249.【莢蒾の妖精】僕に出来ること(前編)
『新しい仲間が誕生したわ!』
僕の生みの親である緑の妖精は、子供を創る時に必ず同じようなことを言う。もちろん僕も言われた。
『緑の妖精はどうして毎回同じことを言うんだい?』
疑問に思ったのでそう聞いてみた。僕の頭上でふわふわと浮きながら巨大樹をペタペタと触っていた緑の妖精は、くるっと振り返って不思議そうな顔をする。
『どうしてって・・・だってそう言われたら嬉しいでしょ? 私は言われて嬉しかったもの。生まれたばかりで何も知らないけど、ひとりじゃないことだけは分かったし、なにより歓迎されてるのが分かってとても嬉しかったわ』
『へぇ~』
『何よ! 自分から聞いておいてそのつまらなさそうな顔は! 莢蒾の妖精は嬉しくなかったわけ!?』
緑の妖精は腰に手を当ててプリプリと怒る。可愛いらしいけど、ここでぞんざいに扱ったら面倒なことになる。こう見えて僕よりも何百倍何千倍も生きてるのに、中身がまったく成長してないんだから。
『嬉しかったと思うよ。でも、もうあれから数百年も経ってるんだ。あんまり覚えて無いかな』
『たった数百年じゃない。人間達の街に遊びに行き過ぎて感覚まで人間になっちゃったんじゃないの?』
『感覚までって・・・僕は中も外も妖精だよ。人間なんかと一緒にしないでくれ』
『じゃあ、もう私の目を盗んで人間達にちょっかいを出すのはやめなさいよ!こうやってアナタを傍に置いて見張らなきゃいけない私の立場にもなってちょうだい!この間も人間との間に子供を作るとか言って、連れて来た人間に無理矢理種を植えて殺したでしょ!?』
『だって、僕も緑の妖精みたいに新しい植物を作ってみたかったんだよ』
『そういうところが人間臭いのよ・・・新しい自然や生命は偉い妖精である私達しか作れないって言ってるじゃない!』
この数百年、気になった人間を見つけては連れ帰って植物にしたりして遊んでたら、緑の妖精に怒られてこうやって常に傍にいるように言われてしまった。どうやら緑の妖精は暫く僕を自由にしてくれるつもりはないみたいだ。
僕よりもやんちゃな妖精でもいてくれれば、緑の妖精の目を盗みやすくなるんだけど。
『ところで、緑の妖精はさっきから巨大樹をペタペタと何をしてるんだい?』
緑の妖精はここ最近、ずっとこの巨大樹の周辺をウロウロしていた。お気に入りの昼寝スポットでも探しているのかと思っていたれけど、見た感じそうではなさそうだ。
『ふふん! それを聞いちゃう? 気になる?』
ニマニマとした笑顔で、指で自分の三つ編みを遊びながら言ってくる。正直うざい。
『アナタ達はこれをただの巨大樹だと思ってるみたいでけど、これはコッチとアッチを繋ぐアンテナなのよ!』
コッチ? アッチ? アンテナ? 緑の妖精は何を言ってるのだろうか?
