と昼間との豹変ぶりが気になってしょうがない。
「ディルお兄ちゃんもぼんやりしてないで早く荷物をまとめてよ!」
マリがベッドから降りて俺の体を起こしてくれる。
「そういうマリは何も荷物を持ってないけど、大丈夫なのか?」
「うん。私は全部ヨームに持ってもらってるから。私の着替えも、ナナちゃんの着替えも、お菓子も、 コルトさんから預かった・・・・・・あぁ!!」
「うおぉ!? どうした!?」
マリが俺の目に前で急に叫び出した。後ろの方で飛んでいたナナが驚いてベッドの上にポスッと墜落した。
「忘れてた! ちょっと待ってて!」
「え・・・何を・・・ってもう行っちゃったし・・・」
マリが勢い良く部屋から飛び出していき、俺とナナの二人きりになった。明るさ意外は夜中と同じ状況だ。
「・・・・」
「・・・・」
何を話すでもなく、じーっと見つめ合う俺達。
気まずい・・・。
「フフッ、そんなに警戒しなくても、今の私はディル君の味方ですよ! ディル君が先輩のことを本当に大切に想ってることは私には伝わってますから!」
そう言ってナナは、俺の傍まで飛んでパチッとウィンクする。
「今の私って・・・どういうことだよ? 夜のお前も別人だとかって言ってたけど・・・」
「そうですね~・・・面倒なんで説明はしないですけど、とにかく今の私と夜に話した私は中身が別人ってことですよ。・・・あっ、記憶は共有してますけどね!」
「ふーん・・・」
よく分からんけど、妖精は不思議ってことだな。
「ま、そういうわけで、夜中の私が迷惑をかけたみたいでごめんなさい! お詫びにいいこと教えてあげるんで許してくださいね!」
バッと頭を下げたかと思うと、勢い良く頭を上げてニコリと微笑んで俺を見る。
「確かに迷惑をかけられたけど、ナナはソニアの家族だし、何もなくても全然許すぞ?」
「家族・・・そうですね。一緒に育った妹ですから、私なんかよりもずっと先輩のことが大事なんですよね?」
「え?」
「・・・いえ! こっちの話しです! それよりも、お詫びはきちんと受け取ってください! それじゃないとフェアじゃないですから!」
そう言ってナナは俺の肩に飛び乗り、耳打ちする。
「先輩はですね。意外と押しに弱いんですよ。少し強引に攻めるくらいが丁度いいかもしれません」
ソニアが、押しに弱い?
バッとナナの方を見る。ナナはニコリと笑って、また口を開いた。
「それとですね。気配り上手なのはいいことですが、誰にでも優しくするのは違いますよ。女の子は特別扱いとかされるとキュンときちゃうんです。他の人には普通に接して、本命には一層甘く優しく、時には厳しく接することも恋愛のテクニックの一つですよ」
「な、なるほど?」
「要は他の皆と同じ扱いはしないでってことですよ! ・・・まぁ、先輩はそこんとこ気にしないかもしれませんけど、意外と人の気持ちに敏感なところがありますからね」
そうか・・・確かに俺もソニアが他の皆と俺の扱いが同じよりは、特別扱いされたい。また、相棒だと、パートナーだと、言ってもらいたい。
「ディルお兄ちゃん! お待たせ~~!!」
マリが自分のカバンを持って戻ってきた。走ってきたのか少し肩を揺らしている。
「これ! コルトさんからディルお兄ちゃんにって預かってたの!」
マリはカバンの中から小さな黒い箱を取り出して俺に差し出してくる。
「何だこれ?」
「分かんない。開けようと思ったけど、硬くて開けられないの」
両手で持って、開けようとしてみる。
パカッ。
「わぁ! ディルお兄さん凄い! 力持ち!」
「何が入ってるんですか?」
ぴょんぴょんと跳ねるマリの頭を片手で軽く撫でたあと、箱の中身を見て驚く。
これって・・・そうか・・・コルトが作ってくれてたのか。
「凄くちっちゃい指輪だね。私の小指でも入らないよ。でも、ナナちゃんなら入りそう」
「そうですね。完全に妖精サイズです。・・・もしかして先輩に贈る予定ですか?」
ソニアから贈ってもらった指輪のお礼に、俺がソニアに贈る用にオーダーメイドで発注してた指輪だ。クロミツが外国の鍛冶師に頼むって言ってたけど、コルトに頼んでいたみたいだ。
「ああ・・・でも、ソニアはもう大妖精で人間サイズだからな・・・」
せっかく作ってもらったけど、ソニアには渡せないかな。
「ディル君。何を悲しそうな顔をしてるんですか?」
「いや、だって・・・」
「大丈夫ですよ! 確かに指輪としては贈れないかもしれませんけど、装飾品としてなら贈れますよ! 紐を通してネックレスにしちゃっても素敵ですよね!」
「ナナ・・・」
夜のナナは気に入らないけど、昼間のナナはめちゃくちゃいい奴だな!
「せっかく細かく凝った指輪なんですから! 贈らないともったいないですよ! それに、こんな素敵なものを贈られたら、女の子なら絶対にときめいちゃいますよ! ね! マリちゃん!」
「うん! 私も同じの欲しい! ソニアちゃんとお揃い!」
マリが服の襟元に付いてるソニアとお揃いの青いリボンをそっと撫でながら嬉しそうに笑う。
「マリちゃんは、ヨームに贈ってもらいましょうね。その方が嬉しいでしょう?」
「うん!」
仲良く笑い合ってるナナとマリを横目に、俺は指輪の箱を閉めて、自分のリュックに入れる。
まぁ、何をするにもまずはソニアを見付けないとだな! ミリド王国! そこに居てくれよ!
読んでくださりありがとうございます。
朱里(たまに夜にこっそりお姉ちゃんのホログラムを出す練習をしていてよかった)
彩花(普通にキモいですからね)




