275.【ディル】恋の魔法
「よっしゃー! 倒したッスー! 闇の魔石ゲットー!」
変な形の実が生る独特な形の木が生い茂る小さな無人島で、ダークドラゴンとかいうやたらとカッコイイ見た目のドラゴンの死体に乗ったウィックが、ドヤ顔で勝利のガッツポーズを取っている。
「フゥーーー!! ドラゴンなんて楽勝ッスーー!!」
ちなみに、ダークドラゴンを倒したのは俺だ。ウィックは「まずはお手並み拝見ッス」とか言って姉御とマイクと一緒に突っ立ってただけで何もしてない。
「それにしても、凄いッスね。ディル。まさか1人で、しかも身体強化も無しに蹴り倒すとは思わなかったッス」
「そうだな。自分でもビックリだよ」
確かに倒すつもりで攻撃したけど、まさか一撃で倒れるとは思わなかった。ダークドラゴンは他のドラゴンよりも頑丈なのが特徴だって聞いてたんだけどな・・・。
「まぁ、坊主は身体強化してたからな。それもかなり強力なやつ」
ダークドラゴンを解体しているウィックとマイクを眺めてたら、後ろから姉御がコキコキと首を鳴らしながらそう声をかけてきた。
「いや姉御。俺は身体強化なんてしてないぞ。そもそも今は魔石も持ってないし」
「いいや坊主。お前は身体強化をしてたぜ。無意識に、それも魔石も無しにな」
そんなわけないだろ・・・常識的に考えて。
・・・とは思うものの、ここ数日間で姉御の性格は理解している。口答えしたら三倍になって返ってくる。だから俺はジトリと姉御の顔を見るだけにする。
「そんな顔を見んな。ほれ、試しにそこの変な木でも殴ってみろよ」
姉御は近くにあったピンク色のトゲトゲした実がついた木を指差す。
殴ってみろって言われても・・・俺、今は利き手を失ってる状態なんだけど。だからダークドラゴンも蹴りで倒したわけだし。
姉御が指差した木に近付き、腰を低く落として構える。そして足に力を入れて、腰を捻り、左手で思いっきり殴る。
「おりゃあ!!」
ドゴォォォン!!
俺が殴った木は想像通り砕け散った。
まぁ、こうなるわな。今の俺なら例え身体強化が無くても、利き手じゃなくても、こんな木くらいは粉砕出来る。
「坊主。よく見てみろ」
自分の左手と粉砕した木を見比べていると、姉御がクイッと顎の先を木の向こう側に向けた。
え・・・マジか。
俺の目の前から、島の端っこまでの木が全て吹き飛んでいて、地面が抉れていた。
「俺の体すげぇ! こんなに筋肉がついてたのか!!」
「アホが! 身体強化だっつってるだろーが!」
姉御に頭を鷲掴みにされる。そして、90度横に首を向けられる。
「次は息を60秒止めてから、同じようにそこの木を殴ってみろ」
さっき粉砕させた木と同じ種類の木だ。
同じようにって言われても、息を止めてる時点で同じじゃないんだけどな。
言われた通りに60秒息を止めてから、さっきと同じ構えで殴る。
バキバキッ!!
