260.人間のあなた達(前編)
ツンツンツン
わたしの部屋の中。小さな檻の中でわたしを睨んでいるナントカ王国の王女様の頬を棒で突く。
「ひょっほ! やへははいほ!!
「なんて?」
頬を突かれてるせいでまともに喋れないみたい。やめてあげる。
「やめなさいよ! 大魔王! わたくしはピース王国の第一王女のスパロ・ピースですわよ!」
「そうなんだ。わたしは光の大妖精とか大魔王とか呼ばれてるけど、ちゃんとソニアっていう名前があるんだよ」
「あなた・・・名前がありましたの?」
意外みたいな顔で驚いてるけど、何かおかしいかな?
「では、大魔王ソニア」
「大魔王はやめて」
「光の大妖精ソニア。わたくしをこの檻から解放してくださいまし!」
ピース王国のナントカピースがそう言って偉そうに平らな胸を張る。
「いや、普通にダメだよ?」
せっかくビオラとジニアが捕まえて、アケビが檻を作ってくれたのに、そんなことしたら台無しじゃん。いや、また逃げ出されてもわたしならちょちょいのちょいで簡単に捕まえられちゃうんだけどね? ホントに。ホントのホントに。
「そうですの。ダメですの。では・・・力づくで脱出させていただきますわ!」
王女はそう声高らかに宣言して、バッと両手を前に差し出す。
「わたくしはこの世界で唯一3つの魔法を同時に扱える天才魔法使い! こんな檻、そして仲間が居なくなって1人だけになった頭が悪いと噂の大魔王もとい大妖精ソニア! 全部まとめて吹き飛ばしてやりますわ!」
頭が悪い!? ひどいっ!
「くらいなさい! 火と風と水の究極魔法! 炎酸旋風!!」
「ヘルハザードォ!?」
なんて凶悪そうな名前!!
「・・・」
「・・・?」
何も起こらない。そりゃ当然だ。
『ソニア1人で見張りなんて恐ろしいわ。念の為、人間が魔法を使えないようにソニアの部屋内だけ魔力を無くしておくわね』
ビオラがそう言ってたからね。
「どうして!? 魔法が使えないの!?」
「この部屋に魔力が無いからだよ。それに、わたし1人だけって言うけど、ビオラとジニア・・・人間にも分かりやすく言うと、闇の大妖精と緑の大妖精もすぐ近くにいるからね?」
わたしはそう言いながら窓の外をチラリと見る。
「ジニア! 待ちなさい! あなた、眠いとか言って!ソニアに抱っこをされたかっただけでしょう!!」
「違うよ! 本当に眠かったんだよ! あっ、眠かったのよ!」
「噓を言わないで! じゃあどうして今起きているのよ!」
「キャー! ビオラが雪玉を投げてくるよー! ソニアちゃん助けてー!」
「またそうやって・・・!!」
そこでは、ビオラとジニアが一緒に雪遊びをしていた。
本人達からすれば喧嘩をしてるらしんだけど、わたしから見れば仲良く雪遊びしてるようにしか見えないんだよね。本当に、あの2人は仲良しだ。
「魔法が使えないなんて・・・生まれて初めてですわ・・・」
「そうなんだ~」
ガックリと項垂れる王女。そんな王女をわたしはツンツンと突く。「やめてくださいませ」と手で払われた。
「そういえば、あなたはどうしてわたし達の後ろをコッソリついてきたの?」
「お兄様の仇、王族の義務、力ある魔法使いとしての使命・・・理由ならばたくさんありますわ」
「へぇ~・・・義務だとか使命だとか、偉そうなことを言うね。人間のくせに。わたしは好きなことをして今まで生きてきたから分かんないや」
「わたくしは偉いのです。好きなものに夢中になることもせず、ただひたすらに王族としての義務を果たしてきたのです。そんなわたくしの生き方が・・・あなたなんかに何が分かりますか!!?」
えぇ!? わたし「分かんないや」って言ったよね!?