『まぁ、こんなことを言ってもアナタには分からないわよね。とにかく、ここは私の大好きな妖精が生まれ直してくる大事なところなのよ!』
『大好きな妖精?』
『前に話たこともあったでしょう? 私の生みの親で、私達偉い妖精にとって大切な存在よ!』
光の大妖精。そう呼ばれていた妖精が2000年くらい前にいたと、緑の妖精から聞いた覚えがある。何でも人間に消滅させられたとか。
『そろそろだと思うのよね~。ほら、莢蒾の妖精も触ってみなさい。巨大樹がパチパチとしてるでしょう?』
緑の妖精に手を取られて、巨大樹を触らされる。手にパチンと刺激が走った。近くでよく見ると巨大樹はパチッパチッっと青白く点滅していた。
光の大妖精・・・いったいどんな妖精なんだろうか。緑の妖精に聞いても『私よりも背が低くて胸が大きい』としか教えてくれない。僕が知りたいのは背の高さでも胸の大きさでもない。中身だ。
それから数日後、ついに巨大樹が目に見えて青白くなり始めた。その異常な光景に緑の森の色々な妖精達が集まりだす。
いつも引き籠ってばかりいて夜にしか行動しない仙人掌の妖精まで・・・ついに光の大妖精が・・・僕達の親である緑の妖精の親の姿が見れる。
『ど、どうしよう! 緊張してきたわ!』
緑の妖精は巨大樹の前でクルクルと飛び回る。
『僕達普通の妖精ならともかく、2000年なんて偉い妖精の緑の妖精からすれば大した年数じゃないだろう? 何をそんなに緊張することがあるんだい?』
『確かに2000年なんて私達からすればあっという間よ! でも、光の妖精がいないこの2000年はとっっっても長かったのよ! それに・・・生まれ直してくる光の妖精は以前の記憶を持ってないと思うし・・・』
詳しいことは分からないけど、緑の妖精に何度光の妖精のことを聞いても性格とかは教えてくれなかった理由は分かった。記憶が無ければ性格も違うかもしれない。
緑の妖精が小さく『今度は私が一番になるのよ!』と小さく拳を握った瞬間、巨大樹の天辺にドカーン!と何かが当たった。
そして立て続けに周囲からドカーン! ドカーン! と青白く鋭い線のような何かが地面に落ち始める。
『緑の妖精、これは・・・』
『しっ! 来たわ!』
巨大樹が必死に何かを受け止めるようにキシキシと悲鳴をあげる。そして、パッっと綺麗な色をした何かが現れた。
な、何だあれは・・・?
それは徐々に形を変えて、妖精の形になる。
見たことのない黄金色のふわふわの長い髪、僕達よりも少し長い尖った耳、薄く黄色い羽、緑の妖精よりも低い背に、大きいけどバランスを保った美しい胸、それらを際立たせる綺麗で柔らかそうな肌。
あれが・・・光の妖精。
そこには、一糸まとわぬ裸の、可愛らしくも美しい女の子の妖精が居た。
『おっと! いけないわ!』
緑の妖精が手を翳すと、その女の子の妖精は緑の妖精の力によって一瞬で白いワンピースを身にまとった。
『ついでに下着もねっ』
そして、巨大樹のキシキシという震えが収まった頃、女の子の妖精はゆっくりと目を開ける。緑の妖精が大きく息を吸い、口を開いた。
『新しい仲間が誕生したわ!!』
いつもよりも心なしか大きな声で、震えていたのは気のせいじゃないと思う。女の子の妖精はそんな緑の妖精を驚いた顔で凝視したあと、青く透き通った湖のような色の瞳を不安そうにキョロキョロと動かす。
あの困惑っぷりは本当に記憶が無いんだね。
そんな女の子の妖精の様子に、緑の妖精は一瞬だけ唇を嚙み締める。
僕は誰かに無視をされるのが大嫌いだ。誰かに、それも大切な人に忘れられるなんて、無視されるよりもつらいに決まっている。
僕はじーっと緑の妖精を見る。緑の妖精はブンブンと頭を振ったあと、決意の籠った瞳で女の子の妖精は見た。
『おはよう!!・・・・私の声、聞こえてる!?』
『えっと・・・あなたは?』
女の子の妖精のその言葉に、緑の妖精の羽がピクッと動く。動揺した時の癖だ。
どうにかして、記憶を取り戻してあげられればいいんだけど・・・。
僕がそう思っていると、誰かに手を引っ張られた。
『えっと・・・仙人掌の妖精? どうしたんだい? 君が他の妖精に声を掛けるなんて珍しいじゃないか』
『あの・・・その・・・可愛い妖精が気になって・・・』
仙人掌の妖精はビクビクと震えながら恐る恐る女の子の妖精を指差す。
『莢蒾の妖精はいつも緑の妖精さんと一緒にいるから・・・何か知ってるんじゃないかって・・・』
『あ~・・・すまないけど、僕も詳しいことは知らないんだ。知っているのは、緑の妖精の生みの親ってことくらいかな』
『そ、それじゃあ! 緑の妖精さんがよく話していた光の大妖精・・・』
仙人掌の妖精がキラキラとした瞳で女の子の妖精を見る。僕ももう一度視線を戻して女の子の妖精と緑の妖精を見ると、ちょうど緑の妖精が『ほら! あとで紹介してあげるから散りなさい!』と手を払っているところだった。
『うぅ、もっとあの妖精を見ていたいけど、緑の妖精さんに怒られたくないし、眠い・・・』
仙人掌の妖精は渋々といった感じでパッと消えて土の中に戻っていく。
さて、僕はどうしようか。・・・別に今更緑の妖精に怒られるのなんてこわくないしね。
巨大樹の前では、いつの間にか緑の妖精が居なくなっていて、女の子の妖精が何やら顔を真っ赤にして羽をパタパタさせながら踏ん張っていた。
何をしてるんだろうか?
