252.【ディル】ここは死んでも通さない!
まずい。何がまずいって、お父さんの強さが異常過ぎる。
スピードでは確実に勝ってる。ただ攻撃力と防御力が圧倒的に足りない。
拳での攻撃は全く通用しなかった。だから魔剣で攻撃したが、した傍から身体強化で回復される。お父さんの攻撃は光の盾で何とか受け止められるけど、大きくノックバックされてしまう。
それにしても、身体強化の回復速度が異常過ぎるだろ! この調子じゃあ腕を斬り落としても一瞬で回復されそうだ!
「にしても緑の妖精が邪魔だなぁ。アレが居無くなれば光の妖精を始末出来るんだが・・・」
しかも余所見する余裕まであるみたいだ。
「光の妖精・・・ソニアを始末? 何言ってるんだ! さっきと言ってること違うだろ! 緑の妖精と取引してソニアに攻撃しないってなったんじゃないのかよ!」
「ああ、アレの持ってる記憶の欠片を破壊すること、記憶の欠片の在処を教えてくれることを条件にそう約束した。だが、緑の妖精は偽物の記憶の欠片を破壊させた上に、この状況じゃあ取引だの言ってる場合じゃない。光の大妖精の復活を阻止するには今すぐ始末するのが確実だ。・・・だが、それを今やると緑の妖精まで敵に回って、今度は俺の命が危ないからな」
お父さんが攻撃の手を一時的に止めてる間に、俺もソニアの様子を見る。ミドリさんにグルグル巻きにされて横抱きにされている。
記憶の欠片を取り戻せてるようには見えないけど、ミドリさんがソニアに危害を加えることはないだろ。そこだけは確信を持てる。とりあえず今はお父さんの相手だけに集中だな。
お母さんの方は・・・お母さんがスズメを海に撃ち落としたと思ったら、海に落ちたスズメを追ってお母さんまで海に飛び込んでいった。地上からでは見えないけど、息を止めてるのか魔石を使ってるのか、どうにかして海中で戦っているんだろう。心配ではあるけど、だからと言ってどうしようもない。
俺は地面を蹴って、余所見をしているお父さん目掛けて地を這うようにして魔剣を振り上げる。
「おっと・・・」
ダン! ボキッ・・・
お父さんが魔剣持つ俺の手首を片手で弾いた。俺の手首が変な方向に曲がり、魔剣が地面に落ちる。
「あーあー・・・不意を突いてくるから思わず力が入っちまったじゃねぇか」
「思わず・・・?」
クソッ、今まで手加減してたのか! 薄々そうじゃないかと思ってたけど・・・確信すると悔しすぎる! 最初に全力で行くって言ってたのは何だったんだ!
「そう悔しそうな顔をすんな。ディル。お前は強い。俺が戦ってきた人達の中でもダントツにな。これまでたくさん努力してきたのが分かる。・・・けどな、父さんはお前の3倍は生きてる。そしてその分努力してる。つまり、お前の3倍は強いんだ。仕方ないぞ」
何が「仕方ないぞ」だ! 俺の3倍生きてるならその分老いてろよ!
俺は身体強化で変な方向に曲がった手首を治す。まだ完全には治りきってないし、魔剣を握れば激痛が走るけど、弱音を言ってる場合じゃない。
このままじゃダメだ。まったく歯が立たないし、何だかいつもより力が出ない。・・・そういえば、この二日ほとんど寝てない上に今日はまだ朝食も食べてなかったな。
だとしても、お父さんと俺の差が埋まる程ではない。
俺は気合を入れ直して、もう一度地面を蹴ってお父さん目掛けて駆け出す。
今の俺ではお父さんに勝てない。だから時間を稼ぐんだ。スズメか空の妖精、莢蒾の妖精でもいい。誰かが助けに入ってくれるまでお父さんの足止めをするしかない!
そう思った直後、お父さんが呟いた。
「おっ、何だか分かんないが緑の妖精が消えた」
は!?
お父さんが漆黒の魔石が嵌められた方の腕をソニア目掛けて振り上げる。
まずい!!
腕が伸びない限り格闘家のお父さんの攻撃がここからソニアがいる上空まで届くハズがない。それでも、俺の本能がヤバいと警告を出している。
させるかっ!!
お父さんは俺の方を見ていない。俺は完全に死角からお父さんが振り上げた腕を斬り落とそうと魔剣を振る。
ザシュ!
