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253.【黒猫/ディル】光

黒猫は走る。小さな妖精を咥えて。


「運んでくれるのはありがたいんだけどさ、もう少し揺れを抑えられないかな? 抱いている雷の妖精を落としかねないよ」


咥えている緑色の妖精の妖精が言う。黒猫には何を言ってるか理解できないけれど、何となく文句を言われているのだけは分かった。だからと言って、何か変わるわけでも無いが・・・。


「それにしても・・・誰も人間がいないなぁ」


黒猫はお城まで続く大きな通りを走っているが、人間が誰もいない。しかし、よくよく見てみれば建物の窓の隙間などから視線を感じることは出来た。


「まずいね。追手が来たよ。もう少しスピードを上げられるかい? ・・・って言っても分からないか」


黒猫の耳に後ろから複数人が近づいてくる足音が聞こえた。黒猫は軽く後ろを見る。こわい雰囲気の人間3人くらいが小さな棒をこちらに向けて追って来ていた。


「泡沫島の研究者か・・・あの少年にあの数の足止めは流石に無理だったか。・・・いや、むしろ3人しか追手が来ていないことが奇跡かもしれないね」


追手は棒の先から水の球を勢い良く発射してくる。黒猫は慌てて避ける。


「うにゃ~~!」


思わず鳴いてしまう。口を開くと、当然咥えているものは落ちる。


「雷の妖精!!」


緑色の妖精ともう一人の妖精が地面を転がる。緑色の妖精は咄嗟に手放してしまったもう一人の妖精の方へ駆け出すが、そこを追手の水球が邪魔をする。緑色の妖精は植物の蔦で防ぐが、なかなかもう一人の妖精のもとに辿り着けない。


「黒猫! 今すぐ雷の妖精を持って逃げるんだ!」

「にゃ~?」


黒猫は迷う。追手が狙っているのは自分ではないことが分かった。このまま逃げた方がいいのかもしれない。でも、黒猫はもう一人の妖精に駆け寄った。猫の目にはこの妖精が何色なのかよく分からない。でも、前に暗い所でキラキラしていたのを覚えていた。


「ありがとう! 僕は背中に乗せてもらうよ!」


黒猫の背中に植物の蔦がひゅるひゅると巻き付く。そこには緑色の妖精も一緒に巻き付いている。


「とりあえず、僕は追手の邪魔をしようか」


背に乗った緑色の妖精は、背後に向かって何かを投げる。黒猫には見えないが、「ぎゃー!」と追手の悲鳴は聞こえた。


「それにしても、この黒猫はどうして僕達を運んで逃がしてくれるんだい?」


黒猫には「逃がしている」という意識はない。

黒猫にはキラキラとしたものを集める癖があった。それは、赤ちゃんの頃から常に一緒で、自分にいつもご飯をくれる、娘のような、妹のような存在の人間の小さな女の子が、キラキラしたものを渡したら喜んでくれた記憶があるからなのだが、今は関係ない。

ただ、自分の大好きなその女の子のもとに帰るためにはこうするのがいいと、本能が告げていたからだ。


「このままお城に入るつもりなのかい?」


黒猫の目の前には大きな城門がある。そこでは人間の青年が大人の男達と何やら話していた。


「オーム様、住民の避難指示は終えました!」

「そうか・・・ならばお前達も避難していろ。家族が心配しているだろう」

「オーム様・・・ありがとうございます!」


大人の人間達がこちらに向かって走ってくる。黒猫はその人間達の視界から消えるように路地裏に入る。


「さて・・・海岸に向かわせた魔法師達はそろそろ到着した頃だろうか」


青年のそんな呟きが聞こえたが、黒猫には理解できない。


「おや? お城には入らないのかい?」


黒猫は路地裏を駆ける。後ろから、追手の1人がついてくる。


「追手が2人減ったね。恐らくさっきの兵士達と鉢合わせたんだろう。もしかして狙ってやったのかい?」


そんなわけがない。たまたまだ。黒猫はただ、目的地への近道をしているだけだ。


「追手の走るスピードが落ちている。さすがにここまで来ると追手のスタミナも切れてきたみたいだね。人間は不自由だね。・・・まぁ、羽の無くなった僕も不自由だけど」


黒猫が路地裏から抜けだす頃には、追手の姿はもう小さくなっていた。


「ここは・・・人間が死体を埋める・・・何と言ったか・・・そう、お墓だ」


お墓は背の高い柵に囲まれているが、猫はまるで水のように柵の間をすり抜ける。体の小さな妖精達も難なく通れるが、追手は恐らく通れないだろう。緑色の妖精はそれが分かって「ふぅ」と軽く溜息を吐いた。


