26.愛嬌のある謝罪と美味しそうなパン
「わー!美味しそう!」
「え・・・っと、あの・・・その・・・」
わたしは今、広場にある噴水の前で簡素なテーブルの上に美味しそうなパンを並べて売っている少女を困らせている。道行く人がギョッと驚いてわたしを見てくる。立ち止まって注目する人もちらほらといて、少しずつ人だかりが出来ていく。
「ここに置いてあるパンって、あなたが作ったの?」
「あ、はい・・・そうですけど」
テーブルの上に置かれたパンは、形は不格好だけど色々な種類があってとても美味しそうだ。きっと朝早くから沢山コネコネして焼いたのだろう。
「どれも美味しそうだけど、おすすめとかはあるのー?」
「あ、一応このクルミの入ったパンなんですけど・・・あのぅ・・・本当に美味しそうに見えますか?何ていうか、凄く形が悪いと思うんですけど・・・」
少女はテーブルの上の目立つところに置いてある不恰好なパンを震える手で指差してごにょごにょと言う。
「確かにミミズみたいな変な形だけど、美味しいからこうして売ってるんでしょ?」
「あ、当たり前です! お客さんに不味いパンなんて絶対売りません!・・・誰も買ってくれないですけど」
「見た目は大事ですよね」と自分で言って肩を落とす少女に、わたしは一層明るい笑顔を作って問い掛ける。
「わたしには美味しそうに見えるけどね! ・・・ところで、いつもここで売ってるの?」
「いえ、いつもは父のお店の手伝いをしているんですけど、この前の大きな音で父が腰を痛めてしまって・・・それで普段は父がやっているパンの仕込みと成形を私がしたんですが・・・お店に形の悪いパンを並べる訳にはいかず・・・」
そ、そうだよね・・・あんなに雷の音が鳴り響いたらビックリしちゃうよね。 ごめんなさい!もっと静かに出来れば良かったんだけど・・・調子に乗っちゃいました!
「えーっと・・・お父さんは大丈夫なの?」
「あ、はい。3日くらいでで治るだろうと医者が言っていたので・・・」
「よ、良かった~!わたしのせいでお父さんが一生働けなくなったらどうしようかと思ったよー」
「え・・・?「わたし」のせい?」
ん?違うよ? 少女のせいじゃない。
「ん-ん、違うよ。あなたのせいじゃない。わたしのせいだよ」
「いや、そうじゃなくて・・・」
少女は眉を下げて困った顔になった。わたしもたぶん困った顔をしている。
「おーい!ソニアー!」
いつの間にか集まっていた物凄い数の野次馬達の奥からディルの声が聞こえてきた。
お? やっと来たのかな?
「すまない、道を開けてくれないか?」
モーゼの海割りのように人混みを割って、護衛の騎士達を先頭に王様とディルと、その後ろからヨモギちゃんとツクシちゃんが緊張した面持ちでこちらに歩いて来た。
「国王様!?」「あの男の子は誰だ?」「あの妖精と話すのか?」「あのメイドと結婚したい」
野次馬達がわたしと王様達へ視線を向けてざわざわしだす。わたしの隣にいるパン屋さんの少女が、口角をひくつかせて所在無さげに非常に気まずそうにしている。置いてあるパンとテーブルを簡単には退かせないため、この場から離れられないようだ。
「凄い人だかりが出来てたからすぐにソニアが居るって分かったぞ!」
ブンブンと元気に手を振りながら駆け寄って来るディル。人間だった頃に実家で飼っていた犬みたいだ。
「ディルも来たんだね。声を拡張するとかいう魔石は持って来たの?」
「わ、私とツクシが持っています」
ヨモギちゃんが「はいっ」と勢いよく挙手した。
「ヨモギちゃんとツクシちゃんが魔石を発動させるの?」
「は、はいぃ、ソニアちゃ・・・ソニア様と交流があって空属性の適正がある者、ということで、ヨモギと私が・・・」
「そうなんだ、よろしくね!」
近くに居る人は見知った人の方がいいからね!
