233.【ディル】ちっちゃなソニアの為に
「では、ディル様はこちらに着替えて来てください」
クロミツさんがそう言って短パンとシャツを渡してくる。それはクロミツさんがずっと持ち歩いていた手提げ袋から取り出されている。
こいつ・・・最初から持ってたのなら第一研究所から出る前に渡せよ!!俺はこの病院までの長い距離を裸にマント一枚で歩いて来たんだぞ!! スースーするし、ソニアがやたらとチラチラ見てくるし・・・歩いただけで疲れたわ!
俺は「クロミツには敬語を使う必要無いな」と思いながら受け取った服を持って、着替えるには少し心許ない薄いカーテンの奥に移動する。
ハァ・・・当然だけど、パンツは無いな。まぁ、マント一枚よりはマシか。
着替えながらも考えるのは、ソニアから貰った指輪のことだ。
俺も・・・ソニアにお返しがしたいんだよな。
でも、同じ指輪を贈ろうにも、ソニアの指はちっちゃ過ぎる。俺が嵌めている指輪なんて、ソニアからしたら首輪よりも更にデカい。妖精サイズのちっちゃい指輪なんて売ってるハズ無い。
一から作ろうにも、俺には金属を加工できる技術が無いしなぁ。クロミツさんが魔石の加工を第二研究所に頼むって言ってたけど、ついでにソニアに贈る指輪も作ってくれないかな。魔石を加工出来るなら、金属の加工くらい出来そうだ。
一人コクリと頷いて、ズボンを履く。サイズが合わない。手で押さえないと下がっていく。
問題はサイズだよなぁ。ソニアの指のサイズを計りたいんだけど、サプライズにしたいから堂々と測ることは出来ないし、かと言って寝てる間に測るのも罪悪感が・・・。
せっかくなら、ピッタリのサイズの指輪を贈りたい。ソニアがくれた指輪は今の俺にはサイズが少し大きいけど、成長すれば丁度良くなるハズだ。でも、妖精のソニアはたぶん成長しない。
「うーん」と悩みながらシャツを着る。少しダボっとしてるけど、まぁ、大丈夫だ。
着替え終わったら、さっそく身体調査だ。俺はクロミツに別室に案内される。後ろから好奇心に満ちた顔のソニアがふわふわと浮いて、そのソニアを微笑ましそうに見ているスズメがついてくる。
「身体調査と言っても、研究員が定期的に行う健康診断となんら変わりないので、安心してください。スズメ、そんなところでだらしない顔でソニア様を見ているくらいなら手伝いなさい」
健康診断と言われても、良く分からない。ソニアは「そうなんだ」と納得したような顔をしてるけど、妖精のソニアも絶対に分かって無いだろ。それとも、妖精は定期的にその健康診断っていうのをしてるのか?
「では、ディル様。こちらの容器に尿を少量入れて来てください。終わったら、そこにいる男性スタッフに渡してください」
クロミツさんはそう言って、小さなコップを渡してきた。俺は受け取って、コップとクロミツさんを交互に見る。
は? ここに小便を入れろって言ってるのか? 頭がおかしいのか?