僕はそーっと近付いて様子を見てみる。
『羽さん、ありがとう、でもね、そんなにパタパタしても飛べなきゃ意味がないんだよ』
どうやら飛ぼうとしていたみたいだ。
羽が欠損してるわけでもないのに飛べないなんて・・・本当に記憶を失ってるのか。でも、僕も他の妖精も最初から自然と飛べたような気がするんだけど。
『初めまして、僕は莢蒾ガマズミの妖精。君は?』
僕が自己紹介すると、女の子の妖精は暫くぽけーっとしたあと、僕が催促すると自己紹介を返してくれる。
『わたしは、雷の妖精・・・らしい』
『カミナリ?』
光の妖精ではない? ・・・いや、そうか。緑の妖精にとって今の記憶の無いこの妖精を光の妖精とは呼べなかったのかもしれない。カミナリが何かは知らないけど、そういうことなら僕も合わせておこう。
そして、飛べないで困っている雷の妖精に飛び方を教えてやると、すぐに飛べるようになって巨大樹の上に居ると言う緑の妖精を追いかけていった。
久しぶりにひとりになった。
いつもなら人間達の街に遊びに行くところだけど、今はあの雷の妖精が気になる。
暫く待っていようか。
それから暫くして上から戻ってきた雷の妖精は、緑の森の皆に挨拶をしたあと、緑の妖精に手を引っ張られてどこかに行ってしまった。そして、緑の妖精だけが戻って来たかと思ったら、人間の家のようなものを建て始めた。
遅れて戻って来た雷の妖精に説明しているの聞いていると、雷の妖精と緑の妖精が住む家らしい。
なるほど、雷の妖精は僕達緑の森の妖精と違って草木や土の中に入って眠ることが出来ないしね・・・ん? 緑の森の妖精以外は睡眠の必要は無かったハズでは? ・・・まぁ、いいか。緑の妖精が嬉しそうだし。
僕がそう思いながら眺めていると、2人が入ったその家の中から『それじゃあ、これからよろしくね!雷の妖精ちゃん!』と緑の妖精の嬉しそうな声が聞こえてきた。
そして・・・翌朝。
『起きなさい! 莢蒾の妖精!』
僕は緑の妖精に首を絞められて起きた。
『大変なのよ!』
『大変なのは緑の妖精の起こし方だよ・・・いったい何なんだい』
お気に入りの土の上で寝ていた僕は、馬乗りになっていた緑の妖精を払いのけて立ち上がって緑の妖精を軽く睨む。
『朝起きたら・・・雷の妖精ちゃんが泣いていたのよ!』
『それは大変だ! ・・・とでも言うと思うかい? おおかた、寝てる間に緑の妖精が変なことをしたんだろう』
『してないわよ! 匂いを嗅いだり抱き着いたり色々な所を触ったりくらいしか!』
十分してるじゃないか・・・。
『とにかく一緒に来なさい!』
緑の妖精に引っ張られて、昨日できたばかりの雷の妖精の家の前にやって来た。扉の奥からは雷の妖精のすすり泣く声が聞こえてくる。
『ぐすっ・・・ぐすっ・・・ママ、パパ・・・アカリ・・・会いたいよ。アヤカちゃん・・。ごめんね』
記憶の無いハズの雷の妖精が誰かに会いたがっていて、誰かに謝ってる。
『緑の妖精、これはいったいどういうことだい?』
