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246.雷の花

表では今か今かとわたしの登場を待ちわびているカイス妖精信仰国の国民達がひしめき合っている。オームの歌声を聞いて、更に人が増えたらしい。そんな中、わたし達は控室で輪になっていた。


「じゃあ、皆? 準備はいーい?」


そう言いながら、この国の第一王子で次期王である(何故か)可愛らしいメイド服姿のオーム、この国の第一王女で変態で天才の(何故か)カッコイイ執事服姿のスズメ、くるみ村の男の子で妖精の愛し子のカジュアルな黒い七分袖のシャツを着たわたしの好きな人、ディルを見る。ちなみに、空の妖精はわたしと手を繋いでご機嫌に微笑んでいて、アリサとカササギは控室の端で「頑張ってください!」みたいな顔でわたし達を見守っている。


「先程の歌で充分体は温まりました。準備は万全です」


まだ少し目元の赤いオームがそう言って自信満々に頷く。控室に戻るなり「夢が叶った」と涙を拭っていたけど、しっかりと心の切り替えが出来ているみたいだ。


「もちろんですわ! もはや、この日のためにわたくしは生を受けたと言っても過言ではありませんわ!」


執事服をビシッとキメたスズメが、大袈裟に言ってキリッとキメ顔をする。言動は気持ち悪いけど、何だかんだ頼りになる女の子だ。ドレッド共和国ではそんなスズメにわたしもディルも助けられた。ディルと同じでまだ成人前の14歳なのにしっかりしてる。


「俺も準備は大丈夫だぞ。ソニアの足は引っ張らないからな。安心してソニアの可愛さを世界中に届けてくれ」


少し隈が目立つディルが、自分の緊張を隠すように悪戯っぽく笑いながら言う。スズメもオームもディルも、わたし以外の皆が徹夜で練習していたけど、ディルだけは他の2人に比べて徹夜慣れしてないのか強張った顔で時々欠伸をしていた。


「眠くない?」

「さっきまでは少し眠かったけど、今は緊張で眠気は吹っ飛んだ」

「フフッ、ディルも緊張するんだね。学園祭の演劇の時はそんなに緊張してなかったのに」

「当たり前だ。あの時の何倍の人が観てると思ってるんだ」


それもそうだね。学園祭の時はせいぜい少し大きめなホールに収まるくらいだったけど、今はもう世界最大都市のカイス妖精信仰国の国民全てが押し寄せてると言っても過言ではない状態だ。何万人、何十万人、そういうレベルだ。


「あとは・・・空の妖精も準備は大丈夫? 空気を利用して世界中にわたしの歌声を届けるんでしょ?」

「うん。あと、月にいる闇の妖精にも」


そもそも、わたしがこうして歌を歌うきっかけになったのが空の妖精だからね。記憶を取り戻した時の為に世界中に見方を作る為、わたしの記憶の欠片を集めているガマくんにわたしの現在地を知らせる為、そして月に居る闇の妖精に歌を届ける為に。


「僕も、準備は万端。お姉ちゃんの合図で、いつでも世界中に、声を届けられる。闇の妖精も、声を受け取る準備は、出来てるって」


 あ~、偉い妖精同士で連絡を取り合えるんだったね。あのピンク電話で。確か緑の森ではガマくんがたまにそれを使って闇の妖精とお話してたんだっけ。


(ナナちゃん! 今から歌うからね!)


最後にくるみ村にいるナナちゃんにテレパシーで連絡する。


(はい! 楽しみです! まさかお姉ちゃんのステージを・・・こうして見ることが出来るなんて・・・もう、泣きそう! 村の上空に巨大スクリーンを10個くらい出して皆で観ます!)


 ん? 今お姉ちゃんって言わなかった? 先輩なのかお姉ちゃんなのかハッキリして欲しいよね。


(泣きそうって・・・大袈裟だよ。っていうか上空にそんなにスクリーン出したら、もう空が見えなくなっちゃうじゃん!)

(フフッ、冗談ですよ。村の広場に集まって席を用意して皆で観てます! 頑張ってくださいね! )

(うん!)