周囲を見るけど、誰もクロミツの発言に何も言わない。スズメも当然のようにコップを見ているし、ソニアすら何も言わない。
いや、ソニアの場合、尿が何か分かってない可能性もあるか。妖精は排泄しないらしいしな。
「そのような疑わしい目を向けないでください。人間の体内で生成される尿からは、その人物の健康状態が分かるんですよ。これは研究員だけでは無く、王族も定期的にやっていることです。ねぇ、スズメ?」
「そうですわね」
「早く行ってください」と笑顔で急かすクロミツとスズメと、理解してるのかしてないのか分からないような顔をしているソニアに見送られて、トイレに行った。
小便で何が分かるっていうんだか・・・。
尿の検査が終わったら、身長と体重を測るらしい。身長を測っていたクロミツと、その助手をしていたスズメが何やら「クスクス」と笑っていたけど、気にしない・・・いや、気になる。
どうせ身長が低いとか思ってるんだろ! 俺はまだ成長期だ! これからだ! いつだったか筋肉の鍛え過ぎで身長が伸びないとか言われた気がするけど、俺はまだ諦めて無いぞ。
それからも、聴覚の検査だとか、心臓の検査だとか、色々なところを変な魔道具を使って検査された。
健康診断って疲れるんだな。健康を害された気分だ。
「最後に採血をします」
「さいけつ?」
「はい、血を少し取らせてもらいます」
椅子に座らされて、テーブルに腕を出せと言われる。少しの血くらいいいかと思って気楽にいたら、腕をゴムのようなもので縛られた。そして、注射器という血を梳いとる為の針を、クロミツが何本か用意する。その光景を見て、ソニアが「ひぃぃ」と小さな悲鳴を上げた。
な、なんか緊張してきた。
「ソニア様、そのように怯えなくても、少し血管に針を指して血を取るだけですから。ソニア様の大切なディル様に攻撃するわけではありませんから、安心してくださいませ」
怯えるソニアをスズメが一生懸命に宥めている。そんなやり取りに構わず、クロミツは「じゃあ、いきますね」と俺の腕の血管を確かめて針を刺した。プチっと小さな痛みが走るけど、なんてことは無い。それよりも、横で「うひぃ!」と羽をパタパタさせながらスズメの胸に体を埋めて震えているソニアの方が心配だ。スズメが硬直しているのは気にしない。
「では、約束通り身体調査も終わりましたし、この後は第二研究所に行って魔石の加工をお願いしに行きましょうか」
身体調査(健康診断)を終え、結果を教えて貰ったあとは、クロミツの言う通り、第二研究所に行く。でも、その前に俺にはクロミツにお願いしたいことがある。
「スズメ、悪いんだけど、ソニアと一緒にお城の客室に戻って、俺の着替えが入った革袋を持って来てくれないか? ソニアならどの革袋か分かるよな?」
適当に理由を付けて、ソニアと、ついでにスズメをこの場から追い出す。実際、これ以上ソニアの前でノーパンでいるのは落ち着かなかった。
「じゃあ、スズメ。一緒に行こっか!」
「はい!」
「あ、大丈夫だと思うけど、中身は絶対に見るなよ」
「おっけ~」
スズメの肩に乗って、スズメの髪を鬱陶しそうに手で押さえてるソニアを見送る。
髪が鬱陶しいならわざわざ肩に乗らなきゃいいのに。
「下着なら病院にも何着かあったのですけれどね」
クルクルと回る椅子に座っているクロミツが、くるっと回りながら言う。
「クロミツさん。ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
「何ですか?」
俺はクロミツにソニアにサプライズで指輪をプレゼントしたいこと、第二研究所に指輪を作って貰いたいこと、その為にソニアの指のサイズを測りたいことを伝える。
「どうにかして、ソニアにも健康診断を受けせて、さりげなく指のサイズを測れないか?」
「測れるのなら、測りたいですけど・・・」
「ソニアが嫌がったら別にやらなくてもいい。別の方法を考えるから。だけど、出来ればお願いしたい」
「分かりました。適当に理由を付けて、健康診断を受けてみるように言ってみましょう」
「ありがとう。あ、でも、尿検査だっけ? あれは出来ないぞ。妖精のソニアはそういうの無いからな。あと、採血もやめてくれ。あんな細い針でも、ちっちゃいソニアからしたら槍で刺される様なもんだからな」
「それくらい私も分かっていますよ。そもそも妖精様に血が通ってるのかも分かりませんし」
