24.お風呂で女子トーク
「あれ?皆ぐっすり眠っちゃてるね」
「本当だな。雷の音で皆怖がってたりするんじゃないかと思ったけど、大丈夫そうだな」
客室に戻って来ると、子供達は床に布団を敷いて雑魚寝していた。窓際に簡素なテーブルと椅子が用意されていて、院長さんとカラスーリとデンガがそこに座っている。わたしは寝ている子供達の上を飛んで、窓際のカラスーリ達の方へ飛んだ。
「ただいまー」
子供を起こさないように少し声量を控えめに声をかけると、暇そうに窓の外を眺めていたデンガが真っ先に反応した。
「おう、戻ったか!いやー!凄いもん見せてもらったぜー!」
「うるさい!」
「うおっ!?」
デンガの顔面目掛けてドロップキックする・・・が、デンガがサッと片手で払いのけたせいで、わたしはそのままの勢いでカラスーリの胸の上に落下してしまった。
「あらあら、大丈夫ですか?」
カラスーリが自分の胸に落下してきたわたしを、そっとすくい上げて心配そうに見てくる。わたしはカラスーリに「ありがとう」とお礼を言って、そのまま手の上からデンガを睨みつける。
「なんてことするの!!」
「それはこっちのセリフだ!」
「わたしは子供が寝てるのに大声を出したデンガに、裁きを下してやろうとしただけだよ!」
「何が裁きだ!このちんちくりん!」
「ぐぬぬぅ!」と睨み合っていると、わたしの後から客室に入って来たコンフィーヤ公爵がずいっと間に手を挟んで「ハァ」とコンフィーヤ公爵お馴染みの溜息を吐いた。
「2人ともうるさいですよ。子供達が寝ているのが見えませんか? カラスーリも笑っていないで止めてください」
「ごめんなさいね、プリプリと怒っているソニア様が可愛らしくって」
「フフフッ」と優しく笑うカラスーリ。やっぱりカラスーリはわたしの味方だ。
・・・ん?
コンフィーヤ公爵以外の姿が見当たらないことに気が付いた。
「あれ?コンフィーヤ公爵だけ?ディル達は?」
「そこに居ますよ」
コンフィーヤ公爵が視線を向けた先では、ディルとジェシーがマリちゃんを布団に寝かせていた。ちなみに、騎士団長ことパンクロックは部屋の外で待機である。「鎧がガチャガチャとうるさいから」と自分から扉の警護を申し出た。気遣いの出来る男だ。デンガと違って。
「それにしても、皆ぐっすりだね」
「何人かは音で起きて泣き出す子もいたのですが、ソニア様の御業なのですと説明をすると再び安心して眠りに就きました」
院長さんが何故か得意げな顔でそう言った。
御業って・・・大袈裟な気がするけど、今まで雷を見たことが無いなら仕方ないのかもしれない。でも、やっぱり何か院長さんとは接しづらいなぁ。
「ソニア、飯が・・・じゃなくて、メイドさん達が来たみたいだぞ」
マリちゃんを寝かせ終わったディルとジェシーが、わたし達のいる窓際まで足音を立てないようにそーっと歩いて来た。ディルが親指でくいっと扉の方を指差す。扉の前には、夜食を乗せたお盆を両手で持ったヨモギちゃんとニコニコ笑顔のツクシちゃんが立っていた。
「それじゃ、ソニアちゃん。お待ちかねのお風呂に行きましょうか」
「うん、いこっ」
わたしはカラスーリの手の上から飛び上がってジェシーの肩の上に乗る。「ゆっくり浸かろうね」と微笑み合う。
「カラスーリ、私達も行きますよ。大分ゆっくりしてしまいましたが、城門に集まっている国民達の対応をしないといけません。詳細は移動中に話しましょう」
「ええ、分かりました」
コンフィーヤ公爵が淡々とした口調で言い、カラスーリが真面目な顔で答えた。わたし達お風呂組との温度差が凄い。
夫婦なんだから、もうちょっと砕けた感じでもいいんじゃないかなぁ。それとも、わたし達が居るから?
