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271.【ディル】目を覚ます

「ソニア、もう寝るから明かりを消してくれないか?」

「えぇ~、もう寝るのー? まだ眠くないよ~」


ソニアが色んな色の複数の光の玉をふわふわと浮かばせて遊びながら可愛く唇を尖らせる。

部屋にはしっかりと灯りがあるけど、ソニアが出す光の方が明るいからそっちにしていた。でも、寝るのには明るすぎるし、カラフルすぎる。


「俺は眠いんだ。よく寝ないと身長も伸びないからな」

「よく言うよ。わたし知ってるよ? ディルがたまに夜な夜な起き出してこっそりと・・・」

「い、いいから明かりを消してくれ!!」

「あーい」


 ソニアに筋トレのし過ぎは身長が伸びにくいって言われてるけど、やっぱりやっておかないと不安になるんだからしょうがない。ただ、ソニアが居る前でやると、やたらと近くで凝視してくるからやりづらいというか集中出来ないというか・・・なんか視線が妙に熱っぽくて恥ずかしいんだよな。


ソニアが小さな明かり1つを残して光の玉を消す。

俺が横になって布団をかぶると、ソニアも俺の枕の横に「よいしょ」と自分用の小さな寝袋を抱えて飛んでくる。綺麗に敷いた寝袋をポスポスと叩いて満足そうな顔で見下ろしたソニアは、髪を解いて軽く頭を振って、腰まであるふわふわの長い髪を整える。


 妙に色っぽいな・・・。


俺がじっと見つめていたことに気が付いたのか、ソニアは恥ずかしそうにさっと視線を逸らしてわたわたと寝袋の中に入る。


 可愛い・・・。


「おやすみディル」

「おやすみソニア」


俺は目を閉じる。

そして眠っていたのかただ目を閉じていただけなのか、分からなくなってきた頃、ソニアが突然喋り出した。


「羊が1匹・・・羊が2匹・・・羊が3匹・・・」


 羊・・・?


目を開けて周囲を見る。当たり前だけど部屋の中に羊なんているわけがない。寝返ってソニアの方を見ると、ソニアは目を閉じながら「羊が6匹・・・」と呟いていた。


 どんな寝言だよ・・・。


俺はそんなソニアの寝顔に手を伸ばす。いつものことだけど、ソニアが真横で寝ているとつい触れたくなってしまう。好きな人が横で寝てるんだから、男なら誰しもがそうだと思う。


 ・・・かと言って流石に体に触ることは出来ないから、頬を突っつくくらいだけど。


ソニアの柔らかい頬に小指をぷにっと沈ませる。


「うひゃあ!?」


ソニアが飛び起きた。背中の羽をパタパタとさせながら、自分の頬を手で押さえて困惑したように目を点にして口をポカーンと開けて俺と俺の小指を交互に見てる。


 起きてたのかよ・・・っていうか何だその顔、可愛いなおい。


「び、びっくりした~・・・急に何すんの!?」

「それはこっちのセリフだ。急にいもしない羊を数え始めてどうしたんだよ。幻覚でも見えてるのか? 大丈夫か?」


たまに寝てるソニアに同じ事をしてるなんて悟らせないように表情を取り繕いながら言う。


「幻覚じゃないし、大丈夫だよ! これは眠れない時のおまじないみたいなものなの!」

「何だそれ。羊を数えれば寝れるのか?」

「いや、分かんないけど、数えてるうちに眠くなる的な? そんな感じ」


 なんだそのふわっとした知識は・・・いったい誰から聞いたんだよ。くるみ村に居た頃にマリかジェシーあたりから聞いたのか?


「というか、羊は1匹じゃなくて1頭だろ」

「え、匹じゃないの?」

「・・・」


 ・・・1頭だよな?