「ここなら、雷の妖精が記憶を取り戻すまでの間、身を隠すのに丁度いいね。それに、何だか僕好みの雰囲気だ」


黒猫は緑色の妖精の独り言をまったく気にせずにトコトコと4本の足を進ませる。そして、ある墓石の前で止まる。


「あれ? ここだけ墓石の横に穴が開いてるね。黒猫が掘ったのかい?」


黒猫はその穴の中ににゅるっと入る。そこには、黒猫がお城などから集めてきた沢山のキラキラしたものや、最初からあった人骨や、その遺物と思われるものがあった。


「ここは君の家かい? 人骨と同居なんてイイ趣味してるね。僕と気が合いそうだよ」


決してここは黒猫の家ではない。仮の拠点に過ぎないのだが、それをわざわざ教える必要もないし、教えることもできない。それ以前に、黒猫は緑色の妖精が何を言っているのか理解できない。


「とりあえず雷の妖精はそこのキラキラしたハンカチの上にでも寝かせてあげてくれないかな」


黒猫は緑色の妖精が指差したところに咥えていた妖精を置く。別に指示されたからではなく、最初からそこに置くつもりだった。


「さてと・・・僕も休ませてもらおうかな。今日は夜通し活動してた上に羽を失くしてしまったからね。さすがに疲れたよ」


緑色の妖精は雷の妖精の隣に寝転がり、目を閉じる。


「にゃ~」


黒猫は動かなくなった妖精達をペロペロと舐める。


「ちょっ、やめてくれないかな? 眠れないよ」


緑色の妖精の妖精の小さな手で顔を突っぱねられた黒猫は、自分も休もうと妖精達を囲むように丸くなる。黒猫は目を閉じる。瞼の裏には生まれてからずっと一緒だった人間の幼い女の子の笑顔が映る。

黒猫は一度目を開けて軽く毛繕いをして気持ちを落ち着かせてから、再び瞼を閉じる。


一刻も早く大好きなあの子のもとに帰れることを願いながら、「おかえり」と家族に言ってもらえるその時を待ち望みながら、黒猫は眠りについた。


・・・。


黒猫は目を覚ます。地震が起きる時、火山が噴火する時、不思議な力が解き放たれるような、そんな違和感を覚えて目を覚ます。


「んにゃ?」


ゆっくりと瞼を上げると、心が落ち着くような暖かい光と、包容力のある柔らかな温もりに包まれていた。黒猫は何故だか分からないけど、もう少しで帰れそうだと、そう感じた。




【ディル】__________________________


『ここは死んでも通さない!』


そう大見栄を張ってから、どれくらい経ったか。奇跡的にルイヴとサディの足止めは成功している。


 いや、成功かどうかはまだ分からないな。腕時計を確認する余裕はないけど、まだソニアの記憶が戻っていない。それまでは成功なんて甘い希望は捨てて目の前に集中しないと。


俺が何とか今まで生きてここに立っていられるのは、一番相手にしたらヤバい奴・・・青いドラゴンが何故か参戦せずに沖の方でじっとしているのが大きい。

そして次に大きいのがサディだ。サディは俺に向かって矢を射ってきてるみたいなんだけど、狙いがブレブレで、毎回明後日の方向に矢が飛んでいってる。調子が悪いのか、何か意図があるのか分からないけど、とにかく助かってる。


 サディはいったい何がしたいんだ? じっくりと観察する余裕はないけど、弓を持つ手が震えてるように見えたのは俺が疲れてるせいか?


そして、泡沫島の研究者達だけど、あいつらの魔法は光の盾で簡単に防げるし、万が一くらっても身体強化ですぐに回復可能なレベルだ。それに、ルイヴの攻撃に巻き込まれるのを恐れてか、近付いては来ない。鬱陶しいことには変わりないけど、そこまでの脅威じゃない。


 でも、最初の方で研究者の何人かを通しちゃったのは気になるな。まぁ、研究者の2.3人くらいなら疲労困憊の莢蒾の妖精でもどうにか出来るだろう・・・そう思いたい。


・・・。


「ハァ・・・ハァ・・・卑怯な攻撃ばっかしやがって!・・・ もういい加減にそこを通せ!」


ルイヴがそう言いながら鋭い回し蹴りを放ってくる。


 また懲りずに隙を見せたな!


