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270.【マリ】お、おお、落ち着いてくだちゃい!

「マリさんとナナ先生は大人しくしててくださいね!」


ヨームは私達にそう言って、慌てて部屋を出ていった。


 ヨ、ヨームが慌てたよ・・・。


ヨームが冷静でいるなら、安心だって思ってた。でも、ヨームは血相を変えて険しい顔をしてた。


 そ、そうだよね・・・あんな大きい魔物が出たんだもん。慌てない方がおかしいもん。


さっきまで一緒に楽しくお喋りしてた女の人達が「大丈夫かしら?」「あの魔物は大人しいハズよね?」って心配の声を出すなか、私は窓に張り付いて大きな魔物を見つめる。


 大丈夫。ヨームは慌ててだけど、あの魔物がこっちに来るかなんて分かんない。きっとこないよ。うん。


そんな私の願いは、一瞬で消えちゃった。

大きな魔物がこっちに向かって泳いできた。明らかに私達の船を見てる。目が合ったような気がした。


「ひっ・・・」


体中から変な汗が噴き出てきて、呼吸が荒くなって手足が震える。無意識に横に手を伸ばすけど、そこには私を守ってくれるヨームも、いつも頼りになるお父さんも、安心させてくれるお母さんもいない。いるのはちっちゃな妖精のナナちゃんと、体を震わせて身を寄せ合う女の人達だけだ。


「ど、どうしょう! あの大きな魔物に食べられるちゃうよ! ナナちゃ・・・」

「あわわわわわ!!! ??? や、やや、やばいでしゅよぉ!? 食べられちゃいますよぉ!? あわわ、マリちゃん!? お、おお、落ち着いてくだちゃい!! あ、あんな魔物、私がちょちょいのちょいですかりゃ!!」


そう言って、羽をパタパタさせながら必死にコップに話しかけるナナちゃんの後ろ姿があった。


 誰に話しかけてるの? 落ち着くのはナナちゃんだよ・・・。何だろう・・・逆に落ち着いてきた。ナナちゃんが私の分も取り乱してくれてるお陰かな。


 うん。やっぱり大丈夫だよ。慌ててたけど、ヨームが外に行ったもん。きっとヨームがどうにかしてくれる。私の騎士様を信じよう。


そう思いながら大きな魔物を見ていると、ヨームが空中を歩いて魔物に魔法を放ち始めた。


 あ、くるみ村でナナちゃんとコルトさんと一緒に作ってた魔道具の靴だ。私はもっと可愛くしたかったのに、結局は踵の部分にハートマークを付けることしか許されなかったっけ。それでも、ヨームは凄く嫌そうな顔をしてたけど。


「ま、魔物が去っていくわ!」


別の窓から外を見ていた女の人が安堵するように叫ぶ。


 違う。ヨームを追っていったんだ!


大きな魔物は、この船から自分を攻撃してきたヨームに標的を変えて追っていっちゃった。そして、少し遅れて小舟に乗った冒険者達がヨームと魔物を追って船から出ていく。


 ヨーム・・・無事に戻ってきてね。ううん、怪我をしてもいいから、絶対に戻ってきて。そしたら、私が治してあげるから。ヨームは私の騎士様なんだから、私の傍にいないとダメなんだからね。


「ひぃぃぃぃ!! 魔物はどこまで来てますか!? もうすぐそこまで来ちゃってますかぁ!? 私は美味しくないですぅ!! レモンとか掛けて食べないでくださぁい!!」


訳の分からないことを言って、空になったコップの中に頭を突っ込んで、足と羽をバタバタさせるナナちゃんを横目に、私は手を胸の前で握って祈る。まだソニアちゃんがくるみ村にいた頃、「お願い事をするポーズだよ」って教えてくれた、


 何とかなりますように。


そんな私を女の人達が「きっと大丈夫よ」ってギュッと抱きしめてくれる。お母さんとは違って安心はできないけど、少しだけ心が楽になった気がした。


・・・でも、それもほんの少しだけのことだった。


 え、どうして・・・。


私達の前に、またさっきの大きな魔物が海から出てきた。


 ヨ、ヨームは!? ヨームはどうなったの!? どうして魔物だけ戻ってきたの!? それとも、最初の魔物とは別の魔物なの!?


じっとしていられない!

私は抱きしめてくれてた女の人達の手を振り払って、ポシェットを持って駆け出す。ナナちゃんが「お、置いて行かないでくださぁい!」って泣きながら私の髪を掴んでくっついてくる。


甲板に出ると、大きな魔物の顔が目の前にあった。何かを探すようにキョロキョロと左右に振っていて、最後に船を見た。


「さっきのとは別の個体だ! 恐らく番だろう! 船の速度を落とすな! こいつがさっきの奴と違って大人しいとは限らないぞ!!」


船に残っている冒険者が声をあげる。その声を聞いたナナちゃんが「わ、私だってぇ!」ってちっちゃな拳を握って私の前に出る。


「み、見ててください!! 私は妖精でしゅ! 妖精の力で撃退しちゃいますからぁ!!」


そう言ってナナちゃんは大きな魔物に向かって手を翳す。


 そうだった! ナナちゃんは妖精で、あのソニアちゃんの妹で後輩なんだ! もしかしたらあの魔物をどうにかできちゃうかも!