ナナちゃんとのテレパシーは一応繋げたままにして、もう一度一緒にステージに立つ3人を見る。


「じゃあ、円陣を組もうか! ほら! 皆手を出して!」


スズメとオームがサッと手を出す。スズメの上に手を置こうとしたオームの手を、スズメはバシッと払ってオームの手の上に自分の手を置く。オームは一瞬だけスズメを睨みはするものの、「ハァ」と軽く溜息を吐いて仕方なさそうに肩を竦めた。

こういうのを見ると、案外スズメは国王には向いてないんじゃないかと思う。オームを次期王に推薦して正解だった。


 こんな時に何をしてるのさ・・・。


2人のやり取りを見ていたディルは、真似をするようにスズメの手の上に自分の手を置く。そして、わたしと空の妖精は皆が重ねた手の上に立つ。スズメが「あはぁ、ソニア様と空の大妖精様の重みがぁ」とか呟いてるけど、聞かなかったことにする。


「掛け声はディルがお願いね!」

「えぇ!? 普通に考えてソニアだろ! ソニアが歌うんだから」

「いいからいいから!」


実は何も考えてなかったから急遽ディルに押し付けた・・・ってわけじゃないよ?


「えーっと・・・うーんっと・・・じゃあ・・・よしっ」


ディルはコクリと頷いて、大きく息を吸って口を開く。


「皆でソニアの可愛さを世界中に広めるぞおおおおお!!」

「「おーーー!!」」

「えぇ?」


わたし以外の皆の息が揃った。わたしだけ心の中に一抹の不安を抱えながら、わたし達はステージに続く階段を上がる。後ろではアリサとカササギが「いってらっしゃいませ(ぇ)」と微笑んでいた。


ステージに上がると、オームの時の1.5倍くらい人が増えていた。陸地はもちろん、その向こうの海も巨大な観客船でびっしりだ。一つだけ先頭に豪華な船が見えるのは、たぶん王族やら貴族やらが乗ってるんだと思う。


「そ、空の妖精。お願いね」

「任せて」


空の妖精はスッとステージに上空に飛ぶ、そして手を払う動作をすると、空気が変わった。それぞれの配置に着いていたディル達が「気温が上がりました?」「空の大妖精様が何かしたのですわね」「でもそこまで暑くないな」と呟く。


上空から戻って来た空の妖精がわたしの傍に降りて耳打ちする。


「これで、お姉ちゃんの声と演奏が、世界中に届くようになった。あと月にも」

「「ありがとね!!」」


 あっ・・・・。


ただお礼を言っただけなのに、世界中に届けてしまった。世界中の皆が困惑しているに違いない。急にわたしの「ありがとね!!」が聞こえてくるんだから。失敗した。


 ・・・うぅ、恥ずかしい。


上を見上げると、上空のスクリーンに顔を赤くしたわたしが映っていた。余計恥ずかしくなる。後ろではディルが「ククッ」と笑いを堪えているし、脳内にもくるみ村の皆の声が聞こえてくる。


(先輩の声が聞こえてきました!)

(お母さんお父さん! 見て見て! ソニアちゃんが映ってるよ! 私とお揃いのリボン着けてる!)

(フフッ、本当ね。お腹の赤ちゃんにも見せてあげたかったわ)

(もういつ産まれてもおかしくないっていうのに・・・ジェシーは家で待ってても良かったんだぞ)

(やっとソニアさんの姿が見れました・・・。可愛い・・・)

(それにしても、何故兄上がメイド服でスズメが執事服なんでしょう? 普通は逆では?)


ナナちゃん、マリちゃん、ジェシー、デンガ、コルト、ヨーム、皆の声が脳内に聞こえる。

更には村長のミーファ、ジェシーの兄のジェイド、オードム王国から来た姉弟のネリィ、リアン、南の果てで一緒に冒険したミカちゃん、シロちゃん、それにドレッド共和国の聖女であるフィーユ、そして何故かナナカ君の声まで聞こえてくる。


 ミドリちゃんはまだ引き籠ってるのかな? わたしの声、聞こえてるかな?


「妖精様が赤くなられてるぞ!」「か、可愛い!」「美しい金髪だ」「惚れた」「み、見えそう」「なんと可愛いらしい」「ありがたやありがたや」


国民達からもそんな声が聞こえてくる。わたしはスカートの中が見えないようにそっと少し後ろに下がって、空の妖精がわたしを正面から見れる位置に移動したのを視界の端に捉えながら、「コホン」と咳払いする。


「妖精様が咳払いしたぞ」「か、可愛すぎる!」「美しいお声だ」「耳が幸せ」「み、見えない」「なんと心地いい」「ありがたやありがたや」


 勘弁してほしい。ちょっと咳払いしたくらいでこれだよ・・・。


「「えっと、世界中の皆! 初めまして! わたしは雷の妖精のソニアだよ☆」」


パチッとウィンクする。その瞬間、斜め後ろにいるスズメから「あ~~、やってしまいましたわね」と声が聞こえた。


 何が?


