239.【見習い料理人アル】妖精様がやってきた
俺の名前はアル。14歳。もうすぐ成人で、半年前に城の料理人になった。
・・・と言っても、まだ見習いで、野菜洗いくらいしか任せもらえていない。今は仕事が終わったあとに料理長自らに修行をつけてもらっている。
「ねぇねぇ、アル。あの噂聞いた?」
今日も今日とて野菜ばっかり洗っていた俺に、俺と同い年で少し先輩のメルが話しかけてくる。顔は可愛いけど、タイプじゃない。まぁ、それは向こうも同じだろうけど。彼女は俺と違って、既に野菜を切るところまで任せられている。今日も得意顔で玉ねぎを切り刻んでいるのが少し妬ましい。
「噂? 第一王子のオーム様が女装してるって噂か?」
「あ~、私の友達の友達の先輩メイドさんがそんなことを言ってたって聞いたっけ」
友達の友達の先輩メイドさん? 遠すぎだろ。俺は居酒屋に飲みに行ってた親父から聞いたぞ。まぁ、酔っ払いながら言ってたから、あんまり信用はしてなかったけど。
「・・・って、違うわよ! 私が言ってる噂は妖精様のこと!」
「妖精様・・・ああ、金髪の妖精様のことだろ?」
「そうよ!」
バッと振り向いて、キラキラの瞳を向けてくる。頼むから包丁は置いてくれ。危ないし、料理長に見つかったら俺まで巻き添えで怒られそうだ。
「何でも、明日、その金髪の妖精様がステージでお歌を歌ってくださるそうなのよ!」
金髪の妖精様。数日前からお城や城下町、港町なんかで目撃されているらしい。俺は見たことないが、目撃した人(親父)によると、とても美人で可愛いらしく、親しみやすい女の子の妖精様だそうだ。それも酔っ払いながら言ってたから、正直まともには聞いてなかったけど。
「歌納祭の時に使われてる一番大きな野外ステージでやるらしいんだけど、その時間はお仕事をお休みしていいんだって!楽しみだな~、 女の子の妖精様ってどんな感じなんだろうね?」
カイス妖精信仰国で生まれ育った俺達が目にしたことがあるのは、男の子の妖精様の空の大妖精様だけだ。とは言っても、その姿を見ることが出来るのは年に一度の歌納祭の時だけで、それでも後ろの方からステージの上の立派な椅子に座っているのを見れるくらいだ。しかも、遠すぎて「何か白っぽいものが豪華な椅子の上に乗ってるなぁ」くらいしか見えない。なので、空の大妖精様と言われて俺が思い浮かべるのは、豪華な椅子だ。
「メル。お前は空の大妖精様のお姿を見たことがあるのか? 俺は遠くからしか見たことないから、妖精様がどんなお姿をしているのか、教科書とか絵本とかでしか見たことがない」
「私は幼い頃に一度だけ近くで見たことがあるよ。なんていうか、本当に何千年、何億年も生きてるの? って聞きたくなるようなお姿をしていたわよ。まぁ、実際にそんなことを聞いたら不敬で私の首が飛んじゃうんだけどね」
そりゃそうだろ。
「でも、明日のその金髪の妖精様のステージだって、きっと大勢の人達が集まるんだろ? どうせ遠くからしか見えないんじゃないのか?」
「そうよね~。友達の友達の先輩メイドさんにお願いして近くで見させて貰えないかしら?」
その先輩メイドさんは何者なんだよ。普通に考えてそんな権限無いだろ。
「こら! 見習い! 駄弁ってないで手を動かせ!!」
背後から料理長の怒鳴り声が聞こえてきた。俺は慌てて「すみません!」と謝罪を口にするが、メルは「手もちゃんと動かしてました~」と口を尖らせる。
「なら、もっとスピードをあげろ!!」
料理長の拳骨がメルの頭に落ちる。そして「お前もこいつの無駄話に付き合うな」と俺を睨んでくる。
やっぱり俺まで怒られた。
料理長は美人でスタイルもいい、ハッキリ言ってタイプだ。そんな料理長に仕事終わりに料理の修行をつけてもらえるのは俺にとっては御褒美でもある。でも、料理長は怒る時は怒る。その眼つきは美人とは思えないくらいにこわい。正直言ってタイプだけど、お近づきになりたいとか、付き合いたいとかはまったく思わない。それに俺なんか釣り合わない。
「ハァ・・・またお前のせいで怒られちまったじゃねぇか」
料理長が去っていったのを尻目に、そうぼやく。けど、メルは敢えて無視するように黙々と玉ねぎを切る。
くそっ、涙が出てくる。すぐ隣で玉ねぎを切るな。
俺も真面目に野菜を洗って水をきっていると、厨房の入口付近が騒がしくなった。
