232.不自然な自然
「では、ディル様はこちらに着替えて来てください」
クロミツはそう言って、動きやすそうなシンプルな短パンとシャツをディルに渡す。ディルは文句を言いたそうな顔で素っ気なく受け取ったあと、クロミツの後ろにあるカーテンの奥に消えていった。
そりゃあ、ディルもそんな顔になるよね。
実験場で裸にマント一枚という心許ない装備になってしまったディルは、着替えを渡されることも無くそのまま第一研究所を連れ出され、第二研究所を通り過ぎ、その隣の今は封鎖されているらしい第三研究所も通り過ぎ、更にその隣にある病院まで外を歩かされたのだ。裸にマント一枚だけのディルは、ずっと隣を飛んでいたわたしの視線を気にしながら歩いていた。可哀想に。
別にチラチラと見てたわけじゃないよ。・・・本当だよ。
カーテンがゆっくりと開かれる。ディルが短パンの腰部分を手で押さえながら出て来た。
「着替えたけど・・・短パンのサイズ大きくないか? ずり落ちそうだ」
そう言いながらクロミツを軽く睨む。そして、いつの間にか敬語じゃなくなってた。何となくクロミツに敬語を使いたくないのは理解出来るよ。
「あら、調整する紐がありませんでしたか?」
「あ、あった」
ディルはその場でシャツを少し捲って、短パンの紐を結ぶ。チラリと見える引き締まった腹筋がとてもセクシーだ。ディルにバレないように視界の端で必死に見る。
何だか、以前にも増してディルの体を意識しちゃってる気がする。わたし、ちょっと変態みたい? ううん。好きな人を意識しちゃうのは普通なことだよね。うん。そうだ。きっとそうだ。
開き直ってマジマジとディルの腹筋を見ようとしたら、ディルは短パンの紐を結び終えてシャツを戻してしまった。
「では、さっそくディル様の身体調査を始めます」
クロミツの興奮具合と身体調査という響きで勝手に警戒してたけど、見た感じただの健康診断だった。人間だった頃に馴染みのある機械はあまり使われてなかったけど、代わりに魔石を使った魔道具を、適性のある人達に使わせていた。ディルは初めての健康診断で緊張してるのか、それとも、じーっと見ていたわたしの視線が気になったのか、終始落ち着きが無かった。ちなみにスズメも健康診断の手伝いをさせられていた。
「不自然ですね・・・」
クルクルと回転する椅子に座ったクロミツが、ディルの検査結果が書かれた紙を見ながら不思議そうに首を傾げる。
「何だよ・・・何かおかしなところがあったのか?」
不安そうに尋ねるディル。ディルの肩に乗っているわたしも不安になって思わずディルの耳たぶをギュッと掴んじゃう。柔らかい。
「おかしなところが全くないのが、不自然なんです」
「おかしなところが全くないなら、自然じゃん」
耳たぶを触りながらコクコクと頷いて同意するわたし。そして後ろで難しい顔で考え込んでいるように見えるスズメ。
「いえ。普通に考えて、先ほどのソニア様の御力を無傷で耐えたディル様のお身体は、普通の人間と同じなハズが無いんですよ。でないと、あの強力な電撃や熱に耐えられるのはおかしいです。私やスズメなんかもソニア様の御力に耐えられることになってしまいます」
「なるほどなぁ・・・」
「言うならば、自然なのが不自然なんです」
魔石や魔法がある世界で、それくらい許容範囲じゃ? って思うけど、クロミツ曰く、魔石から発動される魔法はしっかりと研究されていて、理屈もある程度分かっているらしい。
「まるで妖精様みたいだ」
クロミツのボソッと呟いた言葉に、わたしとディルは顔を見合わせる。
「妖精みたいでは無いよね」
「ああ、どこからどう見ても人間だ」
首を傾げるわたし達に、クロミツが言葉を付け足す。
「理屈が分からないのに、それが自然と成り立っているのが妖精様みたいだと思っただけです」
なるほどね。確かに分かる。妖精のわたしは食事をしなくてもいいのに出来るし、食事をしても排泄はしない。わたしが起こす雷なんかも、雷雲とか関係無く、晴天からでも雷を落とせる。それと同じような感じかな。
「つまり、ディル様は妖精の愛し子様だから、良く分からないけどソニア様の御力が効かないってことですわね」
「まぁ、納得したくはないが、スズメの言う通りだ。長い間近くに大妖精であるソニア様がいたから体が変質したか、妖精の祝福か・・・どちらにしろ、ソニア様の影響としか言えないですね」
結論、良く分からないけどわたしのせい。・・・ってことらしい。
