265.【マリ】安全な旅
「ねぇ、ヨーム。まずはどこを探す?」
くるみ村から王都に向かう馬車の中で、私は膝の上で鼻歌を歌ってるナナちゃんの頭を撫でながら、向かいに座って眠そうにコックリしてるヨームに話し掛ける。
「目的地はカイス妖精信仰国ですよ。僕としてはあまり気が進みませんけど、ソニアさんと最後に連絡をとったのがソコですし、カイス妖精信仰国は世界中の情報が集まる国ですからね。有益な情報が得られるハズです」
カイス・・・? えっと、ヨームの故郷だったよね。
「まずはグリューン王国に行って、そこからカイス妖精信仰国に向かう商船を探して、その船に乗せてもらうのが最短ルートです」
「へー」
「マリさんは難しいことを考えないで僕についてきてくださいよ」
「うん」
「約束ですよ」
「うん」
「・・・心配です」
何がだろう?
馬車でガタゴトと揺られて3日、グリューン王国王都に着いた。この3日で眠そうだったヨームはすっかり元気になって、ナナちゃんも産まれて初めての遠出だからか何だかソワソワしてる。
「じゃあ、マリさん。行きましょうか。くれぐれも僕から離れないでくださいね?」
ヨームがそう言って急に私の手を握ってきた。
「わぁ!」
びっくりして、ピョンって飛んじゃった。
「どうしたんですか?」
「う、ううん。何でもないよ」
どうしてビックリしたんだろう? そして、どうしてナナちゃんは楽しそうにニマニマしながらこっちを見てるんだろう?
「まずはお城に向かいますよ。そこで今日発のカイス妖精信仰国行きの商船が無いか聞いてみます」
「それってお城で聞くことなんですか? 港とかで聞いた方がいいんじゃないです?」
私の頭の上に座ったナナちゃんがそう尋ねる。
「まぁ、聞くだけならその方がいいかもしれませんが、見ず知らずの僕達を乗せてくれるかどうかは怪しいですからね。だから、お城に行って紹介状でも書いてもらおうと思ってるんです」
「そんな簡単に書いてもらえますかねー?」
「妖精のナナ先生がいれば大丈夫ですよ。この国は妖精に弱いですから」
「ま、そうかもですね!」
この国の人達は元々は妖精さんを怖がってたんだよね。でも、ソニアちゃんのお陰で国が助かってから、皆が妖精さんに感謝するようになったって、たまに村に来るカラスーリさんが教えてくれた。
私達はお城に向かって城下町をテクテク歩く。皆私の頭の上に乗ってるナナちゃんを見てる。
「あっ、あそこルテンお姉ちゃんのお父さんのお店だ~」
行きたいなって思ってたら、ヨームにグッと手を引っ張られた。
「ほら、やっぱり勝手に動こうとするじゃないですか。手を繋いでおいて正解でしたね」
「うぅ・・・だってぇ」
行きたい場所がそこにあったんだもん・・・。
「しょうがないですよ。マリちゃんはまだ9歳なんですから。ヨームこそ子供に対して大人げないですよ!」
「そう言うナナ先生はまだ1歳じゃないですか・・・何だかややこしいですね。この話はやめましょうか」
ナナちゃんは1歳なのにおとなっぽすぎるんだよ。ナナちゃんと同じ妖精さんで私と同じ歳のソニアちゃんは私よりも子供っぽいところあるのに・・・妖精さんって不思議。
・・・。
お城に着くと、ナナちゃんを見た門番さんがすぐにコンフィーヤ公爵のところに案内してくれた。実はヨームは私が旅に出るって言った時点でコンフィーヤ公爵にお手紙を出してたみたい。そう得意顔で言ってたヨームを、ナナちゃんが「何か腹立ちます」ってちっちゃい手で殴ってた。
「お久しぶりですわね。ヨームさん。それにマリちゃんも」
案内してくれた部屋に入ったら、机の書類を睨んで忙しそうにしてるコンフィーヤ公爵の横に立ってるカラスーリさんがニコリと挨拶してくれた。
「カラスーリさん!」
「フフッ。マリちゃんはまた少し大きくなりましたわね。弟さんは無事に生まれましたか?」
「うん! もう離乳食っていうのを食べてるんだよ!」
ギュッとカラスーリさんに抱きつく。相変わらず香水の匂いが凄いけど、嫌な匂いじゃない。お花みたいな匂い。
