244.くるみ村の皆に
(ナナちゃーん! ナナちゃーん!)
むしゃむしゃとお弁当を食べるディルの横で、ふわふわと浮きながらくるみ村にいるナナちゃんに呼び掛ける。
(ソニア先輩? ソニア先輩! 久しぶり!・・・でもないですね。どうしたんですか?)
ナナちゃんの元気な声が脳内に直接響く。相変わらずわたしのことを先輩と呼んでいる。
(ちょっと伝えたいことがあって連絡したんだけど、今何してた? マリちゃんはいる?)
(今は丁度ヨームの研究室で皆で実験をしていたところですよ! マリちゃんもヨームも、コルトさんもいますよ! ・・・え? ・・・・はい! そうなんです! 丁度いいタイミングで先輩からテレパシーが送られてきて・・・それはいい考えですね!)
ん? 誰かと喋ってるのかな?
(ソニア先輩! ちょっと待っててくださいね!)
(うん!)
少しの間お弁当を美味しそうに頬張っているディルを見ていると、頭の中に再び声が響いた。
(ソ、ソニアさん! お久しぶりです!)
(コルト?)
どうしてコルトの声が? わたしとテレパシーで会話出来るのは、わたしから生まれた? 虹の妖精のナナちゃんと、雷の適性がありナナちゃんと相性のいいマリちゃん、それから同じく雷の適性があってテレパシーが出来る魔石を持っているディルの3人だけのハズだったけど。
(よかった。ちゃんとこちらの声がソニアさんに届いているようですね)
今度はヨームの声まで聞こえる。
(ソニアちゃん! 実はね、ヨームがソニアちゃんと皆が話せるように変な物を作ってくれたんだよ!)
当然マリちゃんの声も聞こえる。心なしかマリちゃんの声の方が解像度高い気がする。
(変な物とは何ですか。マリさん。これはスピーカーとマイク、それから様々な基盤を使った通信機という古代の遺物を再現した物で、僕の発明と、禁書庫で得た様々な情報と、ナナ先生の教え、コルトさんの見事な技術を持ってようやく完成した・・・)
(ヨームさん。言いたいことは分かるけど、そんなことを言ったってソニアさんには分からないよ)
いや、それくらい分かるけどね? つまり、その通信機を使って皆はわたしと話してるってことでしょ?
(ところで、ミドリちゃんは元気? 前に話した時は巨大樹の中に引きこもってるって言ってたけど・・・)
(それが、まだ引きこもってるんです。あれから一度も顔をみてません)
(・・・大丈夫なの? もしかして死んでたり・・・しないよね?)
もう一生そこからミドリちゃんが出て来ないとか嫌だよ?
(たまに寝言みたいな変な声が聞こえてくるので死んではいないと思いますよ・・・というか、妖精は死にませんし)
(寝言って・・・ミドリちゃんって寝る時は割と静かだった気がするんだけど)
(そんなこと言われても知りませんよ。たまに何かに怒ってるような声が聞こえてくるんですよ)
なんだか分からないけど、意外と元気そうだね。
(どちらにしろ、私達はミドリさんが出てくるのを待つしか無いですね)
(そうだね)
時間が解決してくれることってあるもんね。わたしも妖精になったばかりの頃は前の家族やお友達のことで暫く泣いていたけど、時間が解決してくれた。今もたまに思い出して悲しくなるけど、だからって悲しんでばかりじゃいられない。
(それで先輩! 私達に何か用ですか?)
(あ、そうそう! 用があるっていうか・・・告知? 的なものがあるんだよ!)
(告知・・・ですか?)
脳内に小さく(ついに結婚でもするんですかね?)とか(そんなぁ! 早いですよ! まだ僕は・・・)とか(コクチってなぁに?)とか、三者三様の声が聞こえる。
(なんやかんやあって、今日のお昼に世界中にわたしの歌を届けることになったんだよ)
(歌? ・・・もしや、ソニアさん達はカイス妖精信仰国にいるんですか?)
(うん! ヨームのお兄さんや両親にも会ったんだよ!)
(兄上は・・・兄上が何か迷惑をかけていませんか?)
(別にかけられてないよ?)
