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241.熱烈なファンと変態を足して2で割ったような

親子丼を食べて、ディルと空の妖精と別れたわたしは、部屋に戻ってきてお昼寝しようと思ったけど、あることを思い出して眠気が飛んで行ってしまった。


 わたし、明日には世界中に向けて歌を歌わなきゃいけないんだよね・・・。


空の妖精曰く、わたしの可愛い歌声で人間達の味方を増やすため、そしてわたしの記憶の欠片を集めているガマくんにわたしの居場所を知らせるため、ついでに月にいる闇の妖精に歌声を届けるために、わたしは歌わなきゃいけない。


「そういえば、まだ何を歌うか決めてなかったんだよね」


 いや、正確には、決めてるんだけど、わたしが人間だった頃に知った曲をそのまま歌うのも何か違う気がするから、歌詞だけでも変えようと思ってるんだよね。


「でも、作詞なんてしたことないし・・・ん? この場合は替え歌みたいになるのかな?」


わたしはふわりと浮かび上がり、部屋の隅に置かれている机の上に降り立つ。机の上には無駄に豪華なゴテゴテしたペンと、無駄に装飾がされたガラス製のインク瓶と、シンプルな紙が数枚置かれている。

わたしはそこにあるゴテゴテとした重そうなペンを、持ち上げ・・・持ち上げ・・・持ち上がらない。


「っんよっこらしょおい!!」


持ち上がった。


 お、重すぎるよ! わたしがちっちゃいのもあると思うけど、それにしても重すぎるよ。絶対書きずらいでしょ、このペン。


重たいペンを両腕で抱えて、インク瓶に入っているインクに付けようとするけど、インク瓶には当然蓋がされていた。


 順番間違えちゃった。先に蓋を開けないとっ。


「んしょ」


ペンをインク瓶の横に置いて、蓋を両手で持って、開け・・・開け・・・開けれない。


「ぬぁあああい!!」


キュポンッ


開いた。開いたけど、勢いで蓋が真後ろに飛んで行っちゃった。後ろを振り返るけど、どこにいったか分からない。


 ま、いっか。


わたしはペンを再び「よいしょ」と持ち上げて、頑張ってインク瓶に付ける。


「ふぅ・・・」


 よしっ、歌詞を考えよう! もうペンを持つだけで疲れたけど、せっかく持ち上げてインクも付けたんだから、ちゃんと書き上げよう!


「んんっ!」


先端にインクを付けたペンを持ち上げて、紙の上までよたよたと移動する。インクがポタポタと垂れてるけど気にしない。


 さて・・・ペンを持ったはいいけど、どうしようかな? とりあえず、歌のリズムに合わせてそれっぽい単語を書いてみようかな。


ペンの先端を紙に付けて、その上で滑らせて文字を書く。


 やっぱり、明るい歌詞がいいよね! ハッピーとか、幸せとか、幸福とか、楽しいとか・・・・・・わたしって、もしかして語彙力無い?


一生懸命に書いた単語を見下ろしながら、ひとり首を傾げる。だいぶ汚い文字だけど、読めなくはない。


 もうちょっと難しい単語を入れた方がいいよね。


ペンに付いたインクが無くなってきたので、インク瓶に付けようとする。


「おっとっと・・・」


ゴトッ


「あ~・・・」


インク瓶を床に落としちゃった。ペンと違って、インク瓶は思ったよりも軽かったみたいだ。床に落ちたインク瓶は割れてはいないけど、中に入っていたインクは床に広く零れてしまった。


「・・・・・・ハァ」


 もう・・・いいや。なんか色々と面倒になってきた。どうにかなるでしょ。わたし妖精だし。


そのまま机の上で仰向けに倒れる。


・・・数分後。


 ・・・というか、わたし、アカペラで歌うの? 世界中に向けて? 普通に恥ずかしいんだけど。


「ああああああ~。やりたくないな~~」


机の上から起き上がり、飛んでポスッと大きなベッドの上にダイブする。


 あ、ディルの匂いがする。


すんすん・・・すんすん・・・。


 ・・・ハッ!? なんかわたし・・・変態みたい!?


「ソニア様」

「うひゃあああ!!??」


扉の方から、わたしを呼ぶ小さな声が聞こえる。めっちゃびっくりした。


 スズメ?


