228.【ディル】両親の行方×思春期の煩悩
「じゃあ、ディル。先に戻って寝てるね。おやすみ」
「ああ、おやすみ。ソニア」
スズメの手のひらの上に乗って、眠そうにウトウトしているソニアが先に退室していく。
「ふぅ・・・」
ソニアが居なくなった途端、王様が緊張の糸が切れた様に肩の力を抜いて溜息を吐いた。同時に王妃様と王子様とその後ろにいる黒猫を抱いた側近の女の人も体の力を抜いた。
「スズメも愛し子様も、よく妖精様を前にして緊張せずにいられますな」
王様がスズメが退室して行った扉を見て溜息交じりに言う。
「ソニアと接してきた時間の違いじゃないですか? 最初はスズメも緊張・・・はしてたかは分かんないですけど、もっと恭しい感じでしたよ」
まぁ、俺も違う意味で緊張することはあるけどな。特に最近は妙にソニアの体を意識してしまう。そういえば昔デンガが、『思春期になったらそう簡単には異性と一緒に寝られねぇぞ』ってソニアと一緒に寝てた俺に向かってしみじみと言ってたけど、今なら理解できる。ソニアは気にしてないかもしれないけど、俺は気になってしょうがない。ソニアは無防備すぎる。
でも・・・まぁ、幸せだ。
「オーム。食事をしながらでいいから聞け。大事な話だ。次期王の発表についてだが・・・」
王様と王子様が何やら大事な話をし始めた。この人達にとって妖精の愛し子というのは、あくまで妖精の機嫌を損なわないように持て成す存在なだけで、俺自身が持て成されてるわけじゃない。
そんなことどうでもいいんだけどな。闇市場? 次期王? 今の俺には全てがどうでもよく感じるよ。
真面目な話をしている王族を視界から外して、俺はナイフを持ってる手とは逆の手を見る。その薬指には、ソニアがくれた、ちょっとサイズの大きい黒い指輪が煌めいていた。
『違う! そっちじゃない!』
右手を差し出した俺にソニアはそう言って、左手の薬指にこの指輪を嵌めてくれた。他の指ならもう少しサイズが合う様な気がしたけど、ソニアはこの指に嵌めることに何やらこだわりがあるみたいだ。あのあと違う指に嵌め直そうとしたら、酷くショックを受けたような顔をされた。慌てて戻したら、安心したように胸を押さえていた。理由はさっぱり分からないけど、この指に嵌めたまんまにすることにした。
この指輪を見る度に思い出す。
尖った耳を真っ赤にしながら俺の頬にキスをしてくれた。あの感触を。恥ずかしさを隠すように素早く花瓶の後ろに隠れて、様子を伺うように俺を見つめていた。あの熱っぽい瞳を。
「ふ、ふふ・・・」
おっと、我慢、我慢。変人だと思われる。
浮かれている。その自覚はあるけど、この熱はそう簡単には収まりそうにない。ソニアからの贈り物なんて初めてだし、ましてやキスなんて人生で初めてだ。それも好きな人からだ。浮かれない方が難しい。
それにしても、ソニアはキスなんて何処で覚えたんだ? 妖精の間でもするのか?
『わたしね。実は元人間なんだよ! ディルよりも、歳上のお姉さんだったんだよ! 死んで、気が付いたらちっちゃい妖精になってたの!』
そんなことを言ってたな。・・・確かに胸は大きい。でも、顔は子供っぽいし、言動はもっと子供っぽい。たまに大人っぽい時もある気がするけど、それでも俺より歳上だとは思えない。
それに、元々人間だったとしたら、人間の常識を知らなさすぎる。最初に会った時は、子供だった俺と同じで魔石の存在も知らなかったからな。人間だったなら知ってるハズだ。
まぁ、例え元人間だったとしても、だから何なんだって話だけど。ソニアはソニアだ。
「・・・そういうわけで、オーム。お前は【ソニア様の多次元一可愛いステージ】の準備と並行して、国民の支持を得て貰う。このままではお前は妖精のお言葉だけで王になった、と他の者に思われることになるからな」
「分かっています。父上」
「それから、闇市場のことに関しては規模が大きすぎる為、処遇はもう少し先に言い渡す」
「はい」
ほとんど聞き流してたけど、大事な話が終わったみたいだ。それに、俺の前にあった料理も全て無くなってしまった。
そろそろ戻るかぁ。
俺が口を拭いて椅子を引いたところで、王様に「ディル様」と呼び止められた。
「なんですか?」
「退室なされる前に、一応伝えておきたいことがあります」
王様はそう言って、ナイフとフォークを置いた。
まだ食べ終わってなかったのか。遅いな。
「先ほどはディル様の両親であるルイヴさんとサディさんの手掛かりが掴めないと言いましたが、手掛かりが無いだけで、お二人が滞在してるであろう場所は見当がつくのです」
「そうなのか・・・え!? そうなのか!?」
「そうなのです」
俺は目を見開いてガッとテーブルに手を付けて前のめりになって王様を見つめる。
マジかよ! 今日の昼までソニアに嫌われたかもって、テンションが地獄まで落ちてたのに、ここに来て急に雲の上まで上がってきたぞ!