「話は済んだか?」
「うん!」
何故か既に疲れた顔をしている王様にグッと親指を立てる。
「・・・では始めるぞ。メイド、魔石を発動させてくれ」
「はい」
ツクシちゃんが王様の口元にマイクのように魔石を当てる。何となくディルの姿を探したら、気まずそうにしている少女からパンを買っている最中だった。
ディルってお金持ってたんだ・・・あとでわたしにも買ってくれないかな? ミドリちゃん達へのお土産にしよう。これでお茶を濁すんだ。
「「皆、突然のことで驚いていると思うが、今この場で先日の王都内での魔物騒動と、昨夜の轟音と不思議な灯りについて説明しようと思う」」
おお!凄い!本当に魔石から声が広がってる! まるで拡声器!
わたしの横で魔石を持ってスタンバイしているヨモギちゃんにコソコソと話しかける。
「ねぇねぇ、ヨモギちゃん」
「なんですか?」
ヨモギちゃんが周りを気にしながらコソコソと返事する。
「この魔石を持って等間隔に並んだらさ、ずっと遠くの国まで声を届けられるんじゃない?」
「え?録音の魔石を使った方が良くないですか?」
「そんな魔石があるの?魔石って魔物の能力を発動させるんでしょ?」
「ありますよ。この魔石と闇の魔石を使って、合成?っていうのをするんです」
「へぇー、合成かぁ、何か奥が深そうだねー」
ちょっと興味が湧いてきた。人間だった頃の知識を活かせば何か再現できる物があるかもしれない・・・けど、わたし頭使うのは嫌いなんだよね。今のままで不便してないし、無駄な事は考えないどこ。
「便利な魔石が作れるんですけど、2つの属性が入ってるので使える人は多くないらしいですよ」
「ヨモギちゃんは何の属性が使えるの?」
「緑と空の属性が使えます。ツクシも同じなんですよ」
ディルは闇の魔石が使えるんだよね。他にも違う属性を使えるのかな?
「「それでは、ソニア様からお願いいたします」」
突然王様が振り返ってわたしを見上げる。
「え?」
王様が私に話を振った。皆がわたしに注目している。
やば!どうしよう!王様の話1ミリも聞いて無かった!ヨモギちゃんも慌てて魔石を発動させてるし・・・。王様の横でマヌケな顔してもぐもぐとパンを食べてるディルが憎たらしい。というか、わたしもそれ食べたい。
「「は、初めまして!わたしは妖精のソニア!よろしくね☆」」
とりあえず、パチッとウィンクを決める。誰かがボソッと「かわいい・・・」と呟いたのが聞こえた。
まずは自己紹介。可愛いウィンクで親しみやすい印象を与えるのだ・・・そして・・・
「「昨晩の轟音で、驚いたり、怪我をしたりした人がいるよね。あれは、雷っていうわたしが司る自然で、魔物達を追い払うために使ったんだけど・・・・。えっと、とにかく、あの轟音はわたしがやりました。驚かせちゃって、ごめんなさい」」
ペコリと頭を下げる。観衆がざわめきだしたのが分かった。頭を上げると、妖精が謝罪したことに皆が驚いている。
説明して謝罪。ディル、見てる?これが大人なんだよ。人に迷惑をかけた時はキッチリと謝る。誠実さを見せて信頼度アップだ。
それに、あの少女のお父さんみたいに実際に怪我をした人がいるわけだし、わたし自身ちゃんと反省しないとダメだ。後悔はしてないけどね? ただ、もうちょっと周りに気を配れたんじゃないかって。
「妖精様のせいじゃないぞ!」「魔物達を追い払ってくれてありがとうございます!」「妖精様のお陰で皆元気です!」「だらだらしてばっかりの主人にはいい刺激だったわ!」
皆がわたしの謝罪を快く受け入れてくれた・・・んだよね?きっと最初のウィンクが効いたんでしょう。
「「わたしは皆と仲良くしたいから、どうかこれからは、わたし含め妖精のことをあまり怖がらないでね!」」
パチパチと大きな拍手が沸き起こる。