「もういいですわ! 解放は望みません! ですが! あとで後悔しますわよ!!」
うぇ~・・・開き直っちゃったよ。
その時、部屋の扉がガチャリと開いた。
「ただいま。ソニアお姉ちゃん。何だか、騒がしいけど、どうしたの?」
「あ、エリカ! おかえり~!」
いつの間にかどこかに出掛けていたエリカが帰ってきた。わたしはギューッとエリカを抱きしめる。エリカの耳が赤くなる。
フフッ、可愛いやつめっ。
「あ、うるさかったのは、この人間、か」
エリカがわたしの胸の中で、横目でチラッと王女が入っている檻を見る。
「男の子の大妖精・・・空の大妖精ですわね? そう余裕ぶっていられるのも今のうちですわよ! あなた達に味方する人間は1人もいません!全人類を敵に回したことをすぐに後悔することに―――」
「うるさい」
「・・・っふ!?」
王女が檻の中で胸の部分を押さえて苦しみだした。
あ、酸素を無くしたのか。そういえば、ジニアも酸素の無い水の中では喋れなかったっけ。
「人間如きに味方されたところで、たかが知れてるし、人間がいくら敵に回っても、僕達には問題ない」
「・・・はっ・・・ふっ・・・」
エリカは淡々とそう言い、檻の中で苦しそうに涙を流しながらジタバタする王女を見下ろす。
「はっ・・・しっ・・・しんじゃ・・・う」
確かに。このままだと死んじゃうね。そこがジニアと人間の違うところだね。ジニアは呼吸をしないと活動出来ないけど、別に死ぬわけじゃないもん。
「エリカ、そろそろ戻してあげて?」
「うん。ソニアお姉ちゃんが、言うなら・・・」
ポンポンとエリカの頭を撫でてあげる。嬉しそうに笑った。可愛い。
「ぷはっ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
酸素が戻った王女は、檻の中で激しく肩を揺らす。そんな王女に、エリカが近付いて冷めた目で見下ろす。
「人間、何か、勘違いしてるけど、僕達はお前を生かしておく、理由は特にない。人質とか、そういう人間みたいな、小賢しいことは、僕達はしない」
「ハァ・・・じゃあ・・・何故・・・?」
エリカがわたしを見る。王女もそれに釣られてわたしを見る。
「ソニアお姉ちゃんが、暇つぶしになりそうだから、って」
「暇つぶし・・・?」
王女は信じられないものを見るような目でわたしを見る。
「だって、暇なんだもん! 最近は皆魔獣創りとかで忙しそうだしぃ」
「でも、元を辿れば、ソニアお姉ちゃんが、言い出したこと」
「そうだけどぉ」
「とにかく、人間を飼うつもりなら、ちゃんとしてね」
「大丈夫だよ。ちゃんと水もあげるし、光も与えるし」
前にジニアと一緒に綺麗な百合の花を育てたことだってあるんだからね!
「わ、わたくしは人間ですわ・・・植物のように言わないでくださいます? ・・・ませんか?」
「え、人間も同じようなもんでしょ?」
わたしのその言葉に、王女は「そんな・・・」と絶望したような顔になった。
ひどい。ちゃんとお世話してあげるって言ってるのに。前に育ててた百合の花は結局枯らしちゃったけど。
「あっ」
エリカが窓の外を見てそう言う。
「ケイトが帰ってきたみたい」
「え、ホント!」
わたしは体を光にして、窓を通りぬけた。王女が驚きの声を上げたて、エリカが「コレは僕が見張っとく」と手を振る。
「ケイト、おかえり! あの勇者とかいう人間はどうしたの? 殺しちゃった?」
「いや、逃げて来た」
「逃げて? ・・・勇者が逃げたってこと?」
「違うぞ。アタイ達が逃げてきたんだ。」
たった1人の人間から? 火の大妖精のケイトが? 何の冗談?