思い返してみるけど、別に迷惑はかけられてない。むしろこっちが迷惑をかけている気がする。
いや、オームが闇市場の元締めなら、今まで散々迷惑はかけられてきたことになるのかもしれない。
わたしは皆にこのカイス妖精信仰国に来てからの流れを簡単に説明する。わたしの記憶の件を含めて。
(な、なんかとてつもないことになってるみたいだけど、記憶が戻ってもくるみ村に帰ってきますよね?)
コルトが心配そうな声色で言う。
(もちろん! くるみ村・・・というか、緑の森にだけどね!)
わたしが住んでいたのはあくまで緑の森で、くるみ村に住んでたわけじゃないからね。頻繫に遊びには行ってたけど。
(それにしても、あの兄上に女装趣味があったとは・・・)
ヨームが意外そうにそう言う後ろで、(ジョソーってなぁに?)(男の人が可愛らしい格好をすることですよ)というマリちゃんとナナちゃんの会話が聞こえる。
(ねぇねぇソニアちゃん)
(なぁに? マリちゃん)
(ソニアちゃんの歌ってるところは見れないの? 声だけしか届けられないの?)
(うーん・・・)
出来ない・・・よね。
マリちゃんをガッカリさせたくなくて、どう答えようか悩んでいる間も脳内にあちらの会話が聞こえてくる。
(確かに。兄上の女装姿は気になりますね)
(ううん。それは全然興味ないよ。ソニアちゃんが見たいの)
(僕もソニアさんの歌っている姿が見たい)
(・・・それなら私が何とか出来ると思いますよ)
((((え?))))
思わずわたしも「え?」と口に出して言ってしまった。お弁当を食べているディルが不思議そうにわたしを見てくる。
(ナナちゃん、何とか出来るの?)
(たぶん出来ると思いますよ! 私を誰だと思ってるんですか?)
(誰って・・・虹の妖精で、わたしの・・・後輩?)
「ソニア先輩」って呼んでくるくらいだしね。
(そうです! 私は先輩の後輩の虹の妖精です! 虹、言わば色を司る妖精ですよ! 先輩が今みたいに音声情報を送っているみたいに、映像情報も送ってくれれば、私がこっちで出力します!)
(そんなテレビみたいなこと出来るの!?)
(はい! ・・・ですので、試しに送ってみてください!)
(うん! 分かった!)
わたしは上空のスクリーンを見る。そこには未だにディルが映し出されている。
ディルはよく気にしないでお弁当を食べ続けられるよね。
そのスクリーンと同じ映像をくるみ村にいるナナちゃんに送る。
(お? おお? おおお! きました! きましたよ!)
(何が? 何がきたの? ソニアちゃんのこと見れるようになるの?)
(はい! マリちゃん。今出力しますね!)
(シュツリョク?)
(むむむむ・・・えい!)
(わぁ! すごぉい!)
わたしには会話しか聞こえてこないから、向こうで何が起こってるのか分からない。でも、成功したのだけは分かる。
(あははは! ディルお兄ちゃん、お弁当食べてる! あはははは!)
マリちゃん、大笑い。
よかった。何が面白いのか分からないけど、ちゃんとこっちと同じ映像が向こうでも見れてるみたい!
(ディルさん。心なしか少し大人っぽくなった気がしますね)
(僕はソニアさんが見たいんだけど・・・)
ヨームとコルトがそれぞれの感想を言う。皆でディルがお弁当を食べてるところを見てると思うと、確かに少し面白い光景かもしれない。
「なぁ、ソニア。さっきから俺を見ながらコロコロと表情が変わってるけど、どうしたんだ? 食べかすでもついてるか?」
ディルがそう言いながら自分の顔をペタペタと触る。
(あははは! ディルお兄ちゃん何か言ってる!)
どうやら音声まではついていないみたいだ。さすがのわたしでも、音声を変換して情報として送るのは難しい。練習すれば出来るかもしれないけど、今は無理だ。それに送ったところでナナちゃんが音声まで出力出来るとは思えない。自分の脳内の声を送るのが精一杯だ。
「ソニア? 何をニマニマしてるんだよ・・・」
おっと、何か返事をしないと変な子だと思われちゃう。・・・今更かもしれないけど。
「ディル。ちょっと両手を上げてみて?」
「はい? 何でだよ」
「いいから!」
ディル頭上にクエスチョンマークを浮かべながらも両手を上げる。
(あはははは! ディルお兄ちゃんが手を挙げたー!)