うんうん、これだよね。拍手だよね。緑の森で自己紹介した時とは大違いだね。
「「あ!最後に、わたしは緑の森近くの小さな村に、たまに遊びに行く予定だから、良かったら会いに来てね!」」
ディルが視界の端で、グッと親指を立てたのが見えた。
「「改めて、皆忙しい中わざわざ足を止めさせてすまなかった。後ほど民達には、別の形で事の経緯を知らせる。この場での説明はこれで終了とする」」
ヨモギちゃんとツクシちゃんが魔石の発動を切った。王様達は人だかりを割って歩き、近くに停めてあった馬車に乗ってさっさと城に戻っていった。忙しい中、無理して来たのかもしれない。
「ディルは行かなくてよかったの?」
わたしの横で追加のパンを買おうとしているディルの肩に乗って話しかける。
「俺はソニアと一緒がいい」
「そっか。というか、ディルってお金持ってたんだね。わたしにもパン買ってよ」
「いいけど、こんな大きいの食べれるのか?いや、俺からしたら全然大きくないんだけど。ソニアの身長よりも大きいぞ?」
「緑の森の妖精みんなで食べるから大丈夫!」
妖精の大きさなら一つで何十人分もありそうだ。まさにお土産にピッタリだね。
「どどどど、どれにいたしましゅか!?」」
何故か緊張しまくった少女が嚙みまくりながら並べられたパンを紹介してくれる。
バターロール、メロンパン、クロワッサン、パンオショコラ、形は悪いけど色々なパンが並んでいる。
うーん、やっぱり最初に少女が言ってたオススメにしよう!迷ったらオススメ!
「このクルミが入ったやつ!」
「・・・このクルミのパンをください」
わたしが指差すと、ディルが注文した。
「え、えっと、あの・・・お代は要りません。それに・・・本当にこんな形の悪いパンをお土産にしていいんですか?」
嬉しさと不安が入り混じったような表情でわたしとディルを見る。
「みんな形を気にするような妖精じゃないし、全然問題ないよ!」
「そ、そうですか・・・?」
「それと!お金はちゃんと払うよ!」
払うのはディルだけどね!
「そんな!妖精様からお金を取るなんて・・・」
「妖精じゃなくて、わたしはお客さん!お金はちゃんと払うよ!」
わたしのお金じゃないけどね!
「じゃあ、そのクルミのパン頂戴!」
「あ、はい!ありがとうございます!」
笑みが零れるのを必死に我慢しているような顔で丁寧にパンを紙袋に入れてディルに渡してくれる。やっぱり自分が作ったパンが売れるのは嬉しいみたいだ。
ディルが「俺の金なんだけどな」とぼやきながらお金を渡した。
「ディル、今買ったパン少し千切って頂戴!」
「はいよ」
わたしはディルに千切って貰ったクルミのパンを、さらに自分で一口サイズに千切ってはむっと食べる。
「んんん!うまうまー!クルミの旨味がいい感じに生地に染み込んでて、甘くて美味しい!」
欲を言えば、もうちょっとクルミを砕いて欲しかったけど。妖精のわたしには少し大きい。
「あ、あの!俺にも同じやつをひとつください!」
未だにわたし達の様子を伺っていた人達の1人が少女のパンを買った。
「私はそのクロワッサン?みたいなのを」「俺はメロンパンっぽいやつを!」「同じのを2つください!」
次々と周りにいた人達がパンを買っていき、テーブルの上に並べられたパンは、あっという間に売り切れてしまった。
「私のパン、全部売れちゃった・・・・ふふふっ」
頬に手を添えて、ニマニマと幸せそうに笑う少女。
「嬉しそうだね?」
「あ、いえ!妖精様のおかげです!美味しそうに食べてくれたから!」
「それは少し違うぞ、ソニアが食べてたパンが美味しそうだったから皆買ったんだ」
「そう・・・なんですかね?そうだと嬉しいな」
少女は幸せそうに鼻歌を歌いながらテーブルを片付ける。
読んでくださりありがとうございます。クルミパンって美味しいですよね。