「ごめんね。ディル。わたしのせいで普通の人間じゃなくなっちゃった」
「いや、ほぼ普通だから別にいいんだ。それよりも、他に変なところは無かったんだよな?病気とか怪我とか」
「そうですね・・・強いて言うなら、年齢にしては筋肉質なのと、平均よりも背が低いことくらいですかね」
ああ~、筋肉をつけ過ぎると背が伸びなくなるって言うもんね。
ディルの肩から飛んで、ディルの全身を見てみる。うん。女のスズメとあまり変わらないくらだもん。
「何だよソニア・・・その生温い目は・・・」
「いや、もしわたしが人間だったら、ディルよりも背が高かったかもなって思って」
「・・・それは無いだろ」
「・・・あまり想像出来ませんわね」
ディルとスズメに同時に言われた。
うーん。でも実際、高いとまではいかずとも、同じくらいはありそうな気がするんだよね。まぁ、いくら言ったところで信じてくれ無さそうだけど。
クロミツから検査結果が書かれた紙を受け取ったディル。こっそり覗こうとしたら、サッとポケットに仕舞われた。
「では、約束通り身体調査も終わりましたし、この後は第二研究所に行って魔石の加工をお願いしに行きましょうか」
「あ~・・・それなんだけど、ちょっと待って欲しい」
ディルはチラッとわたしを見てそう言った。クロミツは浮かせかけていた腰を下ろして、「何ですか?」と尋ねる。
「スズメ、悪いんだけど、ソニアと一緒にお城の客室に戻って、俺の着替えが入った革袋を持って来てくれないか? ソニアならどの革袋か分かるよな?」
「分かるけど・・・今じゃなきゃダメ?」
別に用事が終わってからでもいいと思うんだけど。
「・・・第二研究所って女性ばかりなんだろ? そんなところにノーパンで行きたくない」
「そうだね」
わたしも男の人ばかりの場所にノーパンで行きたくない。というか、ノーパンは普通に嫌だ。
「じゃあ、スズメ。一緒に行こっか!」
「はい!」
わたしはスズメの肩に乗る。ディルと違って長い髪がちょっと鬱陶しい。
「あ、大丈夫だと思うけど、中身は絶対に見るなよ」
「おっけ~」
スズメと一緒に病院を出て、お城まで歩く。わたしを肩に乗せたスズメは、いつもよりも足取りが遅い。
「あの・・・スズメ? なんか歩くスピード遅くない?」
「あっ、申し訳ありません! 少しでも長くソニア様を肩に乗せて歩きたくって!」
「降りるよ?」
「普通に歩きますわ!」
普通よりもちょっぴり遅い速度で歩き始めたスズメは、門番に丁寧に挨拶をしてお城に入り、ゆっくりと客室の扉を開けた。わたしはスズメの肩から降りて、ディルのリュックを頑張って開ける。すると、「クスクス」という笑い声が聞こえた。
「なに?」
「いえ・・・ちっちゃなお体で一生懸命にリュックを開ける姿がとても微笑ま・・・お可愛らしくて」
もはやスズメは、わたしが何をしても同じようなことを言いそうだよ。
わたしはスズメの視線を気にせず、ディルのリュックの中に入って、着替えが入っている革袋を見つける。
「スズメ~! これ、これ持ってー!」
「はい!」
スズメに袋を持ってもらい、わたし達は来た道をゆっくりと戻って、ディルとクロミツが待つ病院に届けに行く。
「ディル~! 着替え持って来たよ~!」
「ん? 遅かったな? 何かあったのか?」
「スズメがわたしを肩に乗せてたいからって遅く歩いてただけ」
「ああ、なるほどな。じゃあ着替えて来るから・・・クロミツさん、お願いします」
・・・ん? 何を?
ディルはクロミツと何か目線で会話したあと、カーテンの奥に消えていった。
「クロミツはディルに何をお願いされたの?」
「ソニア様の健康診断ですよ」
「え?・・・わたしの!?」
「はい」
なんで!? なんでディルがクロミツにわたしの健康診断をお願いするの!? もしかして、わたしを売った!?
「ディル様からは、『ソニアが嫌がったら別にやらなくてもいい。だけど、出来ればお願いしたい』と言われました」
そう言われると・・・何故だかやった方がいい気がしてきた。不思議。
「この機会に、ソニア様も自分の体のことを少しでも把握しては如何ですか? 聞いたところによると、まだ生まれて10年も経っていないそうでは無いですか」
確かに。ジェシーやフィーユには服を作るために勝手に体のサイズを図られたりしたけど、わたし自身把握してないもんね。ディルの健康診断も変なことはされずに普通に終わってたし、大丈夫だよね?