それから暫くしてもソニア達が戻って来ないので、俺は指輪をどんな形にするか紙に書いて待っていた。クロミツさんに「これならソニア様もお喜びになるのでは?」と言われたところで、ソニアとスズメが俺の着替えを持って戻って来た。スズメが「ソニア様を肩に乗せていたい」と言ってわざとゆっくりと歩いていたらしい。気持ちは分かるから、別に怒らない。
「じゃあ着替えて来るから・・・クロミツさん、お願いします」
着替えを持って、カーテンの奥に移動する。着替えながら、カーテンの向こうの会話に聞き耳を立てる。
「この機会に、ソニア様も自分の体のことを少しでも把握しては如何ですか? 聞いたところによると、まだ生まれて10年も経っていないそうでは無いですか」
「分かった。じゃあ、お願いね。あっ、羽は絶対に触らないでね」
「かしこまりました」
「あと、スズメは別室に移動させてね。なんか、目がこわいから」
「かしこまりました」
「そんな!?」
ふぅ、これでサイズの問題は何とかなりそうだな。よかった。
着替え終わってカーテンから出たら、誰も居なかった。既にソニアの健康診断に向かったみたいだ。
俺に一言くらいあってもいいだろ・・・。
俺が健康診断を行った部屋に再び向かう。そこでは、ソニアが体重を測る装置に乗っていて、クロミツとスズメがそれを見て首を傾げていた。
「クロミツさん、スズメ。どうしたんだ?」
後ろから声を掛けると、クロミツさんとスズメが振り返って口を開く・・・前に、ソニアが叫んだ。
「ディル!? み、見ないでっ! お、乙女の体重を覗き見るなんて失礼だよっ!」
ソニアはそう言って可愛くブンブンと両手を振ってるけど、体重計の針は微動だにしていない。
「それがソニア様・・・ソニア様に体重がありませんわ」
「え?」
ソニアはそう言って浮かび上がって、体重計の針を見て「ホントだ」と呟く。
いや、体重計から浮かび上がったら意味無いだろ。まぁ、どっちにしろ針は動いてないけど。
「わたしが軽すぎるってことかな?」
何故か嬉しそうに言うソニア。でも、軽すぎるにしてもおかしい。
「わたくしが肩にソニア様を乗せている時は、確かにソニア様の重みを感じたのですけれどね・・・」
「俺も、ソニアを手に乗せたりした時に重さは感じるな。めちゃくちゃ軽いけど、針が微動だにしない程ではないと思う」
「重さはあるのに、体重計は反応しない・・・ソニア様。研究所に戻って、天秤などに乗っていただいても? あ、その前に私もソニア様を持って見てもいいでしょうか?」
少し興奮気味のクロミツさんがずいっとソニアに近付く。ソニアは助けを求めるように俺を見る。俺はクロミツさんの肩を掴んで「その辺で」と止める。スズメも「ソニア様が怖がっていますわよ」と注意する。
「妖精は不思議な存在だなってことでいいだろ。いいから健康診断を進めてくれ。日が暮れる。あとお腹空いた」
「では、ディル様は退室してください。例え小さな妖精様でも、女性の体のサイズを測る場に、男性は立ち入り禁止ですよ」
クロミツさんは「しっしっ」と手を払う。確かに俺の健康診断の時にはいた男性スタッフの姿が無い。俺が出て行こうとしたら、ソニアに止められた。
「ディルは・・・いてもいいよ?」
そう言いながらクロミツさんをチラッと見る。
あぁ、クロミツさんが暴走しそうになったら止めてくれっとことか。
それから、クロミツとスズメによってソニアのサイズが測られる。流石に胸とかを測る時はソニアに後ろを向かされた。ソニアにはもう少し俺の・・・というより、男の気持ちを考えて欲しい。
ソニアの指のサイズを測る為の健康診断を終えたあとは、ソニアに顔面に貼り付かれて気絶したスズメを置いて、第二研究所に魔石の加工を頼みに行く。
「ソニアは難しい話は退屈だろ? 研究所を見て回って来たらどうだ?」
ソニアには悪いけど、ここでも適当に理由を付けてソニアを話の場から追い出す。研究所の応接室に案内された俺は、白い髪のお姉さんにソニアに贈る指輪を作って欲しいことを伝える。
「指輪に使う金属は俺が用意するから、その加工をお願い出来ないですか? ソニアの指のサイズは測ってあるので・・・」
クロミツさんがソニアの指のサイズが書かれた紙を渡す。お姉さんはその紙を見て、難しい顔をする。
「金属の加工は出来なさそうですか?」
「いえ、金属の加工は出来ます。ただ、このような・・・とても小さなサイズで、それも繊細な加工となると私共では・・・。私達はあくまで研究者で、鍛冶師ではありませんので・・・」
それもそうか・・・。