「それで、何処にいるんだよ!? じゃなくて、何処にいるんですか!?」
「断定は出来ませんが、恐らく泡沫島にいると思われます」
「うたかた島?」
どっかで聞いたことがあるような・・・ないような?
「泡沫島とは、ここから少し東にある島なのですが・・・」
王様はそう言って、やたらと詳しく泡沫島について教えてくれた。詳しすぎて、情報過多すぎて、逆に分かりずらい。
簡単に説明すると、泡沫島の人達は、研究に命を賭けてるような狂人ばかりで、妖精すらも研究材料として見るような野蛮人ばかりだそうだ。昔から泡沫島とカイス妖精信仰国は、同じ研究好き同士でも仲が悪かったらしい。
でも、そんな泡沫島と仲直り仕掛けた時期があった。立役者はヨームだ。深海の研究をしている泡沫島に興味を持ったヨームが、単身で泡沫島に行き、どうやったのか泡沫島の研究者達と協力関係を結んできた。それをきっかけに泡沫島に情報ギルドを設立することも出来たらしい。
まぁ、ヨームも妖精を研究対象として見てた節があるからな。同じ仲間同士で意気投合したんだろ。
泡沫島と上手く付き合って行けそうだと思い始めた頃、オームの告げ口によってヨームが禁書庫に出入りしていたことが発覚して、致し方なく禁固刑にしようとしたところ、ヨームは亡命してしまった。そのせいで、泡沫島とのパイプが無くなり、元の犬猿の仲に戻ってしまった・・・と。
「その禁書庫って何ですか? どんな本があるんですか?」
研究者として優秀だったヨームを禁固刑にするほどなんて・・・もしかして、エッチな本か?
「世界の禁忌に触れるような、危険な内容の本です。・・・それ以上のことは、例え妖精の愛し子様でも申し上げられません」
世界の禁忌、危険な内容・・・やっぱりエッチな本か。いや違うか。
「ともかく、そのような事情で、泡沫島は現在進行形で情報ギルドが機能していません。元々外に情報を漏らさない島なだけあって、今は全く泡沫島の情報が得られないのです」
「つまり、お父さんとお母さんの手掛かりが全く得られないってことは・・・」
「はい。手掛かりが不自然に得られないことが手掛かりなのです」
そっか。お父さんとお母さんはそこに居るのか。9年近くも前に行方をくらませて、3年前に空の妖精と火の妖精からソニアの記憶の欠片を盗んだお父さんとお母さん。そして、今は泡沫島に居るかもしれない。・・・お父さんとお母さんはいったい何がしたいんだ?
・・・って、ちょっと待て。そういえば、莢蒾の妖精ことガマ君がソニアの記憶の欠片を集めてるって、空の妖精が言ってたってソニアから聞いたよな? ってことは、もしかして泡沫島でお父さんとお母さんは莢蒾の妖精とソニアの記憶の欠片を奪い合ってるんじゃ・・・?
サーッと血の気が引いた。
これ、まずくないか?
「ディル様? どうなさいました?」
静かに話を聞いていた王妃様が、黙って考え込んでいた俺に心配そうに首を傾げる。
「いや、それが・・・」
俺はソニアから聞いた空の妖精の話をそのまま話す。
「そのようなことが・・・」
王妃様が目を丸くして「記憶を失っていらっしゃったのですね・・・」と呟き、王様が「ふむ」と俯いた。そして、王子様が「そのことなのですが・・・」と口を開く。
「実は、闇市場を使って金髪の妖精様を探している際に、緑色の髪の男の子の妖精の情報もいくつかあったのです。莢蒾の妖精様は男性の妖精で合っていますか?」
「あ、はい。男の子で、赤色のイヤリングをしてた気がする」
「では間違いないですね。その妖精様は、グリューン王国を始め、ブルーメ、旧セイピア王国、ドレッド共和国などで多く目撃情報がありました」
全部俺達が行ったことある所だな・・・というよりは、偉い妖精がいるところか?
「他の小国でも目撃情報は多数ありましたが、その四ヶ国が圧倒的に多かったですね」
「それはいつ頃の情報なんですか?」
時期によっては、俺とソニアが居た時と被ってる可能性がある。
「ソニア様とディル様がその土地を訪れる1年前から、半年前くらいです。一番新しい情報だと、ソニア様方がドレッド共和国にいる時に、ここから南にある小さな島国で目撃情報がありました」
本当に至る所にいるんだな。ソニアの記憶の欠片を探してるのか?
「どれもパン屋さんのパンを無断でかじっていた、というような内容ですが」
いや、世界各地でパン屋巡りしてるのか?