そう期待を込めて、様子を見る。


「わぁ・・・大きな魔物の頭の上に丸い虹ができたよ。きれーい・・・じゃないよ! ナナちゃん何やってるの!?」


 虹は綺麗だけど、それだけ。大きな魔物は虹が出来たことにすら気付いてないよ。


「だ、だって! 私は虹の妖精です! それくらいしか出来ないですよぉ!! うわあああん!!」


 泣いちゃった・・・。


「冒険者じゃなくてもいい! 空の魔石を使える奴は少しでも風を送って船の速度を上げるんだ。急げ! 嚙みつかれるぞ!!」


皆が慌ただしく甲板を掻ける。


 わ、私はどうしたら・・・。


「ひゃわわわわ!! もうダメですぅ! お兄ちゃんごめんなさぁい! 推しの役には立てなかったですよぉ! ファン失格ですぅ!!」


 とりあえず、耳元でうるさいからポシェットの中に入れちゃおう。


私は横で浮いてる騒がしいだけのナナちゃんに手を伸ばす。


「うわあああん!! 最後に先輩に会いたかっ―――」


私がナナちゃんに触れようとした瞬間、突然ナナちゃんの言葉が途切れて動きを止めた。「交代だよ」、そんなナナちゃんの小さな呟きが聞こえたと思ったら、ナナちゃんはくるっと振り返って私を見た。まるで、さっきまでのナナちゃんとは別人みたいに落ち着いてる。


「マリちゃん、ワ・タ・シと違って、よく取り乱さないで我慢しましたね。大丈夫ですよ。安心して見てなさい。私はお姉ちゃんの妹。色を司る虹の妖精ナナですよ」


ナナちゃんは冷静にそう言って私の頭をちっちゃな手でポンポンと優しく撫でたあと、魔物の方を指差す。魔物は短い手足を振り上げて、船に攻撃しようとする瞬間だった。


 ダメッ!!


思わず目を閉じちゃう。


「ぐっ、ここまでか!」「この護衛が終わったらあいつと結婚するって約束したのに!」「この護衛の仕事を最後に危険な冒険者は引退するって娘に誓ったのに!」「うわあああ!」


冒険者達や商人の人達の悔しそうな声や悲鳴が聞こえてくる。


「・・・・・・」


 あれ?


何も起こらない。


「まったく・・・そんなあからさまな死亡フラグを立てたりするから魔物に襲われたりするんですよ」


聞こえるのはそんなナナちゃんの声と、ザブーンっていう波の音だけ。


恐る恐る目を開けると、さっきまで腕を振り上げた魔物が目の前にいたのに、その魔物は背中を見せて船から離れていっていた。


 どういうこと?


「見ろ!! 奥の方にもう一体いるぞ!!」

「え!?」


よく見ると、魔物が泳いで向かっている方向にはもう一体同じ魔物がいた。


「大丈夫ですよ! あれは私が出したホログラム・・・って言っても分からないか。幻みたいなものです! あの魔物は番を探してるみたいだったので、その番の幻を出しました!」


ナナちゃんが私の頭の上に立ってそう叫ぶ。


 よく分かんないけど、ナナちゃんのお陰で助かったんだ!!


私は頭の上に立っているナナちゃんをガシッと掴む。「ぐえぇ!?」って聞こえた気がしたけど、気のせいだと思う。


「ナナちゃん! すごいよ!! 最初は慌てるだけで何の役にも立たないし邪魔だなぁって思ってたけど、さすがソニアちゃんの妹で後輩だよ!!」

「へ? ・・・あ、ああ! そうですよね! さすがですよね! 私もそう思いました! いや、そうでしょう!?」


 何でだろう? さっきまでの頼もしいナナちゃんじゃなくて、慌てて取り乱してたナナちゃんに戻った気がする。・・・まぁ、どっちのナナちゃんも可愛いから大好きだけど。


冒険者や商人達が安心するように甲板の上で項垂れるなか、今、私が一番聞きたかった声が聞こえてきた。


「マリさーん、無事ですかー?」


小さな声だったけど、ちゃんと聞こえた。バッと声の方を振り返ると、冒険者の背に縄で括りつけられて船に引き上げれらてるボロボロのヨームが瞳に写った。「ひゅっ」と息をのんだ。