『たぶん・・・ううん。何でもないわ。それよりも雷の妖精ちゃんを何とか元気付けられないかしら?』
『相談する相手を間違っていないかい? 何も知らない僕よりも、雷の妖精に関して何か知ってる風の緑の妖精が自分で考えた方がいいと思うよ』
『それは・・・そうなんだけど・・・』
緑の妖精は『うーん』と眉間に皺を寄せたかと思うと、バッと勢い良く振り返って森の入り口の方を見る。
『こんな時に・・・いったい何なのよ!』
『何かあったのかい?』
『人間がこの森に入って来たみたいなのよ!』
『そんなこと分かるのかい?』
緑の妖精とは長い付き合いだけど、それは初耳だよ。
『普通の人間なら分からないけど、ちょっとヤバい気配がするから・・・莢蒾の妖精は雷の妖精ちゃんをお願い! 私は人間を追っ払ってくるわ!』
『ハァ・・・分かったよ』
緑の妖精は『よろしくね!』と僕の肩を叩いたあと、深刻そうな表情で森の入口に向かって飛んでいった。
緑の妖精はああ見えて何億年も生きる偉い妖精だ。全盛期と比べてだいぶ力を失ってるらしいけど、人間相手に負けることは無いでしょう。それよりも、雷の妖精をどうするか・・・。
僕は雷の妖精の家の扉を開けて中に入る。
『えっ、えっ、莢蒾の妖精? えっ?』
雷の妖精は急いで涙を拭って、口と目を開けて困惑した顔で僕と扉を交互に見る。
『え・・・ノックとか・・・』
『どうかしたかい?』
『う、ううん。何でもない・・・莢蒾の妖精こそどうかしたの?』
雷の妖精は相変わらずオロオロしながらも、椅子を引いて『ど、どうぞ』と進めてくれる。僕はその椅子に座って、むかえに座っている雷の妖精を見る。チラチラと僕を見ながら何か言いたそうにしている。
『緑の妖精が君が泣いているって慌てていたよ』
『あ、それは・・・ごめんなさい』
『どうして謝るんだい?』
『え、だって心配かけたみたいだから・・・』
心配を掛けたら謝るものなのかい? 僕は心配を掛けても謝ったことは無いなぁ。
僕はじーっと雷の妖精を観察する。雷の妖精は僕の視線に気が付いたのか、困ったように眉を下げて落ち着かなさそうにしている。
『ね、ねぇ・・・』
『ああ、ごめんよ。気を悪くしないでくれ。ただ、胸が大きいなと思って見ていただけさ』
『え、む、胸!?』
雷の妖精は顔を赤くしてバッと自分の胸を両手で隠す。
うーん・・・緑の妖精が相手だったら『変なこと言わないでよ!』とか言って叩いてきそうなんだけど・・・調子狂うなぁ。場を和ませようとしただけなのに。
『そういえば・・・』
僕が口を開くと雷の妖精はビクッと肩を震わせる。めちゃくちゃ警戒されてしまった。
雷の妖精は、なんというか・・・オロオロしすぎだよ。少しは緑の妖精の奔放さを見習ってほしい。緑の妖精と雷の妖精を足して二で割ったら丁度いいかもしれないね。
突然、ドカン! ドカン!と外から木が倒れるような大きな音が聞こえてきた。雷の妖精が『きゃあ!』と慌てて僕の腕に抱き着いてくる。やっぱり胸が大きい。
何だろう? もしかして緑の妖精が言ってた人間かな?
