25.宮仕えは大変だね!
またやってしまった・・・。
どうやらわたしは、お風呂から上がったあとにフカフカのクッションが詰められたバスケットの中で寝てしまい、わたしとディルが元々いた客室までバスケットごと運ばれたみたいだ。
「ん~~~~っ!」
むくりと体を起こして伸びをして、少しクシャッとなった羽を手でピーンっと元の形に戻していると、頭上からディルの声が聞こえた。
「おっ、おはようソニア。シュッシュ」
「もうディルが起きてる・・・」
「当たり前だろ、もうすぐお昼だぞ?シュッシュ」
ちぇ~・・・また大声で起こしてやろうと思ってたのに。
「なんだよ、その不満そうな顔は。シュッシュ」
「なんでもないよ。ところでディルは何をしてるの?」
ディルはテーブルや椅子を隅に避けてスペースを作り、そこで闇の魔石を手に持って虚を殴っている。
男の子はよく電気の紐でボクシングするって聞いたことがあるけど、そんな感じかな?
「昨日ソニアが浴場に行ってる間に、デンガさんから強くなるためのヒケツ?って言うのを色々と教えて貰ったんだ」
「へー!確かデンガってそこそこ強くてそこそこ有名なんだよね。どんなことを教えて貰ったの?」
「これから先、闇の魔石を使って戦うなら魔石は元の身体能力をなんちゃらするものだから、基礎能力をとにかく上げるといいって」
ディルは胸を張って得意げな顔で言ってるけど、なんちゃらとか言ってるし曖昧にしか覚えてないみたいだ。
「ちゃんと聞いてたの?」
「聞いてたぞ。あとは、戦闘において強い自分をイメージすることが何よりも大事で、誰にも負けない自分を頭の中で作って、それを目標にしろって。誰かを目標にしてちゃ最強にはなれないって」
「おお、それっぽいこと言ってるね」
格好付けて適当に言ってるんじゃないよね? 誰にも負けない~とか、最強~とか男の子が好きそうな言葉を並べて・・・正直、わたしにはさっぱりだよ。
「最後に、誰かを守る為に強くなりたいなら目標なんて持つなって・・・俺には言ってる事がよく分からなかったけど、ソニアには分かるか?」
「さー、わたしは別に強さとか興味ないから」
「だよなー・・・」
結局、才能さえあれば目標なんて関係無いんじゃないかな。もちろん、才能が無くても努力してそれ以上に強くなる人だっていると思う。でも、ディルは才能のある人だ。だからわたしはこう言う。
「デンガは適当なこと言ってるんだよ。騙されちゃダメ」
「え・・・そうなのか?」
ディルがショックを受けた顔をする。ガーンというオノマトペが頭上に見えそうだ。
「いや、分かんないけど。あんまりそればっかりに囚われないようにね。ディルはまだ子供で、まだたくさんの道が残ってるんだから、他人の言葉で他の道を閉ざさないようにしなね」
「うーーーん?」
コテリと首を傾げるディル。わたしはそんなディルの頭の上に乗ってポンっと頭を軽く叩いた。
「まぁ、後悔しないようにしなねってこと!」
「言われなくても!」
頭の上に乗ったわたしはディルにそっと摘ままれてテーブルの上に置かれて、ディルはその隣にある椅子に腰かけた。
「そういえば今朝カラスーリが来てさ、ソニアが起きたら広い方の客室に来て欲しいって伝言を頼まれたんだ。そして、ソニアの寝顔を見て満足そうな顔して出ていったぞ」
「なにそれ、普通に恥ずかしいんだけど・・・ここまで来たなら起こしてくれてもいいのに」
まぁ、起こされたとしてもすぐに二度寝しそうな気もするんだけどね。
「ソニアは昨日いっぱい雷を使ってただろ?それで疲れてるのかと思って、起こさないでくれって俺が言ったんだ。気持ちよさそうにバンザイして寝てたし」
「そうなんだ・・・それは、ありがとうございます」
「お、おう」
わたしはペコリとお辞儀して・・・首を傾げる。
・・・え? バンザイして寝てたの? それをカラスーリに見られたの? ・・・ひぃぃぃ! 恥ずかしい!
どうでもいいことだけど、ディルがコンフィーヤ公爵と違ってカラスーリが呼び捨てなのは、わたしの真似をしてるらしい。貴族の呼び方がよく分からないそうだ・・・見本にする相手間違ってるよ。
「あ、そうだ。コレ少しやるよ」
ディルがテーブルの上に置いてあった紙袋から、美味しそうなクロワッサンを取り出して、手で少し千切って渡してくれた。わたしは渡された熱々のクロワッサンを目一杯に口を開けて頬張る。
パリパリ!ふわふわ!もっちもちー!