「それに、これほどの飾りをこのサイズで加工となると、よっぽど腕の良い鍛冶師に頼まないと出来ないと思います。知人に鍛冶師がいるので紹介することは出来ますが、彼の腕でも難しいかもしれません」
「じゃあ、飾りを減らしてシンプルな指輪にすればどうにかなりそうか?」
「恐らく」
大好きなソニアに贈るものだ。あんまり妥協はしたくないんだよなぁ。
眉間を押さえて唸っていると、クロミツさんが「ディル様、提案があります」と挙手した。
「私の友人にとても腕の立つ鍛冶師がいます。彼ならば、この指輪を作ることが出来るでしょう」
「ホントか! じゃあ、その人にお願いして・・・」
「ただし、彼は外国の方です。金属と図案を送って発注して、それが出来上がって届くまでとなると、かなり時間が掛かりますが、よろしいですか?」
「ちなみに、どれくらい掛かるんだ?」
「わかりません」
・・・マジか。妥協はしたくないけど、あまり待ってもいられない。
「いつまでカイス妖精信仰国にいるか分からないからなぁ」
「・・・でしたら、カイス妖精信仰国に指輪が届き次第。情報ギルド経由でディル様の元に送り届けましょうか?」
「そんなことが出来るのか?」
「はい。その代わり、定期的に情報ギルドに顔を出して居場所を教えて頂くことになりますが」
それくらい、大丈夫だよな。強いて言うなら、ソニアにバレないように受け取らなきゃいけないのが難しいくらいだ。
「じゃあ、それでお願いしてもいいか?」
「もちろんです。ただ、代金は頂きますよ」
「当然払うよ」
それから、どんな金属を使うかという話になる。
「ソニアは俺の髪色に合った黒い指輪をくれたんだ。だから、ソニアの綺麗な金髪と同じ色の金属を使いたい」
「ソニア様の髪色と同じ金属ですか・・・そのような美しい金属があるとは思えませんが。私が知る中で一番色合いが近いのは、やはり『金』でしょうか。それも純度100%の」
クロミツさんが「それ以外には思いつきません」と首を横に振る。
純度100%の金? 見たこと無いな。
「それってどこに行ったら買えるんだ?」
「え、買うんですか!? めちゃくちゃ高いですよ!?」
お姉さんが声を荒げる。
「買えるなら買いますよ。お金はそれなりに持ってるんで」
武の大会で優勝した賞金がまだ残ってる。それに、足りないなら稼ぐ。
「まぁ、小さなサイズの指輪ですし、高価とはいえ、そこまで目が飛び出るような価格では無いでしょう」
クロミツさんの言葉に、お姉さんは「確かにそうですね」と落ち着く。
「それで、どこで買えるんだ?」
「普通のお店では売っていません。すぐに買える所といえば・・・国王陛下からでしょうか」
「分かった。じゃあ王様から買う」
「国王陛下から買うんですか!?」
お姉さんがまた声を荒げた。
王様からが一番早く買えるっていうなら、そうするに決まってる。
クロミツさんがお姉さんを落ち着かせていると、ガタンッと勢い良く扉を開けて、研究員が入って来た。
「クロミツさん、愛し子様! 大変です! ソニア様がご乱心です!!」
「は!?」
「なんですって!?」
俺とクロミツさんはガタッと椅子を飛ばして立ち上がる。
ソニア!? いったい何してるんだ!?
「急いでソニアの所に案内してくれ!」
「は、はい! ソニア様は地下にいらっしゃいます!」
ソニアがいるという地下に向かう。向かいながら、事情を聞く。
「ソニア様の案内を任されたルリハが試作品の魔道具の説明をしていたのですが、その途中でソニア様は地下に続く扉がお気になられたようで、『その扉の奥には何があるの?』と聞いたのです」
目の前には厳重な鉄の扉がある。綺麗な部屋の中で明らかに浮いている。ソニアじゃなくても気になるよな。
「ルリハは『ここは古代の遺物などが保管されている場所で、危険な物もあるで、立ち入りは出来ません』と謝りました。するとソニア様は『そっかぁ』と、とても悲しそうなお顔をなされました」
ソニアが悲しそうに眉を下げる表情を思い浮かべる。
あぁ、あの表情は俺も弱いんだよな。何でも言うことを聞いてあげたくなる。
「それで、周囲にいた者達が『少しくらいならいいのでは?』『妖精様を悲しませるわけには・・・』『ソニア様、お可哀想に・・・』『開けてあげましょうよ』と声が上がり、人一倍真面目なルリハは渋っていましたが、ソニア様に『見せてくれるの!?』と期待の籠った瞳で見つめられて、最後には扉の鍵を持って来て開けました」
それは責められないな。しょうがない。
「そして現在、ソニア様はその地下の倉庫で危険物を手に、飛び回っていらっしゃいます」
いや、何で?