院長さんと羨ましいそうにこちらを見ているデンガを置いて、扉の方まで移動する。すると、コンフィーヤ公爵が思い出したようにポンッと手を打って声を掛けて来た。
「ああ、それと、ソニア様」
「ん?」
コンフィーヤ公爵が真面目な顔のまま近付いてくる。なんだか圧があってこわい。ジェシーがそっと一歩後ろに下がった。
「明日か明後日か、恐らくソニア様には国を救って下さった妖精様ということで、国王様と一緒に民達の前に出ていただくことになると思います」
「えっ!?」
「行きましょうカラスーリ。・・・メイド達、くれぐれもソニア様に失礼のないように。では」
コンフィーヤ公爵は言うことを言ってカラスーリを連れてさっさと部屋から出て行ってしまった。
わたしに失礼があるのはコンフィーヤ公爵だと思うよ。
「そんなことより早く飯をくれよー」
お腹が減って限界らしいディルが、ヨモギちゃんからお盆を受け取って、デンガと院長さんがいる窓際のテーブルへと戻っていった。わたしとジェシーはメイド2人と一緒にるんるん気分で浴場に向かう。
「城の浴場かー、きっと凄く豪華で広いんでしょうね」
ジェシーが鼻歌交じりに服を脱ぎながら呟く。
「城に住んでいる貴族達が利用するところなので、それに見合った浴場になってますよ!」
「私達メイドは下働き用の質素な浴場を使ってるんですが、そこの何倍も広いんです!お湯も暖かいですし!」
メイド2人が両手を目一杯広げて得意げな顔で自慢する。わたしも目一杯両手を広げて得意げに口を開く。
「わたし、一度入ったけど、凄く広かったよ!思いっ切り泳いだり潜ったり出来るくらい!」
「そりゃあ、ちっちゃいソニアちゃんならどんな湯船だって泳げるし潜れるでしょうよ・・・」
苦笑されちゃった。
あれ? 脱衣所に昨日は無かったものが置いてある・・・。
脱衣所の隅に、フカフカそうなクッションが敷かれた小さなバスケットが置かれていた。
昨日わたしが浴場から出てそのまま寝落ちしちゃったから・・・だよね? ありがたいんだけど、思い出すと恥ずかしい。
わたしは、またメイド2人にワンピースを脱がされる前に自分でさっさと脱いだ。
「ソニアちゃんって、ちっちゃいにのスタイル良いわよねー」
「ん?そうかなー?」
ジェシーがわたしの胸をまじまじと見つめてくる。
「羨ましいわぁ」
あんまり他人と比べたこと無いから分かんないけど、ジェシーよりは大きいのは分かる・・・いや、体の大きさで言えば小さいんだけどね。対比的にだ。
「妖精って皆大きいの?」
「え、どうだろ。皆ではないんじゃない?」
・・・っというか、そこまで大きいわけじゃないと思うんだけど。それに、ジェシーだって綺麗な体をしている。
「ジェシーだってスタイル良いと思うよ?」
「そりゃあね、私は今のスタイルを維持するために並々ならぬ努力をしてるもの。ソニアちゃんはそういうのとは無縁そうよね」
確かに、人間だった頃は母親に言われて、太らないように食事に気を付けていたり、変な体操をしてみたりしたけど、妖精になってからは気にしたことない。
「あれ?メイドさん達は脱がないの?」
「私達は仕事中なので」
わたし達が服を脱ぎ終わるのを、メイド服のままじっと待っていたみたいだ。
「いいじゃないの、一緒に入りましょう?」
「でも・・・」
「皆で入った方が楽しいもの。ね?ソニアちゃん」
「うん!わたしからのお願いってことで!一緒に入ろ?」
ヨモギちゃんとツクシちゃんはお互いの顔を見合って・・・嬉しそうに笑い合う。
「「はい!一緒に入りましょう!」」
メイド達は急いでメイド服を脱いだ。そしてニコニコ笑顔で「行きましょう!」とわたしに声を掛ける。
ヨモギちゃんとツクシちゃんも、本当はお風呂に入りたかったんだね!
「確かに広いわねー!潜ったりは出来なさそうだけど」
「ですよね!さっさと体を洗って湯船に浸かりましょう!」
浴場に入った途端、メイド2人とジェシーが意気揚々と早足で椅子が並んである場所に向かっていった。
「じゃ!わたしは先に湯船に浸かって・・・ふぎゃあ!」
すいーっと湯船に飛んで行こうとしたら、ジェシーに羽を掴まれた。
「待ってソニアちゃん!」
「は、羽は掴まないでよっ! ダメだから! 羽はダメなところだから!」
頬を膨らませてプンプンと怒って見せると、ジェシーは「あら、ごめんなさいね」と対して悪びれた様子も無く話始める。
「ソニアちゃん、こっちおいで。湯船に浸かる前に私が体を洗ってあげるわ」
「え?大丈夫だよー。わたしは汚れてないから」
「いいからいいから!子供達を元気付けてくれたお礼よ!」
そう言いながらわたしの腕をつまんで引っ張ってくるジェシー。
仕方ない。洗われてあげようか。
「じゃあ髪だけお願いしようかな? 体は自分で洗うよ」
「分かったわ、ソニアちゃんの小さな手でその長い髪を洗うのは大変だものね」
いや、わたし的には髪の毛の長さは人間だった頃と変わってないんだけど・・・。
わたしは大きな木製のバスチェアの中心にチョコンと座り、ジェシーにアワアワと髪の毛を洗われる。
あぁ~・・・人間の頃に美容室でシャンプーをして貰った時のことを思い出すなぁ。気持ちいい。欲を言えば同じサイズの人に洗って欲しかったけど。
「フフフッ、ソニアちゃんの羽がパタパタと動いています」
「いいなぁ、私も洗いたかったです」
ヨモギちゃんとツクシちゃんが目をへの字にしてほっこりしたような表情で洗われるわたしを見てくる。
わたしのことを見てないで自分の体を洗いなよ! あと、羽は無意識に動いちゃうんだよ!