「うまうまー!なにこれどうしたの?」
「カラスーリが出て行ったあと、ジェシーとマリがそのパンを持って部屋に来たんだ。この国の定番のお土産なんだってさ。城下町で買って来たらしい」
ディルはわたしが零した食べかすを丁寧に拭きながら「旨いだろ?」とわたしを見てくる。
「すんごく美味しいよ! ジェシーとマリちゃんにはあとでお礼を言わないとだね!」
「だな。それと、ジェシーとマリもソニアの寝顔を見て満足そうな顔で出てったぞ」
揶揄うような口調でそう言いながら、わたしがボロボロと零し続ける食べかすを拭いてくれる。
その2人にもわたしのバンザイ寝を見られたなんて・・・穴があったら入りたい。
もぐもぐとクロワッサンを咀嚼しながらディルを睨む。
「ハハハッ、なんて顔してるんだよ! 悪かったって・・・でも、マリが城の至る所でソニアの寝顔が可愛かったって、色んな人に話して回ってるらしいぞ? ジェシーとマリのあとに、お城の案内をしてくれたメイドさん達が部屋に来て教えてくれたんだ」
「あの2人まで・・・まさか私の寝顔を見に?」
「いや、この闇の魔石を国王様に頼まれて持って来たって言ってた。昨日ソニアが雷を落とした所に騎士団が調査に行ったら、こういう闇の魔石がたくさん落ちてたんだってよ」
ディルはそう言いながらポケットに入れていた闇の魔石を取り出してわたしに見せてくれる。
近くで見ると綺麗だ~・・・わたしの顔が変な風に屈折して写ってて面白い。
「あれ? でも、ディルって昨日も闇の魔石持ってなかった? ほら、ブラックドッグの眷属達をそれを使って倒してたじゃん」
「あ~、あれは借り物だったからな。お詫び? だかお礼? だか分かんないけど、新品をくれたんだ。欲しいならソニアにもくれるって言ってたぞ。何個でも」
「わたしは別にいらないや」
だって、わたしが持つには大きすぎるし・・・というか、妖精のわたしには使えないし。
「ちなみに、メイドさん達もソニアの寝顔を見てから出てったぞ」
「うん。そうだろうなって思ってた」
わたしの寝顔の何がいいのか・・・こんな恥ずかしい思いをするくらいなら、あの時クッションに寝転がらなければよかった。君のせいだぞクッション君、ふかふか過ぎるのがいけないんだ。
わたしは自分が寝ていたクッションをキッと睨む。ディルは頭に「?」を浮かべながらクロワッサンのバターでベトベトになったわたしの口を指で慎重に拭いてくれる。
「んぐんぐ・・・ところで、カラスーリが来て欲しいって言ってた子供達が居る客室だけど、ディルはどこにあるか分かるの?」
「ん?城の中のどっかだろ?」
「何言ってんだ」みたいな顔でわたしを見てくる。わたしも同じ顔でディルを見返す。
「いやいや、そうじゃなくて。そこまでの行き方覚えてるの?」
「いーや?」
「・・・分かんないの?」
「ソニアは分かるよな?」
わたしはディルからそっと目をそらす。どうやらディルはわたしが知ってると思ってたみたいだ。残念ながらわたしは覚えてないし、覚える気も無かった。
あっ、でも・・・
「場所は分かるよ!昨日窓から飛び出して西門まで行ったから!」
「じゃあ、お城の外からなら行けるのか?」
「うん!・・・たぶん」
うろ覚えだけど・・・分かるハズ!
「じゃあ・・・ソニアだけ先に行って、誰でもいいから俺のとこまで迎えに来させてくれよ」
「いいね!名案だよ!」
ディルに部屋の窓を少し開けて貰って、わたしは一旦城の外に出る。
「えーっと、確か2階の窓のどこかなんだけど・・・・たくさんある」
お城にはたくさん窓が付いていた。当たり前だ。
どれだっけーー!?
とりあえず、端の窓から順番に中の様子を見てみることにした。
「何だかイケナイことをしてる気分だ。でも大丈夫。窓から可愛い妖精が顔を覗かせているのを想像してみて? あらファンタジー! ・・・って何言ってるんだろ、わたし」
・・・さてと、まずは一番端の窓から・・・っと。
スンっと真顔になったわたしは、無感情で端の窓を覗き込む。中では何人かの貴族がいるのが何やら揉めているみたいだ。
「いい加減にしてくださいコンフィーヤ公爵!貴殿が緑の森に行っていたことは知っているんですよ!」
・・・え!? コンフィーヤ公爵!? どこどこ?