「マリさんは随分とコンフィーヤ公爵夫人と仲がいいんですね」
「ヨームは引き籠ってるから知らないんですね。カラスーリさんはよくくるみ村の様子を見に来てくれてて、妊娠中のジェシーさんに色々と助言をしてくれたりしたんですよ」
「なるほど、マリさんが懐くわけですね」
カラスーリさんはそれだけじゃなくて、王都の美味しくて甘いお菓子をコッソリくれたりするの。子供が好きなんだって。私はもう子供じゃないけど、優しいカラスーリさんは私も好き。
「ヨーム・ピス・カイス様。先日のお手紙を拝見させていただきました・・・」
「コンフィーヤ公爵。私はもうただのヨームです。畏まる必要はありませんよ」
カラスーリさんがまたコッソリとお菓子をくれる横で、コンフィーヤ公爵とヨームが真面目な顔で話し始めた。私もカラスーリさんから離れて、ヨームの隣に立つ。
「では、ヨーム。今日発のカイス妖精信仰国行きの商船を紹介して欲しいとのことですが・・・残念なことにカイス妖精信仰国行きの直近での商船は昨日出港していて、次は10日後になります」
「10日後ですか・・・」
じゃあ、その間王都でゆっくりするのかな? どうするんだろう?
横に立ってるヨームを見上げると、目が合った。私はコテリと首を傾げる。
「では、ブルーメからカイス妖精信仰国行きの商船はありますか?」
「ふむ。ブルーメですか。確かにここで待つよりはそちらの方が早いかもしれませんね。少し待っていてください」
コンフィーヤ公爵はそう言って、部屋の隅に立っていた男の人に何か言う。そしたら男の人はサッと部屋から出ていった。
「少し時間がかかるかもしれません。どうぞ座ってください。今お茶を運ばせましょう」
私とヨームはふかふかのソファにもふっと座る。
「わぁ、ふかふか!」
「マリさん、そんなにはしゃいだらはしたないですよ」
「フッ、気にしないでください。子供は元気が一番です。それくらいが丁度いい。私の子供はそのくらいの歳の頃にはすっかり可愛げが無くなってしまいましたからね」
コンフィーヤ公爵がそう言って暖かい視線を送ってくる。何だか恥ずかしいから、私はもうちょっと落ち着くことにする。
「あら、お澄まししちゃって、可愛いですわね」
今度はカラスーリさんに幼い子供を見るような目で頭を撫でられた。
もう、どうすれば大人っぽくなれるの?
待ってる間に話すことは、主に私の弟のユイ君のことだ。
「・・・それでね。ナナちゃんは近付いたら食べられちゃうと思って、ユイ君には近付けなくなっちゃったの」
「フフッ、赤ちゃんは掴んだものを何でも口に運びますからね。小さな妖精のナナ様は丁度いいサイズだったのでしょうね」
「もう・・・笑い事じゃないですよ。赤ちゃんの握力って思ったよりも凄いんですよ? 本当に食べられるかと思いました! 赤ちゃんはこわい生き物です!」
「え~、ちっちゃくて可愛いのに」
「私の倍以上大きいですけどね」
確かに、想像してみるとちょっぴりこわいかも。
「コンフィーヤ公爵、お待たせしました」
少し前に出ていった男の人が戻ってきた。男の人は一枚の紙をコンフィーヤ公爵に渡す。
「ふむ・・・ヨーム。ブルーメ発の商船はいくつかあるみたいですよ」
コンフィーヤ公爵はそう言って紙をヨームに見せる。
「そうですね・・・ブルーメまでの移動時間を考えると、この船が良さそうですね・・・」
「・・・丁度カラスーリが懇意にしている商船ですね。私よりもカラスーリの紹介状の方がいいでしょう。・・・カラスーリ、頼めるか?」
「ええ、勿論ですわ」
カラスーリさんは何やら立派な紙に文字を書いて、それを丸めて小包に入れてヨームに渡す。
「ありがとうございます」
「いえ、これくらいソニア様から頂いたご恩に比べたらたいしたことではありませんわ。それよりも、最近は世界中の魔物が何故か活性化していて、魔獣の目撃情報も増えてきました。くれぐれも気を付けてくださいませ」
コンフィーヤ公爵とカラスーリさんに「バイバイ」って手を振って、部屋を出る。部屋の隅に立っていた男の人が城門まで案内してくれた。
