242.本番前夜
「そうですわ! はい! 最後に可愛くウィンクですわ!」
パチッ☆
「はうぅ! 可愛すぎますわ!!」
スズメはそれほどない胸を押さえて苦しそうに、そして幸せそうに悶える。わたしも、最初の方はちょっぴり恥ずかしかったけど、リズムに合わせて踊っているうちに楽しくなってきた。
体を動かして歌うっていうのも案外楽しいね!
あれから小一時間くらい歌と振り付けの練習をしてたけど、わたしも天才かもしれない。アニメとかでは歌いながら踊るのはかなりキツイって言ってたけど、わたしはすぐに息切れをすることもなく踊れるようになった。
まぁ、もともと妖精は呼吸の必要が無いから、息切れなんてするハズないんだけどね。
それでも、わたしは何故か最初の方は息切れしていた。空の妖精がわたしは思い込みが激しいって言ってたけど、そのせいかもしれない。
「完璧ですわ! ソニア様! 一つ問題があるとすれば、ソニア様が可愛すぎて失神者が続出するかもしれないということですわね・・・アリサのように」
スズメが床に横たわっているアリサを見ながら言う。アリサはあのあとちゃんと目が覚めたけど、わたしが踊っている姿を見てまた気を失ってしまった。
「・・・ですが、これではソニア様の可愛さに演奏が負けてしまいますわね。いえ、負けるのは当然のことなのですが、もう少し音に厚みが欲しいですわね」
「じゃあ、他の誰かにも・・・あっ、オームだね!」
というか、王女様のスズメと一緒に演奏出来るのはオームくらいしかいないと思う。それで言ったらヨームも出来そうだけど、今ここにはないし来るハズもないからね。
「そうですわね。オームお兄様はこと音楽に関しては誰よりも才能がありますからね。今からでも間に合うでしょう。・・・アリサ! 起きなさい!」
バシャン!
スズメが杖を使ってアリサの顔に水球を落とす。
「ぷはっ! スズメ様!?」
「アリサ、今すぐにオームをここに呼んできて」
「え、はい? かしこまりました・・・」
アリサは何か言いたそうにするものの、何も言わずにスズメの命令を遂行する。そして数分後、息を切らしたオームとアリサがやってきた。
「スズメ。こんな時間に呼び出しとは・・・兄を何だと思っている」
「あら、呼び出したのはソニア様ですわよ」
呼び出したのはスズメだけど・・・まぁ、名前を出したのはわたしだし、間違いではないのかな?
わたしに視線を向けるオームに、わたしはスズメとディルと一緒に演奏して欲しいことを説明する。
「私は・・・ソニア様が歌う前に1人で歌って踊って、そのあとにソニア様が歌っている後ろで演奏もするのですか?」
「うん! よろしくね!」
嫌とは言わせないよ!
「はい! 光栄です!」
満面の笑みで頷く。
あ、あれ? 思ってた反応と違うよ? もっと渋々と了承されると思ってたんだけど・・・ま、了承してくれたならどっちでもいっか。
「それで、スズメ。私は何の楽器を演奏すればいいのだ? 譜面はどこにある?」
オームはキョロキョロと部屋の中を見回すけど、そんなものはない。スズメは手元にあった紙をオームに投げつける。
「これを参考に自分で作って練習してくださいまし。お兄様なら出来ますわよね?」
「ハァ・・・お前は・・・まだやらなければならない仕事があるというのに・・・」
「お兄様はお父様に民達に次期王として認められるように言われていませんでしたか? わたくしが妖精様と共にステージに立てば、またわたくしを次期王にと民達が盛り上がるかもしれません。そうならぬために、お兄様はもっと頑張った方がいいのではなくて?」
オームは何度目か分からない溜息を吐いたあと、紙を持ってスズメがさっきまで座っていた椅子に座って、スズメに渡された紙に目を通し始める。
だから、どうしてスズメもオームも自分の部屋でやらないの?