「現時点で莢蒾の妖精様が泡沫島にいる可能性はゼロではありませんが、どの目撃情報も人間に危害を加えるような内容ではありませんでした。それほど心配しなくても、ディル様のご両親は無事だと思います」
そうだといいんだけど・・・。
俺がまだ納得しきれずにいると、王子様は安心させるよに微笑んだ。顔が整ってるだけにどこか胡散臭く感じるのは気のせいだろうか。
「それに、全世界の情報を集めていた私からしても、ルイヴさんとサディさんは世界でもトップレベルに腕の立つ方達です。その強さは世界一と言っても過言ではないでしょう」
「そ、そうか?」
急にお父さんとお母さんのことを褒められると・・・なんか反応に困るなぁ。でも、王子様の言う通りだな。お父さんとお母さんなら大丈夫だろ。今から急いで泡沫島にい行かなくても、ソニアの多次元一可愛いステージが終わってから行けばいいか。何より、ソニアの歌は聴きたいしな。
「じゃあ、ここでの用事が終わったら泡沫島に向かいたいと思います」
「空の大妖精様のお話だと、その莢蒾の妖精様はソニア様の歌を聞いて、ここカイス妖精信仰国に来られる可能性が高いのではなくて? 入れ違いにならないように気を付けてくださいませ」
俺は王様達に軽く頭を下げて、その場から退室した。
思ったよりも良い情報が得られたな。
鼻歌でも歌いたい気分で廊下を歩いていると、遠くの方で倒れてる人が見えた。というか、スズメだ。
ソニアを持ってたハズだ!
誰かに襲われたんじゃないかと思って慌てて駆け寄ったけど、どうやら違ったみたいだ。ソニアは倒れているスズメの指にギュッと抱きついて気持ち良さそうに寝てるし、スズメも鼻血を流しながら気持ち良さそうに気絶している。
だいたい想像つくな。手のひらの上でウトウトしてたソニアが、寝ぼけてスズメの指に抱きついて、それに大興奮したスズメが鼻血を流して倒れたんだろ。倒れながらも、ソニアが乗っている手は前に出してしっかり守ってるあたり流石だな。
俺はソニアの首根っこを掴んでスズメの指から引き剝がして、そのままぷらーんとソニアを摘まんだまま、スズメを廊下に放置して借りている客室に戻った。
えっと、ソニアの寝袋はっと・・・。
リュックの中からソニアの小さな寝袋を出してベッドの横にあるサイドテーブルの上に置く。そして、ソニアをその上に寝かせる。
髪、邪魔そうだな・・・。
寝るのにポニーテールが邪魔そうだ。
勝手に解いていいのか・・・?
そーっとソニアのポニーテールに指を延ばす。
「んぅ・・・」
急にソニアが寝返りを打ってこっちを向いた。ビクッと体が跳ねて、伸ばしていた指を慌てて引っ込める。
俺はなにもやましい事をしようとしてないからな!? ただ、寝ずらそうだったからポニーテールを解いてやろうかと思っただけだだぞ!? ・・・・・・って、誰に言い訳してるんだ、俺は。
ソニアは寝ながら自分でポニーテールを解いた。綺麗な金髪がふわりと広がる。落ちた小さなヘアゴムを回収しながらソニアの触り心地のよさそうなふんわりした金髪を見てたら、視界の端で黒い何かが動いた。
なんだ・・・? 換気口から・・・何か入ってくる?
黒猫だ。王子様の側近が抱いていたハズの黒猫が、まるで液体のように小さな換気口からぬるっと入ってきた。
猫ってすげぇな・・・どんな体してるんだよ。
こっちに近寄ってくる黒猫を抱こうと手を伸ばしたら、黒猫は俺の横を飛んで、ソニアが寝ているサイドテーブルにトンッと静かに着地した。
「ニャー」
・・・と鳴きながら、ソニアの羽を口で咥えようとする。
「ちょっ、ストップ!」
バッと黒猫の脇に手を入れて抱き上げる。黒猫の胴体がみょーんと伸びた気がする。
「ソニアはちっちゃいけど玩具じゃないからな。ソニアで遊んじゃ駄目だぞ。・・・代わりにこれやるからどっか行け」
花瓶に生けてあった花を一輪、猫の口に咥えさせて、床に下ろす。
「ンニャー」
黒猫は不満そうに鳴いてチラリとソニアを見た後、花を咥えたまま換気口に頭を突っ込んでぬるぬると出ていった。
・・・俺も寝るか。
シャワーを浴びて、寝やすい格好に着替えてベッドに横になる。隣りにはソニアの寝顔がある。同じベッドで寝てるわけじゃないけど、ドキドキする。
改めて見ると、露出の多い服だよなぁ。おへそも出てるし、胸の谷間も見えるし・・・。
・・・目が冴えてきた。今日の夕方に間違ってソニアを掴んじゃった時に、一瞬だけ触れてしまった柔らかな胸の感触が蘇ってくる。
『思春期になったらそう簡単には異性と一緒に寝られねぇぞ』
ふいにデンガの言葉を思い出した。俺はブンブンと頭を振って寝返りを打ってソニアに背を向けて、頭を空っぽにすることにして寝ることに集中する。
こんなんじゃ一生寝られないぞ! 頑張れ俺! 頭を空っぽにするんだ! 煩悩に負けるな!
結果、一時間後くらいに無事寝られた。ただ、朝起きたら寝袋の上にソニアの姿が無かった。
読んでくださりありがとうございます。思春期真っ盛りのディル・・・を無意識に誘惑するソニア。