俺は研究者達の魔法の水球攻撃を光の盾で跳ね返しながら紙一重で回し蹴りを躱すと、そのまま目の前にあるルイヴの金的を全力で蹴り上げる。


「ふぐぉ!?」


ルイヴは情けない声を出しながら股間を両手で押さえて蹲る。俺はルイヴの頭上に高く飛び上がり、踵落としを頭にお見舞いするが・・・びくともしない。


 クソッ・・・やっぱり金的以外はまったく攻撃が通用しない!


「ディル! 男なら正面からまともに戦いやがれ!」


ルイヴはすぐに起き上がり、数秒間で数発のパンチを放ってくるが、俺はその全てを躱す。


「クソ・・・攻撃が当たりゃあしねぇ! スピードだけはいっちょ前に俺よりもありやがる」


 スピードだけあっても、決定打に欠けるんだよ・・・。逆に言えば、俺が油断しない限りは向こうも同じなわけだけど。


「正面からまともに戦えっていうなら・・・その研究者達を引かせろよ! ずるいぞ!」


俺はそう言いながら研究者達が放って来る魔法攻撃を光の盾で弾く。


「それとこれとは話が別だ。お前こそ、その妙な盾はずるいぞ! 今弾いた魔法なんて普通の盾なら粉々に破壊されてたぞ!」

「これは俺の愛の力が成せる技だ!」

「嘘つけ!」


 噓じゃない。ソニアを守りたい。そんな強い気持ちがあるからこそ、光の盾の反動に耐えられるんだ。・・・まぁ、身体強化無しだと逆に腕が弾け飛ぶんだけど。


「ディル様!! 遅くなり申し訳ございません! 援軍です!!」


何度か攻防を繰り返していると、そんな大声が砂浜に響いた。そこには白いローブを身にまとった集団・・・カイス妖精信仰国の魔法師団が勇ましい顔で並んでいた。


「援軍だと!? 卑怯だぞ! 一対一で戦え!」


 どの口が言ってるんだよ・・・。


「そこの泡沫島の研究者達の相手を頼む!」

「了解!!」


研究者達と魔法師団の魔法がぶつかり合う。研究者達の方が勢いはあるけど、魔法師団は冷静に相手の持つ魔石を分析して対応している。一見押されてるように見えるけど、実際のところ優位に立っているのは魔法師団の方だろう。


 よしっ、これでルイヴに集中出来る。


その後も何度か金的を狙っては攻撃を躱し・・・と繰り返していると、寝不足が原因か、朝食を抜いたのが原因か、頭痛が酷くなってきた。


「どうした? 動きが鈍くなってきたぞ。疲れたんなら休んだらどう・・・だ!」


 あぶなっ!!


パァン!!


後ろにあった岩にルイヴのパンチが直撃して・・・パァン! と弾けた。


 うそだろ・・・殴った壊れ方じゃないぞ。まるで内側から破壊したみたいな・・・。


「呆けてる場合じゃねぇぞ!」

「ぐっ・・・!!」


腹に強烈な一撃を貰う。身体強化をしていても内蔵が軽く破裂したのが分かった。


 は、腹に穴が空きそうだ・・・。


痛がってる暇なんてない。俺は酷い痛みと吐き気を我慢しながら距離を取ろうと砂浜を踏み込む。


「そう簡単には逃がさんぞ!」


足を踏まれた。逃げられない。


 どうなってんだよ! ここ砂浜だぞ! いくら足を踏まれたからって抜け出せないなんておかしいだろ!


「俺もこんなことはしたくないんだが・・・腕の一本くらい吹き飛ばせば大人しくなるよな」


ルイヴはそう言って拳を振り上げ、力こぶを作る。


 おいおい・・・これはまずいぞ! たぶん身体強化をしても耐えられない。それどころか、さっきの岩の壊れ方を見た感じだと光の盾すらも衝撃が貫通してきそうだ・・・・。


ルイヴは俺の左腕に狙いを定める。俺は意味があるか分からないけど一応左手で持っていた光の盾を構えて衝撃に備える。


 大丈夫・・・大丈夫だ・・・。


ルイヴの拳が左腕に迫る。


 大丈夫だ・・・闇の魔石は右手のグローブに嵌めてある。最悪腕が吹き飛んでも身体強化をして痛覚を遮断、そして止血をして、そこから・・・。


俺は今から失うかもしれない自分の左手を見ながら、必死に頭を回転させ・・・


 いや! ダメだ!


