251.あなたの一番でいたいのよ
「さて・・・どうしたものかな?」
皆が戦い始めた。ディルはお父さんと、スズメはディルのお母さんと、空の妖精は謎の青い龍と。
でも、相手がいないわたしは手持ち無沙汰になってしまった。
「うおおおおお!! おめぇら!俺様に続けえええ! にっくきカイス妖精信仰国の王族達をいてまええええ!!」
泡沫島の研究者達が物凄い怖い顔で海の上を走って上陸しようとしている。
あ、わたしの相手見っけた!
わたしは研究者達の前まで飛ぶ。
「おい! 目の前に妖精様がいらっしゃるぞ!」
「うっしゃあああ! 捕獲して研究してさしあげろおおおお!」
「手足を千切って動けなくしろ!」
「いや! 羽だ! 妖精は羽が無くなれば飛べなくなる! 羽をもげ!」
こ、こここ、こわい! こわい! こわい! お化けよりもこわい! 胃腸炎よりもこわい! 残業よりもこわい!
「こっちこないでぇ!!」
バチバチバチッ!!
「「あばばばばばばばば」」
感情のままに海に放電したら、研究者達が気絶してしまった。白目を剝いてぷかーっと浮いている。
「よ、よしっ。作戦通りだね!」
さ、最初からこうするつもりだったんだよ!
でも、また手持ち無沙汰になっちゃった。
こんな余裕こいてる場合じゃないよね。急いで誰かの助っ人に行かなきゃ!
「じゃあ、ディルの・・・」
いや、やめておこっと。
ディルとルイヴは絶賛戦っている最中だ。それは分かるんだけど、戦いのレベルが高すぎる。動きが早すぎてわたしの動体視力では追えない。変に助けに入ったりしたらディルごとやっちゃいそうだ。
「しょうがない。そしたら一番厄介そうな謎の青い龍の相手をしてる空の妖精の・・・」
いや、やめておこっと。
空の妖精と壮絶なバトルを繰り広げている謎の青い龍は、それはもう大きい。テレビ塔よりも大きい。普通にこわい。それに、何となく空の妖精は余裕そうだし、青い龍も本気では戦ってなさそうに見える。
「そしたらスズメの援護を・・・」
・・・って、いないし!
さっきまで近くで弓矢と魔法の激しい応酬を繰り広げてたハズなのに、ちょっと目を離した隙にスズメもディルのお母さんも姿を消していた。
どこ行っちゃったんだろう?
「出でよ! 食虫植物!」
突然、砂浜から少し離れた崖の方からミドリちゃんの元気な声が聞こえてきた。見上げてみると、ミドリちゃんがガマくんの進行方向にウネウネしたクルミの木(?)を生やしてガマくんを捕えてる所だった。
ガマくんがピンチ!
ガマくんはウネウネの枝に捕まって持っていたわたしの記憶の欠片を地面に落としちゃってる。
よし! わたしの相手はミドリちゃんで決定だね! ・・・消去法じゃないよ? ミドリちゃんが一番ちょろそうだからとか、わたしでも勝てそうだとか、そんなことは思ってないよ? わたしの為に頑張ってくれたガマくんを助ける為と、一番の親友であるミドリちゃんを説得する為だからね!
自分自身に謎の言い訳をしながら、わたしはミドリちゃんが記憶の欠片に向かって伸ばしている蔦をバチンと切断して、記憶の欠片とミドリちゃんの間に割って入る。
「ミドリちゃん! わたしの記憶は渡さないよ! なんてったって、他の誰でもないわたしの記憶だからね!」
腕を組んで、口角を上げて、精一杯のカッコイイ顔を作ってミドリちゃんを見上げる。
決まった! 完璧に決まった! これなら誰もわたしが消去法でここに来たなんて思わないよね! ・・・いや! 消去法で来たわけじゃないしっ!
せっかくカッコ良く登場したのに、ミドリちゃんは頬を膨らませて悔しそうな顔をそてるだけだ。ガマくんに関しては、もうクルミの木の枝やら葉っぱやらでどんな表情してるのかも分からない。
悦に浸ってる場合じゃないね。
「ガマくん、今解放したげるね!」
ガマくんがどこの枝に捕まってるのか分からないから、とりあえずビームでクルミの木自体を真っ二つに切り倒す。すると、もさもさと生い茂った葉っぱの中からガマくんが飛び出して、わたしのもとまで降りてきた。そして「ありがとう」とわたしの頭にポンと手を置いた。ディルにたまに指で撫でられたりするけど、ガマくんは同じ妖精でサイズ感が丁度よくて気持ちいい。ディルの指もそれとは違ってなんか、幸せな感じだけど。
「でも、どうして僕のところに来てくれたんだい?」
わたしがここに来た理由は一つ!