「ヨーム!!」


ナナちゃんを「ぐえぇ!」とポシェットの中に入れるついでに、治癒の魔石を取り出しながら駆け寄る。


「ヨーム!! 酷い火傷だよ!? 腕も面白い方向に曲がっちゃてるし・・・」

「面白いって・・・マリさん、もう少しマシな表現の仕方はないんですか・・・こっちは割とマジでヤバいんですけど・・」


 もう・・・こっちだって心臓が飛び出るくらいビックリしてるのに。


「マリさん、すみませんが早めに治癒の魔石を使ってくれませんか・・・僕、痛いの苦手なんです」

「う、うん!」


冒険者に降ろされて横になったヨームに、治癒の魔石を当てる。


 ヨームが元通りになりますように。・・・ついでに私のことを女の子として好きになりますように。


ヨームの体が緑色の光に包まれて、みるみるうちに皮膚の火傷が治っていって、面白い方向に曲がっていた腕も、面白い感じで戻っていく。


「ヨームは、私の騎士様なんだから、私から離れたらダメなんだからね・・・ぐすっ」


安心したら涙が出てきちゃった。

ヨームは横たわりながらそっと私の頬を伝う涙を拭ってくれる。


「僕は騎士様なんて柄じゃないですよ・・・ですが、全力でマリさんを守りますし、何が合っても、どんな状態になっても、必ずマリさんの下に帰ります。マリさんはパートナーと同じくらい大切な存在なんですから。・・・だから、泣かないでください。泣いてる子供を慰めるのは苦手なんですよ」


 ううん・・・苦手じゃないよ。


私は涙を引っ込めて、「子供じゃないよ!」ってヨームのおでこを指で弾いた。


・・・。


治癒の魔石を使って治したら、その分消耗する。ヨームはそのまま寝ちゃった。

体の大きな冒険者にお姫様抱っこされて運ばれていくヨームを見送って、何となく海を眺める。そこには、まださっきの大きな魔物がナナちゃんが出した幻に向かっている姿が見えた。


 ・・・あの幻はいつまで出てるんだろう?


そんなことを思いながら眺めてたら、突然大きな魔物がバシャァン!! と、何かに下から衝撃を与えられたみたいに、上空に打ち上げられた。


「え!?」


手すりにつかまって、身を乗り出すようにして打ち上げられた魔物を見る。 安堵の息を吐いていた冒険者や商人達も驚きの声を上げて私と同じように手すりから身を乗り出して魔物を見始める。


「さっきの魔物よりも強い魔物が海中にいるっていうのか・・?」


誰かがそんなことを呟いた。


 お願いだから、もう危険なことは嫌だよ・・・。


打ち上げられた魔物は海面に叩きつけられて、ぷかーっと浮かぶ。死んじゃったみたいだ。


「おいおい・・・ありえないだろ・・・」


黒い髪の冒険者が、闇の魔石を握りながら海に浮いてる魔物を凝視してそう呟いた。身体強化っていうのをして、目を強化して遠くを見てるみたいだ。


「な、何が見えたの?」


その冒険者の裾を引っ張って、恐る恐る聞いてみる。


「あの魔物をやったのは人間だ・・・浮いてる魔物の死体の上に人間が乗ってる・・・って、マジかよ・・・あれは・・・」


冒険者が顔を真っ青にする。


 こ、今度はなに!?


「ま、まずいぞ!! 魔物に気を取られて気が付かんかったが、海賊船が近くまで来てる!!」


 海賊船!?


「はぁ!? あんな巨大な魔物を1人で倒すようなバケモンがいる海賊とやり合うなんて無理だぞ! まださっきの魔物を相手にした方がマシなんじゃねぇのか!?」

「ごたごた言ってないでさっさと逃げるぞ!! 進路を変えるんだ! あの黒髪はこっちを見てた!」


 ・・・あの黒髪?


海賊、黒髪・・・といえば、ジェイク叔父さんが村に移住してきた時に、ジェイク叔父さんの見送りに来てた海賊のウィックさんを思いだす。常にバンダナをしてたけど、黒髪だったハズだもん。


「ねぇ、あの黒髪って、どんな人?」


同じような黒髪の冒険者の袖をクイクイと引っ張る。


「俺よりもずっと暗い色の黒髪の少年・・・いや、青年で、片腕だった」

「片腕?」

「ああ、右腕が無くて左腕だけだった。片腕であのモッサモサウルスを倒したんだ」


冒険者は「同じ闇属性持ちでも、俺には天地がひっくり返っても無理だ」って怯えるように首を振る。


ウィックさんって片腕じゃないよね? 片腕だったのはジェイク叔父さんだし、それも失くしてたのは右腕だった。それに、腕はちゃんと私が治したし、ジェイク叔父さんは青髪だし、今もくるみ村にいる。ありあえない。


 ・・・じゃあ、誰なんだろう? 片腕を失ったウィックさんかな?

読んでくださりありがとうございます。

ナナ(彩花)「私は終始冷静でしたけど? え? めっちゃ慌ててたって? 気のせいじゃないですか?」

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