窓の外を見れば、もう空がオレンジ色になっている。
そういえば、皆はお腹空かないのかな? わたしは妖精だから大丈夫だけど。
「ねぇ、スズメ。そろそろ晩御飯の時間じゃない?」
「確かにそうですわね。そういえばわたくし、今日の晩御飯は楽しみにしていたのです。アリサ」
「かしこまりました。すぐにご用意してまいります」
アリサが素早く部屋から出ていく。
「あっ、ディルにもお願いね~!」
「かしこまりました~」というアリサの声が遠のいていく。
「では、振り付けの練習を再開しましょうか。ソニア様」
「え、さっき『完璧ですわ! ソニア様』って言ってたじゃん! まだやるの?」
「ええ、わたくしがもう一度見た・・・いえ! 反復練習は大事ですからね!」
確かに大事だけど、それは技術を身に付けるために大事なだけであって、もう出来てるんだから必要ないでしょ。
「わたし、ディルのところに行ってくるね!」
「そんな! ソニア様!」
「アリサが食事を持ってここに戻って来るから、スズメはついてきちゃダメだよ!」
凄く残念そうな顔をしているスズメと、決死の表情で譜面を書き込んでいるオームを置いて、わたしは部屋の窓から飛び出そうと浮かび上がる。
「あ、ソニア様。その前にこれをお持ちください!」
スズメがわたしの2倍くらいある大きな?紙を渡してくる。
「歌詞が書かれた紙ですわ。本当はもう少し小さい紙に書き写してからお渡ししようと思っていたのですが、時間も無いですし先にお渡ししますわね」
「うん! ありがとね!」
「!! そのお言葉だけで食事なしで一年は生きられます!」
スズメの面白い冗談とスズメ本人を置いて、わたしは開けてもらった窓から紙を持ちながら研究所に向かって飛ぶ。
バッサバッサ・・・バッサバッサ・・・
「んもう・・・凄い飛びずらいんだけど」
大きな紙をバッサバッサと靡かせながら研究所に行く。
「えっと、確か2階のあの辺だったよね」
窓を覗くけど、楽器がある部屋は見当たらない。どうしようかと考えていると、研究所の入口で何かを持って立っているメイドさんを見つけた。
分からなかったら誰かに聞くのが一番だよね!
紙を持ったままメイドさんの元に飛ぶ。
「そこのメイドさーん!」
「・・・ん? どこかから可愛らしい声が・・・?」
「ここここ~!」
「きゃあ! 紙が浮いて喋ってます!」
尻餅をつくメイドさん。持っていた物は大丈夫かなと思ったけど、よく見たら持っているのではなくて、空の魔石がついた板のようなものが浮いていて、その上に箱のようなものが置かれていた。別にメイドさんが持っていたわけではなかった。
「紙じゃないよ。妖精だよ?」
ひょこっと紙から顔を出す。
「きゃあ! 可愛い妖精様が目の前にいらっしゃいます!」
立ち上がろうと腰を浮かせていたメイドさんが再び地面にお尻を付ける。
「すぅ・・・はぁ・・・」
「落ち着いた?」
「はい。落ち着きました」
まだ20歳にもなっていないように見えるメイドさんは、2.3分くらい深呼吸をしたあと、軽くメイド服を整えてキリッとした表情を作る。
「落ち着いたところで聞きたいんだけどさ」
「はい。何でも聞いてください! 親族のことから友人関係、スリーサイズに体重まで何でもお答えいたします!」
「いや、あなたの個人情報はどうでもいいんだけどね」
「ちなみに彼氏はいません!」
「うん。頑張ってね。・・・じゃなくて! 聞きたいのはディルが居る部屋の場所だよ!」
この子・・・天然なの!? それともわざとやってるの!?
「ディル様・・・妖精の愛し子様ですか?」
「そうそう。ディルに会いに行きたいんだけど場所が分からなくて困ってたの」
「それなら丁度、私もディル様の所に向かっている最中でした」
「そうなの!?」
こ、こんな若くて可愛い娘がディルに!? いったい何のようで!?
「先ほどお城の方で、先輩・・・じゃなくてアリサさんに頼まれて、ディル様にお食事を運んでいる最中でした」
「そうなんだね。じゃあ、その浮いている板に乗ってる箱はお弁当なんだね。わたしはてっきりディルを狙ってるのかと思ったよ!」
よかったよかった!
「ね、狙う!? そんな! 確かにディル様は男性としてとても魅力的な方ですし、メイドの間でもあんな彼氏が欲しいと盛り上がっていますが、私なんて分不相応です! 絶対に釣り合いませんし、こんな美人で可愛らしいソニア様がいるのに、私なんかを見るハズがありません!」
すんごい早口で否定された。
ディルみたいな彼氏が欲しいって・・・ディルはまだ14歳だからね? この世界は一年が400日あるからわたしが想像する14歳よりは大人に見えるけど、一応犯罪だからね?
わたしは特大ブーメランを投げた。
「そんなことより、早くディルの所まで連れていって!」
「は、はい!」
わたしは浮いている板の上に乗る。メイドさんはわたしとお弁当が乗った板を引き連れながら研究所に入り、偉そうな人に何かカードのようなものを見せたあと、迷うことなく2階に登ってディルがいる部屋に着く。
コンコン
「ディル様。お食事をお持ちしました」
「・・・・・・」
暫く待っても返事はない。わたしはジトーッとメイドさんを見上げる。メイドさんはハッとしたように手を打つ。
「ここは防音の部屋でした! 外からも中からも音が聞こえません!」
やっぱり天然だね。
メイドさんが扉を開ける。その瞬間、部屋の中からドンドンシャンシャンとドラムの音がリズム良く聞こえてくる。
「ディル様。お食事をお持ちしました」
ドンドン!! シャンシャン!!
