表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
232/334

231.実験場にて、裸(ら)

師匠(せんせい)!!」


くたびれた白衣を纏ったボサボサの黒髪の女性に、スズメがそう言って駆け寄る。


「おお、スズメ。学園から戻って来てたそうだな。だったら一番に私のところに報告しにこいよ?」

「そ、それは・・・ソ、ソニア様のお世話をしていたのです! それで一番にはこれませんでしたの!」

「ソニア様?」


女性は少し体を斜めにして、スズメの陰からわたしを見る。とりあえず、ヒラヒラと手を振ってみる。


「これはこれは・・・本物の妖精様ではありませんか」

「ですから、一番に来れなかったことは仕方ないですわよね?」

「まぁ・・・妖精様のお世話なら仕方ないか」


 お世話なんてされてないけどね! 空気を呼んで黙ってるけど!


「あ、ソニア様。紹介しますわね。こちら、わたくしの師匠で、この研究所の所長のクロミツですわ。ヨームお兄様の師匠でもあるのですわよ」

「お初にお目にかかります。このカイス妖精信仰国の第一研究所で所長をやっているクロミツと申します。・・・早速ですが、妖精様。いえ、ソニア様。少しその綺麗なお羽を触らせて頂いてもよろしいですか?」

「やだ!!」


 急に何を言い出すの!? 羽なんて、不用意に触られたくないところベスト3に入る場所だよ!


サッとディルの後ろに隠れる。ディルはわたしを守るようにクロミツを睨む。


「師匠、さすがに大妖精であるソニア様に失礼ですわよ!」

「ふん。ちゃんとお伺いを立ててるだけいいじゃないか。泡沫島の研究者のように羽をむしって研究したいとか、血が流れているのか腕を捥いで確かめたいなどと言ってるわけじゃないんだから」

「ひぃぃ!!」


 羽をむしる!? 腕を捥ぐ!? こわいこわい! ディル! 助けて!!


ギュッとディルの袖を掴むと、ディルはファイティングポーズをとった。


「師匠! いい加減にしてくださいませ! ソニア様が怯えてしまってます! 愛し子のディル様が怒ってます! わたくしはこのようなことの為に研究所にお二方を案内したわけではありませんわ!」


スズメが「あぁ、ソニア様。こんなに震えてお可哀想に・・・」とわたしに近付いてくるけど、絶賛警戒中のディルによって伸ばされた手はバシッと払われた。


「師匠のせいで、わたくしまで警戒されてしまったではありませんか!」

「それは恐らくスズメの日頃の行いだろう。どうせ、変態みたいな目で妖精様を見ていたんじゃないのかい?」


クロミツの言葉にディルがコクコクと頷く。スズメは「うぐ・・・」と反論できずにいた。


「それで、ソニア様。お羽は触ってもよろしいのですか?」


 この流れでよく期待の籠った眼差しでそんなことが言えるね!?


「絶対に駄目だよ! 羽は敏感なんだから! ディルにだって安易に触らせないようにしてるのに!」


ディルの腕に隠れながら叫ぶ。


「そうなのですか。妖精の羽は敏感、愛し子様でも安易に触れられない・・・と」


 しまった! 余計な情報を与えてしまった! すごい勢いで脳内メモに書き込んでる気がする! さすがヨームとスズメの変人2人の師匠だけはあるよ! この人も変人だ!


クロミツは「いつかは触れてみたいものだな」と呟きながら、研究所の奥に来るように手招きする。


「ここで立ち話も何ですし、奥で要件を伺いましょう。アリサはここに残って掃除をしていてくれて構わない」


アリサは満面の笑みで頷いた。未だに跪いていた研究所の男達の背中から悲壮感を感じる。心のなかで「頑張ってね」と応援しておく。日頃からちゃんと片付けをしておけば良かったんだよ。


「スズメ。どんな用件でソニア様と愛し子様をここに連れて来たんだい?」


研究所の奥にある食堂らしき場所(散らかりすぎてて判断できない)で、椅子に置かれていた紙束を雑に避けて座ったクロミツがそう言って、わたしとディルを見る。スズメもクロミツと同じように椅子に置いてある物を床に落として座り、わたしはテーブル上に転がっている試験管のような物の上に座る。ディルは「マジか」と絶句して立ち尽くしている。