僕は怯える雷の妖精の頭にポンと手を置く。
『ちょっと見て来るから、雷の妖精はここで待っていて?』
雷の妖精はコクコクと何度も頷く。僕は不安そうな雷の妖精を引き剝がして、家から出る。
念のため・・・っと。
雷の妖精の家を蔦でグルグル巻きにして、一応外からの衝撃に耐えられるようにする。
さて、音が聴こえた方に向かおうか。
音が聴こえた森の方に行くと、人間の男女2人が我が物顔で木々を倒しながら歩いて来ていた。その後ろから緑の妖精が何か叫びながら蔦を伸ばして足止めしようとしたり、毒を吹きかけて殺そうとしたりするけど、男はブンっと拳を振るだけで蔦も毒も霧散させる。
『待って! お願い! あの子だけは・・・! 私なら好きにしていいから! あの子には手を出さないでっ!』
『黙れ! それ以上邪魔するなら本当にお前も消すぞ!』
『あなた、緑の大妖精を消してしまったらこの世界から植物が無くなってしまうわよ』
『サディ・・・チッ、分かってるよ』
驚いた・・・緑の妖精でも足止めすら出来ないなんて。あの毒は吸っただけで即死するもののハズなのに・・・・。
『莢蒾の妖精! お願い! 何してもいいからその人間を止めて!』
僕に気が付いた緑の妖精が涙を浮かべながらそう叫ぶ。
緑の妖精にどうにも出来なかった相手を僕がどうにか出来るとは思えないけど・・・やってみるか。
僕は無数の種を出現させて、勢い良く人間目掛けて発射させる。・・・けれど、それは全て女の弓矢によって撃ち落とされた。
あの長弓で速射!? 男だけじゃなくて女もヤバい。
『あの妖精はただの妖精だよな?』
『ええ、そうみたいね』
男は『悪いな。こっちも余裕がねぇんだわ』と言ったあと、右手を僕に向ける。そこには漆黒の魔石が嵌ったグローブがあった。
あの魔石は何だろう? 闇の魔石にしては黒すぎる。
『莢蒾の妖精! 絶対に避けて!』
緑の妖精の言葉と同時に、男が『おらぁ!』と僕めがけて拳を振った。
くっ・・・あぶない!
何とかギリギリで躱せた。
な、なんだあれは・・・!?
僕がさっきまでいたところ、男が拳を振った所がおかしい。景色が不自然に切れて繋がっている。木の真ん中を切って、繋ぎ合わせたみたいな。
『莢蒾の妖精! 気を付けて! あの魔石には妖精を消滅させられる力があるわ!』
それは先に言ってくれないかな!?
『チッ、外したか・・・』
『でも、もう目的地はすぐそこよ』
しまった!
後退しながら相手をしていたせいだろう。僕の後ろには雷の妖精が居る家が・・・正確には僕が蔦でグルグル巻きにした家が見える。
『あの大事そうにグルグル巻きにされてる所があやしいな』
男はそう言って拳を家に向ける。僕も緑の妖精も必死に止めようと攻撃するけど、止められない。
『ダメ!ダメ!・・・待って! お願いだから! 雷の妖精ちゃんはまだ生まれたばかりなの! 何も知らないの! お願いだから・・・うっうう・・・これからなのにぃ・・・』
緑の妖精が泣きじゃくりながら叫ぶ。僕の目にも気が付けば涙が流れていた。生まれて初めて流した。
不安そうに僕の腕に抱き着いていた雷の妖精の顔が浮かぶ。
あの人間・・・絶対に殺す。いつか絶対に殺してやる!