俺の魔剣はお父さんのもう片方の腕によって受け止められた。完全に根本まで魔剣が刺さってるが、お父さんは痛がる素振りすら見せない。
噓だろ!? 後ろに目でも付いてるのかよ! しかも・・・
「ぬ、抜けない!」
腕に力を入れてるのか、刺さった魔剣がまるで抜けない。
「おらぁ!」
お父さんがソニア目掛けて振り上げた腕を思いっ切り振り落とす。すると、まるで光すらも斬るように漆黒の亀裂が空間に走り、何故か喜んでいる様子の無防備なソニアに当たった。
う、噓だろ・・・!?
莢蒾の妖精が蔦を伸ばしてソニアを引き寄せたお陰で躱せたかと一瞬思ったけど、やっぱり当たっていた。ソニアのちっちゃくて細くて綺麗な右腕と、夜はキラキラして、感情によって可愛くパタパタする羽の右側が失くなっていた。
俺は父さんに刺さったままの魔剣から手を放し、呆然と立ち尽くす。
俺のせいだ・・・。
(痛い・・・痛い・・・助けて)
頭の中にソニアの苦しそうな声が響く。無意識に俺にテレパシーを送っている。
俺が!・・・弱かったから・・・!! クソがあ!
「チッ、外したか」
お父さんの冷静な声が聞こえてくる。
「お父さん・・・いやルイヴ! よくも俺の大切なパートナーを!!」
俺を孤独から救ってくれた初恋の相手で、今も好きな妖精の女の子。可愛くて、愛嬌があって、子供っぽいし、だらしないし、天然だけど、たまに大人びた一面を見せる、頼りになるパートナー。戦いが苦手で、妖精とは思えないほど優しくて精神的に弱い。だから、そんなソニアを俺が守ると、そう決めたハズなのに・・・!
「黒髪の少年! 今から雷の妖精の記憶を戻す! 闇の妖精が記憶の欠片と一緒に大妖精の力の欠片も保存されてると言っていた!」
怒りと悔しさでいっぱいになっていた俺の頭の中に、そんな莢蒾の妖精の声が飛び込んできた。
「記憶を取り戻せば、同時に大妖精の力も戻って、これくらいの部位の欠損ならすぐに治る!」
そういえば、南の果てで羽を燃やされた時の妖精のトキも、時間は掛かるけどそのうち治ると言っていた。大妖精の力を取り戻せばすぐに治るのか。
だとしても、ソニアに痛い思いをさせてしまった悔しさは消えない。
「僕は出来るだけ離れた所に飛んで雷の妖精を守る! その間に黒髪の少年はそこの人間達の足止めを頼めるかい?!」
「分かった! 絶対に追わせない! ソニアをたの・・・」
「させないわよ」
ソニアを抱いている莢蒾の妖精の羽を、一本の矢が貫いた。崖の上を飛んでいた莢蒾の妖精は羽が無くなり飛べなくなり、ソニアを必死に守るように抱きながら崖から砂浜へと転がり落ちる。急いで駆けつけようとするけど、ルイヴに邪魔をされる。
「悪いけど飛べなくさせてもらったわ。妖精は羽が無いと飛べないんでしょう?」
「サディ・・・」
俺のお母さん・・・サディがいつの間にか海中から戻って来て砂浜に立っていた。
「あら、ディル。お母さんとは呼んでくれないの?」
「お前たちはもう・・・完全に敵だ」
「そう・・・悲しいわね」
サディは一瞬だけ酷く傷ついたような顔をしたあと、ルイヴの横に移動する。
「サディ、遅かったな。王女様はどうしたんだ?」
「可哀想だけど、海の底に沈めて来たわ」
噓だろ・・・あのスズメが・・・?
「あら、飛べなくても動けはするのね」
サディが再び弓を構える。その矢先には苦しそうな顔をしながらもソニアを抱いて必死に砂浜を走っている莢蒾の妖精の姿があった。
「待て!」
「待つのはお前だ!」
俺はソニア達を庇おうと走り出す。けど、ルイヴに殴り飛ばされてしまった。ズサーッと砂浜に身を打ち付けられて倒れた上に、片足が変な方向に曲がってしまった俺は、矢が莢蒾の妖精に命中するのを見ていることしかできない。
莢蒾の妖精! 頼む避けてくれ! 今ソニアを任せられるのはお前しかいないんだ!
倒れたまま必死に手を伸ばすけど、当然届かない。
ダメだ・・・莢蒾の妖精に避けるような気力は残ってない。
頭の回転が早くなっているせいか、視界がスローモーションになる。
「にゃ~」
俺が諦め掛けた時、そんな吞気な鳴き声と共に、黒猫の姿でソニアと莢蒾の妖精の姿が見えなくなった。
ドカン!!