窓の奥の部屋を上から下まで見てみると、わたしが覗いている窓の真下にコンフィーヤ公爵の後頭部が見えた。どうやら、数人の貴族達に責められているみたいだ。
「何度も同じ事を言わせないでください、あれは妖精様がこの国の為に協力してくださっただけで、別にお怒りを買ったわけではないです」
「でしたら、何故妖精様が協力してくださったんですか?経緯を教えてください。納得のいく説明をお願いしますよ」
「成り行きです。それに、妖精様の許可が得られれば、国民達の前で話していただくことになっています。それまでは余計なことを考えずに普段通り過ごしていてください」
「話になりませんな」
「ハァ・・・元から私の言うことを信じる気がないなら出て行ってくれないですか?」
「教えてください! メイド達が城内で見たと噂していたみたいですが、妖精様は今どちらに居られるのですか?本当に協力してくださったのなら、まだ国内にいるんですよね?何をしておられるのですか?」
「場所は教えられないが、妖精様はまだ寝ている」
「ふざけているのか!」
わたしはそっと窓から離れる。
「宮仕えは大変だね! ・・・主にわたしのせいな気がするけど、わたしは気にしない。だって妖精だから。人間のことなんて知りません」
そんなことより、ディルが待ちくたびれちゃう前に早くカラスーリの居る客室を見つけないとね。
端から順番に何個も窓を見ていった結果。一番最後の窓が正解だった。優雅にティータイムを楽しんでいるカラスーリが見える。わたしが窓をコンコンと叩くと、こちらに気付いて窓を開けてくれた。
「まさか窓から入って来るとは思わなかったですわ」
「いやそれが・・・わたしもディルも行き方が分からなくってさ・・・」
「あら?・・・あっ、いえ、そうよね、あなたもディル君もまだ子供だものね。ごめんなさい。私の配慮が欠けていたわ」
ごめんなさい。わたしは大人なんです。欠けているのはわたしの記憶力です。
わたしが「誰かディルを迎えに言ってほしい」と言うと、カラスーリが扉の傍に立っていたメイド長にディルを迎えに行くよう命令してくれる。部屋の中には子供達や院長さん達の姿は無く、代わりに長いテーブルと椅子が置かれていた。あとはメイドが数人とカラスーリだけしかいない。
「子供達はどこにいったの? 昨日はたくさん居たよね?」
「院長さんと子供達はもうここに居る理由も無くなったので孤児院へと戻りましたよ。ジェシーとデンガは城下町に買い物をしに行くと言ってました。あっ、それと孤児院の子供も1人一緒にいましたね。ソニア様とディル君にお土産を渡したあと、孤児院に行ったと報告を受けています」
「そうなんだ。デンガも一緒だったんだ」
ディルは何故デンガの名前だけ言わなかったのか・・・どうでもいいんだけど、少し気になる。
カラスーリに「妖精様は紅茶も飲まれるのですか?」と言われて試しに飲んで顔を顰めているところを部屋に居るメイドさん達に「クスクス」と笑われていると、コンコンと誰かが扉をノックした音が聞こえた。
「カラスーリ様、国王様がいらっしゃいました」
メイド長がそう言ってって部屋に入って来て、それに続いて何やら自分の後ろを気にしているディルが中に入って来た。次に王様と護衛の騎士達が入って来て、部屋の中をぐるりと見回した。
「む?コンフィーヤはまだ来ていないのか?」
王様がそう言った途端、メイド長が閉めかけていた扉からコンフィーヤ公爵が滑り込んで来た。
「すみません、遅くなりました。少々面倒な来客がありまして・・・」
そう言い訳をしながら騎士団長と一緒に入って来た。わたしは労いの意味を込めてパチッとウィンクしたけど、普通に無視された。
部屋の中にはメイドと護衛の騎士が数人と、カラスーリ、わたし、ディル、王様、コンフィーヤ公爵が居る。王様が上座に座り、それに続くように貴族達から順番に席に座っていく。わたしはディルの近くのテーブル上に座った。
「迎えを寄越してくれてありがとな」
ディルがわたしに顔を近付けて小声でお礼を言ってくれる。メイドさんがそんなディルを微笑ましそうに見ながら紅茶を淹れてくれる。わたしの紅茶には特別に蜂蜜を入れてくれた。甘くて美味しい。カップが大きくて飲み難いけど。
