272.【ディル】昔の勇者
「ディル様、こちらでございますわ☆」
やたらとスカートの丈が短いメイドさんが、俺の腕に必要以上に引っ付きながら城の中を案内してくれる。
歩きづらいから離れてくれなねぇかな。片腕しかないのに、その片腕を掴まれたら歩きづらすぎる。
「ディル様は暫くお城で生活なさるのですかぁ?」
「さぁな」
「わたくし、このお城でメイドをしています!」
「見ればわかるぞ」
「ディル様はどのような女性が好みですか?」
めっちゃ話しかけてくるなぁ。そんな気分じゃないのに。
メイドさんの話に適当に返事をしながら歩くこと数分・・・お城の地下に続く階段の手前までやってきた。
「申し訳ありませんが、ここからはお一人でお進みください。わたくしのような一般メイドでは立ち入れない場所なので・・・では、わたくしはここでお待ちしていますね☆」
お喋りなメイドさんはニコリと笑って手を振る。俺は軽く会釈して地下に続く階段を降りる。
コツンコツンと一段一段、階段に足をつけるごとにソニアとの思い出が蘇る。くるみ村で楽しく遊んだ日々、一緒に世界中を旅した日々・・・。
それを・・・絶対に取り戻す!!
決意を込めた拳で、重そうな扉を開く。けど、案外軽かったみたいで、バァン!と勢い良く開けてしまった。
「ディ、ディル様・・・」
ボロボロの本が並ぶ薄暗い部屋のなか、簡素な椅子に座った、目を真ん丸にしたツルツル頭の王様と目が合った。
「ご、ごめんなさい。その・・・思ったよりも扉が軽かったんで・・・」
「そうですか・・・重装な鉄で出来た扉なのですが・・・しかも片腕で・・・」
王様は苦笑いを浮かべながら、机を挟んで向かい側の席を勧めてくれる。
「それで・・・起こしにきたメイドさんについて来てここまできたけど、ここが禁書庫? ってとこですか?」
俺が10日の眠りから目が覚めてから3日目の朝のこと、この3日間しつこいぐらい俺の世話を焼こうとしていたメイドさんに起こされて、「体調は回復したんですね☆」と、ここまで連れてこられた。
「ここが禁書庫で間違いありません。一般人には見せられない書物が置いてある場所です。ディル様に内密でご相談したいことがあってここまでお呼びしました」
「相談したいこと・・・ですか? 俺、王様の相談に乗れるような知識は無いと思いますけど・・・」
ジェシーやミーファおばさんから少しは勉強を教えてもらったけど、そもそもその2人だって王様の相談相手になれるとは思えない。王様は完全に相談する相手を間違ってるだろ。
そう考えてたのが顔に出てたのか、王様は俺の顔を見てゆっくりと首を振った。
「私が相談したいと思っているのは、妖精様・・・いえ、大妖精様のことです。妖精の愛し子のディル様なら、私よりも妖精に関しては詳しいでしょう?」
「妖精というか・・・まぁ、ソニアのことなら全人類の中で一番詳しい・・・と思う」
たぶん・・・。少し前なら堂々と答えられたけど、あんなことがあった後だと少し自信をなくす。
「では、まずはこちらをお読みいただけますか?」
王様はそう言って一冊の古びた手帳みたいなものを、机の上にスッと差し出してきた。
羊皮紙・・・じゃないな。
端っこにグルグルのバネみたいな変わった形の装飾が施されてる黒い手帳だ。
「これは、遥か昔に勇者と呼ばれていた者の手記です」
「ほぇ~・・・」
あの勇者物語の主人公の・・・。
手にとって、変わった手触りの少し硬い表紙を見る。右下の方に「小野寺勇人」と汚い文字で書かれている。
これがその勇者の名前か?