同じように目の前の木は粉砕したけど、それだけだ。その奥にある木には傷1つ付いてない。息を止めてたから・・・そんな理由で済む差じゃない。
「これ・・・どういうことだ?」
「フッ、説明してやろう!」
姉御はドヤ顔を決めながら手招きをする。俺は近くに寄って、ドカリと横に座る。
「ディル。お前、魔力って知ってるか?」
「魔力? 魔気なら知ってるぞ。俺達人間の体に流れてるもので、それを魔石に流して、魔石に籠められた魔法を発動させてる・・・って、教わった」
「そうだな。正しい知識だ。それじゃあ、その魔石には何が入ってると思う?」
「何って・・・だから魔法だろ?」
魔法が入ってるから、魔気を流せば魔法が発動するんだ。
「魔石に入ってるのは、既に命令を受け、ゴーサインを待つだけの状態になった魔力だ。魔気はその魔力にゴーサインを出すものだな。まぁ、属性が合ってないと通らないみたいだが」
「魔力・・・」
「魔力ってのは、要は何でも変換器みたいなものだ。意志ある者が正しく命令すれば、何にでも変化する。火、水、土、草、風、そして雷、体の中の細胞や筋にもな。それが魔法や身体強化の正体だ」
む、難しいけど何とか理解できる。
「そして、今はその魔力が空気中に充満してる。だから坊主は呼吸と一緒に体に取り込んだ魔力で筋力を強化して、あんな剛力を発揮したんだ。んで、息を止めて体内から魔力が無くなったことで、身体強化が解除されたってわけさ。・・・理解出来たか?」
「あ、ああ。何とか」
「そうか! 少なくともウィックとマイクよりは頭の出来がいいみてぇだな!」
姉御はそう言いながら俺の横を見る。頭がパンクして首を傾げてるウィックと、難しい顔で「昼飯は何にしようか」と呟いてるマイクがいた。ダークドラゴンの解体はあっという間に終わったみたいだ。
「でも、どうして今まで魔石の中にしか無かった魔力ってのが、そこら中にあるんだ?」
そんなものがあるのなら、今まで魔石に頼る必要は無かった。お父さんと戦った時も、魔石が無くなって身体強化が出来ない、なんてことにはならなかったハズだ。
「魔力も、草木や火、水、空気と一緒で、もともとはこの世界に自然としてあったもんだ」
「アレか。ソニアが光を証明する妖精なのと一緒で、魔力にもそれを証明する・・・・・・」
・・・なるほどな。
「闇の大妖精か」
ソニアが大妖精として目覚めた時、傍に黒髪黒目の大妖精がいた。彼女が闇の大妖精だ。
「今まで居なかった闇の大妖精が再び戻ってきたことによって、また魔力が充満し始めたってわけだ!」
「じぁあ、今は誰でも魔石が無くても自由に魔法が使えるってことか!?」
よく考えなくてもとんでもないことじゃん!
「この事実に気が付いて、そして魔法の才能があればな。武術と同じで魔法も才能が無いと努力しないと使えない。その点、坊主は天才だな。今まで魔石で身体強化してたっつっても、普通はそんなすぐに、それも無意識にできるようなもんじゃねぇからよ」
「天才・・・かどうかは分かんないけど・・・ん!? 待って!・・・ってことはさ、その魔力を使えば、俺もソニアみたいに電撃とか出せるのか!?」
ソニアと一緒じゃん!
「電撃を出せるかは分かんねぇけど、ソニア・・・妖精と同じことは出来なねぇぞ」
「なんでだ?」
「妖精がやってるのは魔法じゃない。アレは自然現象だ。人間が魔力を変化させて作り出すのと違って、一から創造してるんだ。魔力が無くても無限大に生み出せるし、操れるし、変質させれるし、自由に消すことも出来る。つまり、桁が違うんだ」
まぁ・・・そうだよな。人間と妖精で同じなわけないよな。
「人間の場合、魔力が無いと生み出せねぇし、一度生み出したら制御が難しい上に、相殺する魔法を新たに発動させないと消すことも出来ねぇ。要するに、だ。今ここで火の魔法を森に放ったらどうなると思う?」
「そりゃあ・・・森が燃えるな」
「そしてそれは、その規模の炎を消火できるだけの水の魔法を新しく発動させないと消せない。でも、魔力は闇の大妖精がいる限り無限に湧き出てくるとはいえ、使ったものがすぐに戻るわけじゃない。火の魔法で辺りの魔力を使い切っちまったら、新しく水の魔法は発動ない」
「つまり、火は消せない・・・と。使い方に気を付けろってことか」
姉御は見た目の割に分かりやすく説明してくれるな。ウィック達はチンプンカンプンみたいだけど。
「まぁ、辺りの魔力が無くなるほどの魔法なんてそうそう無いんだがな!」
そう言って豪快に笑う姉御に、俺は疑問が浮かぶ。
「なぁ、姉御はどうしてそんなこと知ってるんだ?」
ここまでの話は、情報大国であるカイス妖精信仰国の国王ですら知らなかったことだ。ただの海賊の姉御が知ってるのは不思議でならない。
「そりゃあ、坊主。・・・俺は勇者の生まれ変わりだからな!」
「あ~、それで~・・・・・・って、えぇぇ!?!?」
ビックリして思わずふんぞり返る。ウィックが「姉御にしてはまぁまぁな冗談っッスね」と笑い、マイクも苦笑してる。
勇者の生まれ変わりって・・・禁書庫で読んだあの手記の勇者か!?