「だって、ミドリちゃんが一番ちょろそ・・・」
じゃない! 違う! 違う!
「ミドリちゃんはわたしの親友だからね! 一番に説得しないと☆」
とりあえずウィンクして誤魔化す。ウィンクは万能だ。ガマくんは誤魔化されてくれたのか、そうじゃないのか、ニコリと微笑む。
「ちょっとちょっと! 2人で何を笑い合ってるのよ! 私の存在を無視しないでくれる! 私は無視されるのが嫌いなの!」
そんなことを言いながらも、チラチラとわたしを見ながら口角をひくつかせて、にやけそうになってるから、たぶん久しぶりにわたしに会えて嬉しいんだと思う。わたしが自意識過剰じゃなければね。
「私を説得するって言うけど、私はそんなに甘くないわよ! 例え雷の妖精ちゃんにぎゅーって抱き着かれてもね!」
チラチラ
「例え雷の妖精ちゃんに抱き着かれたって、私は説得されたりなんかしないわよ!」
チラチラ
2回同じようなことを言ったよ・・・抱き着いて欲しいのかな?
隣にいるガマくんを見てみる。「やれやれ・・・」みたいなアクションをされた。
しょうがない。抱き着いてあげよっかな。
わたしがふわりと浮いてミドリちゃんのもとに行くと。ミドリちゃんはチラチラもじもじとわたしを見てくる。
なんか、久しぶりに会ったらミドリちゃんが可愛いらしく見えるっていうか、何だか子供っぽく見えるのは気のせいかな? ・・・ハッ! これがデレ期ってやつか!
わたしは期待の眼差しを向けてくるミドリちゃんをそっと抱き寄せて、ギュッと抱きしめる。ミドリちゃんの方がちょっぴり背が高いけど、わたしの方がちょっぴり上で浮いてるお陰で丁度いい。
「雷の妖精ちゃん・・・」
「ミドリちゃん・・・」
な、何だろう・・・女の子同士なのに恥ずかしい。
「捕まえたわ!!」
「きゃあ!」
やたらとぶっとい蔦でグルグル巻きにされちゃった。
だ、だ・・・騙されたぁーーー!!
「フッフッフー! 甘いわね! 雷の妖精ちゃん! ベンガルヤハズカズラの蜜よりも甘いわ!」
ベンガル・・・何て?
「これで雷の妖精ちゃんをお持ち帰りよ!」
スリスリむにむに
わたしをお姫様抱っこして頬に頬擦りしてくるミドリちゃん。ガマくんはまた「やれやれ・・・」みたいなアクションをしている。それしか引き出しが無いのかな?
「ねぇ、ミドリちゃん。ミドリちゃんはどうしてわたしに記憶を取り戻させたくないの?」
ミドリちゃんにお姫様抱っこされまま真剣な表情を作って聞いてみる。ミドリちゃんは頬擦りを止めて視線を逸らす。
「それは・・・」
「ミドリちゃんは記憶を失くす前のわたし・・・光の大妖精だったわたしは嫌いなの?」
「嫌いなわけないじゃない!」
ミドリちゃんはくわっと目を見開いて叫ぶ。めちゃくちゃ唾が飛んできたけど、今は気にしない。
「じゃあ、どうして?」
「私は・・・私はあなたを選んだだけよ・・・」
わたしを・・・選んだ?
