268.【マリ】慌ててないから
ここ最近、多忙により、更新頻度を3日に1話だったところを4日に1話に変更します。
次話の更新は16日の11時です。
「いやだぁ~~!」
「我儘言わないでください! さっさと行きますよ! マリさん!」
宿の入り口にある柱に必死に掴まる私を、ヨームがお腹を掴んでグイグイと引っ張ってくる。
「もうすぐ出港の時間なんですから、まだ遊びたいなんて子供みたいな我儘言わないでくださいよ! もう大人なんでしょう!?」
「だってー! まだ虹を見てないし、水の山にも行ってないし、水の妖精にもアンナさんの赤ちゃんにも会ってないよ!」
それなのにもうブルーメを離れるなんて嫌だよ!
「今はブルーメで虹を見ることは出来ないですし・・・というか虹の妖精のナナ先生がいればいつでも見れるじゃないですか。それに、水の妖精も不在です。アンナさんの赤ちゃんさんは今朝一目チラッと見たじゃないですか」
「うっ・・・うぅ・・・でもぉ・・・不在かどうかなんて行ってみないと分かんないしぃ・・・」
だから今からでも水の山に・・・。
「水の山には昨日の夜にナナ先生が行ってますよ。・・・そのナナ先生が水の妖精が不在だって教えてくれたんですから」
「え!? そうなの!? ナナちゃん!」
柱にしがみつきながら、私達の横でフワフワと浮きながら新しいお菓子昆布をくちゃくちゃしてるナナちゃんを見る。
「あ~、行ったみたいですね」
「行ったみたいって・・・ナナちゃんが行ったんじゃないの?」
「まぁ・・・そうですね」
そんな・・・そんなのって・・・
「ずるいよ! 私も行きたかったよ! どうして誘ってくれなかったの!」
「マリちゃん夜に起こしても起きないですよね? それに、例え行ったところで水の妖精はいなかったんですから別にいいじゃないですか。それに、マリちゃんはまだ遊びたいと言いますが、ソニア先輩やディル君を探さなくていいんですか? 2人に早く会いたくないんですか?」
「それは・・・会いたいよ」
「じゃあ、我儘を言ってヨームを困らせないで、さっさと出発しましょう!」
「うん」
掴まっていた柱から手を放す。そしたら、私を引っ張ってたヨームが勢い余って尻餅をついちゃった。私もその勢いでヨームのお腹にポテッと尻餅をついちゃう。
あれ? ・・・ヨームのお腹かたい。
ペタペタと触ってみる。なんだか癖になりそうな感触。
「あの・・・くすぐったいんですけど?」
ヨームに脇の下に手を入れられて持ち上げられる。そして横に退けられた。
「まったく・・・妖精の考えも理解出来ませんが、子供の考えてることも理解出来ませんね」
そう言いながらも「さ、行きますよ」って、私に手を差し伸べてくれる。私はその大きくて細い手を取って、頭の上にナナちゃんを乗せてヨームの隣りを歩く。
「そういえば、ナナちゃんは何をしに水の山に行ってたの? 遊びに行ってたの?」
「うーん・・・ソニア先輩の情報を集めに、なのかな?」
「何か分かった?」
「一歩進んで一歩下がった感じですね」
「???」
首を傾げる。頭の上に乗ってたナナちゃんが肩の上に落ちてきた。
そういえば、ディルお兄ちゃんもよくソニアちゃんを頭に乗せてたけど、こんなに落ちることはなかった気がする。どうしてだろう?