「可愛く目を丸くして驚いてるけど、本当だぞ。アタイは初めて死ってゆーのを意識した。まぁ、本気を出せば殺すことも出来たけど、そうなるとこの星も無事じゃなかったかもしれないからな」
死・・・わたし達には関係ないものだと思うけど・・・。わたし達は例え活動出来ないレベルの損傷を受けても、他の誰かが一人でも無事なら、時間は掛かるけど必ず元に戻るからね。
「まず、あの勇者の身体能力だ。拳を振れば民家が一つ吹き飛び、四肢を斬り落としてもその場で生えてくる。人間とは思えない。勇者本人が『俺が考えた魔法、身体強化だぜ!』とか言ってたけど、ソニアは何か知ってるか?」
「???」
「まぁ、アタイよりも頭の悪いソニアに何か分かるわけないよな。ビオラ辺りに聞けばどういう原理なのか分かるかもな」
ケイトよりは頭イイと思うんだけどな。
「そして、アタイが一番ヤバいと思ったのが、あの勇者の刀から放たれる斬撃だ。ソニアも見たと思うけど、全てを斬ってた。高密度の物質はもちろん、アタイの生み出すエネルギーもだ」
そうだね・・・空間ごと、文字通り全てを斬ってた。
「ケイト、たぶんだけど、あれに当たったら妖精のわたし達でも危ないと思う」
「だろーな。アタイはその斬撃で死を意識したし、アタイのドラゴンもそれで尻尾を斬られちまったんだ」
「そっか。あのドラゴンの尻尾は感情でよく揺れて可愛かったのに。残念だね。・・・ところで、そのドラゴンはどうしたの?」
キョロキョロと周囲を見渡すけど、見えるのはわたし達の家、雪原、ペンギン達、雪玉と呼べるかも怪しいどす黒い雪玉を投げ合うビオラとジニア、遠くの方で青いドラゴンと話しているリナムだけだ。
ジニアが持ってる雪玉には毒が入ってて、ビオラの方は・・・何だろう? なんか得体の知れないものが入ってる。そろそろ止めないと危ないかな? ・・・いや、面倒だから後ででいいや。
「アタイのドラゴンは独り立ちしたぞ」
「独り立ち!? このタイミングで!?」
まるで親子のように仲が良かったのに・・・。
「・・・勇者から逃げて、ここに帰ってくる途中のことだ。アタイがドラゴンに戦闘について色々と叱ってたら、ドラゴンが急に怒り出して、『ケイト様の分からず屋。我は出て行きます!』って・・・どっか行っちゃった」
「なにそれ・・・人間に惨敗しちゃって悲しかったのかなぁ」
「さぁ~」
わたしとケイト、2人して首を傾げる。妖精の中でも特に馬鹿なわたし達には何も分からない。とりあえず「無事に帰ってきてよかったよ」と撫でてあげると、ケイトは背中の羽を燃やして、顔を薄ら赤くしてはにかんだ。
「ソニアお姉ちゃん」
「うひゃあ!!」
耳元で急にエリカの声がした。ケイトが「またエリカか?」と家の方を見る。毎回急に耳元に声を届けるのはやめて欲しい。びっくりする。
「ソニアお姉ちゃん。来て。王女が、突然騒ぎ出した」
王女? どうしたんだろう?
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「捕まえた人間が急に騒ぎ出したみたい」
「捕まえた人間? ・・・あぁ、そういえば1人、人間の女がソニア達を追いかけていってたよな。殺さないで捕まえたのか?」
「うん! 暫く暇つぶしに飼ってみることにしたの」
「そうか。人間はたまに意味不明なことをする不思議生物だから、よく退屈だって言ってアタイ達を振り回すソニアには丁度いいかもな」
振り回すって・・・皆も毎回楽しそうにしてるじゃん!