首を傾げるわたしを、ミドリちゃんはそっと優しく撫でてくれる。
「光の大妖精のあなたと、雷の妖精のあなた。天秤に掛けた結果、雷の妖精のあなたの方に傾いただけよ」
「つまり、今のわたしの方が好きってこと?」
なんか、自分で言ってて恥ずかしいね。
「どっちも大好きよ! でも、今のあなたはその・・・闇の妖精よりも私のことの方が・・・好き・・・でしょ?」
「そりゃあ・・・ね。闇の妖精とは会ったことも無いし」
「水の妖精よりも、土の妖精よりも、火の妖精よりも、空の妖精よりも・・・私の方が上でしょ?」
「まぁ・・・そうだね」
一度だけ見た昔の記憶でしか会ったことのない闇の妖精や、何度かしか顔を会わせてない他の妖精よりも、生まれたばかりのわたしに色々と教えてくれて、人間だった頃のことで落ち込んでいたわたしを癇癪を起すまで心配してくれて、3年も同じ屋根の下で一緒に暮らしていたミドリちゃんの方が好きなのは当然のことだと思う。
「だからよ」
だからよって・・・。
「あのね、ミドリちゃん。例え記憶を取り戻したからって、今の記憶が消えるわけじゃないんだよ? 過去にミドリちゃんによっぽど嫌なことをされたりしてない限り、変わらないよ」
「でも、記憶を取り戻したら闇の妖精との記憶も蘇るのよ。私と光の大妖精との思い出は数十億年くらいしかないけど・・・」
え、数十億年!? わたしさっき3年もミドリちゃんと一緒に暮らしてたとか思ってたけど、急にインフレし過ぎじゃない!?
「光の大妖精と闇の大妖精の付き合いは約300億年くらいあるのよ。それほどの記憶が蘇っても。同じことが言える?」
「さ、さんびゃくおく・・・」
わたし・・・そんな膨大な記憶を取り戻しちゃって大丈夫? 頭パンクしない?
「それでも今と変わらないって言い切れるかしら?」
「うぅ・・・自身無くなってきたかも・・・」
300億年なんて、人間だった頃はもちろん、地球の歴史や下手したら宇宙の歴史よりも長いよ。ちょっと怖くなってきた・・・でも、わたしは記憶を取り戻すって決めたし! 今更引き下がれないもん!
「確かに私にも昔の思い出を思い出して欲しい気持ちはあるわ。でも、それよりも私はあなたの一番でいたいのよ・・・私にとって、あなたの記憶を取り戻すよりは、邪魔をする方がメリットが大きいのよ」
メリットか・・・。
「じゃあ、記憶を取り戻す方がメリットがあると思えればいいんだね?」
未だにグルグル巻きにされてお姫様抱っこされたままだけど、ニヤリとニヒルに笑って見せる。わたしを抱くミドリちゃんの手がピクリと動く。
勢いで言っちゃったけど、これは説得出来るかも?
「えっと・・・その・・・あれだよ! 記憶を取り戻せたら・・・な、何でもお願いを一つ聞いてあげる!」
小学生みたいなこと言っちゃったよ! わたし頭悪すぎじゃん!
「何でも?」
ミドリちゃんがじっーっとわたしの目を見つめる。つい逸らしたくなるけど、わたしも見つめ返す。
「破廉恥なことでもいいの?」
「は、破廉恥!?」
「フフッ、冗談よ。そんなに顔を真っ赤にして可愛いわね!」
び、びっくりした~。また勢いで返事しなくて良かった~。
「でも・・・悪くないわねぇ」
ミドリちゃんは真剣な表情で何やらブツブツと言い始める。
これは・・・案外簡単に説得できちゃったのでは?
「いや、駄目ね。それでもやっぱり記憶を取り戻させない方がいいわ」
「それでホントにいいの? ここで頷いとかないと、もしわたしが記憶を取り戻した時にこの約束は無しになっちゃうよ?」
「取り戻させなければいい話よ!」
「へぇ~・・・それでいいんだ」
意味深に笑ってみせる。特に意味はないけど、ミドリちゃんは怪しむような、警戒するような表情をする。
「何よ・・・この状況で雷の妖精ちゃんがどうにか出来るっていうの?」
この状況・・・つまりグルグル巻きにされてお姫様抱っこにされてる状況だ。
「簡単だよ。こんな蔦なんてわたしの電撃で・・・あひゃはははは! やめてくすぐらないでっ!」
ひぃぃぃぃぃぃ!!
わたしは十秒くらい蔦でくすぐり攻撃を受けた! ひどい! 人でなし! 人じゃないけど!
っていうか、ガマくんは黙ってないで助けてよ!
・・・って思ったら、いつの間にかガマくんがまた蔦に捕まっていた。わたしをくすぐりながら捕まえたみたいだ。ミドリちゃんの癖に・・・分身体の癖に器用なことをする。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「どう? これでも同じことが言えるかしら?」
「い、言えるよ! こんなt・・・あはははははは! やめてってぇ!」
わたしが電撃を放とうとするとくすぐってくる。
も~~~怒った!! こんな酷いことをしてくるなら、わたしだって手段を選ばないもんね!!
(ナナちゃん!! あなたの助けが必要だよ!!)