「まぁ・・・何でもいいけど数えるなら声に出さないで数えてくれ。気になって俺が眠れない」

「あ、そうだよね。ごめんね?」


再び寝袋に入ったソニアが俺の瞳を真っ直ぐに見つめながら謝る。可愛いから許す。それに、そもそも別にそんなに怒ってないし。


「じゃあ、寝るからな」

「うん、おやすみ」


俺は仰向けになって、もう一度目を閉じる。


「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・羊が1匹~・・・羊が2匹~・・・」


 また数えだした!? さっきの会話は何だったんだよ!


ソニアの可愛らしい声で「羊が3匹~」と耳元で延々と羊を数えられる。羊が20匹を超えた辺りで不思議と心地よくなってきた。


 まぁ、これはこれでアリかもな。なんか癒される。


ソニアの声を聴きながらそんなことを考えていると、気が付いたら俺は眠っていた。


・・・。



「・・・うぅっ!?」


右腕に強烈な痛みを感じてバッと起き上がる。


 ・・・右腕が・・・ない。さっきのは昔の夢か・・・。


左手で右腕があるハズの場所をスカスカと掠めて、俺は失ったモノを思い出して、夢との落差に右腕以上に心が痛くなる。隣りを見ても、いつも居たソニアの姿は無い。


「ここは・・・どこだ?」


周囲を見回す。どこかで見たような白い壁に、綺麗なベッド、横には小さな棚や、包帯などの医療器具。そこで気が付いたけど、俺の右腕の断面には包帯が巻かれていた。


 誰かが治療してくれたのか? 包帯に血が滲んでないってことは、かなり長い間意識を失ってたのかもしれないな。


部屋にある窓の外を見ようと体を動かそうとした時、ガラララっと部屋の引き戸を開けて誰かが入ってきた。


「おや? ディル様。お目覚めでしたか」

「あなたは・・・」


シワだらけの白衣に、ボサボサの黒髪に、疲れきったような隈に、黒目。


「クロミツです。スズメの師匠であり、カイス妖精信仰国の第一研究所の所長です。以前にディル様の健康診断をさせていただいたではありませんか。ここはその時に使った病院ですよ。・・・覚えていませんか?」


クロミツさんはそう言って心配そうに俺の顔を覗き込む。


「いや、覚えてる。・・・覚えてます。俺を治療してくれたんですか?」

「ええ・・・まぁ、治療と言ってもその右腕は治せませんでしたけれど」


 まぁ、治すも何も右腕が無いからな。


「とりあえず、ありがとうございます。それより聞きたいんですけど・・・」

「その前に! 医師として軽く問診させてください。質問はそれが終わってからです」

「あ、はい・・・」


有無を言わせないような迫力で顔を近付けながらクロミツはそう言うと、ベッドの横にあった椅子に腰かけて、白衣から紙を出して、部屋の棚からインクとペンを取ってサイドテーブルに置く。


「さて、まずは簡単な質問から・・・ご自分の名前と年齢、出身地などは分かりますか?」

「名前はディル。年齢は14歳。出身はグリューン王国くるみ村。好きな女の子はソニアです」

「聞いていないことまでわざわざありがとうございます」


クロミツは言いながら紙に何かを書き込んでいく。今の受け答えのどこにわざわざ書くようなことがあったのか。


「では、意識を失う以前のことは覚えていますか?」


その質問に、俺は出来るだけ思い出さないようにしていた記憶を呼び出す。


「2人で旅をしてた俺達は、ソニアの昔の記憶・・・大妖精だった頃の記憶を取り戻す為に、カイス妖精信仰国の浜辺で、俺の両親と泡沫島の研究者達と戦ってました。その最中で片腕を失った俺は、記憶を取り戻す為の眠りに入ったソニアを連れた莢蒾の妖精と、それを追ったお父さんを追って、城の墓地に着いた。そこで・・・そこで人間のサイズになったソニアが現れたんです」