矢とは思えないほどの威力で砂煙が巻き起こる。その砂煙の中から、ソニアを抱く莢蒾の妖精の首根っこを咥えた黒猫が飛び出してきた。
「はい!? 猫ちゃんですって!?」
サディが目を丸くし、隣のルイヴも超展開に呆気にとられている。
今のうちだ!
俺は身体強化で変な方向に曲がった足を無理無理治して立ち上がると、砂浜を思いっ切り殴って砂煙でルイヴ達の視界を誤魔化す。そして、その間に駆ける黒猫に近付く。
「黒猫、言葉を理解してるとは思えないけど、ソニアを頼むぞ」
黒猫は返事をしない。当然だ。莢蒾の妖精を咥えているから口を開けない。
「黒髪の少年・・・いや、ディル。すまない、助かったよ」
「こっちこそソニアを守ってくれて助かった。ガマさん。・・・それで、ソニアは?」
「さっき急いで記憶の欠片を読み込ませた。今は眠りについて記憶と大妖精の力を取り戻している最中だね」
ガマさんの腕の中では、右腕と右の羽を失ったソニアがスヤスヤと眠っている。記憶を取り戻す前に一度話しておきたかったけど、この状況じゃあ仕方ない。
「記憶を取り戻すのにどれくらいかかりそうだ?」
「もう既に闇の妖精が持っていた記憶欠片を前に読み込んでいるみたいだから、雷の妖精の体は既に大妖精の力を取り戻す器に近付いてる。今回は残りの全てを読み込むけど、それほど時間は掛からないハズだよ。一時間くらいで眠りから覚めるハズだって闇の妖精が言っていた」
一時間か・・・。
「この猫がどこに行くつもりなのか知らないけど、僕はこの猫の行動に身を任せるしかない。ディルは・・・」
「分かってる。ルイヴ達を追わせないようにすればいいんだろ?」
「頼むよ」
「ああ、そっちもソニアを頼む」
早口で短いやり取りをしたあと、俺は黒猫から離れる。ソニアを抱いた莢蒾の妖精を咥えた黒猫は、何を考えてるのかお城の方に向かって素早く走り去っていく。
さて・・・・一時間ね・・・。
ルイヴが「フン!」と拳を振り、砂煙霧散する。そこには、ルイヴとサディ、そしてソニアの電撃で気絶していたハズの100人くらいの研究者達が立っていた。
「マジかよ・・・」
「はっはっはっ! 俺の嫁にかかれば治癒の魔石を使って100人の研究者達を復活させるなんて造作もないのさ!」
ルイヴが得意気に高笑いする。
これを・・・相手にするのか。
研究者達はそれぞれが魔石が付いた棒のような小さい杖を持っている。普通の兵士なんかよりよっぽど厄介そうだ。
空の妖精は・・・どこだ?
沖の方で巨大な青いドラゴンみたいなのと戦っていたハズの空の妖精が見当たらない。だけど、巨大な青いドラゴンは健在だ。
嘘だろおい・・・よく見たらあのドラゴンって・・・。
ドラゴンの額には青い魔石が付いていた。額に魔石が露出している生物・・・魔物とは違って大妖精が遥か昔に創った生物で、魔獣と呼ばれ、人間では到底敵わない相手だ。南の果てで出会った火のドラゴンなんかがそうだったけど、当時のソニアが苦戦した相手だ。
戦うのが苦手とはいえ、妖精のソニアが苦戦したあの火のドラゴンと同じ魔獣かよ・・・。
「ディル、もう諦めてそこを通せ。戦力差は明らかだ」
ルイヴが諭すように言う。
俺の前に立っているのは、さっき手も足も出なかったルイヴ、海中でスズメに勝ったらしいサディ、100人の泡沫島の研究者達、おまけに妖精でも苦戦するような巨大な魔獣。
・・・そうだな。覚悟を決めるか。
俺は拳を握り、身体強化を全力で発動させる。
「ディル・・・死ぬ気なの? もう無理よ」
「俺達は全人類の命運を背負ってここに立っている。もう本当に・・・息子とはいえ容赦出来ないぞ」
サディが心配するように言い、ルイヴが何かを期待するように言う。
「死ぬ気なんてサラサラない。けど、ここは死んでも通さない!」
読んでくださりありがとうございます。表情には出さずとも胸を痛める両親と、覚悟を決めるディルでした。




