237.魔石の訓練とステージの打ち合わせ
デートが終わってお城に戻って来たわたしは、ディルに隠れて素早く元の服に着替えたあと、部屋のお片付けをしていた。何故かわたしの着替えが散らかっていたからだ。
「まったく・・・誰ぇ? わたしの着替えを散らかしたの~」
「ソニアしかいないだろ! デートのすぐあとに、その相手の着替えを片付けるってどういう状況だよ」
そして片付け終わった頃、まるで陰から見てたかのようなベストタイミングでスズメがやって来た。そして、これからクロミツにディルが複数の魔石の使い方を教わる為に皆で一緒に第一研究所に向かう。
「クロミツさん、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
心なしか眠そうに見えるクロミツは、軽く欠伸をしてから説明を始める。
「複数の魔石の使い方・・・でしたね。ディル様は既に2つの魔石を同時に扱えると聞いていますが」
「身体強化の闇の魔石と、魔剣に付いてる雷の魔石だな。・・・ただ、身体強化の魔石はもう体に馴染み過ぎて2つ同時に発動させてるって意識はあんまり無いんだ」
「少しその魔石を見せて貰ってもいいですか?」
ディルは3つの魔石を机の上に並べる。穴開きグローブに嵌っている身体強化の闇の魔石、魔剣に嵌っている雷の魔石、そして光の盾を作ることが出来る雷の魔石。
「ディル様はこの雷の魔石を2つ同時に扱いたいんですよね?」
「そうだな。右手に魔剣、左手に光の盾を出せれば、だいぶ戦いやすくなる」
「では、試しにやってみて貰いましょうか。実験場へ行きましょう」
言われるまま、実験場に向かう。実験場はわたしが開けた穴がそのままあった。そう簡単には修復出来ないっぽい。
「じゃあ、やるぞ」
ディルは身体強化をしながら光の盾を出す。
「おお・・・これが・・・触ってみてもいですか?」
クロミツは鼻息荒く光の盾に顔を近付ける。ディルが「弾け飛んでも知らないぞ」と言うと慌てて顔を引っ込めた。
「では、同時に魔剣を発動させてみてください」
「分かった」
ディルが魔剣を発動させると、光の盾が消えた。
「・・・やっぱり同時には無理だな。・・・本当に出来るようになるのか? 想像出来ないぞ」
「出来ますよ。スズメも最初は同じような感じでしたから。ねぇ、スズメ?」
「そうですわね。わたくしも最初は上手くできなくて歯痒い思いをしていましたわ。ですが、コツを掴めばあっと言う間ですわよ」
そう言いながら、スズメは杖を構えて同時に炎と水と空気弾を出す。わたしが「すごい!」と褒めると「えへへ」と可愛く照れる。
「ちなみにディル様は、危険だけどすぐに習得出来る方法と、安全だけど時間が掛かる方法、どちらがいいですか?」
「そりゃ、危険だけど・・・」
「ダメ!」
ディルの耳たぶを引っ張って叫ぶ。
「安全だけど時間が掛かる方で・・・」
渋々といった感じで、ディルはそう言った。
「では、こちらへどうぞ」
また移動だ。今度は研究所の二階へ連れて行かれる。そして、重たそうな扉を開けた先、沢山の楽器が置いてある部屋に案内された。
わぁ、色んな楽器がある! あれは・・・ギター? っぽいけどなんか違う。
見たことあるような、無いような楽器が沢山並ぶなか、クロミツはドラムのような楽器の前に立った。
「スズメ」
クロミツがそう呼びかけると、スズメは徐にドラムにセットされている椅子に座る。そしてスティックを2本持つと、いきなりドラムを叩き始めた。
ドンドン、シャンシャン
突然始まるスズメのドラム演奏。
何で急にドラムなのか分かんないけど、めっちゃ上手!!
「ふぅ、こんな感じですわね」
「すごい! すごい! スズメ、カッコイイよ!!」
「そ、そうですか? フフフ」
スズメは嬉しそうにはにかむ。それを見てディルは首を傾げた。
「これと魔石が何の関係があるんだ?」
「これはドラムという楽器なのですが、ご覧になった通り両手両足を使います」
「そうだな」
「つまり、そういうことです」
言いたいことは何となく分かるけど、説明は省かないでよ!