「人間のサイズ? 妖精から人間になっていたということですか?」

「違います。羽もあって、耳も尖ってました。たぶん・・・あれが大妖精の姿なんだと思います」


 人間サイズになっても変わらず可愛いし、俺よりは身長が低くて安心したけど、その瞳に俺は写っていないみたいで・・・ダメだ・・・思い出しただけで泣きそうになる。


「私達は今まで大妖精様とお呼びしてましたけど、厳密には大妖精ではなかったのですね」


 そういえば、ミドリさんがいつだったか私達はただの偉い妖精だとかって言ってたな。

 

「それで。その大妖精になったソニア様が現れたあとは何があったんです?」

「何があったわけではない・・・けど・・・ソニアは俺を覚えてた」

「ん? それは良かったですね?」


 よかった・・・のか?


「だけど、ソニアの心の中に俺の居場所は無かった・・・『もう会うことはないかもしれないけど』、そう言って闇の大妖精っぽいやつと一緒に消えていった。そこで多分、俺は意識を失った」


 もしも・・・大妖精になったソニアに俺の記憶が無ければ、まだ記憶を取り戻させれば何とかなると思えたかもしれない。でも、ソニアは俺をしっかりと覚えてた上で『会うことはない』と言った。


心の中が絶望の色で染まっていく。もう・・・何もかもがどうでもよくなってきた。


「大妖精様の記憶ならば、私達が想像も出来ないような膨大な量になるでしょうからね。価値観や感性が変わるのも当然でしょう。・・・それよりも―――」

「それよりも!? 俺はそれどころじゃないんだよ! もう・・・どうしたらいいんだ!! 俺はずっとソニアと一緒にいたいんだ・・・いたかったんだ!!」


クロミツの白衣を左手で掴んで怒鳴る。八つ当たりだって分かってる。でも、そうでもしないと心が壊れてしまいそうだ。


「ハァ・・・誰かとのお別れなんて大人になれば何度も経験することです。ましてや失恋なんて大半の大人が乗り越えてきたものです。初恋なんて実るほうが珍しいんですから」

「は? ・・・失恋?」


思いもしなかった言葉に目が点になる。


「要は好きな女の子に振られてショックなだけでしょう?」

「振られるも何も・・・俺は想いを伝えてない・・・俺は・・・ソニアに・・・どうしたらいいんだ?」

「そんなこと私に言われても知りませんよ。ダラダラと女々しく想い続けるのか、もう一度会って告白してしっかりと振られて気持ちを切り替えるのか、それともきっぱりと忘れて生きていくのか、好きにしたらいいじゃないですか」

「もう一度・・・会う?」


 会うことはないって言われたのに?


「探して会えばいいじゃないですか。魔物が存在している以上、想いを寄せる相手が突然亡くなることはそれなりにあることです。でも、それに比べてソニア様は亡くなったわけじゃないですよね? 金髪の大妖精様なんて目立つ存在、簡単に探せると思いますけど」


 そうか・・・会うことはないって言われたけど、自分から会いに行けばいいんだ。


「俺、ソニアに会いに行きます!」

「そうですか。立ち直ったようで何よりです。でしたら話を続けてもいいですか?」

「あ、はい」


 なんか調子狂うなぁ・・・。でも、お陰で目的が出来た。会って想いを伝えて、受け入れてもらえるかは分からない、というか可能性としては断られる方が高いと思う。でも、それでも俺は諦められない。気持を切り替える為じゃない、ただ、そうしたいからするんだ。


「ディル様にお伝えしなければならないことが幾つかあります」

「はい」


クロミツは何かを書き込んでいた紙を白衣のポケットに仕舞って、話を進める。


「まず、ディル様は10日間ほど眠っていました」

「思ったよりも短いですね・・・右腕の血が止まってるからもっと経ってるのかと・・・」

「確かに。まだ傷口が塞がったわけではないですけど、血は止まってますね。恐るべき回復能力です」


 ただ俺の体が凄かっただけか。・・・何か急にお腹空いてきたな。


「それと、一緒に墓地で倒れていた一流冒険者のルイヴ、ディル様のお父様ですね。彼は妖精様への数々の無礼や器物破損、他にも様々な罪状で牢屋に入れましたが・・・いとも簡単に脱走されてまったそうです。同様にサディや泡沫島の研究者達の姿も見当らなかったと聞いています」