「ソニア様、いらっしゃいますか? 寝ていますか?」


どうやら小さな声なのは、もしわたしが寝ていたら起こさない為みたいだ。


「起きてるよ~」


扉の前に移動して、コンコンと叩きながら返事をする。


「ソニア様!!」


勢い良く扉が開けられる。そこには、とても嬉しそうなニコニコ笑顔のスズメが立っていた。


「ソニア様! こんにちは! ですわ!」

「うん。こんにちは・・・ですわ」


わたしがスズメの語尾を真似ると、スズメは嬉しそうに「ですわ!」と復唱する。意味が分からない。


「何の用?」

「ソニア様に会いに来ました」

「何の用で?」


首を傾げるスズメ。わたしも首を傾げる。


「そもそも、スズメは今日何をしてたの?」


この数日間、何だかんだと結構行動を共にすることが多かったけど、今日は珍しく姿を見てなかった。


「今日はお兄様と共にお父様に呼ばれて、お兄様が【ソニア様の多次元一可愛いステージ】で歌うことになった経緯を説明させられていました。それが終わったあと、師匠のところにディル様の様子を見に行ったのですが・・・」


そこでディルに「ソニアなら城の部屋で昼寝してると思うぞ・・・ああ、もし起きてたら暇してるかもしれないから、スズメが行ってやってくれないか? ソニア、暇になると何をするか分かんないからな」・・・と、言われたらしい。


言い返したいけど、今までのことを思い返すと言い返せない。


 そもそも、緑の森で暮らしてたわたしがディルについていって旅をしている理由が、「暇だったから」だからね。・・・もちろん、ディルの両親を一緒に探すっていう理由もあるけど。


「それで、ソニア様は起きていたわけですけど、暇していましたか? 何をしてましたか?」

「何をって・・・」


さっきまでの自分の行動を思い出す。・・・ディルのベッドに体を埋めて匂いを嗅いでいた。


「あれ? ソニア様? お顔が赤いですけど・・・」

「な、何でもないよ! ほら、そんなとこに立ってないで入って入って!」


サッと後ろにバックして、スズメを手招きする。スズメは首を傾げながらも「おじゃましますわ」と部屋に入ってくる。その後ろからスズメのメイドのアリサが静かに入って来た。目が合うと、丁寧にお辞儀してくれる。


 い、いたんだ・・・全然気が付かなかった。


「ソニア様、インクが零れていますけど・・・いったい何が・・・それにこの暗号のようなものは?」


スズメが床に零れたインクを跨いで、机に置いてある紙をマジマジと見ながら眉をひそめる。そこにはわたしが考えた歌詞(単語)が書かれている。


わたしが何と答えようか迷っていると、スズメはアリサを手招きして紙を見せる。


「アリサは何が書かれているか分かります?」

「・・・・・・いえ、申し訳ございませんが、分かりません。ただ、暗号では無く、ただの文字だとは思います。少々崩れすぎていますが」


 それ、字が汚いって言ってるんだよね?


このまま黙っていても埒が明かないので、わたしはそっと手を挙げて口を開く。


「それ・・・わたしが書いた歌詞なんだけど・・・」

「「「!?」」


わたしと紙を交互に見て汗をダラダラと流す2人。


「そ、そうですわよね~! わたくしったらソニア様の可愛さに頭がやられていたみたいですわ! おほほほほ・・・」


 スズメ、普段「おほほ」なんて笑い方しないでしょ。


「よ、よく見たらとても綺麗な文字ですね! もはや芸術です。額縁に飾りましょう!」

「そうですわね! アリサ。良い考えですわ!」


アリサが走って退室していったと思ったら、小さな額縁を持って来てわたしのメモを飾り始める。そんな風景を横目に、わたしはスズメに歌詞について相談する。


「曲自体は既に出来ているのですか!?」

「出来てるっていうか・・・まぁ、うん」


 人間だった頃に聞いてた曲なんだけどね。


「ソニア様がよろしいのでしたら、わたくしも共に考えますわ」

「スズメって作詞とか出来るの?」

「王族の嗜みですわ」


 王族ってそんなことまでするんだ・・・でも、丁度いいかも。


「じゃあ、ほぼほぼスズメに任せちゃおうかな」

「え、いいんですの?」

「うん。わたし作詞なんてやったことないし。なら出来るスズメに任せた方がいいでしょ?」

「わ、分かりましたわ! 光栄ですわ!」


 よしっ、これでわたしがやる事が一つ減ったね! やった!


