230.「はい。絶対に話しません」
「それでは、私は使用人たちが動き始める前に自室に戻ります」
可愛らしいワンピースに身を包んだオームは、そう言ってお城の方に数歩進んだあと、「あ、そうそう」とくるっとスカートを翻して振り返る。
「本日、【ソニア様の多次元一可愛いステージ】についての会議を行うのですが・・・」
「あ、わたしは参加しないからね!」
「会議」という単語に反射的に反応してしまった。
人間だった頃もそういう面倒なのは後輩に丸投げしてたからなぁ。その代わりに指示はちゃんと出してたし、他の仕事は率先してやってたけど。
「ソニア様は参加しないのですか・・・。噂の妖精様を一目見たいと言っていた大臣達もいるのですが・・・」
なら、尚更参加したくないよ!
「では・・・日程など、何か希望があればおっしゃてください」
「あー、日程かー・・・あんまり遅くなると嫌かなー。出来るならちゃちゃっと終わらせたい!」
「かしこまりました」
今度こそ、オームは速足でお城に戻っていった。
さてと、わたしもディルの待つ客室に帰ろうかなっと・・・。
「・・・って、どこ?」
客室の場所が分からないや。気持ち良く寝てたところを黒猫様に我武者羅に運ばれたからね。
「仕方ない。誰かに聞こう!」
とりあえず、近くに居たハズの黒猫様に聞こうと思ったら、居なかった。わたしは適当にお城の窓に向かって飛んで、中を覗いて見る。若い女の人が着替え中だった。
ま、いっか。
コンコンと窓を叩くと、そんなに大きな音じゃなかったのにちゃんと気付いてくれた。目を見開いて固まる彼女に、「あ・け・て」と口をパクパクさせる。
「あわわわわ! 妖精様!? い、今開けますね!!」
・・・って言ってる気がする。聞こえないけど。
女の人は着替えながら、慌てて窓を開けてくれる。
「よ、よよよ! よよよ!!」
よよよ? 寝惚けてるのかな?
挙動不審な彼女を無視して、わたしは部屋の中に入る。
「ねぇ、ディルがいる客室って何処か分かる?」
口をパクパクさせながら、下を指差す。
「下の階なの?」
コクコクと頷く。
「じゃあ、扉を開けて?」
コクコクと頷きながら、素早く着替えて扉を開けてくれる。
「ありがとね! ・・・あ、着替え中はちゃんとカーテン閉めるんだよ! 可愛い女の子なんだから気を付けてね!」
下の階に向かったら、ディルがいた。扉の前でキョロキョロと辺りを見回している。わたしに気付いて「あ、ソニア!」と駆け寄って来る。元気に振られる尻尾が見える気がする。
「どこ行ってたんだよー」
「いや~、それが寝てる最中に黒猫様に運ばれちゃってたみたいでさ~」
一緒に客室に戻りながら、さっきまでのことを話す。オームが可愛いらしいワンピースで歌って踊っていたこと、そのオームによる歌のレッスンを受けていたことを。
「あっ、あと、このことは内緒にして欲しいってオームに言われてるの」
「ああ、誰にも話すなってことだな。分かった」
客室に戻ると、ディルはベッドにボフンと腰を下ろして、幸せそうに口角を上げてわたしが贈った指輪を見る。なんだか、むずがゆい。
「今日はスズメが管理してるっていう研究所に行って、この指輪に魔石を嵌めて貰うんだ」
鼻歌でも歌いそうな雰囲気のディルに、わたしは何だか恥ずかしくなった。とりあえず「何の魔石を嵌めるの?」と聞いてみる。
「これだ。この雷の魔石を嵌めて貰う予定だ」
「それは・・・」
ディルがポケットの中から出したのは、わたしの拳ほどの小さな魔石。黒猫様が吐き出した魔石で、わたしとテレパシーが出来る魔石で、ディルと喧嘩した原因になった魔石だ。
「これを指輪に嵌めたら、俺もソニアとテレパシー? だっけ? それを出来るだろ? だからこの魔石を嵌めて貰うんだ」
「そっか。うん。良いと思う」
左手の薬指に嵌めた指輪が、わたしとディルを繋いでいるみたいで、とってもロマンチックだね。ちょっぴり恥ずかしいけど。