「今からブルーメに行くの?」
「そうですよ。寄り道せずに港に行けば、今日のブルーメ行きの船に間に合うハズです。マリさん、何度も言いますが、僕から離れないでくださいね」
「もう、子供扱いしないでよ。離れないよぉ」
またヨームに手を繋がれて、私達は港に向かう。
ヨームの手、おっきいなぁ。
「わぁ。見てみて! あっちの方にいる人達、色んな髪の色だよ。皆きれいな色~」
「マリさん、離れないでくださいって言いましたよね? というか、よくそんな遠くの人達まで目が行きますね」
「マリちゃんはソニア先輩に似て好奇心旺盛ですもんね!さすが先輩の姉を名乗るだけはありますよ!」
ナナちゃんにそんなことを言われるけど、何でかあんまり嬉しくない。
途中で馬車に乗って、ヨームがいつの間にか用意してた遅めのお昼ご飯を食べて、ヨームの膝の上で眠ってる間に港に着いちゃった。
「何だか懐かしいね。ヨームと最初に出会ったのってここら辺だったよね?」
ヨームと手を繋いで海に向かって歩きながら、「ね!」ってヨームを見上げる。
「そうですね。あの時はまさかこんな長い付き合いになるとは思いませんでしたよ・・・。確か、アソコら辺の屋根の上からマリさんを抱っこしたディルさんが降って来たんですよね」
ヨームがあるお店の屋根を指差すけど、そんなことよりもそのお店に出来てる人だかりが気になっちゃう。
「・・・何かあったのかな? 見てみよ」
近付いて見てみようとしたら、ヨームにまたまた手を引っ張られて引き寄せられる。
「見てみませんよ。絶対に面倒事です。迂回しましょう」
「でも、気になるよ。ナナちゃんもそうだよね?」
「え? 私は別に・・・」
ソニアちゃんだったらきっと一緒に見に行こうって言ってくれたのにぃ。
私がチラチラと人だかりの方を気にしてたら、ヨームが「はぁ」って溜息を吐いて、近くにいたおばあちゃんに声を掛けた。
「すいません、あそこで何があったんですか?」
「ああ、何でもお店の果物を盗み食いしたらしいんだよ」
「それだけであの人だかりが?」
「それが、その犯人は盗み食いをした癖に何でか偉そうに『何が悪いのよ!』って反抗してきたらしくてね。もうお昼くらいからずっとああして騒いでるんだよ。お陰でどんどん野次馬が増えていっちゃって・・・もし向こう側に行きたいならあっちの道から行くと近道だよ」
「ありがとうございます」
ヨームが頭を下げる。私も慌てて同じように頭を下げる。頭の上に乗ってたナナちゃんが足元に落ちてきた。「ごめんね」って言って、今度はポシェットの中にナナちゃんを入れる。
「そういうことらしいので、迂回していきましょう。マリさん」
「うん」
私達はおばあちゃんが教えてくれた道に向かう。人だかりの方から「もう! 何なのよ! お陰で皆に置いて行かれちゃったじゃない!」っていう凄く聞き覚えのある様な声が聞こえて来たけど、気のせいだよね。そんなわけないもん。
「これがブルーメに向かう船ですね」
ヨームが港に泊まってる大きな船を指差す。
「うん。安全にブルーメに行けるんだよね」
「ああ、そういえば、前回ブルーメに行った時は酷かったですもんね」
「ヨームのせいだよ?」
「マリさんが魔石を発動させたせいですよ」
ポシェットの中から顔を覗かせたナナちゃんが「何のことですか?」って首を傾げるから、私達が初めてブルーメに行った時のことを教えてあげる。
あの時は、初対面のヨームが古代の遺物っていう船を見て欲しいって絡んできて、私がその船に嵌められてた魔石を触れたら急に発動して、そのまま物凄いスピードで発進しちゃったんだよね。
「お陰で普通なら迂回するような危険な海域を直進する羽目になりましたし、挙句の果てにはブレーキが付いていなくて島に激突するところでしたし・・・本当に、よく無事でしたね。僕達」
「ね」
でも、私は楽しかったな。
私達はヨームの言う通り本当に何の寄り道もせずにブルーメ行きの船に乗って、何事もなくブルーメに着いた。
読んでくださりありがとうございます。ソニアがいないと平和ですね。