「そういうことだから。わたしは行くね。ケイトはそこで暴れてるビオラとジニアを止めておいてね」
「はぁ!? 無理だ! あの2人を止められるのはソニアだけだろ!」
「アケビにある頼み事をしてるんだけど、それが終わってたら2人で協力してね」
そう言い残して、わたしは自分の部屋に戻る。
「ねぇ!! 本当の本当に限界ですの!!」
そこでは、檻の中の王女がそう涙目で叫んで必死に身を捩っていた。
「エリカ。どうしたの?」
「王女が、急に、ある場所に行きたいって、騒ぎ出した」
ある場所? ナントカ王国に帰りたいってことかな?
「王女。どうしたの?」
屈んで目を合わせて、王女の顔を覗き込む。
「下着が見えていますわよ。はしたないですわ」
「!?」
人間にはしたないって言われた!! ジニアに言われて身に付けてたけど、下着って見えてたらはしたないの!?
わたしはそっとスカートを押さえて隠す。
「・・・って、そんな下着なんてどうでもいいですわ! それよりも! わたくし、御手水に行きたいんですの!!」
「オチョーズ?」
どこ? そんな名前の国があるの?
わたしは首を傾げる。そんなわたしを見て、王女はハッとしたように目を見開く。
「まさか・・・あなた達ってその・・・しないの?」
「何が?」
「何がって・・・だから・・・排泄行為ですわよ!」
何だっけそれ・・・随分前に、まだ恐竜がいた頃にジニアがその生態を説明してる時にそんなような単語を聞いたことがあるような・・・無いような・・・。
エリカを見るけど、あの顔は何も考えてない。
「思い出せないけど、たぶんわたし達はソレ、しないよ」
「そんな・・・」
王女は涙目で身を捩りながら一生懸命に排泄行為というものを教えてくれる。
「なにそれ! 人間ってそんなことするの! 面白い! 見せて!!」
「はぁ!? 嫌ですわよ!」
「何で!!」
「逆に何で!! ですわ!」
「見せてよ!見せてよ!見せてよ~~!!」
ガタガタガタガタ!!
「きゃ~~~! 檻を揺らさないでくださいまし!」
ガタガタガタガタ!!
何で見せてくれないの!? 意地悪!?
檻をガタガタ揺らしていると、ビオラと雪玉を投げ合っていたジニアが当然のような顔でわたしの部屋に帰ってきた。
「ジニア。何度も言うけど、ここはわたしとエリカの部屋だからね? 別にいいんだけどさ」
「ソニアちゃん。そんなことよりも、そこの人間を早く外に出してよ。人間の排泄物でソニアちゃんと私の部屋が汚れるなんて嫌だよ。汚いよ・・・じゃなくて、汚いわよ」
「え、排泄物って汚いものなの? あと、わたしとエリカの部屋ね」
「人間の吐瀉物と排泄物は、この世の中で一位二位を争うくらい汚い・・・わよ」
そ、そうなんだ・・・知らなかった。
王女を見ると、さっきまでの威勢の良さは噓のように、股の部分を押さえて、真顔でどこか一点を見つめていた。何だか分からないけど、もう限界が近いことだけは分かる。
でも、どうやって外に出そうかな?
エリカかジニアに頼もうかと思ってたら、丁度いいタイミングでアケビがやってきた。
「ソニアー。頼まれてた台所っていうの、作り終わったよー。ところで、窓の外からケイトとビオラが何かおっかない顔で話し合ってたよ?」
「ありがとうアケビ! ケイトとビオラが何を話し合ってるのかは知らないよ。それよりさ、ちょっともう一つ頼みたいことが―――」
アケビに王女を檻ごと外に出して貰って、ついでに排泄行為をするトイレっていうのを作ってもらった。
・・・いつかコッソリ覗こうかな。
そうして、いつもよりもちょっぴり変わった一日を終えたわたしは、エリカを抱いて布団に入り、眠る練習をする。王女はとりあえずトイレで飼うことにした。
読んでくださりありがとうございます。
勇者(大魔王! ぶっちゃけ、めっちゃタイプだ! でも、それで油断して相棒への攻撃を見切れなかったわけじゃないぞ!?)