「ディル様! お食事をお持ちしました!」
ドンドン!! シャンシャン!!
「ディル様! お食事を! お持ちしました!!」
「ん? ああ、ごめんなさい気付かなかったです。ありがとうございます。そこら辺に置いておいて大丈・・・ソニア!?」
お弁当の横に座っているわたしを見て目を丸くして驚くディル。
そんなに驚くこと?
「その・・・お弁当と一緒にソニア様もそこら辺に置いた方がよろしいでしょうか?」
メイドさんが困ったように眉を下げてそんなことを言う。
いや、ちょっと、わたしを物みたいに言わないでよ。天然メイドさん。
「はい。弁当と一緒にソニアもそこら辺に置いておいて大丈夫です」
ちょっと!?
メイドさんは近くにあった机にお弁当箱を置いて、その上にわたしを「失礼しますね」とつまんで置く。置かれたわたしは口を開けてメイドさんを見上げることしか出来ない。
まさかカイス妖精信仰国の人が妖精のわたしにこんな扱いをするなんて・・・いや、別にいいんだけどね? ただ、この国に来てから凄く丁寧に扱われてたからさ。この娘、天然を通り越して大物だよ。
メイドさんは丁寧にお辞儀したあと、部屋から去って行く。部屋の中を見回すと、前に来た時と同じようにたくさんの楽器があり、防音だからか窓が無かった。
「それで? ソニアは暇だったから俺の様子を見にきたのか?」
ドラムのスティックを置いたディルがそう言いながらお弁当の方に歩いてくる。
「暇だったから? 違うよ? ディルに会いたいから来たんだよ!」
「え? そ、そうなのか?」
「そうだけど?」
「そ、そうか。フフッ、ハハハッ」
え、なんかこわいよ・・・ディル。
ディルは不気味に笑いながらお弁当箱をわたしごと持ち上げる。そして部屋にあった椅子に座ると、お弁当箱の上に乗っているわたしをつまんで横に避けて、お弁当箱を開ける。
「おっ! 炒飯だ!やった!」
お弁当箱の中にはまだ温かそうな炒飯が入っていた。
「ディル。練習は順調?」
「んあぁ。ふんひょうはほ。はふん」
「そっかそっか! よかった! 頑張ってね!」
炒飯で頬を膨らませたディルが、わたしが持っている紙を見る。
「ほほはひふぁふぁんふぁ?」
「この紙は何だ、って? これは歌の歌詞だよ! スズメが考えてくれたんだよ!」
「ふぇ~。ごっくん。・・・見せてくれよ」
「うん!」
と言いながら、ディルはわたしの手から紙を取って広げる。わたしはディルの肩に乗って一緒に見る。
「・・・ふーん」
「えっと・・・なになに?」
え、なにこれ・・・・
「なんていうか・・・凄い可愛い歌詞だな。ソニアにぴったりだと思うぞ?」
「どうして疑問形なの!」
まぁ、ディルがそういう反応になるのも分かるけどね!? 確かに歌詞は凄く可愛らしい。「大好きだよ」とか、「ずっと一緒だよ」とか、わたしには可愛すぎる気がするけど、それはまぁ、百歩譲っていいとして、所々に「ですわ」っていうスズメの語尾が入ってるのは何でなの!? これ、わたしが歌うってスズメは分かってるよね!? 分かってて入れてるの!?
「ちょっとスズメに文句を言って歌詞を変えて貰う!!」
「・・・今からか?」
「うぅ・・・」
時間が無いって言いたいんだよね?