・・・。
私達が乗せてもらう商船は、とっても大きくて、たくさんの人達が乗ってた。
「今朝ブルーメに着いた別の商船の方によれば、昨日目撃された場所では魔物の姿は見えなかったとのことです。だからと言って安全と言い切れるわけではございませんが、それでも我が商船にお乗りいただけるのでしたら是非こちらに・・・」
昨日の昼にお菓子昆布をくれたおじさんが、凄く丁寧に船の中を案内してくれる。何でだろうと思ってたら、ヨームが「妖精のナナ先生がいるからだと思いますよ」って教えてくれた。妖精って凄い。
「じゃあ、マリさん。僕はハマーさんと難しいお話をしてるので、マリさんはナナ先生と一緒にさっき案内された部屋に行って先に休んでいてください。・・・ナナ先生、場所は覚えてますよね?」
お菓子昆布をくれた商船の偉いおじさんはハマーさんって言うらしい。またナナちゃにお菓子昆布をくれた。
私はお菓子昆布をくちゃくちゃしながら飛ぶナナちゃんの後ろをついて歩いて、この船での私達の部屋に向かう。その最中で、私達を見たこの船で働いてる女の人達がついてくる。
「見て、さっきハマーさんとお話してたちっちゃい子よ」
「妖精様もいるわ。私、妖精様って初めて見た。昆布がお好きなのかしら?」
「私は前にブルーメで波の妖精様をお見かけしたわ。子供達と砂浜で遊んでいたけど、妖精様が子供好きっていうのは本当なのね」
「ちっちゃい妖精様と、小さな幼女。とても可愛らしい組み合わせですね」
「幼女じゃないです」
くるっと振り返って、私のことを「幼女」って言った女の人を精一杯怖い顔で頬を膨らませて睨む。
私は幼女じゃないし、子供でもない。立派な女性なんだから。失礼だよ。
「わぁ! 可愛い! 頬を膨らませちゃって!」
女の人達にツンツンと突っつかれる。
「やめてください! 私は子供じゃないです!」
そう言って手を払うけど、「そうね~」って流されたうえに、抱き上げられた。確かに体は小さい方かもしれないけど、私はもう9歳だ。抱っこなんて恥ずかしい。
「あら? 妖精様はどこに行ったのかしら?」
女の人達の1人が言う。
「あっ」
どうしよう・・・ナナちゃんと逸れちゃった。きっと、お菓子昆布に夢中で私のことが見えてなかったんだ。
抱っこされながらキョロキョロと周りを見るけど、やっぱりいない。
「大丈夫よ。あなた達の部屋なら私も知ってるの。なんせそのお部屋を片付けたりして整えたのは私達だからね!」
女の人達に連れていかれる。さすがに重かったのか抱っこはやめてくれたけど、両手で手を繋がれて、ずっと頬っぺたを突っつかれる。やめて。
・・・。
「ほら、ここがあなたのお部屋よ・・・って、あら? あそこに浮いてるのって・・・」
部屋の扉の前には、不安そうに眉毛を下げてキョロキョロしてるナナちゃんが居た。私達に気が付くと、ぱぁっと明るい笑顔で手を振ってくる。でも、やっぱりお菓子昆布は片手に持ってる。
「マリちゃん!! どこに行ってたんですか! 心配したんですよ!」
「この人達に捕まってたの」
今も私の手を握って離さない女の人達を見上げる。
「マリさんを連れて来てくれたんですね! ありがとうございます!」
ナナちゃんはそう言って女の人達に頭を下げる。
おかしいな? まるで私が迷子になってたみたい。
その後も女の人達はお部屋の中まで入って来て、ナナちゃんと楽しそうにお喋りを始めた。ナナちゃんは聞かれたことを何でもかんでも話しちゃう。お陰で私がヨームのことが好きなのもバラされちゃった。ひどい。
「内緒にしてあげるわね」「フフッ、赤くなっちゃって、初々しいわね」「応援してるわよ!」
女の人達はそう言ってくれるけど、明らかに揶揄ってるような顔をしてた。ひどい。
結局ヨームが戻って来るまで女の人達は居座って、その間、私は突かれたり撫でまわされたり、大変だった。
「疲れちゃった・・・」
宿よりも少し硬いベッドにポスッとうつ伏せになる。
「フフフッ、マリちゃんは普段グイグイいくタイプなのに、逆にグイグイこられたら引いちゃうんですね。そんなところもソニア先輩に似てますね! ソニア先輩も押しに弱いんです!」
「そうなんだ・・・ナナちゃんは私よりもソニアちゃんのことを知ってるね。まだ1歳なのに」
「へ? あ、ああ! そうですね! なんてったって私はソニア先輩の後輩で妹ですから!」
私はソニアちゃんのお姉ちゃんだから、ナナちゃんも私の妹ってことだね。
その日はお部屋でゆっくりと休んで、少し船内を回ったあと、夕飯を部屋で食べて眠りについた。
・・・。
そして、それから3日が経った。
「それでね、ソニアちゃんがね、お酒は大人になってからだよ! って言うの。でも、ソニアちゃんもまだ8歳なのに飲もうとしてたんだよ? だらかね、私は駄目って叱ってあげたの」
「マリちゃんはその妖精さんのお姉さんなのね。偉い偉い。はい、お菓子あげる」