「分かった。じゃあ、お願いね。あっ、羽は絶対に触らないでね」
「かしこまりました」
「あと、スズメは別室に移動させてね。なんか、目がこわいから」
「かしこまりました」
「そんな!?」
そして、わたしの健康診断が始めった。流石に採血やら採尿やらは無理だけど、その代わりに体のサイズを隅から隅まで測られた。
触れられてはいないけど、羽のサイズまで測られたよ・・。疲れる。
それ以外は、体重計が動かないっていうトラブルもあったけど、無事に健康診断を終えられた。
「フフッ、どれも可愛らしい数値ですね」
「わたくしも見たいですわ」
「絶対に駄目!」
クロミツが見ているわたしのトップシークレットを、スズメが興奮気味に覗こうとするのを、わたしはスズメの顔面に張り付いて阻止する。驚いたのか、スズメはそのまま気を失ってしまった。
「あっ・・・ごめんスズメ。びっくりさせちゃった」
「放っておいていいですよ。幸せそうですし」
「ホントだ・・・気持ち悪っ」
幸い、ここは病院だ。気を失ってしまったスズメはそのままここに放置して、わたし達は第二研究所に移動する。
「・・・そういうわけで、大妖精であるソニア様が、愛し子様に贈った指輪に嵌める魔石の加工をお願いしたいのだけれど・・・」
「光栄です! 任せてください! いえ、是非わたくしどもにやらせてください!」
研究第一の人達だって聞いたから、ただの加工なんかは渋られるかと思ったけど、そんなことは無かった。白衣を身にまとった白髪の綺麗な若い女性は、ノリノリで引き受けてくれた。
「じゃあ、さっそく奥の部屋で詳細を話し合おうか」
クロミツがそう言って、若い女性の背中を押す。
「え? 指輪に嵌める為の加工ですよね? 詳細って何を・・・」
「大妖精様が愛し子様に贈った指輪だ。失敗は絶対に許されないだろう? 間違いが無いようにしなければ」
「そ、そうですね!」
クロミツはそう言って、若い女性を押して歩いて奥の部屋に入っていく。それにディルが続く。わたしも一緒に入ろうとしたら、振り返ったディルに「ああ、そうだ」と声をかけられた。
「ソニアは難しい話は退屈だろ? 研究所を見て回って来たらどうだ?」
くるっと研究所の中を見る。男性ばかりの第一研究所と違って、しっかりと整理整頓されていて、何やら面白そうな魔道具が飾られていたりする。ちょっと気になる。
「それはいいですね。そこのあなた。ソニア様を案内して差し上げなさい」
奥の部屋に若い女性を押し込んで来たクロミツが、そう言って遠巻きにわたし達を見ていた人達の一人に声を掛けた。声を掛けられた真面目そうな女性は「え!? 私ですか!?」と目を丸くして自分を指差す。クロミツとディルはコクコクと頷いて奥の部屋に入っていった。
「じゃあ、案内よろしくね!」
「は、はは、はいぃ!」
カチコチに緊張した女性に、裏返った声で研究所を案内して貰う。
「こ、こちらは! ここ、この第二研究所で開発され、国王陛下に認められ、現在量産を試みている魔道具たちです! 気になる物があれば、お声がけくださいませ!」
・・・って言われても、全部気になるんだよね~。
「あっ、この丸っこい魔道具は何?」
「こちらは、空の魔石を使って周囲の気圧を調整して、低気圧による頭痛などの体調不良を治める魔道具です」
「うへ~~! 超便利!」
「・・・妖精様も低気圧で頭痛になったりするのですか?」
「しないけど」
でも、人間だった頃はしてたよ。特に周期的に、月一ぐらいで酷い日があった。妖精になって一番良かったことは、ソレが無くなったことかもしれない。
「この小さくて四角い魔道具はなぁに?」
「これは、緑の魔石を使って、一瞬でニキビを綺麗に消す魔道具です」
「わぉ! 羨ましい!」
「・・・妖精様もニキビで悩まれるのですか?」
「ならないけど」
それから色々な魔道具を説明してもらったけど、やっぱり女性目線で開発された魔道具が多かった。人間だった頃に欲しかったよ。切実に。
読んでくださりありがとうございます。ちなみに、スズメは背が高い方です。