ディルがメイドさんが運んで来てくれた朝ご飯を食べている間に、わたしはもう一度寝る。昨日は夜中に黒猫様に拉致られたからね。寝不足だ。妖精は睡眠の必要が無いらしいけど、寝不足だと感じるんだからしょうがない。
「あ、ソニア様! おはようございます!」
目を覚ましたら、スズメの顔面が目の前にあった。めっちゃ鼻息が当たる。わたしはぐいっと両手でスズメの顔面を離して、起き上がる。ディルはまだ朝ご飯を食べている・・・と思ったけど、メニューが変わってるからお昼ご飯か、その間の間食を食べてんだと思う。そして、スズメの他にもう一人いることに気が付いた。白い髪をお団子にした、スズメよりもいくつか歳上に見えるメイドさんだ。凄く息を荒くして、紅潮した顔でわたしを見つめている。
「えっと・・・スズメ。このメイドさんはスズメのお世話係かなんかだよね?」
「はい。わたくし付きのメイドのアリサですわ。今日は研究所へ行くので、アリサには恐らく散らかっているであろう研究所を掃除してもらう為に呼びましたの。彼女は片付けが上手なんですわよ。いつもわたくしの部屋を片付けてくれます」
ディルが「スズメとソニアが片付け出来なさ過ぎるんだよ」と小さく呟いたけど、無視する。わたしもスズメも別に片付けが出来ないわけじゃない。
「はぁ~・・・ソニア様。そのおへそに思いっ切り鼻を擦り付けたいです」
「え?」
スズメから紹介されたアリサから、自己紹介ではない、とんでもない発言が聞こえてきた。その発言に同意するようにコクコクと頷いていたスズメを睨む。
「コホン! ア、アリサ。欲望を抑えてくださいませ」
アリサの脇腹を突いて小声で注意するスズメ。アリサは「はっ」と口に手を当てて、取り繕うようにニコリと笑った。
「ソニア様。スズメ様の御付きのメイドであり、側近の、アリサと申します。よろしくお願いします」
「うん! よろしくね☆」
パチッとウィンクをする。アリサとスズメが「はうっ」と胸を押さえた。うん。予想通り。
「よく普通によろしく出来るな・・・俺だったら気持ち悪くて無理だ」
まるで獣のように「ハァハァ」と息をしながら熱の籠った目でわたしを見てくる2人を、ディルが指差しながら言う。
「まぁ、もう慣れたからね。スズメで」
「わたくしですか!?」
「うん。スズメ、いっつもいやらしい目でわたしのこと見てるでしょ?」
ギクッと唇を引き攣らせるスズメ。バレバレだったよ。獲物を狙う様な目付きだったもん。鼻息も荒かったし。
「船で一緒の部屋で寝てた時は、寝てるわたしのニオイを嗅いでたでしょ?」
ダラダラと冷や汗をかき始めるスズメ。「おやすみ」って言った数分後にスズメの鼻息がすぐ背後から聞こえるんだもん。最初は普通にこわかったよ。
「け、決して触ったり、失礼なことなどはしていません! 本当です!」
顔を真っ赤にして、涙目でわたしをジッと見つめてくる。
「もうこの時点で十分失礼なんだけど・・・まぁいいや。そういうことだから、こういう反応にはもう慣れたの」
スズメが悪い人じゃないのは知ってるしね。わたしからしたら、ちょっと気色悪いだけの良い友人だ。
わたしが「主従揃って似た者同士だよね」とディルを見上げて微笑むと、ディルは「へ、へぇー、そうなのかー」と明らかに視線を彷徨わせながら返事した。
「え? 何でそこで動揺するの!? もしかしてディルも・・・?」
「違うぞ! 寝てる間にニオイを嗅いだりなんかはしてない!」
「『は』って言った!?」
「ちょっといやらしい目で見てただけだ! そんな露出の多い服を着てるソニアが悪い!」
顔を真っ赤にして早口で怒られた。絶対にわたしは悪くないと思う。
・・・でも、そっか。そうだよね。ディルも男の子だもんね。それに、もう思春期真っ盛りの年齢だ。ちょっぴりエッチになっちゃうのも仕方ないよ。仕方ないけど・・・相手がわたしなのが嬉しい! 違う! 恥ずかしい!!