「簡単に言うと、両手両足それぞれに別々の命令を同時に出せるようになれば、同じように魔石も複数同時に扱える・・・というわけですわ」
代わりにスズメが説明してくれた。
「なるほど、これが安全だけど時間が掛かる方法か。ちなみに、危険な方法は何なんだ?」
「スズメや他の研究者達に協力してもらって、ディル様を攻撃してもらいます。命の危機に直面すれば、本能的に習得出来るハズです」
「・・・確かに危険だな」
うん。安全な方がいいに決まってるよ。
「じゃあ、さっそく始めるか! クロミツさんが教えてくれるのか? それともスズメ?」
「私です」
クロミツがディルに教えてくれるみたいだ。ディルがドラムの練習をしている間、わたしは他の楽器を見て回る。後ろからスズメもついてくる。
「スズメはどの楽器を使えるの?」
「わたくしはほぼ全ての楽器を扱えますわよ」
「へぇ! すごい! じゃあさ、じゃあさ、これは? このギターみたいなやつも使えるの!?」
「ええ、当然ですわ!」
スズメに色んな楽器を鳴らしてもらってたら、ディルに「集中出来ない!」って怒られちゃった。そしてスズメと一緒に追い出されてしまった。
「追い出されてしまいましたわね」
「そうだね」
追い出されたわたし達は、トボトボと研究所の中を歩く。わたしはスズメの頭の上に乗っている。ディルと違ってサラサラだ。別にディルの髪がギトギトしてるわけじゃない、ツンツンしてるんだよね。
「暇になってしまいましたわね」
「そうだね」
「これから何をしましょう?」
「そうだね」
「適当に返事をしていません?」
「そんなことないよ」
・・・と、適当に返事をする。
「あ、そうだ。オームに会いに行こう」
「オームお兄様ですか?」
「うん」
今、思い出した。オームに伝えることというか、お願いがあるんだった。わたしが歌うステージで、オームには可愛いワンピースを着て歌ってもらうんだ。
「お兄様に何か用事ですの?」
「うん。ちょっとお願いがあるんだ~。どこにいるのかな?」
「さて? アリサに聞けば分かると思いますけど・・・」
アリサってスズメのメイドさんだよね?
「どうしてアリサがオームの予定を把握してるの?」
「それは・・・その・・・わたくし、オームお兄様とは少々仲が悪いのです」
「そうなの?」
「はい。それで、わたくしの予定を管理しているアリサが、オームお兄様と鉢合わせしあいようにどちらの予定も把握しているのですわ」
そんなに仲が悪いの? そうは見えなかったけど・・・もしかして、わたしの前でだけ気を使ってたのかなぁ?
「それじゃあ、アリサに聞けばオームがどこにいるか分かるんだね。そのアリサはどこにいるの?」
「アリサならそこにいますわよ」
スズメはそう言いながら後ろを振り向く。そこには、普段着のアリサが普通に歩いてついてきていた。目が合うと、ぺこりと頭を下げてくれる。
「・・・え、いつからいたの?」
全然気が付かなかったんだけど。
「最初からいましたよ。あっ、でも第一研究所の中には入っていません。外で待っていました」
「そうなんだ・・・メイド服はどうしたの? ずいぶんとフランクな恰好してるけど」
「メイドだからと、いつもメイド服を着ているわけではありませんから。その時その時に合った服を着ます」
まぁ、確かに城下町をメイド服で歩くのは目立つよね。妖精のわたしがいる時点で目立っているような気はするけど。でも、メイドはメイド服を着てこそメイドじゃないの?
「それで、オーム様の居場所でしたね。オーム様は今、御自分の執務室でカササギと共に【ソニア様の多次元一可愛いステージ】について色々と詳細を話し合っていると思います」
・・・らしいので、オームの執務室まで案内して貰う。もちろん、スズメはついて来ている。
コンコン・・・
「オームお兄様、わたくしです。スズメですわ。ソニア様がオームお兄様に用があるみたいなので、お連れしました」
「スズメ? ソニア様が私に用だと・・・?」
オームが扉の向こう側で何か言ってるけど、スズメはアリサに目配せして扉を開けさせる。
「おい! 返事を待ってから扉を開けろ!」
ガタッと椅子から立ち上がって叫ぶオーム。
「ソニア様をお待たせする訳にはいきませんから」
いや、わたし、それくらい全然待てるけど・・・。
オームはスズメの頭の上に乗っているわたしを見ると、何かを言いたいのをグッと我慢するように口を閉じて、椅子に深く座った。
「・・・ソニア様、私に用とは何でしょう? 明後日のステージの事でしょうか?」
「あっ、うん。それなんだけどね・・・」
昨日の夜に居酒屋であったこと、そして明後日のわたしのステージでオームに可愛いワンピースを着て歌ってほしいことを伝える。
「ソニア様、私、そのことは内密にと言ったハズですが・・・」
オームは部屋の中にいるカササギ、スズメ、アリサの3人を気にしながら言い難そうに言う。
確かに言ってたね。
「でも、わたしはディルと居酒屋にいた人間達にしか言ってないよ?」