「「きゃああああああ!!」」「「うおおおおおおお!!」」

「おい! 意識をしっかり保て! これからだぞ!」「事前にスズメ様とオーム様に言われて準備した気付け薬を用意しろ!」「こんな序盤で意識を失ってたまるかあ!!」「ぐふっ・・・と、吐血した」


 え、えらいこっちゃ・・・わたしはただウィンクしただけなのに。


「ソニア様、お気になさらずにお話を続けてくださいませ」


スズメの言葉にコクリと頷いて、わたしは話を再開させる。


「「さっきは雷の妖精って自己紹介したけど、昔は光の大妖精って呼ばれてたらしいの。でも、今はその記憶がほとんどなくって、その記憶の欠片を集めてくれているお友達の妖精に居場所を知らせるためと、世界中の皆に・・・えっと、わたしのか、可愛さを・・・うぅ、恥ずかしい」」


 自分で「可愛さを知って味方になって欲しい」なんて言えないよ!


「ソニア様がまた赤面なさった!」「ぐふぁああ!」「くっ・・・これほどとは・・・あまりの愛嬌に気を失いそうだ」「尊いわ!」


 余計恥ずかしくなることを言わないでよ!!


「「と、とにかく! わたしの歌を聞いて、味方に・・・ファンになってね!!」」


 うん。味方よりもこっちの方がしっくりくるよね!


「「うおおおおお!!」」

「私達はもうソニア様の熱烈なファンですぅぅぅぅぅ!!」「きゃああ! 今こっちを見られなかった!?」


 まるで人気アイドルにでもなった気分だ。人間だった頃を思うと・・・皮肉だね。


「「じゃあ、長々とお話をしても仕方ないから、歌うよ!!」」


後ろを振り返ると、ギターのスズメ、ベースのオーム、ドラムのディルがコクリと頷く。


「「歌うのは、わたしが提案して、スズメが作詞編曲をした曲だからね!」」


スズメが作詞ってところを強調しておく。あんな可愛すぎる歌詞をわたしが考えたなんて思われたら恥ずかしい。まぁ、歌う時点で今更な気がするけど。


「「曲名は・・・(ヒカリ)の花!!」」


わたしの後ろでディルがカッカッカッとスティックを鳴らす。そして、3人のそれぞれの楽器が息ピッタリに一斉に鳴り始める。


 よーしっ、昨日何度も練習した振り付けも、スズメが考えた可愛すぎる歌詞も、人間だった頃にリピートしてたあの曲も、全部頭の中に入ってる! 大丈夫! 一生懸命に頑張るぞっ!


「「せかいじゅ~の~あきゃっ・・・」」


 ・・・か、嚙んじゃった!! 力み過ぎたあああ!!


あまりの恥ずかしさにわたしが歌を止めると、ディル達も演奏を止める。真っ赤になった顔で振り返ると、3人とも微笑ましいものを見るような生温い目でわたしを見ていた。


「ソニアらしいな。可愛いぞ!」

「はい! 愛嬌たっぷりですわね!」

「さすがです」


 もう! 世界中にわたしの失敗が聞こえてたんだよ!? 何が「さすがです」なの!!


「ソニア様がお噛みになられた!」「可愛すぎるわ!」「くそっ、もう一回嚙んだ所を聞きたい!」


 わたしがおかしいの? 失敗したんだよね?


「ソニア、もう一回いくぞ。大丈夫か?」


ディルが笑いを堪えるように言う。わたしは頬を膨らませつつもコクリと頷く。


カッカッカッ・・・ジャジャジャジャーン・・・


 今度は力を抜いて・・・。


「「すぅ・・はぁ・・・」」


深呼吸をして、3人の演奏に耳を澄ませる。


 いまっ!!


「「せかいじゅうの~ひ~かり~♪」」


今度は嚙まなかった。


わたしは思い出す。皆で練習した日々を・・・。


 ・・・いや、一日しか練習してないね。


思い出すのは・・・この曲の元になったアニメソングのアニメだ。


 あのアニメは良かった。わたしは今、あのヒロインみたいに可愛く歌えてるかな?