机に置いて表紙を捲って、汚くて読みづらい文字を目で追っていく。
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高校を卒業して、お金を貯めて、借金をして、仲の良かったダチと一緒に運送会社を立ち上げた春のこと。オレは事故って死んじまった。歩道を歩いてためちゃくちゃ可愛いくておっぱいのでっけぇ姉ちゃんに見惚れてたら、そのまま建物に突っ込んじまった。
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なんだこいつ・・・阿保だろ。
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死んだと思ったら、目の前に神様を名乗る黒い奴が現れた。何だか分からねぇけど、丁度いい時に丁度いい感じの魂がやってきたらしい。
神様は俺に色々と難しい話をしだした。要するに、別の世界に行って、神様に渡された『時空を司る魔剣』とやらで魔王と呼ばれてる奴を倒して来て欲しいってことだ。昔から喧嘩は強かったし、神様が寿命以外で死なない体にしてくれるらしい。楽勝だ。ただ、何か好きなもの持っていってもいいって言われて、「じゃあ鞄を持っていきたい」って言ったら、鞄の中にはこのメモ帳しか入ってなかったのが悲しい。携帯も、かっこいいから買った十徳ナイフも、全部事故った時に飛んでいったらしい。
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何様って読むんだこれ? 読み方が分かんない文字があるなぁ。
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この世界はヤバい。何がヤバいって魔物や魔獣がヤバい。神様から貰った剣があるとはいえ、死なない体じゃなかったら、もう何十回も死んでる。神様のお陰か痛みをあんまり感じないのは正直めっちゃ助かってる。
魔王を探しながら魔物や魔獣を狩りまくってる最中で、魔獣に襲われてた村を発見した。オレが着いたころにはもう取り返しのつかないくらいには村が崩壊してて、死体がゴロゴロと転がってた。高校の頃、別の高校の奴らと乱闘をしてた頃が天国みたいに思える光景だった。
幼い子供が、「お母さんお母さん」って言いながら、オレが倒した魔獣の腸を搔き切って、胃液で溶けかけた人間の頭を抱いてる姿は、たぶん一生忘れない。
神様に言われたからじゃない。オレは本気でこの世界を救いたい。そう思った。だって、オレにはそれが出来る力がある。もうあんな光景は見たくない。
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最初は阿保な奴だと思ったけど、性格に影響が出るくらい強烈な光景だったんだな。・・・って、そりゃそうか。俺だってそんな光景を目の当たりにしたらショックで暫くご飯が喉を通らないかもしれないな。
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相棒が出来た。弓が得意な奴だ。こいつのお陰でだいぶ戦闘が楽になったし、何より生活習慣が改善した。というか、された。弓だけじゃなくて家事全般も得意らしい。お前は俺の嫁か何かかよってツッコミを入れたら、思いの外マジな反応をされた困った。まさかな・・・。
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なんだろう・・・バネラの顔が思い浮かぶ・・・。
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勇者と呼ばれた。いつの間にか世界中で勇者オノデラとして有名になってたみたいだ。そのお陰か、今日はこの世界で一番でっかい国のお城に呼ばれてる。正直、そんなことをしてる暇があるなら少しでも多く魔獣を狩りに行きたいし、魔王の居場所も探したい。でも、相棒は情報を集めるのも大事だと言う。
相棒の言う通りだった。この国も魔王をずっと追ってるらしく、今までに何度か遭遇したこともあるらしい。そこで初めて知ったけど、魔王は女で、一昔前までは光の大妖精って呼ばれていたらしい。その他にも、何色かの大妖精がいる事や、魔王達が魔獣を生み出してる事や、魔王達自身の力を教えて貰った。凄く進展したと思う。
・・・ただ、その国の王女様に気に入られちまった。オレよりもいくつか歳下の好奇心旺盛で活発な女だ。どうやらオレに気があるらしい。でも、残念ながらオレは貧乳には興味がない。
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こいつ・・・ある程度の数の女性を敵に回したな・・・。俺も大きい方が好きだけどさ。
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王子様が海の向こうの未開の地で死んだらしい。そもそも、あの王女様に兄貴がいたこと自体が初耳だけど、とにかくそうらしい。無事に帰国した騎士や魔法師達の話だと、その地に大妖精、もとい大魔王とその仲間達が住んでいた、と。いつの間に魔王から大魔王になったんだと思ったけど、そんなこと突っ込める雰囲気じゃなかった。
オレと相棒を含めた国の偉い人達で対策会議が行われた。十数日に及ぶ議論の結果、海の下にトンネルを掘って秘密裏に侵入して、大魔王の寝首を搔くことになった。・・・オレと相棒が。
本当なら正面から乗り込んでやりたいとこだけど、これは人の命が掛かった戦いだからな。オレの自己満足で勝手にしていいことじゃない。とりあえず、今は魔法師達でトンネルを掘り終わるのを、魔獣を狩りながら待つしかなさそうだ。
国の外れの村で、村人に戦う術を教えているところを王女様に邪魔されてる時、「俺達の村に大魔王がやって来た」って、隣の村の村人が走ってきた。急いで隣の村に向かったら、大魔王達は食事処で自分達で飯を作って食べてた。格好良く登場したオレが浮きまくってたのと、ソニアと呼ばれていた大魔王が、とてつもなく美人で可愛くて、おっぱいがデカくて、オレの好みドストライクだったのを覚えてる。あれが大魔王なんて噓だろ? って思った。可愛いだけじゃなくて、まったく悪意を感じなかった。
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ソニアが大魔王・・・か。うん、似合わないな。
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そこで相棒が大火傷を負ったり、火の大妖精と火のドラゴンと戦うことになったりしたけど、相棒は神様印のオレの体液で無事に回復したし、火の大妖精達も撃退できた。ただ、王女様が大魔王に攫われた。オレには王女様が自分から大魔王を追って行った風に見えたし、それを王様に報告したけど、攫われたってことになった。まぁ、帰ってこないんだから似たようなものかもな。
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あの火のドラゴンと戦って撃退したのか・・・それも火の大妖精も一緒に。・・・ヤバいな。まず、少なくとも俺よりは確実に強いな。まぁ、勇者だから当たり前と言えば当たり前なんだけど。
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王女様が攫われてだいたい一ヶ月くらい経ったけど、未だにトンネルは完成しないらしい。
今日は大魔王を追いかけて風呂屋に行ったんだけど、何故か途中から記憶が無い。何かとんでもなく眼福なものを拝んだ気がするけど、まったく思い出せない。何があったんだ・・・?
