273.【ディル】恋の応援
「ディル様に相談したいことというには、2つあります」
禁書庫で昔の勇者の手記を読み終えて立ち上がろうと腰を少し浮かせた俺に、王様が低い声でそう言った。
そういえば、相談があるって言われてたんだったな。気持ちがスッキリしてすっかり忘れてた。
忘れていたことに若干の気まずさを感じながら、そーっと浮かせた腰を落とす。王様は少しの間をおいて口を開いた。
「1つは、この手記にある事実を公表するかどうかです。ソニア様は大魔王ソニアとして復活してしまいました。また2000年前と同じことが繰り返されるかもしれません。そうなると、私達王族・・・いえ、私は事実を知っていて国民達を騙していた王になってしまう・・・ディル様はどうしたらいいと思いますか?」
王様はそう言って申し訳なそうに目を伏せる。それを見て俺は、同情する・・・ことは出来ない。だって、王様の言ってることがおかしい。
「なってしまうもなにも・・・実際、王様は事実を隠して国民達を騙してるじゃないですか」
俺の言葉に、王様は目を丸くする。俺にこんなことを言われるとは思ってなかったみたいだ。
「でも、俺とソニアにとってはその方が都合がいいし、今更公表したところで国中が混乱するだけだと思います。このままでいんじゃないですか?」
「ですが・・・大魔王ソニアが復活してしまった以上・・・」
・・・ハァ。
「そもそも!!」
俺が急に大声を出したせいで、王様はまた目を丸くする。
意見を求めてきたくせになんなんだ!?
「そもそも・・・だ。大魔王ソニアじゃない。光の大妖精ソニアだ。この手記に書かれてる内容でも、大魔王と呼ばれてはいるけど、ソニアが進んで人間を殺してるわけじゃない。魔獣や他の大妖精達が暴走してるだけだ。ソニアに悪意はない!」
「しかし、悪意無く魔獣を生み出したり、他の大妖精達をけしかけたりと・・・」
「ハァ・・・」
深く溜息を吐いて、軽く殺意を込めて王様を睨む。蛇に睨まれた蛙のように怯えた顔になった。
「よく考えて発言しろよ。俺が人間の味方だと思ってるのなら、それは違う。確かに俺も人間だけど、俺の中の優先順位は、妖精のソニアが一番だ。もし今のソニアが人間を殺しても何も思わないのなら、俺はソニアの為なら躊躇なく殺すぞ。それが一国の王様であっても・・・だ」
王様は怯えた顔をしながらも、スッと懐に手を忍ばせる。護身用の魔石か何かを手に取ったんだろう。けど、問題無い。たとえ片腕でも、闇の魔石も魔剣も無くても、この王様に負けはしない。
少し長め沈黙が続いたあと、王様は「ふぅ・・・」と息を吐いて、表情を真面目なものに取り繕って俺を見る。
「この手記の内容は公表しません」
よかった。公表すると言われてたら、俺は本当に王様を攻撃しないといけなかったからな。ああは言ったけど、別に俺は人を殺したいわけじゃない。ソニアを守りたいだけだ・・・いや、ソニアと一緒にいたいだけだ。この先ずっと・・・。
「それで、2つ目の相談っていうのは何ですか?」
少し脅した風になっていまったことに本日二度目の気まずさを感じながら、ニコリと作り笑いをして尋ねると、王様も作り笑いで答えてくれる。
「2つ目は、今後の妖精への対応です。表面上は変化を見せずに秘密裏に大魔王・・・んん!! 大妖精ソニア様を狙うのか、このまま何もせずにいるのか、どうすればいいのか相談したかったのですが・・・ディル様はソニア様に危害を加えるようなことを許しはしませんよね」
「当たり前だ。・・・それに、2000年前は勇者がいたからどうにかなっただけで、今の時代には勇者なんていないし、その手記にあった勇者が残した『時空を司る魔剣』ってのも知らない。それに関係しそうな魔石なら見かけたけど、闇の大妖精によって黒猫と一緒に消えた」
お父さんが持ってたあの漆黒の魔石は、たぶん『時空を司る魔剣』に嵌められていた魔石だと思う。アレを使った攻撃は空間ごと裂けていたから。
「ですが・・・ディル様がいます」
「俺が今の勇者だって言いたいのか?」
王様は無言で俺を見つめる。
昔の俺なら勇者と呼ばれて喜んだかもしれない。でも、勇者がソニアの敵だと知った今は、勇者なんてものには絶対になりたくないし、存在してるのなら消したい。・・・それに、どんくさくて警戒心ゼロなソニアはともかく、他の大妖精達を相手にしてまともに戦える自信が無い。
「話がそれだけなら俺は行くぞ」
立ち上がろうと腰を浮かせたところで、王様に「お待ちください!」と声を掛けられて、また浮かせた腰を落とす羽目になる。
やっと体が回復して、これからやりたいことがあったってのに・・・。
「ディル様はこれからどうなさるのですか?」
「どうって・・・これから砂浜に行って落っことした魔剣と魔石を探しに行く予定だけど・・・」
魔石が無いと身体強化が出来ないし、魔剣が無いと攻撃手段は素手だけになるからな。ただでさえ片腕なのに、それは避けたい。
「いえ、そうではなく。ディル様はこれから大妖精ソニア様を探すのですか?」
「そうだな」
「探して、どうなさるのですか? クロミツからの報告では・・・その・・・」
相手にされてなかったって言いたいんだろうな。
「俺はソニアにもう一度会って、口説くつもりだ」
「口説く・・・ですか?」
王様は変人を見るような目で俺を見た後、ハッとしたようにポンと手を打つ。
「そういうことですか!」
どういうことだ?