「それでは・・・アリサ。悪いけど新しいインクを持って来て」


零れたインクを掃除していたアリサが「常に携帯しています」と懐から新しいインク瓶を差し出す。


「ソニア様。鼻歌で構いませんので、う、歌ってみていただいてもよろしいですか?」

「え、今ここで?」

「はい。既に曲が出来上がっているのなら、リズムが分からないと歌詞が書けませんもの。それに時間があまりありませんし」

「そ、そうだね」


 スズメとアリサしかいないとはいえ、やっぱり人前で歌うのは恥ずかしいな。


何となく服と髪を整えて「コホン」と咳払いする。スズメが熱の籠った視線を向けてくる。アリサも手を止めて真面目な表情でわたしを見ている。


「じゃあ、歌うね。・・・ららららら~ら~らら~♪」


1小節ごとにゆっくりと歌う。スズメは時々吹き出る鼻血を拭きながら震える手で楽譜っぽいものを書いていく。一瞬で音程を理解して書き込むなんて・・・変態だけど天才かもしれない。


「らららら~ら~ららら~ら~ららら~ら~♪」


 ふぅ・・・歌い終わった~。


「ふぅ・・・どうにかソニア様の可愛さに耐えながら楽譜に起こせましたわ。・・・アリサ、無事ですの?」


アリサは掃除途中だった零れたインクの上に横たわって気絶していた。まるでインクが血のようで、一歩間違えれば殺人事件だ。


「それにしても素晴らしい曲ですわね。さすがソニア様ですわ」


 わたしが考えたわけじゃないんだけどね。


スズメが書き起こした楽譜を見て、あることを思いつく。


「ねぇ、スズメ。楽譜を書けるってことはさ。楽器用の楽譜? 譜面? も書けるの?」

「そうですわね。わたくしが扱える楽器ならば・・・」


 よしよし! 何とかわたしがアカペラで歌うことは避けられるかも!


わたしが無意識に嬉しそうな表情をしていたのか、スズメは残念そうな顔をしながらわたしを見る。


「もしかして・・・演奏ありで歌うおつもりですの?」

「そうだよ?」

「ですが・・・ソニア様の歌声だけの方が・・・ハッ!!」


スズメは何かに思い至ったような納得顔をしてポンと手を打つ。


「そうゆうことですわね! ディル様の演奏に合わせて歌いたいのですわね! 本当にソニア様はディル様が大好きですわね!」

「うん!」


 ・・・あっ、思わず肯定しちゃったよ! うぅ、凄い微笑ましい感じで見てくるよぉ。


「そういうことならお任せくださいませ! 超特急で譜面を完成させますわ! 確か、ディル様が今魔石の特訓で使っているのはドラムでしたわよね・・・」


 ん? もしかして、このままだと演奏ドラムだけ? いや、そういうバンドとかもあるのかもしれないけど、ちょっと薄くない?


「ね、ねぇスズメ。スズメも楽器を演奏出来るんだよね?」

「はい。あらかたの楽器は出来ると思いますわよ?」

「じゃあ・・・スズメもディルと一緒に演奏してよ!」

「え、ですがディル様とソニア様のお邪魔では・・・」


 もう! 普段は押しが強いのに、どうしてこういう時だけ遠慮がちなの!


「・・・ダメ? スズメも一緒がいいの」


自分で思う精一杯に可愛い顔を作って見上げる。恥ずかしいけど、世界中に向けて演奏ドラムだけで歌うよりは恥ずかしくない。


「ぶっふぉ! ソ、ソニア様がそこまでおっしゃるなら・・・ご一緒させていただきますわ! 死ぬまで!」

「死ぬまではいいかな」


スズメは気絶しているアリサに懐を弄って大きな紙を取り出して、机に広げる。


「時間がありませんわね。全力で事に当たらせていただきますわ!」


ペンを握って、物凄い速さで手を動かしていく。自分の部屋でやってよ、とも思わなくもないけど、わたしの我儘だし、何も言わない。


 ・・・完成したら何か御褒美でもあげたほうがいいかな? ちなみにスズメは何の楽器を演奏するつもりなんだろう?