「ふぃ~・・・あったかい」
体を洗い終えたわたし達は、皆で同じ湯船に浸かる。
「ソニアちゃん、よろしければこちらにどうぞ」
「うん!ありがとう!」
ヨモギちゃんが、わたしが丁度肩まで浸かれるくらいの高さに調節して、両手に乗せてくれた。そして、頭にタオルを乗っけて気持ちよさそうに目を閉じているジェシーに気になっていることを聞く。
「ねぇ、ジェシーってデンガみたいな男の人が好きなの?」
「え!?なによ突然・・・」
だって、デンガにブラックドッグから助けて貰ってた時のジェシー、明らかに惚れてたもん。
「あの時、いい感じの雰囲気だったでしょ?」
「あの時って・・・ブラックドッグから助けてくれた時のこと?」
「うん、もう完全に恋に落ちた音が聞こえたよ」
「やだ、そんなに分かりやすかったかしら?」
ジェシーがうっすらと頬を染めてはにかんだ。
あら、すんなり認めちゃうんだね。大人の余裕ってやつかな?
「デンガさんって、あのデンガさんですか?」
ツクシちゃんがジャブジャブとお湯を搔き分けながら興味津々な顔で近付いてくる。
「ツクシちゃん、デンガを知ってるの?」
「はい!前々回の武の大会で、あの騎士団長に勝利して優勝したお方ですから!この国の人なら大体知ってますよ!」
そういえば、騎士団長が決勝で戦ったとか言ってたね。デンガが勝ったんだ。思っていたより凄い人だったみたいだ。
「そうだったのね、確かに私を庇った時は凄い速さだったわね」
ジェシーがうんうんと納得顔で頷く。
「それで、どうなの?」
「どうって?」
「デンガと付き合いたいとか、結婚したいとか、一緒のお墓に入りたいとか思わないの?」
「お墓って・・・先走り過ぎよ。それに、まだ彼のことをよく知らないもの。そういうことは、もっと彼について知ってからよ」
こういう人に限って、いつの間にか結婚してたりするんだよね~。
「ジェシーさん慎重派ですね~」
「大人って感じです」
「もう、私のことはいいから!あなた達は彼氏とかいないの?」
ジェシーがニマニマと口角を上げてツクシちゃんとヨモギちゃんを見る。
「私達はいませんよ。ね?ツクシちゃん」
「うん、そもそも仕事柄出会いがありませんしね」
「なんだー、ソニアちゃんは好きな人・・・じゃなくて妖精?とかいないの?」
「わたしもいないよ」
正直、わたしが恋愛とか考えられないんだよね。そもそも妖精同士でお付き合いとか結婚とか、そういう概念があるのかすら怪しいし。
「何だか私だけ恥ずかしい思いして、ずるいわよ」
ジェシーがプクーっと頬を膨らます。可愛いけど、いったいこの人は何歳なんだろう。怖いから聞かないけど。
「ふぅ~・・・いいお湯だったわ」
ジェシーが長い煉瓦色の髪を風の出る魔石でツクシちゃんに乾かしてもらいながら一息ついた。
「ソニアちゃんは眠くないですか?」
ヨモギちゃんが私の髪を慎重に乾かしながら尋ねる。
「眠いけど、昨日みたいに寝落ちしたりしないよ」
「え・・・そうですか」
ヨモギちゃんはそう言いながら残念そうに肩を落とす。
いったい何が残念なのか・・・わたしにはこの子の考えが理解出来ない。
「わたしがここで寝ちゃって、ディルをあのまま子供達と一緒に寝させる訳にはいかないからね」
「ソニアちゃんとディル君は子供達と一緒の部屋で寝ないの? どうして?」
「ディル、すっごい寝相が悪いの!昨日なんてテーブルの下で寝てたんだよ!?」
「フフフッ、そんなこと言って、顔は笑ってるわよ? ディル君と同じね」
えぇ・・・? 笑ってたかなぁ。
ふにふにと自分の頬を揉んでみる。
「というか、ディルと同じって?」
「ええ、ソニアちゃんが西門に行ってる間にディル君が言ってたの。『ソニア、起こし方が酷いんだ!耳元で大声をだすんだぞ!?』って、とても楽しそうな顔で。ディル君とソニアちゃんを見てると、妖精を怖がってるこの国の人達が可哀想に思えるわね」
「フフフ」と笑うジェシーに、メイド2人が揃って首を傾げる。
「私は怖がってなどいませんよ?」
「私もです」
「あなた達は例外よ。あと、あのカラスーリ様もね」
わたしはあんまりこの国の人たちと交流してないから分からなかったけど、ツクシちゃんとヨモギちゃんは相当お気楽な性格みたいだ。他の人と接する時があれば、この2人のメイドを基準にしないようにしないと。
わたしとジェシーの髪を乾かし終わった2人が自分の髪を乾かし始めたので、せっかく用意してくれたクッション入りのバスケットを使わないのも悪いと思い、クッションの上で寝転んで2人を待つことにした。
そして、気が付くと朝だった・・・。
読んでくださりありがとうございます。実はお休み中だったのに、わざわざ来てくれた2人の可愛いメイドさん。