 お母さんも泡沫島の研究者達も・・・たぶんもう逃げてこの国にはいないだろうな。本当は両親を探す為に旅に出たのに、今となってはもうどうでもよくなってきてる。


「あとは・・・ディル様の目が覚めたら国王陛下がお会いになりたいと仰ってました。何でも禁書庫に案内したいとか・・・羨ましい限りです。私も禁書庫に入りたいです」

「今からですか?」


 禁書庫とかはどうでもいいけど、聞きたいことはある。でも、その前に何か食べたい。


「いいえ、明日か、明後日か・・・ディル様がある程度回復してからになると思います。10日前のことに関してはその際に国王陛下に直接聞いてください。恐らく私よりは詳細を知ってるでしょうから」

「分かりました」


それからクロミツは他の看護師に食事を持ってくるように伝えて、軽く体の調子を見てもらったりしたあと退室していった。


1人になった俺は、窓の外に視線をやる。夕陽が見えた。


 ソニアも同じ夕陽を見てるのかな。


・・・。


「いきなり胃に物を入れるとビックリしてしまいますからね」


看護師にそう言われて置かれた料理はお粥というものだった。


 とりあえず出されたから食べたけど、食べた気がしない。肉が欲しい。


食器を回収しに来た看護師と一緒にクロミツが来た。「食後に体調に変化はないか」と聞かれたから「肉が食べたい」と答えた。


「やはり普通の人間とは違うみたいですね・・・眠ってる間にも少し調べましたが、まるで魔石が無いのに身体強化をしているような・・・それくらいの回復スピードです」


 そういえば、魔石も魔剣も盾も砂浜で失くしちゃったんだったな。まぁ、ソニアから貰った指輪さえ無事ならいいか。・・・・・・・って、え? 寝てる間に調べたってどういうことだ!?


「ね、寝てる間に俺に何をしたんですか!?」

「別に何もしてませんよ。毎日服を脱がして体の隅々まで見て怪我の経過観察をしていただけです」


 そ、それは・・・普通のことなのか?


よく分からなけどゾワリと鳥肌が立った。


クロミツは気が済むまで俺の体をベタベタと触ったあと、満足そうに立ち上がって「また明日の朝に来ます」と言って扉に向かう。


そして、扉を開けたところで振り返る。その時の顔が今までとは違って凄く真面目な顔で、部屋の空気が一気に重くなった気がした。


「10日前から、スズメの姿を見ません。捜索隊が出されていますが、それでも見つかりません。・・・何か知りませんか?」


 ・・・っ。


言葉に詰まる。『可哀想だけど、海の底に沈めて来たわ』・・・スズメの相手をしていたお母さんはそう言っていた。


「ソニアのことで頭がいっぱいで・・・」


俺は真実を伝えることも噓を言うことも出来ずにそう誤魔化した。クロミツは一言「そうですか」とだけ言って退室していった。


 どう答えるのが正解なんだよ・・・ソニアのことといい、スズメのことといい・・・頭がいっぱいだ。


・・・。


目を閉じるけど、こんな状況で眠れるわけがない。瞼の裏に浮かぶのはソニアの顔ばかりだ。


 とにかく今は体を回復させなきゃいけないのに・・・。


目を閉じればそこにソニアの顔があるのに、目を開ければそこにソニアはいない。どう頑張っても眠れそうにない。


『これは眠れない時のおまじないみたいなものなの!』


ソニアの言葉を思い出す。


「羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹・・・」


俺は朝日が昇るまで羊を数え続けた。

読んでくださりありがとうございます。

ディルの身長は170㎝で、スズメの身長は171㎝、大妖精ソニアの身長は156㎝です。

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