スズメの後ろに回って書き込んでいる紙を見てみるけど、音楽の知識が乏しいわたしにはさっぱり分からない。


 ・・・昼寝でもしてよっかな。


寝袋の上で横になる。忘れていた眠気がどんどんと蘇ってくる気がする。


・・・。


「いってぇ!!」


そんなディルの叫びが聞こえた。


 ん? ディルが帰ってきたのかな?


重たい瞼を開けるのが億劫で、目を閉じたままディルの声を聞く。


「誰だよ! こんなところにインク瓶の蓋を転がしたやつは・・・ってソニアしかいないか。思いっ切り踏んじゃったじゃん」


 ご、ごめん。


「うおっ!? 人が死んでる!? ・・・いや、インクか? スズメのメイドと・・・スズメはこんな所で何してるんだ? おーい・・・って聞こえてないし」


どうやら、スズメはまだ譜面を書き込んでいるみたいだ。


「どういう状況だよこれ・・・ソニアは寝てるし・・・」


ギシッとディルがベッドに座った音が聞こえる。そして数秒後・・・。


ぷにっ。


何か大きいものが唇に当たった。


 ん? 何だろう?


目を開ける。ディルがわたしの唇に小指の先を当てていた。目が合うと、バッと指を引っ込めて目を逸らす。


「えっと・・・何してたの?」

「べ、別に変なことはしてないぞ!? ただ、その・・・何となく触っただけだ!」

「何となく・・・」


ジーッとディルを見つめる。


「ほ、埃がついてたんだよ・・・唇に」

「唇に・・・」


沈黙が流れる。


 まぁ、そういうことにしておいてあげよう。でも、ディルも男の子だね。


「な、なんだよその生温い目は・・・そ、そんなことより! これはどういう状況だよ!」


ディルは部屋の中を見ながら言う。インクの上で気絶しているアリサ。その横で真剣な顔で凄い速さで紙に楽譜を書いているスズメ。そしてさっきまで寝ていたわたし。


「色々とあったんだよ」

「そんなんで分かるか!」


仕方ないので、これまでのことを話す。


「は!? 俺とスズメがソニアの後ろで演奏するのか!? いやいや! スズメはともかく、俺は無理だろ! ドラムだって始めたばっかりだぞ!」


 まぁ、うん・・・そうだよね。


「始めたばかりとは言っても、わたくしが様子を見に行った時にはかなり上達していたではありませんか。これから死ぬ気で頑張ればソニア様のステージで演奏することも可能ですわよ」

「うお! スズメ!」


さっきまで楽譜を書いていたスズメがサラッと会話に参加する。


「もう楽譜は出来たの?」

「あとは細かいところを調整していくだけですわ!」


 すごい! わたしが昼寝している間にそこまで出来るなんて! やっぱり天才だよ!


「これがディル様の譜面ですわ」


スズメが数枚の紙をディルに渡す。ディルはその紙に目を通して、信じられないような顔をする。


「これを明日の昼までに出来るようになれってか? 無茶言うなよ」


 やっぱり、さすがのディルでも出来ないかな?


「あら、ディル様。ソニア様は大好きなディル様の演奏で歌いたいとおっしゃっていたのですわよ? ソニア様のそんな可愛らしいお願い事を、まさか断るんですの?」

「ちょっ、スズメ!?」


 急に何を言い出すの!? 大好きなんて・・・


「ソニア・・・そうなのか?」


優しい口調、優しい目でわたしに聞いてくる。


「う、うん。その・・・出来ればディルの演奏で歌いたいなとは思ってるけど・・・で、でも! ディルが無理っていうなら他の人でも・・・」

「やる」

「え?」

「俺がやる」


そう言ったディルは、力強い目で譜面が書かれた紙を握りしめて、部屋から出て行ってしまった。


「ディル・・・どこに行ったんだろう?」

「ドラムが置いてある第一研究所ですわよ。少しでも時間が惜しいと思ったのでしょうね。フフッ。分かりやすい人ですわね。ディル様は」

「・・・スズメは練習しなくてもいいの?」

「わたくしは譜面を見ただけで演奏出来ますから大丈夫ですわ。それよりも、次はソニア様の振り付けを考えましょうか」

「・・・え?」


その時のスズメの顔は、熱烈なファンと変態を足して2で割ったような顔をしていた。

読んでくださりありがとうございます。


ソニア「キラッ☆」

スズメ「ぶふぅ!」

アリサ「・・・」バタリ

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