マリちゃん、大爆笑。
ホント、何が面白いんだろうね。
「ディル様、何をしてるんですの? 上空のスクリーンにご自分が映ってることを分かっていますか?」
スズメがそう言いながらわたしの横を通ってディルの隣に並ぶ。わたしはスクリーンに映っている画角を少し引かせてスズメも映す。
(スズメ・・・)
脳内にヨームの懐かしそうな声が響く。
「スクリーン? ・・・うおい! まだ俺を映してたのかよ!」
あ、気付いてなかったんだ。
「ソニア・・・俺で遊んでただろ!」
「そんなことないよ」
(ディルお兄ちゃんと一緒にいる綺麗な女の人は誰? ヨームと同じ髪の色をしてるね。何を話してるんだろう?)
(何を話してるかは知りませんが、あれは僕の妹のスズメですよ)
(そうなの!? 妹ちゃんはしっかり前髪切ってるんだね!)
(今は僕も切っていますよ。まぁ、マリさんに勝手に切られただけですけど)
(それよりも、僕はソニアさんの姿が見たいんだけど・・・)
そんな会話が聞こえてくる。その間に、わたしはディルに現在進行形でマリちゃん達と繋がっていることを説明する。スズメはステージの下の方に向かって誰かに手招きしていた。
「じゃあ、今も俺の姿が向こうに見えてるのか・・・なんか恥ずかしいからやめてくれないか?」
「えぇ・・・いいじゃん。ヨームはディルが大人っぽくなったって言ってたよ」
「え、そうなのか?」
ディルはちょっと嬉しそうに口角を上げる。
(ディルお兄ちゃん、なんか嬉しそうだね)
(フフッ、きっと先輩とラブラブなんですよ! ブルーメから少しは進展してるのかもしれないですね! ・・・あっ、コルトさん! 落ち込まないでください! まだチャンスはありますよ! きっと!)
何を話してるのやら・・・全部丸聞こえだよ。
「オームお兄様! 何をちんたらしてるんですか! 早くステージに登って来てくださいませ!」
「ハァ・・・ハァ・・・お前は・・・杖に乗って先に行くな! 俺とカササギはともかく、お前付きのメイドは置いて行くな!」
息を切らしたオームが階段からステージに上がってきて、その後ろからアリサとカササギが続いて登ってくる。
「スズメ様! 人目のあるところであまり杖に跨らないでください! 王族としてはしたないですよ!」
「オーム様ぁ。オーム様も今のうちに朝食をお召し上がりになってくださいぃ。厨房からお弁当を預かっていますぅ」
スズメの横に、オーム、アリサ、カササギが並ぶ。皆で座ってお弁当を食べているディルを囲ってる感じだ。
(わぁ! なんかディルお兄ちゃんの周りにいっぱい人が集まってきたね!)
(そうですね・・・懐かしい顔ぶれです)
(僕はソニアさんが見たいんだけど・・・)
もしかして、ヨームは故郷に帰りたいとか思ってたりするのかな? いや、ヨームに限ってそんなことないか。
「では、ここで朝食を食べながらこのあとの流れを説明しましょうか」
「そうですわね。、まぁ、わたくしとディル様は既に朝食を済ませていますけど」
アリサとカササギが素早く簡易的なイスとテーブルを用意する。地べたに座っていたディルはお弁当を持って椅子に座り、スズメとオームも椅子に座る。アリサとカササギはそれぞれの主の後ろに立った。
「ソニア、何してるんだ? こっちこいよ!」
「あ、うん!」
(じゃあ、皆! 本番になったらまた連絡するからね!)
(はい! 楽しみにしてます!)
(お母さんとお父さんも呼んで、皆で見るね!)
(僕は早くソニアさんを見たいです)
(出来れば兄上の女装姿も見せて欲しいです。気になります)
(うん! オームの時は音までは届けられないかもしれないけど、映像だけは送るね!)