「いや、ですから・・・・・・ハァ、何でもないです」
オームは何かを言おうと口を開きかけて、また閉じる。
「フフッ、オームお兄様。妖精様にわたくし達人間の常識が通用すると思ってはいけませんわよ」
「スズメ・・・」
スズメは面白がるように笑い、オームはキッとスズメを睨む。
「お前達・・・このことはくれぐれも他言無用で頼むぞ」
「はーい!」
わたしは手を挙げて元気に返事する。スズメとアリサが「フフッ」と微笑んで、オームとカササギは微妙な顔をする。オームはわたし、スズメ、アリサと見たあと、様子を伺うようにカササギを見た。
「カササギ・・・気持悪いか? 失望したか? 夜中に女装をしてコソコソと抜け出して、1人湖で歌い踊っていたなど・・・」
「いーえぇ、私はぁ・・・」
「私の側近を辞めたいのなら、辞めていいぞ。経歴に傷が付かないようにしてやる」
「その・・・私は最初から知っていましたのでぇ」
開けた口が塞がらない。今のオームはそんな感じだ。
まぁ、一番近くにいる側近なら気付いててもおかしくないよね。
「気持ち悪くは・・・ないのか? その・・・男が女の恰好をしているんだぞ?」
「とっても美しい恰好だったと思いますぅ」
カササギは安心させるようにニコリと笑って言う。
なんだろう・・・決してそんなつもりは無いんだろうけど、喋り方のせいで馬鹿にしてるように聞こえる。
「良かったですわね。オームお兄様。お兄様も気持悪い趣味を認めてくれる側近がいて」
「スズメ、お前・・・ソニア様の前だぞ」
皆がハッとしたようにわたしを見る。
「わたしは気持ち悪いとは思わないよ。好きな格好をすればいいよ」
「ソニア様・・・」
「だから、明後日のステージでも同じ格好で歌ってくれるよね?」
「ソニア様・・・」
そんな縋るような目で見られても、もう決定事項だからね。
「一応お聞きしますが、ソニア様はディル様にもお喋りになったとおっしゃっていましたが、ディル様は誰にも話していないですよね?」
「うん! 話してないよ! スズメとアリサにしか!」
何とも言えないような顔をされた。
「スズメとアリサは誰にも話してないよな?」
「わたくしはお父様にしか話していませんわ」
「私も、メイド仲間と家族にしか話していません」
「お前ら・・・」
あらら・・・見事に広まっちゃってるね。わたしのせいじゃないよ? わたしはディルと居酒屋の人達にしか話してないもん。
「ちょっとしたお返しですわ。オームお兄様はヨームお兄様が禁書庫に出入りしていたことをお父様に報告したではありませんか。そのせいで、ヨームお兄様は禁固刑を言い渡され、亡命する羽目になったのですから。それに比べたら可愛いものですわ。許してくださいませ」
「まだ根に持っていたのか・・・」
「当然ですわ。ヨームお兄様はオームお兄様と違って、わたくしをとても可愛がってくださいました。この杖もヨームお兄様から貰ったものです」
大切なお兄ちゃんと会えなくなった原因ともなれば、そりゃあ嫌うのも仕方ないね。あーあ、わたしも妹に会いたいな。もう会えないんだけど。
「それで、アリサ。お前はどうして喋ったんだ?」
「つい口が滑ってしまいました。てへっ」
うわぁ、確信犯だ。このわざとらしい笑顔は絶対にそうだ。
「まぁまぁ、どうせ明後日には全国民に知られるんだから、気にしたってしょうがないよ!」
「どんまい!」と軽くウィンクすると、「そうですね。ソニア様の可愛さに免じて許しましょう」と言われた。
「じゃあ、オームが可愛い恰好で歌うのは決定したとして、他の詳細を教えてくれる? わたし、明後日にやることしか知らないから」
「分かりました」
オームは紙とペンを出して、分かりやすいように箇条書きにしながら説明してくれる。
・明後日のお昼頃、国内で一番大きな野外ステージで行う。
・曲はいくつかの候補からソニア様に決めて頂くか、ソニア様の知っている曲にする。
・可能ならば、衣装を変えて頂きたい。
・世界に歌声を届ける方法については、ソニア様から空の大妖精様に伺って頂きたい。
「ソニア様に関係のあることは、とりあえずこれくらいでしょうか。告知などは騎士などを使って既に今日から始めているので、当日には国民のほとんどが集まってくるでしょう」
曲に関しては、何個か曲名を言われたけどさっぱり分からなかったので、後で聴かせてもらうことになった。
わたしが決めることは曲と衣装かぁ。じゃあ、衣装はディルとのデートの時に着た服装にしようかな! あれが一番似合ってるってディルが言ってくれたし!
・・・。
その後、オームの計らいで合唱団の方々に候補の曲を聴かせてもらったけど、やっぱり分からなかった。
曲はわたしが人間だった頃に聴いてた曲から選ぼうかな。でも、ちょっと歌詞は変えた方がいいかも。
読んでくださりありがとうございます。ソニアは人間だった頃はちゃんと口が堅い人でした。妖精になっても、大切な人との秘密はしっかり守ります。たぶん。