「物理的に無力化することが出来ないのなら、心から攻めるということですか。ソニア様も大妖精とはいえ、一応女の子です。自分に惚れさせ、人間に危害を加えないように説得するということですね。さすがです。大妖精達のリーダー格であるソニア様の心を掴むことが出来れば、他の大妖精達も従う可能性は高いでしょう!」
俺はただソニアに好きになって貰いたいだけなんだけど・・・めんどくさいからこのまんまでいいや。
「でしたら、我々カイス妖精信仰国は全力でディル様の恋を応援いたしましょう。まずは・・・そうですね。女たらしの我が息子オームに相談なさってはどうでしょう?」
「応援はありがたいけど、余計なことはしないでくれ。何か空回りしそうな気がする」
「そうですか・・・」
ありがた迷惑ってやつだな。
王様は気持ちを切り替えるように息を吐いて、真剣な眼差しで俺を見る。
「それと、話は変わるのですが・・・スズメのことです」
「ああ・・・」
今度は誤魔化さない方が良さそうだな・・・。
俺は、あの時の状況と・・・お母さんがスズメを海に沈めて来たと言っていたことを正直に話す。
「私は実の息子であるヨームに禁書庫に入ったからというだけの理由で罰を与え、亡命させるほど追い込んだ王です。今更悲しむような父親のようなことをするつもりはありませんが・・・少し・・・そうですね」
王様だろうが、父親だろうが、臣下だろうが、娘だろうが、人が死んだら悲しいものだと思うけどな。・・・俺も、考えないようにしていたけど、悲しい。・・・でも、俺の一番はソニアだ。それに、敵に回った俺を心配するようなあのお母さんが、本当にそんなことをするのかって疑問もあるんだよな。
今度こそ話は終わりだと、俺は椅子から立ち上がる。
「ディル様、ありがとうございました」
「何がだ?」
「スズメのこと。相談に乗って下さったこと、我が国の方針を決めて下さったことです。正直、この手記のことを知っていた私は、ソニア様と初対面の時から、いえ、それ以前より妖精様は恐ろしい存在だと、表面上は信仰しつつも、心の内では怯えていました。ですが、ディル様はそれを知ったうえで、妖精様と上手く付き合っていく方法を模索しています。私も見習わなければならないと・・・そう思わされました」
俺は何も言わず、片手を上げてひらひらと振りながら立ち去る。
何だかいい感じに俺のことを誤解してるみたいだし、このまま格好良く去っておこう。
・・・。
禁書庫を出た俺は、ここまで案内してくれたメイドさんに、朝の冷たい態度を謝ってから、昼食を食べて、「落したものを探してくる」と言って1人でお城を出て、砂浜で落とした魔石と、海に落っことされた魔剣を探しに行く・・・つもりだったけど、メイドさんもついてきた。
「別に一緒に探して貰わなくてもいいんだぞ?」
「いえ! 好きでやってることですので☆」
まぁ・・・人手が増える分にはいいか。邪魔してるわけでもないし、好きでやってるなら。
2人で砂浜を探すけど、なかなか魔石は見つからない。
魔石を見付けてから、身体強化して海に潜って魔剣を探すつもりだったけど、そう上手くはいかないなぁ。泡沫島の研究者達かお父さん達が拾って持ち帰った可能性もあるからな。
「ディル様は・・・妖精であるソニア様のことが好き・・・なのですよね?」
日が暮れ始めた頃、一緒に探してくれてるメイドさんがそんなことを聞いてきた。
「その・・・ソニア様のどのようなところに惹かれたのですか?」
どのようなところ・・・か。
「可愛いところだな」
俺の言葉に、メイドさんは首を傾げる。
「顔が・・・ですか?」
「顔もだけど、それ以外もだ。胸が大きいところも、片付けができないところも、手をバンザイにして寝るところも、めんどくさがりなところも、酒癖が悪いところも、人の心を動かす元気な笑顔も、誰よりも綺麗な心を持ってるところも・・・全部が可愛い」
・・・っと、つい熱く語っちゃったな。恥ずかしい。
片手で砂浜を搔き分けながら、チラッとメイドさんの方を見ると、「胸が大きいところですか・・・」と自分の胸を見てしょんぼりしていた。
まるで俺がそこを重要視してるみたいに受け取らないでほしい。
「分かりました。では、私はディル様の恋を応援致します☆」
メイドさんがそう言いながら、俺を見てパチッとウィンクをする。表情は明るいのに、夕陽に照らされるその姿は何だか儚げに見えた。
ソニアと出会っていなかったら、もしかしたらこの人を好きになってたかもな。まぁ・・・ソニアと出会ってなかったらこの人とも出会わなかったんだけど。
日が落ちるまで砂浜を2人で探したけど、結局魔石は見つからなかった。けど、メイドさんに色々な恋のテクニックってやつをウットリとした瞳で教わった。
壁ドンとか顎クイとか色々と教えて貰ったけど、本当にやって大丈夫なのか? こういうのって好きな人か恋人にやられるからいいのであって、好きにさせる為にやるものじゃないと思うんだけど・・・一応、他の人にも意見を聞いた方がいいかもな。
・・・。
翌朝、またメイドさんに起こされて、一緒に砂浜に魔石を探しに行く。そんな日々を繰り返すこと数日・・・
「あ、ディル様! 見てください!!」
「何だ!? 見つけたのか!?」
魔石を探す為に俯いていた顔を上げて、メイドさんの方を見ると、メイドさんは沖の方を指差していた。
「大変です! 海賊船です!」
読んでくださりありがとうございます。
メイド「胸ばかりはどうしようもないですね・・・」
ディル(例えソニアの胸がぺったんこでも、俺は変わらないからな!?)