  妹に無理矢理見せたりしたっけな。

 それを見て妹はアイドルになりたいって言ってたっけな。

 そういえば、会社の後輩もあのアニメが好きだって言ってたっけな。

 

歌って踊りながらそんなことを考える。わたしを見ている国民達は涙を流していたり、興奮したように顔を赤くして見上げていたり、気付け薬を必死に服用していたり、様々だ。


 よーしっ、もうすぐサビだね。サビ前に・・・


パチッ☆


振り付け担当のスズメの指示通りに、わたし史上一番あざといウィンクを決める。その瞬間、ステージに近い前方にいた国民達のほとんどが失神してしまった。遠くの方でもスクリーンに映ったわたしを見て気を失っている人達が見える。


 そ、そんなに? 今度、鏡の前で自分で確認してみようかな・・・。


サビに入ると、振り付けも少し大人しくなり、そしてより一層可愛くなる。両手をブンブンと嬉しそうに振っている空の妖精を視界の端に捉えながら、わたしは出来るだけ可愛らしい声を出すように心がけながら歌う。


(ふーふふふーん♪)


ナナちゃんが鼻歌を口ずさむ。たぶん無意識だと思うけど、脳内に響くナナちゃんの鼻歌は心地よくて、どこか懐かしいような気分になって安心出来る。お陰で楽しく歌えるよ。


・・・。


そして一番を歌い終わり、無事に2番も歌い、長いようで短かった数分間のわたしの歌が終わった。


余韻に浸るようにシーンと静まり返る。(綺麗でした! 私もう泣いちゃって・・・)というナナちゃんの声だけが脳内に響く。


 さて、これ以上恥ずかしい失敗を重ねる前に格好良く退場しようかな。


空の妖精に手を振って合図を送る。空の妖精がコクリと頷いた瞬間、また空気が変わった。


「これで、お姉ちゃんが喋っても、世界中に届くことは、ない」

「うん。ありがとね」


頭を撫でてあげる。そして空の妖精と一緒に後ろを振り返って、退場しようとしたら、歓声と拍手が巻き起こった。


「「ソニア様ぁああああああ!!」」


 最初に噛んじゃってどうなるかと思ったけど、ちゃんと成功したみたいだね。


わたしがステージから控室に続く階段を飛んで降り始めると、スズメとオームとディルも後ろをついてくる。


「結局、半分くらいの国民達が失神してしまいましたわね」

「予想通りだ。それよりも私はお前が気を失わなかった方が驚きだ」


 確かにね。今までのスズメだったら気を失ってもおかしくなかった。


「それはまぁ、昨日の練習で多少は耐性が着きましたし、気絶しないようにずっと

口の中に気付け薬を含んでましたもの」


そう言ってスズメは口の中からヌメヌメの昆布のようなものを出す。汚い。


「気付け薬ってお前・・・そういえば昔からお前は海藻類が苦手だったな。それで気を失わないように我慢してたのか。あと王族としてはしたないから口の中の物を出して見せびらかすな。妖精様の前だぞ」


スズメは慌てて昆布をポケットに入れる。汚い。


「スズメは海藻が苦手なんだね。わたしと同じだ」

「ソニア様もですか! 嬉しいです!」

「そうなのか? 初耳だ」


 まぁ、妖精になってから海藻なんて食べる機会無かったからね。


控室に戻ると、カササギが気絶しているアリサを介抱していた。


「アリサ、ソニア様の可愛らしい歌声に耐えられなかったようですわね。仕方ありませんわ。主としてわたくしが運びましょう」

「待てスズメ。どちらにしろ国民達が帰路に着くまでは我々はここから出られない。万が一にも鉢合わせしたら大変なことになるからな」

「確かにそうですわね」


 そうなんだ・・・でも、国民達の大半が気絶しちゃってるんだよね? 全員が帰路に着くまでっていつまでかかるんだろうね?


「ソニア。あとはソニアの記憶の欠片を集めてる莢蒾(ガマズミ)の妖精が来るのを待つだけだな」

「うん! ディルの両親も理由は分からないけど、わたしの記憶の欠片を集めてるらしいから、ガマくんを追って一緒に来てくれたらいいね!」

「ああ! ・・・って、それどんな状況だよ。俺はどうすればいいんだ」


 確かに・・・もしガマくんとディルの両親が奪い合ってたら、わたし達はどうすればいいんだろう?

読んでくださりありがとうございます。次話はついに・・・。

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