「だっはっは! 坊主はいいリアクションだ! ・・・まぁ、つっても、前世の記憶は断片的で、それも靄が掛かったもんばっかりでな。覚えてるのは全体の3割弱ってとこだろうな」
はぁ~・・・そんなことってあるんだなぁ~。昔の俺ならウィック達と同じで信じなかったかもしれないけど、ソニアと一緒に色々と経験して、あの手記を読んだ今の俺ならすんなり受け止められる。
・・・あ、だから自分のことを男だとかって言ってたのか!! ・・・ってことは好きな人は女の人なのかな?
・・・。
そうして衝撃の事実が発覚したあと、魔法の特訓をしつつ、ソニアの情報を集めながらツルツル海賊団と行動を共にすること約半年・・・ある辺境の島国で、やっとソニアの情報を掴んだ。
「んで、本当にこの爺さんが金髪の妖精ソニア
を知ってるって言ってたのか? 姉御」
「ああ、本当だ! なぁ、ジジイ!」
ジジイって・・・姉御こそ気配りってのを勉強した方がいいだろ。
「ほ、ほんとぅじゃぁ~、ここから遥か北にあるぅ~・・・ミリド王国ってとこでぇ・・・今は暮らしてるんでぇ・・・」
「爺さん・・・ちゃんと歯生えてるか?」
「生えとるわぃ!みてみぃ! ふっさふっさじゃろぉがぃ!」
爺さん・・・それは歯じゃなくて髪だ。しかも生えてない。
「大丈夫かよ?」という目線を姉御に送る。
「まぁ、この爺さんを信用するかは別として、行ってみてもいいじゃねぇか。当初の目的地だった大妖精の家があるっていう南の果ては、そこに続く海底トンネルが今は封鎖されてるうえに、船じゃあ海氷がじゃまで近付けねぇ。それに、最近になって南の果てから人のような形のものが複数飛んでいったって情報を冒険者ギルドで買ったんだしよ。今はどうせ行く当てが無いんだ」
前にソニアと一緒に南の果てに行った時に、そこに大妖精の家があることを知った。だからまずはそこに行こうと思ったけど、姉御の言った通りで行けなかったし、事情を知ってそうな時の妖精のトキも、その時は何処かに行ったとかで見当たらなかった。
「とりあえず船に戻ってウィック達にも相談してみるか。一応」
姉御と一緒に船が泊めてある港に戻ると、ウィックが釣り竿を持ってボケーッと突っ立ってた。その隣でマイクが仕方なさそうに肩を竦めてるのが見える。
「マイク。ウィックはどうしたんだよ? 確か、俺と姉御が聞き込みに行ってる間、暇だから釣りしてるって言ってたけど・・・まったく釣れなくておかしくなったか?」
「それならまだ良かったんだがな・・・」
そう言ってマイクはウィックの肩を叩く。するとウィックがゆっくりとこっちを見て、何やら爛々とした瞳で呟く。
「恋の魔法に掛かったッス」
「「は?」」
俺と姉御の声が被った。
「俺、ここに座って1人で釣りしてたッス。そしたら、黒髪の可愛い子ちゃんが俺の顔を覗き込んできたンんス。そして彼女は俺にこう言ったッス。『どこかで会ったことある?』って!! ・・・これはナンパの常套句ッス! 俺と彼女はもはや両想いッスよ!」
「はぁ・・・じゃあ何で今その彼女はいないんだ?」
マイクが呆れたように言う。
「『やっぱ気のせいかも!』って言って、連れの人達とどこかに行っちゃったッス・・・」
「ただの人間違いじゃねぇかよ! ハァ・・・ウィックを好く女なんているわけないもんな」
「マイク! 酷いッス!俺は何としても彼女と再会を果たすッスよ! 脳裏に焼き付いてるッスから! 彼女の・・・あのデッカイおっぱいを!!」
「「「・・・」」」
呆れすぎて何も言えない・・・ダメだこいつ。
「いやいやいや、皆なめてるッスよ! あれはまさに芸術ッス! デカいと言ってもそれは体のバランスを崩さない程度の丁度いいサイズで、チラリと見えた谷間は、まるで人間とは思えないほどに綺麗でツヤがあって――――」
「マイク、ディル。このウィックを引き摺って船に運べ。出港するぞ」
「「はーい」」
・・・。
そして、ミリド王国を目指して船を進めた俺達は、ブルーメ近海でモッサモサウルスに襲われている商船を発見した。
読んでくださりありがとうございます。姉御の好きな人は男性です。




