264.【マリ】いってきまーす!
「ほっ・・・ほっ・・・ほっ・・・」
私、マリ。9歳。薄っすらと雪が積もり始めたくるみ村で、たくさんのパンを抱えて白い息を吐きながら走る。
「おや? マリちゃん。そんなに急いでどうしたんだい?」
後ろから声を掛けられる。
「ミーファおばさん! ユイ君がお腹を空かせてるの!」
「ユイ君・・・?」
「うん! 私の弟だよ!」
首を傾げるミーファおばさんに「バイバイ」って手を振って、家族が待ってるお家に向かって走って帰る。
「ただいまー」
カランコロンと鳴る玄関扉を開けると、眉毛をグッと寄せた怖い顔のお母さんが腰に手を当てて立ってた。その背中にはスヤスヤと幸せそうに眠ってる赤ちゃん・・・最近産まれたばっかりの私の弟のユイ君がおんぶされてる。
「マリちゃん!」
「な、なに? お母さん?」
ど、どうしよう・・・お母さん凄く怒ってる!
「マリちゃん。お父さんのお財布を勝手に持ってどこに行ってたの? その大量のパンは何かな?」
お母さんはそう言ってツンツンと私のおでこをつつく。
「パ、パンを買いに行ってたの」
「どうして? お腹が空いてたの? お昼ご飯ならさっき食べたでしょう?」
「ううん。違うの。お母さんがおトイレしてる時に、ユイ君が泣いてて、それで、お腹が空いてるのかなって思って・・・」
「はるほどね・・・優しいわね。でも、どうしてパンなのかしら?言ってくれれば、私がちゃんとユイ君用に作ったのに」
お母さんはそう言いながら私の頭を撫でてくれる。凄く心地いいけど、私はもうそんな子供じゃないし、例えお母さんでも言わなきゃいけないことがある!
「あのねお母さん。私ね、ユイ君にも美味しいものを食べさせてあげたいの。お母さんが作るユイ君のお料理は・・・なんか・・・まずそうなんだもん! ユイ君、せっかくお乳の他にも口に出来るようになったのに、あんなぐちゃぐちゃなお料理ばっかりじゃ可哀想だよ!」
赤ちゃんだって、美味しいものが食べたいに決まってるもん!
「フフッ、もう、マリちゃんったら可愛いんだから!」
「わっ」
お母さんはそっとしゃがんで、私を抱きしめる。そして「あのねマリちゃん。離乳食って言ってね・・・」って、ユイ君が食べれるものについて教えてくれた。
赤ちゃんって、普通の食べ物は食べられないんだ。私もそうだったのかなぁ。
「それにしても多いわね。そんなに買う必要あったかしら?」
「ルテンお姉ちゃんが、いっぱい食べさせてあげてねって、半分くらいは貰ったパンだよ」
「ルテン・・・絶対に面白がってるわね。まぁ、いいわ。これはデンガの晩御飯にしましょうか。マリちゃん、奥の部屋のテーブルの上にパンを置いておいて」
「はーい」
「よいしょ」と、いっぱいのパンをテーブルに置いたあと、置いたパンの一つを少し千切って持って、3階の自分の部屋に走る。
「あ、マリちゃん! どこに行ってたんですか? ヨームのところから帰ってきたら、ジェシーがマリちゃんがいないって騒いでたからビックリしましたよ!」
「ルテンお姉ちゃんのところにパンを買いに行ってたんだよ。はいどーぞ」
「むぐっ!?」
私が千切ったパンをあげたら、ナナちゃんは「少し冷めても美味しいですね」って言いながらもぐもぐする。そんなナナちゃんに、私はここ最近いつも聞いてることを聞く。
「ねぇ、ソニアちゃんとはお話出来なかった?」
「そうですねー。いつも通り出来なかったですね~」
ここ最近ナナちゃんは毎日ソニアちゃんに通信っていうのをしてるんだけど、全然繋がらないらしい。お母さんは「便りが無いのは元気な証拠」って言ってたけど、私は心配。
「ソニアちゃん。どうしちゃったんだろう・・・もう半年もお話出来てないよ」
「もうそんなに経ちましたか。まぁ、でも、ソニア先輩は大丈夫だと思いますよ。ただ・・・」
ナナちゃんが上を見上げながら何か言いかけた瞬間、お母さんがいる1階の方から「えぇ!?」っていうお母さんの驚き声が聞こえてきた。
「どうしたんだろう?」
「さぁ~」
私とナナちゃんはお互い見合ったあと、スッと立ち上がって1階に向かう。
「お母さんどうしたの? ・・・あれ?ミーファおばさん?」
お母さんは玄関でミーファおばさんとお話してた。ミーファおばさんは「さっきぶりね」って笑って手を振ってくれる。私も「さっきぶりだね」って返す。
「それで、お母さんは何を驚いてたの? 私の部屋まで聞こえてきたよ」
「それが・・・」
お母さんはそう言ってミーファおばさんを見る。そしたら、ミーファおばさんは一瞬だけ目を泳がせたあと、口を開いた。
「さっきね。ディルの両親が村に帰ってきたんだよ」
「え!? ホント! じゃあディルお兄ちゃんは!?」
ディルお兄ちゃんはお母さんとお父さんを探す為に旅に出たんだもん! 一緒に帰ってきたんだよね?