ルイヴの拳が左腕に直撃する直前、俺は光の盾を放り投げ、グルッと体を捻って右手で光の盾を受け取る。


「おまっ・・・馬鹿! そっちは!」

「ディル!」


ルイヴの焦ったような声と、サディの悲鳴のような叫びを聞きながら、俺はそのまま右手でルイヴの拳を受ける。


パァン!!


「ぐっ・・・アアアアアア!!」


案の定、光の盾を貫通して、俺の右腕はさっきの岩のように破裂して、跡形もなくなった。光の盾を出していた雷の魔石も、嵌めていた闇の魔石も遥か彼方へと吹き飛んでしまった。


 う、腕が・・・!!


闇の魔石を無くして身体強化が出来なくなり、痛覚も遮断できないし、止血もできない。俺は右腕があった場所を左手で押さえながら、地面に転がる。


 耐えろ! 耐えろ! 男だろ!! 俺の弱さのせいでソニアも右腕と羽を失ったんだ! 俺が右腕を失ったくらいで耐えられないでどうする!!


「フゥッ・・・フゥッ!」


俺はグッと歯を食いしばって、あふれ出る涙を引っ込めて、朦朧とする頭を奮って叩き起こし、震える足を根性で抑え込みながら立ち上がる。


「ディル・・・お前・・・」


ドバドバと右肩から血が流れ落ちる。


「ハァ・・・ハァ・・・ソニアのもとには・・・行かせないからなっ!!」


 行かせてしまったら・・・ソニアが殺される! それだけは絶対にダメだ!


「馬鹿野郎!! どうして闇の魔石を嵌めてる右手で受けた! 身体強化が無くなればまともに戦えなくなるどころか、自己回復も出来ないんだぞ!このままだと死んじまうぞ!」

「死ぬわけないだろ・・・」


 俺はソニアの心も守るって決めてるんだ。だから死ねない。


「この考えなしがっ・・・サディ! ディルを頼む! 俺は妖精を追う!」

「え、ええ!」


ルイヴはそれだけ言い残して、一瞬で俺の横を通り過ぎる。


 ・・・反応出来なかった。身体強化無しだとこんなもんなのか・・・いや、そんなこと思ってる場合じゃない!


後ろから「ルイヴさん! 妖精は城の墓場です!」という男の声が聞こえた。最初に逃がした研究者が居場所を突き止めて報告に戻ったらしい。


「ま、まて・・・!」


 ・・・か、体が!


踏み出した足で、自分の体重を支えられない。俺は砂浜に倒れ・・・。


「ディル!!」


サディに受け止められた。サディは「身体強化同士の戦いは心臓に悪いわね」と悲しそうに呟いて、そのまま俺を横抱きしたまま膝を下ろす。


「ディル・・・お父さんも、ああ見えてあなたのことを息子として心配しているのよ。あなたに無茶な攻撃ばかりしてたのだって、私が治癒の魔石を扱えるからだし・・・それに私だって・・・だからお願い。諦めて。これ以上私達に・・・ぐすっ・・・辛い思いをさせないでっ!」


サディの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「でも・・・ソニアが・・・」

「分かってちょうだい。確実に人類を守るためにはこうするしかないの・・・もう、あの妖精のことは忘れて、昔みたいに家族皆で暮らしましょ? ね?」


昔みたいに家族皆で暮らしましょ。その言葉は、ずっと俺が聞きたかった言葉だ。その懇願するような表情と、心に響く震えた声と、優しくて懐かしい温もりは、確かに俺のお母さんだった。


「お母さん・・・」

「ディル・・・ぐすっ。すぐに治すわね」


サディは涙を拭って鼻をすすると、懐から緑の魔石・・・恐らく治癒の魔石を取り出す。


「お母さん、ありがとう。・・・それと、ごめん」


バシッ


左手でお母さんの顎を素早く叩く。


「ディ、ル・・・?」


お母さんは何をされたのか分かっていないような顔で、ゆっくりと砂浜に倒れる。


治癒の魔石を使えば、使い手の力量次第では欠損した腕だって生えてくる。でも、その分エネルギーを使うから暫く動けなくなる。


 今、動けなくなるわけにはいかないんだ。


気合を入れて立ち上がる。


 動け! 動け!