ミドリちゃんの前では澄ました顔をしながら、ナナちゃんにテレパシーをして助けを求める。
(ソニア先輩! 急にどうしたんですか!? 私の助けが必要なら何だってしてやりますよ! シュッシュ!)
素振りでもしてるのかな? 頼もしい限りだね!
(ナナちゃん! 急いでミドリちゃんが引き籠ってる巨大樹の中に突入して、ミドリちゃんをくすぐりまくってやって!)
(何だか分かりませんけど分かりました! 私はソニア先輩の後輩で妹で娘で下僕なのでソニア先輩の言う通りにしますね! )
新しく下僕が増えてる気がするけど、この際どうでもいいや。ここにいるのがミドリちゃんの分身体なら、本体を直接攻撃しちゃえばいいんだよ!
「フッフッフ・・・ミドリちゃん。わたしの勝ちだよ」
「まったく・・・雷の妖精ちゃんは諦めがわる・・・いぃ!?」
突然、ビクッと跳ねるミドリちゃん。その拍子でわたしはミドリちゃんの手から解き放たれた。空中でバチンと蔦を切って、ミドリちゃんを見下ろす。
「いひひひひひひひひひ!! な、なによこれぇ!? だ、誰よ! 私の本体をくすぐ・・・いひゃあああああ! ・・・ナ、ナナちゃんね!? 雷の妖精ちゃんがナナちゃんにひひひひひひひ!?」
傍から見れば何もされてないのに大爆笑してるように見えるね。実際は緑の森に居る本体をナナちゃんがくすぐってるんだけど。
「も、もう無理よ・・・」
暫くくすぐられていたミドリちゃんは、キッと悔しそうにわたしを睨む。
「お、覚えてっ・・・いひひひひ! 覚えてなさいよ! もう! 私は雷の妖精ちゃんに説得されて諦めるんだからね! だからっひひひひひひぃ!!・・・はぁ、はぁ・・・だからちゃんと約束は守りなさいよ!」
そう言ってミドリちゃんの分身はパッと消えた・・・いや、小さな種に戻って地面に落ちていく。
それはずるいよ。言い逃げじゃん。約束って何でもお願いを一つ聞くってやつだよね? ・・・まぁ、別にいいけどさっ。
「でも、これでミドリちゃんの説得? は完了したね! やったよ! ガマくん!」
ミドリちゃんの分身が消えると同時に蔦から解放されたっぽいガマくんを見下ろして手を振る。
すると、ガマくんは何故か顔色を変えて「雷の妖精!!」と叫びながら飛んでくる。
どうしたんだろう?
「ガマくんどうした・・・」
「急いで避けて!!」
避けて? 何を・・・
「ソニア!」
ブォン!!
一瞬のことだった。
ディルのわたしを呼ぶ悲鳴のような叫ぶ声が聞こえたと思ったら、ガマくんが伸ばした蔦に足を引っ張られた。それと同時にブォン!!と今まで聞いたことのないような音がして、羽と右腕に激痛が走る。
「え・・・いたっ・・・痛いっ! ぐっ・・・」
な、なにこれ・・・い、痛いよ・・・。
物凄い激痛に顔を歪ませて涙を浮かべながら痛みが走る箇所を見ると、わたしの右の羽と右腕が失くなっていた。
「雷の妖精!! 大丈夫かい!!??」
ギュッとガマくんに抱き寄せられた。ガマくんの今にも泣きだしそうな顔が目の前にある。
「はぁ・・・はぁ・・・い、痛い・・・痛いよぉ・・・無理、無理ぃ。助けてぇ」
呼吸の必要が無い妖精なのに過呼吸になりながら必死にガマくんの襟を掴む。「痛い」「助けて」それ以外のことが考えられない。
「大丈夫、大丈夫だから落ち着くんだ! 雷の妖精! 痛くない、そう思うことが大切なんだ! 雷の妖精は思い込みが激しいから―――――」
ガマくんが何か言っているけど、今のわたしは痛みに耐えることで必死で頭に入ってこない。
「チッ、外したか」
「お父さん・・・いやルイヴ! よくも俺の大切な――――!」
下の方でディルとルイヴが何か言ってるけど、それもわたしの頭には入ってこない。
読んでくださりありがとうございます。
ミドリちゃん「破廉恥なことでもいいの?」(あわよくば・・・)
ソニア「は、破廉恥!?」
ミドリちゃん「フフッ、冗談よ」(もしかして押しまくればいけたのかしら?)