速足で階段を降りて、その地下の倉庫に入る。そこでは、ソニアが自分と同じくらいの大きさの人形を持って飛び回っていた。周囲では数人の女性達が「落ち着いてくださいソニア様!」「いったん、置きましょう! ね?」と必死にソニアを宥めている。
「あ、ディル!!」
俺に気が付いたソニアが、持っていた人形を「見て見て!」と興奮気味に見せてくる。
「これ、フィギュアだよ! しかも、ディルそっくり!」
「ホントだな・・・」
ふぃぎゅあ? 興奮しすぎておかしなことを言ってるけど、確かに俺とそっくりだな。
髪型や服装とか細かいところは違うけど似てる。偶然だと思うけど、何だか不気味だ。
「ね?」と言って俺に似た人形を抱きしめるソニア。あまりの可愛さと嬉しさに気を失うところだった。危ない危ない。
でも、あれのどこが危険なんだ?
そう思っていたら、近くにいた女性が小声で教えてくれた。
「あれは深い地層で発見された物らしいのですが、発見された当時、あれと同じ形をした人形が爆発して、研究者数人が犠牲になったのです」
とんでもないものだった。
「じゃあ、それをソニアに言えばいいじゃないですか」
「・・・驚かせてしまうと思い、言えませんでした。出来れば穏便に済ませようと・・・」
「気持ちは分かるけど・・・」
・・・っていうか、そんな危険なものさっさと処分しろよ。もしかして、処分することすら危険なのか?
ソニアを見る。「これ、持ち帰ってもいいかな?」と人形を気に入って振り回している。このままだとソニアが爆発物をお城に持ち込みかねない。
「ソニア! 落ち着いて聞いてくれ!」
「なに?」
「それは、人形の形をした爆弾だから、今すぐそーっと置いてくれ!」
「うぇ!? 爆弾!?」
バッと人形をぶん投げるソニア。
「おい!そーっと置いてくれって言っただろ!」
人形は壁に当たった瞬間、赤く光り出した。
女性達が悲鳴をあげて逃げ惑うなか、俺は慌てて駆け出し、人形をソニアとは反対方向の女性達が逃げて行った先に蹴り飛ばし、ソニアを背中で庇う姿勢をとる。
ボフンッ
後ろからそんな音が聞こえてきた。恐る恐る振り返ると、人形の破片が水球の中に浮いていた。
「なんだか分かりませんけど、間に合ったみたいですわね」
杖を持ったスズメが逃げ惑っていた女性達の奥から現れた。
「病院に置いていかれたので急いで第二研究所に来て、地下が何やら騒がしかったので向かってみれば・・・いったい何があったんですの?」
そう言いながら周囲を見渡すスズメ。後ろではクロミツさん含む女性達が冷や汗を拭ってこちらを見ていて、水球の中には爆発した人形の残骸、そして俺の後ろではソニアが浮いている。
とりあえず俺は、放心状態のソニアを手の上に乗せて、事情を説明する。
「なるほど・・・そういうことですのね。本当に間に合って良かったですわ。危うく怪我人が出るところでしたわね。・・・というか、ディル様。思いっ切り人形を研究員達の方に蹴り飛ばしていませんでしたか? まぁ、そのお陰でわたくしの水球の射程範囲に入って間に合ったのですが・・・」
「俺はソニアの反対方向に人形を飛ばしただけだ」
「そうでしょうね。わたくしがディル様でも同じことをしましたので責めはしませんわよ」
だろうな。
「それで、ソニア。何か言い訳はあるか?」
手の上に乗っているソニアに上から話しかける。ソニアは振り返って俺を見上げて、震える唇を開いた。
「ご、ごめんなさいぃ」
ちっちゃな体を更にちっちゃくして、震えながら泣いて謝るソニアに、これ以上叱れる人間はこの場には居なかった。
読んでくださりありがとうございます。ソニアに振り回される研究者達でした。