僕は攻撃を止めて拳を握り締めて男を睨む。緑の妖精は涙と鼻水で酷い顔になりながら必死に攻撃を続ける。
そして男の拳が振り下ろされる直前、女が動いた。男と家の間に入って、両手を広げている。
『サディ・・・どういうつもりだ?』
『あなた・・・周りを見てみて?』
女の言葉で男は拳を下ろして、周りを見回す。
周囲には草木の隙間から怯えた表情でこちらを見る妖精達。きつく拳を握って睨みつける僕。『うぐっ、うぐっ』と力なく泣く緑の妖精。蔦でグルグル巻きにされた家からは『な、何が起こってるの?』と雷の妖精の震える声が聞こえてくる。
『ルイヴ。私達これじゃあ完全に悪者よね』
『うっ・・・だが俺達だって村を焼かれて・・・それに光の大妖精が・・・』
『緑の妖精は光の大妖精じゃなくて、雷の妖精って言ってたわ。それに生まれたばかりで何も知らないとも・・・一度お互い冷静になって話をしてみたらいいなじゃない? さすがに可哀想よ』
男は『ハァ・・・愛した女の我儘だ。聞いてやるよ』と言って緑の妖精を見る。
『話を聞いてやる。だから泣くな。落ち着け』
『は、話? 雷の妖精ちゃんを狙わないの?』
『それをどうするか話すんだ!』
緑の妖精はポカーンと口を開けて数秒固まったあと、『こほん!』と咳払いをして涙を拭う。
『じゃ、じゃあ場所を変えるわよ! あっちの方に開けた湖があるからそこで!』
緑の妖精は雷の妖精がいる家をチラチラと見ながら言う。たぶん聞こえてないと思うけど、万が一にも雷の妖精には聞かせたくないんだろう。
『莢蒾の妖精、悪いけど雷の妖精ちゃんの傍にいてあげて。あと、このことは雷の妖精には内緒にしてちょうだいね。余計な心配させてくないもの。私はこの人間達と話をしてくるわ』
『それはいいけど・・・緑の妖精は大丈夫なのかい?』
『大丈夫よ。さっきは取り乱して泣いちゃったけど、何億年も生きてる私が、例え話し合いでも、たかが数十年しか生きてない人間に遅れはとらないわよ』
緑の妖精はそう言って人間達を連れて湖の方へ去っていった。
不安は拭えないけど、だからといって僕に何が出来るわけでもないしね。
緑の妖精のことは一旦頭の片隅に置いておいて、今は雷の妖精の相手に専念することにする。
グルグル巻きにしていた蔦を消して、扉を開けて中に入る。そこには家の隅で頭を抑えてうずくまって震えている雷の妖精がいた。
『雷の妖精。もう大丈夫だよ』
僕はそっと雷の妖精の肩に手を置いて優しく声を掛ける。
『が、莢蒾の妖精? ほ、本当に? 何か緑の妖精の泣き叫ぶ声が聞こえたりしたけど・・・本当に大丈夫なの? 何があったの?』
何があったの・・・か。どう誤魔化そうか。
『緑の妖精が雷の妖精が心配すぎて癇癪を起こしただけだよ』
『え・・・癇癪?』
雷の妖精はポカーンと口を開けて僕を見上げる。
『そう。緑の妖精の中身は人間の子供よりも幼いからね。たまに癇癪を起こすんだ』
噓だけど。
『そ、そうなんだ・・・でも、何か大変なことが起こった訳じゃなくてよかった』
『いやいや、大変なことだよ? お陰で巨大樹の周辺は荒れまくってるからね』
『それは確かに大変かも・・・緑の妖精は今は何してるの? 緑の妖精にも心配かけてごめんなさいって謝らないと』
『ああ~・・・緑の妖精は今は疲れて眠ってるから、後にした方がいいかな?』
『え、そうなの? フフッ、赤ちゃんみたい』
雷の妖精が無邪気に笑った。
・・・? 何だろう。胸がキュッってなったような?
そして暫く2人で緑の妖精についてお話していると、緑の妖精が『待たせたわね!』と得意気な顔で帰ってきた。
どうやら話し合いは上手くいったみたいだね。
読んでくださりありがとうございます。まだソニアに名前が無く、性格も緑の妖精に影響される前の頃のガマくんのお話でした。