「えへへ」
私は女の人達とお部屋の中で楽しくお喋りしてた。最初は苦手だなって思ってたけど、子供扱いしたことはちゃんと謝ってくれたし、美味しいお菓子をくれるし、褒めてくれるし、それに・・・美味しいお菓子をくれる。・・・お菓子おいしい。
ナナちゃんは昆布を気に入ってるみたいだけど、私は普通に甘くて美味しいお菓子の方が好きだな。
隅で居心地悪そうに本を読んでるヨームと、そのヨームの頭の上でお菓子をくちゃくちゃしてる横で楽しくお喋りしていると、バシャシャーン! って音と一緒に船が揺れた。
「また魔物が出たみたいですね」
ヨームがそう呟きながら本から窓の外に視線を移す。私も女の人の膝の上からピョンって降りて、少し背伸びして窓を覗き込む。
「本当だ。今度は鳥さんの魔物だね」
「そうですね。まぁ、あれくらいならいつも通り護衛の冒険者達が倒してくれるでしょう」
そうらしい。商船の偉い人のハマーさんが、護衛に二流の冒険者を何人か雇ってるんだって。冒険者は三流、二流、一流で別れてて、二流はそれなりだってヨームが言ってた。一流は一握りしかいないとか、そして依頼料が凄く高いとか・・・よく分かんないけど、元一流の冒険者だった私のお父さんはとても凄いらしい。
「あ、鳥さん、落ちちゃった」
鳥さんの魔物が炎の玉に当たって海に落ちていく。
「あれはココカラトリスと言って、群れで行動する魔物です。ですが、一羽一羽は下級の魔石でも倒せる弱い魔物で、二流冒険者なら余裕で倒せるでしょう」
聞いてもいないのに、ヨームが勝手に解説をし始めた。
興味ないや。
私はヨームの解説を適当に聞きながら、窓の外で海に落とされていくココカラ・・・ココカラなんとかっていう鳥さんの魔物を眺める。
「マリちゃん、魔物が怖くないの?」
さっきまで膝の上に乗せてくれてた女の人が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「今はこわくないよ」
「マリちゃんは凄いのね。お姉さんは何度も魔物を見てるけど、未だに怖いわ」
「でも、私もこわい時はこわいよ?」
私がまだ小さい頃、グリューン王国の王都で見たブラックドッグは物凄くこわかったもん。ソニアちゃんを守らなきゃって必死で、ソニアちゃんの前で「こわい」なんて言えなかったけど、たまに夢に出てくるくらいこわかった。
「じゃあ、今はどうして怖くないの? あ、護衛の冒険者が倒してくれるから?」
「だってヨームが・・・」
そう言いながら、誰も聞いてないのにずっと魔物の解説をしてるヨームを見上げる。
「ヨームが慌ててないんだもん」
ヨームはとっても頭がいい。私なんかよりもずっと状況を理解してる。だから、ヨームが冷静だってことは、ヨームが何とかなるって考えてるからだ。何とかなるんなら、私はこわくない。
・・・その隣で浮いてるナナちゃんは「ま、また魔物が来ましたよ!? ど、どど、どうしたらいいんですか!? お兄ちゃん、ヒカリちゃん、助けて~~!」って意味の分からないことを言って慌てまくってるけど、ナナちゃんはまだ1歳だからしょうがない。
「マリちゃんには素敵な騎士様がついてるのね。見た目は少し・・・その・・・頼りないけど」
ヨームは引き籠ってばかりだから、きっと普通の男の人よりも細いのかもしれない。でも、お腹は硬かった。また触りたいな。
そんなことを思いながら窓の外を眺めてたら、群れの最後の一羽が火の玉で海に落ちていくのが見えた。その瞬間、海面から黒くて大きな口が出てきて、その最後の一羽を豆粒を飲み込むみたいに食べちゃった。
それと同時に、ザパパーン! と、最初の揺れとは比べものにならないくらい船が大きく揺れた。
「わぁ・・・」
思わず声が漏れちゃう。
海面から出てきた大きな口は、そのまま体を海の上に出した。私達が乗ってる船よりも大きくて長くて、ヨームよりも大きな手足が四つついてて、「グオオオオン!」って鳴いて、海の上に立った時に見えた胸の辺りには、ふさふさの黒い毛が生えてた。
「ねぇ、ヨーム。あれは何ていう名前なの?」
「あれはモッサモサウルスと言って、あの胸の毛はとても頑丈で・・・って、そんな吞気に解説してる場合じゃないですよ! ヤバいですよ! マリさん、ナナ先生、万が一の為に荷物を纏めておいてください!」
ヨームはそう言ってバッと立ち上がる。
「僕は護衛の冒険者達の援護に向かいます。二流の冒険者が対処法を知っているか怪しいですから。・・・いいですか? マリさん、ナナ先生は大人しくしててくださいね!」
ヨームは慌てて部屋を出ていった。
読んでくださりありがとうございます。
※次の更新は4日後の16日です。
ナナ(彩花)「ま、また魔物が来ましたよ!? ど、どど、どうしたらいいんですか!? お兄ちゃん、ヒカリちゃん、助けて~~!」
ナナ(朱里)(いくら何でも慌てすぎでしょ・・・引くわぁ)