「私も気になって聞いたんだけど、そしたら逆に『ディルは村に帰ってないのか?』って聞かれてね・・・」
「ディルお兄ちゃんもソニアちゃんも一緒じゃないの?」
「その2人とは向こうでちゃんと会ったらしいんだけど・・・」
ミーファおばさんはそう言って視線を逸らす。大人がこういう顔をする時は、だいたい何か隠そうとしてる時だって私は知ってる。だから私はずいって近付いて、ミーファおばさんの顔を見上げる。
「どうやら・・・その・・・喧嘩しちゃったみたいなのよ」
「喧嘩・・・?」
「そう。大喧嘩。・・・あのねマリちゃん。ルイヴ・・・ディルのお父さんは、ソニアちゃんはもうこの村に帰ってこないって・・・そう言ってたの」
「え・・・」
ソニアちゃんが・・・?
「どうして!? ソニアちゃんは私の妹だよ!」
「そうね・・・マリちゃんがソニアちゃんのことを妹のように大事に思ってるのは知ってるわ。でも・・・詳しいことは濁されたけど、ルイヴは噓は言っていないように見えたのよ」
「う、噓だよ!」
ソニアちゃん、ディルお兄ちゃんのお父さんお母さんと一緒に帰るって言ってたもん!
「私、ディルお兄ちゃんのお父さんにもう一回聞いてくる!」
ダッと駆けだした私の手を、ミーファおばさんが「待って!」と掴む。
「ディルの両親はもう村にいないの! 言いたい事だけ言ったら、どこかに去って行っちゃったのよ!」
そんな・・・じゃあ、どうしたらいいの?
私は夕飯までの間、部屋で1人で考えた。ナナちゃんは何だか訳知り顔で「私はマリちゃんの答えを待つよ」って言って、窓際で鼻歌を歌ってた。妖精さんは気楽でいいな。
・・・。
よしっ! 私決めたもん!
夕飯の席で、私はギュッとフォークを握ってお父さんとお母さんを真っ直ぐに見る。
「お父さん、お母さん。私、ソニアちゃんとディルお兄ちゃんを探しに行く!!」
「ダメよ!」
「ああ、いいぞ」
お母さんはダメって言うけど、お父さんはいいって言ってくれてる。こういう時はだいたいお母さんの言うことに決まっちゃう。さっきだってお父さんだけ夕飯がパンしかないのを、お母さんが一睨みしただけで黙っちゃったもん。
「デンガ! 何を言ってるのよ! 探しに行くって村の中を探索するわけじゃないのよ!? 村を出て旅に出るってことなのよ!? 分かってる!?」
「ああ、分かってるさ」
普段ならお母さんに怒鳴られたらそれだけでションボリするお父さんだけど、今回は違った。
「もしかして・・・デンガまで一緒に探しに行くとかって言わないわよね?」
「本当ならそうしたいところだが、今はジェシーもユイもいるからな。2人を置いて俺がどっかに行くなんて出来ない」
「じゃあ・・・」
「だから・・・マリ、ヨームを連れてけ」
ヨーム? どうして?
首を傾げる私とお母さんに、お父さんは真面目な顔で口を開く。
「正直言うと、俺もジェシーと一緒で反対なんだ。でも、マリは誰に似たのか日に日にお転婆になって、相談も無しに勝手に行動することが多くなってきたからな。だから、俺達に黙って勝手に出て行かれるよりは、信頼できる人を付けて行かせてやった方がいいと思ったんだ」
ソニアちゃんじゃないんだから、私そんなにお転婆じゃないし、勝手に出て行くなんてしないよぉ。・・・たぶん。
「ヨームは腕っぷしこそ微妙だが、その代わりに厄介事を回避する術を知ってる。俺はあいつなら必ずマリを守ってくれると思う」
「確かにそうね・・・ヨーム君はマリちゃんの騎士様だものね? フフッ」
お母さんが揶揄うように私を見る。
もう! 確かに前にそんなこと言っちゃったけど、そうじゃないもん! ヨームは私とお母さんを守ってくれて、頼りになるしカッコイイけど、そうじゃないもん!