「なんだ? また料理長が怒ってるのか?」
「何があっても、私は玉ねぎを切るだけよ。夕方までに全部煮詰めなきゃいけないらしいのよ。アルもその野菜さっさと水きっちゃってよね。それも私が切らなくちゃいけないんだから」
「はいはい」
俺も早くまとまな料理を作りてぇよ。まぁ、まだ成人してない見習いに王族やら貴族やらの料理を任せられないのは分かるんだけどよ。でも、これでも港町の居酒屋ではそこそこに腕の立つ方だったんだけどな。
「しょ、少々お待ちください!!」
厨房の入口から料理長の焦ったような声が聞こえてきた。
「なんだろうね? 面倒くさいお貴族様が料理に文句でも言ってきたのかな?」
「どうだろうな。でも、俺は野菜を洗うだけだ」
メルの真似をして言ってみせると、メルは面白くなさそうな顔をして俺を見る。
「野菜にゴミがついてたっていう文句かもよ」
「やめてくれ。笑えない」
そんなことになったら、俺の料理人人生が終わるだろ。
メルとそんな会話をしていると、料理長がパンッと大きく手を叩いた。火を扱っている者以外の皆が料理長に注目する。もちろん、野菜の水切りをしていただけの俺も、玉ねぎを切っていただけのメルも。料理長は今まで見たことのない、緊張した表情をしていた。
「えー・・・突然のことだが、今からこの厨房に妖精様がいらっしゃる」
シーンと静まり返る。
え? 聞き間違いだよな? ここに妖精様が来るって聞こえたけど。
「料理長、寝ぼけてるんすか? もうお昼っすよ」
お調子者のダイス先輩が震える声で言う。どうやら皆も同じ言葉を聞いていたみたいだ。聞き間違いではなかった。
「寝ぼけてるわけじゃない。妖精様はこの厨房で料理をしたいとおっしゃっている。全員今すぐに手を止め、妖精様を迎い入れる準備をしろ」
「準備をって言われても・・・どうすればいいの?」
「知らねぇよ。とりあえず、先輩のマネをしておけば大丈夫だろ」
先輩達は火を消し、包丁を置き、壁際に整列する。俺とメルもマネをして、壁際に寄って整列する。と言っても、俺達は元々端っこで作業していたので、手を止めて背筋を伸ばすだけだ。
「それじゃあ妖精様をお招きするが、くれぐれも失礼のないように。誰の首が飛ぶか分からんからな」
ゴクリと誰かが唾を吞んだ音が聞こえた。そして料理長は一度厨房から出ていく。
「ね、ね。本当に妖精様が来るのかな? 金髪の妖精様と空の大妖精様のどちらが来るんだろう?」
「そんなこと聞かれても俺が分かるわけないだろう。それと、妖精様が来られたら俺に話しかけてくるなよ。一緒に罰をくらったらたまったもんじゃない」
「わかってるわよぅ」
暫くして、また入口付近が騒がしくなる。「わぁ! めっちゃ広い! さすがお城の厨房だね!」と可愛らしい小さな声が、「あんまり飛び回ったら危ないぞ。包丁とかもあるんだから」と、女性の声にも男の子の声にも聞こえる中性的な声が、「はしゃぐお姉ちゃん、可愛い」と、淡々とした口調の小さな声が、厨房の入口付近から聞こえてきた。
3人か? 少し遠くてよく見えないなぁ。
隣りを見ると、つま先立ちをして声が聞こえる方を頑張って見ようとするメルの姿があった。何となく恥ずかしくなり、俺は遠くを見るのをやめて、澄ました顔をする。
「こ、こちらは火の魔石を使用した調理場でございます」
料理長の緊張した声と共に、妖精様の姿が見えてきた。料理長の右手と右足が同時に出ているのが少し面白い。
「わわわ、見て見て。本当に妖精様が来たよ。しかも空の大妖精様と金髪の妖精様のお2人もいるよ。本当に金色の髪をしているわね。それに、ちっちゃくてかわいい~。あっ、奥に居るカッコイイ男の子は愛し子様かなぁ?」
興奮が隠しけれていない様子のメルが小さな声で話しかけてくる。
話しかけてくるなって言っただろうが!
俺はメルを軽く睨んでから、妖精様達を見る。料理長のすぐ横で浮いているのは金髪の妖精様で、確かに本当に金色の髪をしている。あんな色の髪は生まれて初めて見た。凄く綺麗だ。それに、美人で可愛い。幼い顔をしているけど、整っていて、不思議と色っぽさもある。しかも、胸が大きい。かと言って、体のバランスを崩すほど大きいわけでもない、丁度いい大きさだ。
それにしても、羽が動いてないのにどうやって浮かんでるんだ? そして、何で耳が尖ってるんだ?