そして、少し名残惜しいけどくるみ村の皆との通信を切った。それと同時に上空のスクリーンも一度消す。いつまでもディルを映してたらディルが可愛いそうだからね。
「それでは、このあとの流れを軽く説明します」
わたしが皆が座っている椅子の中央にあるテーマにペタリと座ると、オームが「待ってました」と言わんばかりに説明を始めた。
「まず、ステージの準備と観客船の準備は前日のうちにある程度終わっているので、我々の準備が整い次第出入り口を開放し、外で並んでいる大勢の国民達を中に入れ、観客船も動かします」
つまり、わたし達待ちってことだね。この感じだとリハーサル無しのぶっつけ本番になりそうだ。
「その後、私の挨拶から始まり、このステージを行うに至った経緯を説明します」
「女装した姿で・・・ですの?」
「・・・そうだ」
じゃあオームはこのあとすぐに着替えに行くんだね。
「私が挨拶と説明をている間、他の皆はバックヤードで待機していてください」
「はーい」
「わかりました」
「わかりましたわ」
それぞれが返事する。ディルはもうお弁当を食べ終わったようで、空のお弁当箱をアリサに返していた。
「そして私は説明を終えた後、そのまま歌を歌い、踊ります。そこでソニア様にお願いがあるのですが・・・よろしでしょうか?」
「よろしでしょうかって言われても・・・内容次第だけど」
内容も聞いてないのに安請け合い出来ないよ。
「私の姿も、先ほどのように上空に映し出して欲しいのです。可能であれば国中に」
あ~・・・ディルの姿を上空に映し出したスクリーンね。
「つまり、お兄様は自分の醜態・・・ではなく女装姿を国中に知らせたいということですわね?」
スズメが悪戯っぽく言う。オームはそれを無視してわたしに尋ねる。
「ソニア様、出来ますでしょうか?」
「国中ね・・・たぶんそれくらいの範囲なら出来ると思うよ」
出来るよね?
「ありがとうございます。それともう一つ」
ん? まだあるの?
「空の大妖精様はいらっしゃらないのでしょうか? 確か空の大妖精様がソニア様のお声を世界中に届けるハズだったのでは・・・?」
「あっ、そうだった! 呼びに行かないと!」
わ、忘れてたわけじゃないよ!? 後回しにしてただけだもん!
「それでは、ソニア様が空の大妖精様をお連れ次第に準備完了とし、国民達を中に通し観客船を動かしましょう」
「わかりましたわ・・・アリサ、衣装を用意して頂戴。すぐに着替えますわよ」
「はい」
アリサが急いでどこかに走って行き、その後を続いてカササギも「私もオーム様の衣装を取ってまいりますぅ」と去って行く。
「ディルは準備とかしなくていいの?」
「ん? 俺はもう衣装・・・というか服は大丈夫だし、特にすることないな」
ディルはこの間買った黒い七分丈の服を嬉しそうに見下ろす。一応魔剣とか魔石とかの類も持って来ているみたいだけど、身に付けてはいない。ドラムの横に置いてあるだけだ。魔剣を持ったままドラムを演奏するのは難しいらしい。
そりゃそうだ。武器を持ったまま演奏する人なんて、普通はいないもんね。傍には置くみたいだけど。
「俺はそこらでお手伝いでもしてるか」
そう言ってディルは立ち上がる。どうやら他のスタッフのお手伝いをするみたいだ。偉い偉い。
「じゃあ、頑張ってね! わたしは空の妖精を呼んでくる!」
「ああ・・・」
わたしが飛び立とうとすると、ディルがさっと移動してわたしのちっちゃな腕を指で摘まんでくる。
「・・・どうしたの?」
「その・・・ソニアは空の妖精・・・というか歳下とか可愛い男の子とかに甘いみたいだけど、空の妖精は絶対に分かっててやてるからな」
「ん? どゆこと?」
何を分かっててやってるの?
首を傾げるわたしに、ディルは「ハァ」と溜息を吐いてわたしの腕を放す。
「とにかく! あんまり空の妖精を甘やかすなよ!」
「うん? まぁ、分かったよ?」
訝しげに見てくるディルに見送られて、わたしは空の妖精を迎えに行った。
読んでくださりありがとうございます。
コルト「ソニアさんの姿が見たいんですけど・・・」
ナナちゃん(・・・私だって見たいんだけど!)