「ハァ・・・確か、城の・・・ハァ・・・墓場だったな?」


走った。今出せる限りの全てを出して。


 ソニア・・・ソニア・・・ソニア・・・間に合ってくれ!


「ディル様!? どうしたのですかその姿は!! 今オーム様を・・・」


 誰だ? 誰でもいい。


「頼む! 俺を城の墓場まで連れていってくれ!」

「え、墓場・・・ですか?」

「早くしろ!!」


たぶん見回りの兵士か何かだろう。俺が怒鳴ると、表情を引き締めて頷く。


 早く・・・! 早く!


兵士に背負われながら城の敷地内を横切り、墓場に着いた。


 いた! ルイヴだ!


沢山の墓石が並ぶ墓場で、ルイヴはキョロキョロと辺りを探っていた。まだソニアは見つかってないみたいだ。よかった。


「おろせ!」


兵士を突き飛ばすようにして降りる。そしてフラフラとしながらもルイヴのもとに向かう。


「ディル!? お前どうしてここに! サディはどうした!?」


 気付かれるよな。闇討ちは流石に無理か。


出血量が多いせいか、頭に血が回らなくて考えが物騒になる。


「サディは・・・寝てもらってる・・・ソニアには・・・近付けさせない・・・ぞ」

「満身創痍じゃねぇか! さっさと戻ってサディの治癒を・・・」


ルイヴが言いかけたところで、急に辺りが白く眩しくなった。


「なっ!? なんだ!?」


ルイヴの声は聞こえるが眩しすぎて姿が見えない。まるでこの世界の物体一つ一つが発光しているような・・・そんな光景だ。


 間に合ったのか・・・。


何となく、そう確信できた。


そして数秒後、光が収まり、視界がもとに戻る。


「何だったんだ・・・まさか間に合わなかったのか?」


ルイヴが怪訝そうに辺りを見回す。俺も見回そうとしたその瞬間・・・


ズボッ!!


俺の真横にあった墓石・・・その前にある墓穴から人の手が飛び出してきた。


「うぉい! なんだそれ! まさかアンデッドか!?」


 いや、違う。


アンデッドにしては手が綺麗すぎる。明らかに女性の手だ。それも傷一つないスベスベでツルツルの真っ白な細い手だ。


 いや、ホントになんだこれ。


手はにょきにょきと出てきて、二の腕まで出て来たところで手のひらを地面に着けた。そしてぐっと力を入れて、勢い良く墓穴から人が出てくる。


「ぷっはぁ! おはよう! ・・・って、墓!? どうして墓に埋められてたの!? もしかして死んだと思われてた!?」


ソニアだった。目を惹かれる金髪に、湖みたいな碧眼、尖った耳に、幻想的な薄黄色の羽。そして、スヤスヤと眠っている莢蒾の妖精を()()()()()、黒猫を()()()()()()()()()()いる、ソニアだ。


 は? ソニア?


開いた口が塞がらない。さっきまでの肩の激痛すらも忘れるくらいに衝撃的だ。


 デカすぎないか? ・・・いや、胸の話ではなく。


墓穴から勢い良く登場したソニアは、なんと人間サイズだった。


「マジかよ・・・光の大妖精・・・」


ルイヴが口元を引くつかせて数歩後ろに下がる。ソニアはそんなルイヴを気にした風もなく、「んーーっ!」と伸びをして、胸から落ちそうになった黒猫を「おっとっと」と抱きかかえる。いくら黒猫が小柄とはいえ、胸に乗るには大きすぎるんだろう。


「ん? あれぇ?」


ソニアが首を傾げて俺を見る。俺は慌てて視線を胸から上げて、ソニアの顔を見る。


 身長は・・・俺より低いな。良かった。


「・・・」


ソニアは俺を見たまま喋らない。


 そういえば、体の大きさが衝撃的すぎて頭から抜けてたけど、記憶を取り戻したんだよな・・・俺のこと、ちゃんと覚えてるよな?


ゴクリと生唾を吞む。


「ディル!!」


ソニアがそう言ってニコリと笑う。それだけで俺の心は満たされた。


 よかった! 俺のこと覚えてる! ソニアは変わらない!