 ディルって意外と綺麗好きだよね。旅を始めた頃はリュックの中身もぐちゃぐちゃなレベルでガサツだったのに、気が付けばリュックの中は綺麗に整頓されてるし、今ではわたしの寝袋もしっかりと畳んでしまってくれている。この旅の中で何かがデイルにそんな影響を与えたみたいだ。いいことだね。


「妖精の愛し子であるディル様が、お願いがあるそうなのです」


そう言って、スズメは座るところが無くてオロオロしていたディルを見る。ディルは立ったまま説明をする。


「・・・なるほど。その指輪に魔石を嵌める為に魔石を加工して欲しいのと、ソニア様の御力がディル様に影響を及ぼすのか確かめる為に実験場を使わせて欲しい・・・と」


クロミツはニヤリと笑った。嫌な予感がしたのは、わたしだけでは無いだろう。ディルも背筋を伸ばす。


「魔石を装飾品として加工するのなら第二研究所の方がいいでしょうね」

「確かにそうですわね。あちらは女性ばかりですし」


何でも、第一研究所のあの汗臭さに耐えられなくなった女性スタッフが集まったのが、第二研究所らしい。あちらも睡眠時間や食事の時間を削って研究ばかりしているけど、男性ばかりのこっちと違って、掃除もちゃんと出来てるし、汗臭さも無いとか。クロミツも女性だけど、彼女は例外みたいだ。


「第二研究所の方には私から頼んでおきましょう。実験場に関しては、私が出す条件を呑めるなら使用を許可します」

「条件・・・ですか」


ディルが怪しむように目を細めてクロミツを睨む。たぶん、わたしも同じような顔をしている。


「そのような顔をしないでください。些細なことですよ」


「可愛らしいお顔が勿体ないですよ」とわたしとディルを見て言う。ディルは不満そうに唇を尖らせた。


「条件は2つあります。1つは、私もそのディル様の実験に立ち会うことです」

「それはまぁ・・・場所を使わせて貰うわけですし、いいですけど・・・2つ目は?」

「2つ目は実験が終わったあと、ディル様の身体を少し調べさせて頂きたいのです。危険なことは一切しません。私はこう見えても医師でもあるんです」

「それくらいなら・・・・」


ディルが許可しようとするのを、わたしが両手をバッテンにして止める。


「ダメに決まってるでしょ!! どう考えても怪しいよ! きっと、怪しい薬を飲まされたり、解剖とか・・・色々とディルの体を弄られちゃうんだよ!」


 だって、目がこわいもん! 完全に獲物を捉えた目だよ!


飛び上がって、グイグイとディルの袖を引っ張って「危ないよ!」と訴える。


「ソニア様。流石の師匠でもそのようなことはしないと思いますわよ。ねぇ、師匠?」

「妖精様の逆鱗とも呼ばれる愛し子様に、そのようなこと出来るハズがないでしょう。私はまだ死にたくないありませんから。というか、倫理的にありえません」


 うぅ・・・そんな我儘を言う子供を見るみたいな目で見ないでよぉ。ディルは何故か嬉しそうに

してるしぃ。


「ハァ・・・。分かったよ。でも、ディルを調べる時はわたしも一緒にいるからね」

「ディル様がそれでいいのでしたら、私はいいですよ」


ディルはコクリと頷く。


「では、早速実験場に向かいましょう」


実験場は研究所の裏手にあった。サッカーコートくらい広く、周囲を高い塀で囲われている。


「ここは床も塀もかなり頑丈に造られていますので、存分に実験なさってください」


クロミツはそう言って、闇の魔石が嵌められた頭飾りを装着する。それをディルが興味深々に見ている。


「それは何ですか? もしかして身体強化の魔石ですか?」

「そうですよ。この魔石で脳を強化することで、思考を加速させたり、記憶を定着させたりすることが出来るのです」

「へぇ! そんなことが・・・」

「慣れていないと頭が破裂するかもしれないので、お勧めはしませんよ」

「そ、そうか・・・分かった」


 ディルの頭が破裂なんてしたら、わたしも破裂しちゃうよ。精神的に。


「じゃあ・・・この辺りでいいかな? ソニア、頼む」

「うん。初めは弱いやつからね」


実験場の中央に移動したディル。そのディルの腕に触れて、静電気を流す。その様子を、実験場の端でスズメとクロミツが興味深そうに少し前のめりになって見ている。


「どう?」

「何も感じないな」


 やっぱり、ディルにわたしの電気は効かないのかな? それとも単に感覚が鈍いだけ?