王様が一口お茶を飲んで皆を見回す。そして、わたしで視線を止めて話し始めた。
「ソニア様達にはこれまでの報告と、これからの予定を話す為にここに集まって貰った。急なことですまなかったな」
「ん-ん」
「あ、はい」
わたしとディルは適当に返事した。かたい雰囲気が合わないのはディルも同じみたいだ。
「まずはアボン商会の件についてだ。コンフィーヤ公爵、頼む」
「はい、アボン商会のアボンは無期限の禁固刑。ザリース伯爵は今後この国への一切の立ち入りの禁止と大金貨120枚の罰金。続いて闇市場についてだが・・・・」
「ちょいちょいちょい!」
思わずストップしてしまった・・・でも、このまま淡々と報告を聴き続けるのは流石に退屈すぎる。妖精になってまで社会人みたいな経験はしたくない。
「どうしましたか?ソニア様」
コンフィーヤ公爵が「余計な口を挟むな」とでも言いたげな目でわたしを見てくるけど、敢えて空気を読まない。
「その報告って長い?」
「はい、かなり」
「じゃあ・・・聞かない!これからの話をしよう!」
「・・・はい?」
コンフィーヤ公爵の眉間に皺が出来た。宮仕えは大変だね。主に・・・いや、完全にわたしのせいなんだけど。
「ソニア・・・確かに俺も退屈だとは思ってたけど、少しは空気読もうな?」
10歳のディルに注意されてしまった。
「コンフィーヤ。5歳と10歳にそんな堅苦しい報告をしたってしょうがないでしょう?今後のことをもっと分かりすくお話しましょう」
カラスーリがわたしを子供扱いする。
別にいいもん。そういう扱いされても仕方ない言動をしてるしね。ちょっと不服だけど、甘んじて受け入れよう。
「では分かりやすく、端的に言いましょう」
コンフィーヤ公爵がやる気を失ったような脱力感たっぷりの声で言う。
「ソニア様には国民達の前で昨晩の雷というものの説明と、可能であれば我々人間に友好的であるということを伝えて頂きたいのです」
「それは・・・まぁ、昨日もそんなようなこと言われたし、別にいいけど・・・」
「何か、懸念することが?」
「わたしのこと見えるかな?声も届くか分かんないし・・・」
コンフィーヤ公爵も何だか大変みたいだし、大勢の人の前で話すのは全然いいんだけど、絶対後ろの方の人はちっちゃいわたしのことなんて見えないだろうし、声も届かないよね?
「声に関しては、空属性の音を拡大する魔石を騎士かメイドの誰かに使わすので大丈夫です。見えないことに関しては・・・どうしようもないので諦めましょう」
「皆がそれでいいなら、わたしはいいよ」
「では、明日のお昼過ぎに城門前で話していただく、ということでよろしいですか?当日は国王様にも一緒に立って頂いて、ソニア様を国民に紹介する形になると思います」
「うーん・・・」
明日かぁ・・・。出来れば今日中に王都を出発して、早めに緑の森に帰りたいんだよね。ミドリちゃん達にこれ以上心配かけたくないもん。
「・・・うん、よし! 今やっちゃおう!」
「は・・・!?」
「そうだな!それがいい!実は村の様子が気になって仕方なかったんだ。明日まで待ってらんないよな!」
ディルが元気よく賛同してくれた。カラスーリと王様が笑顔のまま固まっているけど、わたし達は子供だから大人の事情なんてワカラナイヨー。
「お待ちください。まだ告知もしてませんし・・・」
王様が噴き出る汗を立派なハンカチで拭きながら言う。
「噴水のある広場でやればいいよ!あそこならいっぱい人が居るし!」
「ですが・・・」
めっちゃ渋るね? ここは少し強引に進ませて貰おう!
「じゃあ、わたし先に行ってるね!噴水の上で待ってるから魔石持って来て!」
「ソニア様!」
ガタっと立ち上がるコンフィーヤ公爵を王様が手を挙げて制止する。
「コンフィーヤ、諦めろ。妖精様のお考えが我々人間に理解できるハズが無い。急いで魔石の用意と空属性の適正があるものを連れてくるんだ」
「・・・はい。」
「仕方ない」と諦めの表情になった大人達に羽を向けて、窓に向かって飛ぶ。
今度はぶつからない!
「ディル!窓開けて!」
「おう!」
無駄に勢い良く窓を開けてくれたディルに「ありがと!」とお礼を言って、窓から飛び出した。
読んでくださりありがとうございます。コンフィーヤ公爵にとって頭の痛い回でした。