「久しぶりだね~! って、ディルからしたらそんなに時間空いてないのかな?」

「ああ、一時間くらいだな」

「そっか一時間しか・・・てか! その腕どうしたのさ! わたしの記憶が正しければ最初から無かったわけじゃないよね!?」


ソニアが驚いたように目をまん丸にしながら俺に近付いてくる。顔が近い。


 ああ、可愛いな。


腕のことなんて忘れて、そんなことを思ってしまう。だが、そう思っていられたのは一瞬だけだった。


「私のソニアに近付かないでくれるかしら?」


背筋が凍るような、そんな冷たい言葉が聞こえたかと思ったら、次の瞬間、俺は地面に倒れていた。忘れていた肩の激痛が蘇ってくる。


 何をされたんだ!?


何とか顔を上げると、ルイヴも同じように地面に倒れていた。


「ねぇ、ソニア。こんな人間放っておいて、さっさと帰りましょう?」


黒いドレスに身を包んだ、長いストレートの黒髪に、よく光を反射する黒目、黒い羽の少女の妖精が甘い声を出してソニアに抱きつく。


 もしかして・・・闇の妖精か? 今のソニアと同じ人間サイズだけど。


そして何よりもおかしいのが、ソニアの反応だ。今までなら、この状態の俺を見れば心配するなり慌てるなりしてくれたハズだ。なのに今は・・・


「うーん・・・でも、ディルには色々とお世話になったんだよね~。あと、この黒猫様とガマくんも」


気にはしてくれてるけど、今までとは全然違う。


「莢蒾の妖精は私も色々と手伝って貰ったわ。あとで一緒にお礼を言いましょう。この黒猫は・・・」


闇の妖精はソニアの胸に抱かれている黒猫を見て、面白くなさそうな顔をする。


「この黒猫、迷子なのよね?」

「そうみたい」

「だったら、さっさと持ち主のところに返してあげましょう」


そう言って闇の妖精は黒猫の頭に手を乗せる。


「にゃーん」

「これは・・・かなり遠くから来たみたいね・・・そこの勇者の末裔、これ貰うわよ」

「あ、おい!」


闇の妖精はルイヴから漆黒の魔石を奪い取った。そしてそれを黒猫に翳すと、空間の歪みのようなものが見えたと思ったら、黒猫が消えていた。


 どこいったんだ!? わけがわからない・・・。


「黒猫様、ちゃんと帰れた?」

「ええ、もちろんよ。ソニアは相変わらず優しいわね。大好きよ」


闇の妖精がソニアの頬に口付けをする。心がギュッと締め付けられる。


 ダメだ・・・血を流し過ぎた。上手く頭が回らない・・・。


「あとはそこの人間だけれど・・・」

「あっ、ディルはお父さんとお母さんと一緒に暮らしたいって言ってたよ!」


ソニアが元気に挙手をする。


 違う・・・そうじゃないんだ。


「ハァ・・・なら、仕方ないけれどそこの勇者の末裔は殺さないでおいてあげましょうか・・・もちろんソニアがそれでいいのなら、だけれどね」

「うん! わたしはそれでいいよ!」

「じゃあ、もうここに用は無いわね。そろそろ他の人間達が集まってきそうだし、さっさと行くわよ」


闇の妖精がソニアに手を差し伸べる。ソニアは「あ、ちょと待って」と言って俺の方に歩いて来て、下着が見えないようにスカートを押さえながら屈む。何だかソニアらしく無いと思った。


「ディル。ちっちゃい妖精さんになって暇してたわたしを、ここまで守って連れて来てくれてありがとね! もう会うことはないかもしれないけど、たぶん忘れないよ! じゃ! 死なないように頑張ってね!」


 会うことはないかもしれない・・・?


ソニアはそれだけ言うと、立ち上がって闇の妖精の手を取る。


「ソニア・・・待って・・・」


左手を差し伸ばすけど、ソニアと闇の妖精の姿はスーッと消えて見えなくなった。


 どうして・・・


差し伸ばした左手の薬指には、ソニアから頬への口付けと一緒に貰った指輪が虚しく光っていた。

それは、右腕と闇の魔石を犠牲にして守った大切なものだ。


「ぐっ・・・うっ・・・うぅ・・・」


 ソニア・・・置いてかないでくれ・・・。


指輪をくれた時、尖った耳を真っ赤にしながら俺の頬にキスをしてくれた、あの時のソニアの照れた表情を、感触を思い出しながら、俺は意識を手放した。

読んでくださりありがとうございます。別視点のお話があと数話だけ続いて、この章はお終いです。

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