「あ、そうだ。ちょっと歌ってみてくれないか? ドラムの練習をしてるのはいいものの、譜面だけじゃ分からないところも多いんだ」
「ディルはもう譜面を読めるの? 教わってから1日しか経ってないのに?」
「ん? 1回教わったんだから読めるに決まってるだろ」
1回教わったくらいで読めるわけないでしょ!! これだから天才は・・・。
「それでソニア。歌ってくれるか?」
「いいけど・・・笑わないでね?」
「笑う? 何でだよ」
「いやだって・・・こんな歌詞だし」
まるでプリップリのアイドルみたいじゃん。
「笑うかどうかは分からないけど、歌ってくれないと俺が困るし、俺が演奏出来ないとソニアも困る」
「うっ、そうだね」
わたしは渋々と飛び上がってディルの前に浮かぶ。
「それじゃあ、歌うね」
歌詞を見ながら歌う。ディルはお弁当を食べている途中なので、当然アカペラだ。
うぅ・・・ディル、すっごい見てくるよぉ。恥ずかしい~。
「ど、どうだった? 練習の参考になった?」
「ああ、恥ずかしがってる姿が可愛かったぞ」
揶揄うように言う。いや、明らかに揶揄ってる。
「もう歌わないからね! これで最後だからね!」
腰に手を当てて精一杯睨んでみる。
「ハハハッ、悪かったって。お互いに本番で恥をかかないためにもう何度か頼むよ」
「もう・・・お弁当を食べ終わったらね」
ディルがお弁当を食べ終わったあと、何度かドラムと合わせて歌っていると、スズメとオームがやって来た。
「私達も・・・」
「わたくし達も・・・」
2人同時に喋り出したと思ったら、お互い睨み合う。
「私達も・・・」
「わたくし達も・・・」
また睨み合う。
「「わた・・・」」
「もういいから! 一緒に練習しに来たんでしょ!?」
「その通りです」
「その通りですわ」
そしてスズメとオームはそれぞれギターのようなものを手に取る。そして・・・
ジャジャジャジャーン
「え!? エレキギター!? どうして!?」
人間だった頃に聞いたエレキギターの音まんまだよ! 電気とか繋がってないよね!? どうやって鳴ってるの!?
「えれき? よく分かりませんが、これはただのギターですわよ」
「そ、そうなの? でも音が・・・」
「ああ、初めて聞くのでしたら変わった音に聞こえますわよね。わたくしも最初に聞いた時は不思議な音だと思いました。これはスカイダーという魔物が吐く糸を使っている楽器なのです」
「スパイダー?」
「スカイダーです」
なにそれ? 全然想像出来ない。
でも、確かによく見てみると、わたしが見慣れたギターとは弦の色が違う。スズメが持っているギターは赤い弦で、オームが持っているギターが青い弦だ。
「ちなみにメスのスカイダーが吐いた糸を使った弦を鳴らすと・・・」
ジャジャジャジャーン
「このような音が鳴り、オスのスカイダーが吐いた糸を使った弦を鳴らすと・・・オームお兄様、空気を読んで鳴らしてくださいまし」
ベベーン
「このように、メスよりも低い音が鳴るのです」
つまり、ギターとベースだね。ディルがドラムだから、3ピースバンドだね! あっ、わたしがいるから違うのか。
そして、楽器を持った3人はそれぞれが練習し始める。わたしにはバラバラの音で訳が分からない状態だけど、皆は自分の楽器に集中しているようで他の人の音を気にした様子はない。わたしは壁際に置いてある大きな楽器の上で寛ぐ。
ウトウト・・・
「ふぅ・・・そろそろ皆で合わせてみましょうか」
オームのそんな声が聞こえた。
「はっ!?」
「ソニア・・・寝てただろ」
「べ、別に寝てないけど?」
「よくこんな騒音の中で寝れるよな」
寝てないって言ってるんだけど!? まるで信じてないじゃん! まぁ、実際? 少しウトウトはしてたけど?
「鼻提灯が出来てたぞ」
「え、嘘!?」
「噓だ」
「もう!!」
頬を膨らませたわたしに、「ハハハ」と笑うディルとスズメ。オームも口角を上げてこちらを見ている。なんだかいい雰囲気だ。揶揄われるのは嫌だけど。
「それでは、あちらの鏡の前に移動して皆で合わせてみましょう。ソニア様は前に。スズメは私の横に、ディル様は後ろにドラムを運んでいただけますか」
「はーい」
「言われなくても分かっていますわ」
「よっこいしょ」
それから、わたし達は何度も鏡の前で練習をした。やっぱり最初の方は音がバラバラなうえに、ディルに鏡越しに「顔が赤いぞ」と揶揄われたりしたけど、回数を重ねるごとに音もあってきて、わたしも慣れて恥ずかしくなくなってきた。
ちなみに、スズメに「どうして歌詞に「ですわ」が入ってるの?」って聞いたら、「わたくしの口調を真似たソニア様がとても可愛かったからですわ」と言われた。
そういえば今日、挨拶した時に真似したような気がする。
そして3人は徹夜で練習を重ねて、本番当日の朝になった。わたし? わたしは寝たよ。唯一、睡眠が不要な妖精だけが仮眠をとるという、おかしな感じになっちゃったけど、眠かったんだからしょうがない。
読んでくださりありがとうございます。
~鏡の前での練習中~
ディル(顔を赤くしながらも楽しそうに歌ってるな。可愛い)
スズメ(ソニア様の小さなお口から聞こえる可愛いらしい歌声は本当に素晴らしく・・・)
オーム(ソニア様のこの素晴らしいお姿を一生忘れない為にも、よく目に焼き付けておきましょう)
ソニア(なんか、鏡越しに皆とめっちゃ目が合うな~・・・)