色々と気になるけど、聞けるわけがない。俺は可愛らしい金髪の妖精様から視線を横にずらして、その隣りで浮いている空の大妖精様を見る。サラサラの白い髪は、俺達と同じ色なハズなのに、ツヤがあってサラサラで、まるで別の色みたいに見える。そして気になるのが、空の大妖精様は金髪の妖精様に向かって「お姉ちゃん」と言っていた。
金髪の妖精様は空の大妖精様の姉・・・なのか? 妖精に兄弟姉妹っていう概念があるのか知らないけど、実際に「お姉ちゃん」と呼んでいるのならそうなんだろう。俺もあんな可愛くて美人で胸が大きな姉が欲しい。
もう一度金髪の妖精様の胸をチラリと見てから、その後ろにいる黒髪の少年を見る。
歳は俺の1つ下くらいか・・・? いや、背が低めなだけで同じ歳かもしれないな。
黒髪の少年は金髪の妖精様に「ディル」と呼ばれている。その接し方からして、彼が愛し子様だろう。
どうやって愛し子様になったんだ? 確かに顔はいいけど、それだけにしか見えない。俺だって顔はそこまで悪くないハズだ。俺も愛し子になりたい。
そんなどうしようもないことを考えていると、妖精様達が近くにやって来た。
「こちらが原料庫になっていて、食材を保存しています」
料理長が俺の隣りにある原料庫を指差して案内する。ちなみに俺は厨房の端っこの洗面台で野菜を洗っていて、原料庫とは反対の隣でメルが玉ねぎを切っていた。今は切りかけの玉ねぎと水浸しになった野菜が置きっぱなしになっている状態だ。
や、やばい・・・すぐ隣りに妖精様がいる!!
俺の反対隣りでは、さすがのメルも口を閉ざして固まっている。
「一応、これで厨房の中は案内いたしましたが・・・どこを使いましょうか?」
原料庫が最後の案内だったらしい。金髪の妖精様は「そうだね~・・・」と言いながら、周囲を見る。一瞬だけ金髪の妖精様の綺麗な青い瞳と目が合った気がしたけど、たぶん気のせいだろう。妖精様が俺なんかと目を合わせるわけがない。
まずい・・・心拍数が上がってきた・・・。と、とりあえず呼吸だけはしないと!
緊張で呼吸が荒くなっているのを必死に整えていると、金髪の妖精様が俺の目の前をふわりと通り過ぎた。俺は尊い存在の金髪の妖精様に俺なんかの息がかからないように、息を止める。隣りを見ると、メルも同じようにしていた。
「ソニア、あんまりフラフラしないでくれ。危なっかしい」
「大丈夫。お姉ちゃんは、今度こそ僕が守ってあげる。だから、お前は必要ない」
「いーや、俺が守る。お前こそ必要ない」
空の大妖精様と愛し子様が言い合いをしながら俺の前を通り過ぎる。
大妖精様と言い合うなんて・・・愛し子様半端じゃないな。やっぱり俺が愛し子になるのは無理だ。
「もう、2人とも喧嘩しないで仲良くしてよ~。ほら、ここで料理するよ!」
金髪の妖精様がそう言って降り立ったのは、メルが玉ねぎ切っていたすぐ横だった。
そ、そこで!? というか、今更だけど妖精様が料理をするのか!?
自分のすぐ隣りに「料理をする」と金髪の妖精様が降り立ったメルは、「マジですか!?」と、顔が言っていた。切りかけの玉ねぎの隣でニコニコしている金髪の妖精様を、目と口を開けて凝視している。
「ディル、とりあえずここに調理器具を置いて~」
「あいよ」
愛し子様が小さな包丁や鍋などを金髪の妖精様の隣りに置く。
なんだあの小さな調理道具は・・・・。でも確かに、あれなら小さな妖精様でも料理が出来そうだ。まぁ、材料は大きいから切らないといけないと思うけど。
「よしっ、じゃあ・・・食材とかは自由に使ってもいいんだよね?」
「は、はい。どうぞご自由にお使いください」
金髪の妖精様はふわりと浮き上がって移動しようとして、途中で「あっ」と何かを思い出したかのように止まる。
「厨房の皆さん! わざわざ手を止めて出迎えてくれてありがとね! わたし達のことは気にせずにお仕事再開しても大丈夫だよ! 」
金髪の妖精様はそう言ってニコリと微笑む。とても愛嬌がある。
妖精様が俺達人間にわざわざお礼を言って、しかも気まで使ってくださるなんて・・・尊い。
他の皆も同じことを思っているのか、感動したように瞳を潤ませて金髪の妖精様を見ている。
「あっ、ここでもそんな感じなんだ・・・。えーっと・・・・わたしの声、聞こえてるよね? おーい」
妖精様のその心配そうな声に、料理長はハッとしたように体を跳ねさせる。
「か、各自、仕事を再開!!」
料理長のその大きな号令で、皆が我に返り、作業途中の手元に視線を向けて仕事を再開する。
お、俺も野菜の水切り途中だった!
慌てて作業を再開する。でも、いくら金髪の妖精様が「わたし達のことは気にしないで」と言っても無理がある。普通に気になる。それは料理長含む皆も同じようでチラチラと金髪の妖精様の方を見ている。
すぐ隣りに妖精様がいらっしゃるメルは大丈夫か?
ふと隣りを見ると、メルは震える手で包丁を握り、「お、おおお落ち着くのよ、私」と繰り返しながらまな板を叩いていた。
読んでくださりありがとうございます。次話は見習い料理人メル視点のお話です。