「・・・・・・」
お互いが顔を赤くして、気まずい沈黙が流れる。ディルは恥ずかしさを紛らわすようにご飯を掻き込んだ。スズメとアリサがニマニマと気持悪い笑みを浮かべている。あの横顔を殴ってやりたい。
・・・。
「それでは、研究所の方まで案内いたしますわね。少し歩きます」
食べ終わった食器は他のメイドさんが回収するらしい。わたしとディルはスズメとアリサの後ろをついて歩く。わたしはディルが預かっていてくれたらしいヘアゴムとリボンを受け取って、髪をポニーテールにしながら飛ぶ。
「そういえば・・・昨夜、お城の廊下で女の子の小さな叫び声が聞こえたと噂になっているのですが、ソニア様やディル様は何か心当たりはありませんか?」
「叫び声? わたしは知らないなぁ。夜はなんやかんやあって起きてたけど、そんなの聞こえなかったと思う。たぶん」
まぁ、そんな周囲の音なんて聞いてる余裕無かったしね。
「ソニアの叫び声じゃないか? 黒猫に羽を咥えられて運ばれたって言ってただろ」
「あ、そうかも。叫んでた気がする」
いや、間違いなく叫んでたね。うん。あの時の叫び声が誰かに聞かれてたのか。
「黒猫様に運ばれて・・・?」
スズメが説明を求めるようにディルを見る。
何故わたしじゃないのか・・・。
「確か、外のお墓まで運ばれてたんだったよな?それで・・・」
ディルはわたしが話したことを、そのままスズメに話す。
「オームお兄様にそのような趣味が・・・。知りませんでしたわ」
「意外過ぎますけど・・・確かに可愛い格好が似合いそうですよね」
スズメとアリサはお互いの顔を見合って目をパチパチと瞬きさせる。
「あ、このことは内緒にして欲しいらしい」
「分かりましたわ。誰にも話すな、ということですわね。アリサ、あなたもいいですわね?」
「はい。絶対に話しません」
・・・。
皆でお話をしていうちに、研究所に着いた。研究所はお城から少し離れたところにあって、真っ白の豆腐のような大きな建物だった。必要最低限の窓しかないんじゃないか、というくらい窓が少ない。
「シンプルな建物だねぇ」
「外見とは違って、中は信じられないくらい散らかってるんですよ」
アリサが耳元でコソッと教えてくれる。相変わらず鼻息が荒い。
「アリサ」
スズメが声を掛けると、アリサは重厚な二枚扉を勢い良くバァン!と開け放つ。その途端、中から男の人の悲鳴のような声がいくつも聞こえてきた。
「やべぇ! アリサだ! 片付けの鬼が来たぞ!」
「床に落ちてるメモやら研究結果やらを急いで回収しろ!」
「おい! 床で寝てる奴を叩き起こせ! 片付けの鬼に片付けられるぞ!」
おぅ・・・えらいこっちゃ。
片付けの鬼と呼ばれたアリサは、ニコリと微笑みを絶やさずに、研究所内に足を踏み入れる。スズメがそれに続き、わたしとディルも恐る恐ると続く。
うっ、くさっ! なにこれ! 人間だった頃のお父さんの靴下よりも数倍臭い! お父さんの足って、比較的臭くなかったんだ!
中は思ってたよりも数倍散らかっていた。床に散乱しているのは紙切れや用途不明の変な魔道具だけではなく、食べかけの軽食や、脱ぎ捨てられた男の人の下着なんかもある。それに、凄く汗臭い。男の人の臭いが酷い。
「なんですか! この臭いは! 皆さんちゃんと体を洗っていますか!? 最後にお風呂に入ったのはいつですか!? 答えなさい! そこの汚いゴミ!」
「・・・えっと、分かりません!」
「消えなさい!」
アリサは何処からか杖のようなものを取り出すと、ゴミ呼ばわりされた男に向けた。そして、そこから突風が巻き起こり、男 は視界から居なくなった。
「皆さん! 妖精様の前ですよ! 身なりを整えなさい!!」
アリサはそう言って、体全体を使ってわたしに注目させる。今更妖精の存在に気が付いた男達は、口々に「妖精様だと!?」と驚きの声を出しながら、一斉に跪いた。
「どうぞ、ソニア様」
シンと静かになった研究所を見回して満足そうに頷いたあと、ドヤ顔でわたしを見るアリサ。
え、「どうぞ」って言われても・・・困るんですけど?
何をしたらいいのか、口を開けたり閉めたりしてたら、跪く男達の奥から声が聞こえて来た。
「なんだい、なんだい、またスズメのお世話係が来たのかい?」
ゆっくりとした足取りでサンダルをぺったんぺったんと鳴らしながらこちらに向かって来るのは、シワだらけの白衣を身にまとい、ボサボサの長い黒髪を後ろで無造作に一つにまとめた、30代くらいの黒目の女性だった。
読んでくださりありがとうございます。
ディル(お、俺の視線はバレて無いんだよな!?)
そう思いながらも、自ら白状してしまうディルでした。