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何があったんだよ!? 俺もめっちゃ気になるぞ!?
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トンネルが完成した。ここ数日間オレと相棒も手伝った甲斐があって、予定よりも早く完成したらしい。
さっそく相棒と共に大魔王の住処に向かった。大魔王の仲間総出でお出迎えに合い、細胞をバラバラにされたりしたけど、相棒の機転のお陰で無事に大魔王ソニアの眉間に『時空を司る魔剣』を突き刺すことが出来た。そのすぐ後に神様が現れて、帰るように言われたから、素直に帰ってきた。
大魔王ソニアの亡骸の横で泣いていた他の大妖精達の姿が瞼の裏から離れない。彼女達に悪意はなかった。ただただオレに殺された仲間の死を悲しんで、怒っていた。あの場ではまるでオレが悪者みたいだった。やらなきゃ良かったとすら思った。
でも、やらないといけなかった。この世界に来たばかりの頃に見た、あの母親を亡くした幼い子供。あんな思いをする子がいなくなるために。未だに心の片隅に後悔の念はあるけど、オレは人類を、この世界を救ったんだ。誇れることをしたんだ。大魔王ソニアに悪意は無かった。でも、この世界に居てはならない存在だった。人類のために。
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・・・ダメだ。これは昔の出来事だ。今俺が怒ったところでどうしようもない。落ち着け。
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王様に「スパロはどうしたんだ!」って怒られた。俺は瀕死の相棒を城に置いて、騎士や魔法師達と一緒に王女様を回収しに行った。
王女様はトイレに監禁されていた。分厚い扉を破壊した瞬間にオレに抱き着いて来た。もう少しおっぱいが大きければって思っちまう。残念だ。
王女様は神様と大妖精達の話を全て聞いてたらしい。何故かオレの手を握りながら話してくれた。
簡単に纏めると、大妖精達は闇の大妖精以外は罰として力と名前を失い、闇の大妖精は月に左遷された。大魔王ソニアは罰として向こうの世界で人間に転生させられた。そして、最短でこの世界の2000年後に復活するらしい。しかも、他の妖精達は大魔王ソニアが人間として生きた記憶を消して、元の記憶を取り戻させようとしているとか。
そんなことをされたら、またあの幼い子供みたいな思いをする人が出てきちまう。それを王女様に言ったら、「では子孫を残しましょう! 結婚してくださいまし!」ってプロポーズされた。貧乳はお断りだけど、その考えは悪くないと思った。
オレの子孫に『時空を司る魔剣』と、何か伝言?遺言? みたいなのを残して、2000年後に復活する大魔王ソニアを討って貰う。良い考えだ。まぁ、2000年後まで魔剣とその伝言が残ってるかは怪しいけど、何もしないよりはいいだろ。
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手記はこれで終わりみたいだ。あとは子供の落書きみたいな変な絵が描かれてるだけだ。
「ディル様はこの手記を読んで、どう思われましたか?」
俺が手記を閉じて机に置いた途端、王様が真っ直ぐに俺の目を見て聞いてくる。
何をって・・・なぁ。
「いや、そういえば、いつだったかソニアが『わたしは元人間なんだ』って騒いでた時があったけど、あれ本当のことだったのかぁ・・・って、思いました」
「え・・・っと、それだけですか?」
「まぁ・・・それだけってわけではないですけど、一番強く思ったのはそれですかね」
王様がどんな答えを期待してたのかは知らないけど、ソニアが過去に何をしていようと、俺を孤独から救ってくれたことには変わりないし、俺の好きな女の子であることも変わらない。それに、妖精っていうのはそういうものだと思ってるからな。今更こんな手記を読まされても、妖精が人間を軽く見ていることは今までの旅で既に知ってる。
・・・ん? 待てよ・・・?
「・・・ってことは、ソニアに人間だった頃の記憶が戻れば、俺との関係も戻るのか?」
「はい?」
王様が素っ頓狂な声を出すけど、今はそれどころじゃない。
いや・・・人間だった頃の記憶が無くてもソニアはソニアだし、どんなソニアだって俺は好きだ。それに、大妖精だった頃の記憶を取り戻す時とは違って、今は本当に何の手掛かりもない。じゃあ、どうすればいいか・・・
「・・・俺、決めました!」
「え・・・何がでしょう?」
王様が困惑しきった顔で俺を見る。
「俺、人間の記憶を失った大妖精のソニアをもう一回口説きます!」
そして、またもう一度俺を好きになって貰うぞ!! 人間だった頃の記憶を失ったんだとしても、俺との思い出が消えたわけじゃないしな! なんか元気出てきた!
手記を読んだお陰かは分からないけど、前向きになった俺は少し視野が広くなった。
朝はメイドさんに冷たく当たっちゃったかもな。こんなんじゃソニアに釣り合うような心の広い男になれない。あとでちゃんと謝ろう。
読んでくださりありがとうございます。
ディル「さっきはごめんな!」
メイド「はい(*ノωノ)」
ソニア「・・・(゜-゜)」