とりあえず、もう少し強めの静電気を流してみる。


「今度はどう?」

「さっきと変わんない。もっと強めのやつでもいいぞ」


ちょっと怖いけど、バチンッと音が鳴るくらいの強めの静電気を流してみる。


「やっぱり何も感じない・・・もっと強くしてくれ」


次は静電気ではなく、弱めの電撃を放つ。青白い線がディルを襲う。


「うーん・・・何にもない」


それから徐々に威力を上げていったけど、何も効かなかった。


「じゃあ、ソニア。次は雷で」

「ディル・・・本当にいいの? 雷だよ? ディルの村を燃やしちゃった雷だよ? こわくない?」


 というか、わたしがこわい。


「じゃあ・・・行くよ?」

「おう」


「どんとこい」と笑うディル目掛けて、雷を落とす。


ドコ―ン!!


実験場に轟音が鳴り響く。端にいたスズメが小さく「きゃっ」と耳を塞ぎ、クロミツが興奮気味に「素晴らしい!」と叫んだ。


「・・・なんともないな」


ディルは「てか、この床頑丈だな」と自分の体どころか床を感心したように見ている。


「凄い・・・本当に電気が効かないんだね」

「ああ。じゃあ、次は光線(ビーム)だな。頼むよ」


へらっと笑って、とんでもないことを言う。


「ビームは流石に危ないよ! 弱い威力でも、死んじゃう可能性があるんだよ? 体に穴が開いちゃうよ」

「じゃあ、試しに腕でも撃ち抜いてくれ。それくらいなら身体強化ですぐ治せる」


結果、ディルはビームも効かなかった。


「本当にいいの? 最大出力の攻撃なんかして・・・」

「何回確認するんだよ! 大丈夫だって! 電撃も光線も全く効かなかったんだ。だから、ソニアの全力でも耐えられる!」

「効かないことが分かったんなら、わざわざ試さなくてもいいんじゃ・・・」

「いいから!」


どうやらディルの中の何かに火がついてしまったみたいだ。ワクワクを隠し切れないように目を輝かせている。


 何か、久しぶりにはしゃぐディルを見た気がする。こんなに楽しそうなんだし、仕方ないから付き合ってあげようかな。どうせ効かないんだし。


もはや確信が持てる。ディルには絶対に効かないと。ディルが念の為に身に付けていた魔石や魔剣などを外してスズメに渡す。わたしがあげた指輪まで預けちゃったけど、仕方ない。


「よしっ。じゃあ、全力で行くよ! 」


わたしは空高く飛び上がり、真下にいるディルに向かって両手を翳す。スズメが念のため杖で水の防壁を自分とクロミツの周囲に張っているのを確認して、わたしは最大出力の赤外線をディルに放射する。


「うりゃあ」


そんなわたしの情けない掛け声と同時に、赤色の光線がディル目掛けて放たれた。その瞬間、ジュウゥと地面が焼けるような音と共に実験場に大穴が空いた。ディルは無事だったように見えたけど、その大穴に落ちてしまった。


「ディル!!」


腰を抜かした様子のスズメとクロミツを横目に、慌てて大穴に飛び込む。底に着いたけど、ディルの姿は無い。


 もしかして・・・わたしが放射した超高温の赤外線で溶けちゃったんじゃ・・・。


唇を震わせて泣きそうになっていると、上から「こっちだ~!」とディルの呑気な声が聞こえた。ディルは大穴の壁にしがみ付いていた。


「よ、よかった~・・・って、ディル!()!」


ディルは裸で崖に指をめり込ませてしがみ付いていた。


 や、やや、やばいよ! ディルのお尻が丸見えだよ! いい感じに引き締まってるよ!!


「ごめん・・・闇の魔石を外してるせいで身体強化が出来ないんだ。身動きが取れない。とりあえず、恥ずかしいからあんまり見ないでくれ」

「分かった!」

「凄い近くから返事が聞こえたんだけど・・・本当に見てないよな?」

「うん!」


 大事なところは見えてないから大丈夫だよ!