「フフフッ、マリちゃんったら赤くなっちゃって、初々しいわね」
「ヨームは頼りになるが、嫁にはやらんからな! ・・・というか、マリはまだ9歳だぞ! 早すぎる!」
よ・・・お嫁さんなんて! 恥ずかしいよ!
「少し脱線しちゃったけど、確かにデンガの言う通りね。・・・マリちゃん。私も許可するけど、ちゃんと自分からヨーム君にお話して、ヨーム君がいいよって言ってくれたらだからね?」
「うん! 明日お話してみる! ありがとう! お父さん! お母さん!」
・・・。
そして次の日の朝。私は先に行っちゃったナナちゃんを追いかけて、ヨームの研究所兼お家に走る。そしてヨーム達がいつも居る部屋の扉を勢い良く開けて、私は宣言する。
「ナナちゃん! ヨーム! 私達で旅にでるの!」
机の上に置いてある妖精さん専用の椅子に座ってるナナちゃんは「よく言いました!」って嬉しそうに羽をパタパタさせて、そんなナナちゃんと向かい合うように座ってたヨームが「はい?」ってマヌケな顔で顎を出す。
「本当に・・・マリさんは日に日にソニアさんに似てきますね。その結論に至った経緯を説明して貰えますか?」
「うん!」
ヨームはすぐに「説明して貰えますか?」って言う。私は昨日ミーファおばさんから聞いたお話と、もうお父さんとお母さんの許可は貰ってることを説明する。
「・・・ふむ。デンガさんの言う通りですね。いいですよ。一緒に旅に出ましょうか」
「やったぁ!本当に!?」
「はい、本当です。マリさんとナナ先生だけで行かせられませんし、僕は祖国を出てからは各地を転々としてましたから、ある程度の案内は出来ると思います」
「よく分からないけど、私とナナちゃんを守ってくれるってことでしょ?」
「まぁ、はい、そういう感じです」
やっぱりヨームは私の騎士様だ! 恥ずかしいから口には出さないけど!
「あのぅ・・・僕は?」
コルトさんが申し訳なさそうな顔で手を挙げる。今までヨームの隣にいたみたい。気が付かなかった。コルトさんは影が薄い。
「コルトさんも一緒に来たいの? 私は全然いいよぉ」
「行きたいかと聞かれればもちろん行きたいよ。僕はソニアさんのことが・・・その・・・」
「好きなんですよね?」
ナナちゃんがズバリと言う。コルトさんは顔を真っ赤にして「・・・はい」と小さく頷いた。
「でも、僕が一緒に行ったところで、デンガさんやディルならともかく、ヨームにはマリさんと僕の2人ともなんて守れないと思うし、遠慮しておくよ」
「まるで僕の力不足みたいに言いますけど、あなたが足手まといなだけですよね?」
「そうとも言うかな」
ヨームはああ言うけど、コルトさんは凄い人だと思う。村の家や施設はほとんどコルトさん1人で設計してるんだもん。
「それで、マリさん。旅立ちは何日後ですか? 長旅になると思うので、色々と準備をしたいんですが・・・」
「分かった。じゃあ、明日にする」
「マリさん、話聞いてました?」
・・・。
そして翌日の早朝。私は村の出口の馬車の乗合場所でナナちゃんと眠そうなヨームと一緒に荷物を持って立っていた。村側には、お父さんとお母さんと、お母さんの背でスヤスヤ寝てるユイ君、それにコルトさんが見送りに来てくれてる。
「マリ、旅の目的は妖精とディルを探すことだが、せっかくの旅だ。精一杯楽しんでこいよ!」
「うん!」
お父さんがニッと笑って、大きな手で頭をガシガシと撫でてくれる。
「それとヨーム。マリを頼む」
「はい。責任を持って」
お父さんとヨームは真剣な顔で頷き合う。
「マリちゃん、あんまりヨーム君に迷惑をかけないようにね。それと―――」
お母さんは昨日の夜に眠る前に話してくれた数々の注意事項をまた話してくる。私を心配してくれてるのが分かって、思わず頬が緩んじゃう。
「マリちゃん。これを」
コルトさんが小さな黒い箱を渡してきた。
「なあに?これ?」
開けようとするけど、固くて開かない。
「ディルに渡してくれるかな。本当は渡したくないけど、仕事だから」
お仕事? ディルお兄ちゃんがコルトさんに何か頼んでたのかなぁ。
とりあれず、肩から掛けてるポシェットの奥の方に入れておく。
「そろそろ時間みたいですよ! 皆さんバス・・・じゃなくて、馬車に乗ってくださーい!」
いつの間にか先に馬車に乗っていたナナちゃんが元気に手を振る。
「じゃあ、お父さん、お母さん、ユイ君、コルトさん・・・いってきまーす!」
読んでくださりありがとうございます。マリちゃん、色々と気になり始めちゃうお年頃です。