こちらを向かないまま、耳を真っ赤にしているディル。脳内に保存して、大量にコピーしておく。


「とりあえずスズメを呼んでくるね!」


 スズメなら杖で飛べるし、どうにかしてディルを上まで運んでくれるよね。


「いや、スズメは呼ばなくていいから。身体強化の闇の魔石と何か羽織る物を持って来てくれ。それまでこのまま耐えてるから。正直、身体強化無しでこれはキツイから、急いでくれ」

「う、うん! そうだね! 急ぐ!」


 そっか、身体強化無しに素の筋力だけで崖に指をめり込ませて耐えてるのか・・・。普通に凄いな。


「・・・あと、本当に見てないよな?」

「見てないよ!」


わたしは急いで大穴から出て、未だに腰を抜かしているスズメにディルの状況を説明する。


「ディル様はご無事でしたか・・・さすが愛し子様ですわね。分かりました。すぐに何か羽織える物を持って来ますわ!」


スズメはそう言って、杖に跨ってすっ飛んでいった。


「ハァ・・・心臓が止まるかと思いました」


クロミツが壁に寄りかかりながら立ち上がって、大穴をマジマジと見つめる。


「ね、ディルまで溶けちゃったかと思ったよ」

「それもそうなのですが・・・そうではなく、ソニア様の御力ですよ。想像を絶するものでした」


「身をもって妖精様の恐ろしさを体感出来ました」と改めて跪かれる。その肩は少し震えているように見える。


 恐がらせちゃったかな? 本当は、全力とは言ったけど少し手加減しちゃったことは黙っていよう。今のわたしなら、放射線すら出せる気がするんだけど、流石にそれは恐くて出来なかった。影響が大き過ぎる。


わたしはクロミツの目の前まで飛んで、「恐くないよ」と笑って見せる。クロミツは「フッ」と笑って立ち上がった。緊張したような雰囲気から、普通の雰囲気に戻った。


「それにしても、いったいどのような原理でこのような大穴が出来たのですか? 先ほどまでの雷やビームの時に見えていた線は見えず、突然地面が溶けて大穴が出来上がったように見えたのですが・・・」

「ん? 赤い光は見えてないの?」

「赤い・・・ヒカリですか?」


首を傾げるクロミツ。


 ・・・あ、そっか! 普通は赤外線って人間の目には見えないもんね。わたしは妖精だから見えてただけか。そうなると、確かに突然地面が溶けたことになるよね。それは恐い。


何と答えようかと悩んでいたら、スズメがマントを持って戻って来た。


「ではこれをディル様に・・・ソニア様、大丈夫ですか? 持てますか?」

「・・・持てない」


ちっちゃなわたしでは、魔石はともかく、マントは持てなかった。結局、スズメが杖に跨ってマントと魔石を届けに大穴に入っていった。そしてすぐにスズメが戻ってきて、その数秒後に身体強化をしたディルが崖を忍者のように飛んで登って戻って来た。


「ソニアの攻撃は効かなかったけど、大変な目にあった」

「スズメに裸を見られちゃったの?」

「見られた」

「何を言ってるのです。後ろ姿しか見ていませんわよ。生殖器は見ていません」


 ちょ、言い方・・・。


「それに、失礼かもしれませんが、ディル様の裸には全く興味がございません。わたくしはむしろ・・・」


そう言って、わたしをチラリと見る。


 相変わらずだね・・・スズメがディルの見事なお尻に魅了されなくて良かったと思っておこう。


ディルはマントで前を隠しながら、深いため息を吐く。


 そのマントの下。すっぽんぽんなんだよね・・・。


わたしの視線に気付いたのか、ディルは恥ずかしそうにマントで更に前を隠して「着替えたい」と呟く。


「では、研究所に戻りましょうか。男性スタッフの着替えくらいならあるハズです。ついでに、ディル様の身体調査もやりましょう。・・・何をしてるのですか? さっさと行きますよ。・・・ああ、楽しみだ! あのような強大な妖精様の御力に耐えられるディル様の体を調べられるのが! 私はディル様の体に興味深々だ!」


クロミツはそう言って、鼻歌を歌って弾むような足取りで研究所に戻って行く。


「俺、スズメの師匠に魔石の扱い方を教えて貰うつもりだったんだけど、こわくなってきた。交換条件とかで変なことされないよな?」


その言葉に返事を出来る人はいなかった。

読んでくださりありがとうございます。

ソニア(あの下、すっぽんぽんなんだよね・・・)

ディル(ソニア・・・めっちゃ俺のマント見てくるじゃん。ガン見じゃん・・・)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