220.大好物の筋肉?
「ソニア様~~!!」
「どこですか~~!」
「出てきてくださーい!」
「大好物の筋肉もございますぞー!」
大きな船の上で、スズメとヒバリと魔法師団の皆がわたしを探している。
「ハァ・・・戻りづらい。というか、戻りたくない」
船の下の下の方・・・船の構造は分からないけど、よく分からない謎の空間で、わたしは何度目か分からない溜息を吐く。
あれからもう何日も経っちゃった。ボーっとしすぎて何日経ったかは分からないけど、船の上から聞こえてきた会話によると、もうすぐカイス妖精信仰国に着いちゃうらしいし、早く戻らなきゃなんだけど・・・。
「気分が乗らない・・・」
怒ってるわけじゃない。嫌いになったわけでもない。ただ、ショックだった。
「思えば、わたしの雷の力って凄く危険なものなんだよね・・・」
海賊船でのこともそう。あの時ディルが来てくれなかったら、間に合わなかったら、わたしは力加減を間違えて人を殺してしまってた。ディルがいなかったら心に深い傷を負ってたに違いない。
「ディルに伝えなきゃ、ありがとうって、ごめんなさいって・・・でも」
どうしてディルはわたしに噓を吐いたんだろう? 正直、そっちのほうがショックだったかもしれない。
「いや、ディルが噓を吐いた理由なんて分かってる」
わたしを傷つけない為だ。・・・でも、噓はやめてほしかった。どんなことよりも、好きな人に噓を吐かれるほうが傷つくよ。
ディルを責めたいのに責められない。自分を責めるほど心の傷が広がっていく。もう、感情がぐちゃぐちゃ。
「ぐすっ・・・」
薄暗い船底で1人泣いていると「ニャー」と吞気な鳴き声がすぐ隣から聞こえてきた。
「わぁ! 黒猫!? どうしてこんなところに・・・ぐすっ」
ペチッ
いきなり顔面に猫パンチをくらった。
「え? なんで・・・うわぁ! やめて!」
ペチッペチッペチッ
何度も何度も猫パンチをくらう。痛くはない、むしろ肉球の感触が気持ちいい。
「ニャーン」
「・・・もしかして、慰めてくれてるの? ・・・って、ひゃあ! やめてって!」
違う。これ絶対わたしで遊んでるだけだ。
「でも、ちょっぴり元気が出た気がするよ。ありがとね」
喉元を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細めて「ゴロゴロ」と鳴く。
「よしっ、ディルのところに行こう!」
丁度、船の揺れが止まった。どうやらカイス妖精信仰国に着いたみたいだ。わたしは黒猫の背に跨って、「行こう!」と船の上を指差す。
「ニャー!」
船の上では、魔法師団の皆が荷物を陸に運び出してるところだった。ディルとスズメも2人で大きな荷物を持って運んでいる。何を話してるのかは聞こえないけど、何だか笑い合って楽しそうにしてる。
ズキッ
・・・・・・別に、わたしが謝る必要ないよね。嘘吐いたのディルだし。
ディルと目が合った。
「ソニア!!」
荷物を放り投げて、安堵したような満面の笑みでこっちに走ってくる。わたしはプイッとそっぽを向いて、黒猫の背中を軽く叩く。
「行こう」
「ニャー」
黒猫はわたしを背に乗せたまま、ぴょんっと船から陸へとジャンプした。そしてそのまま、驚き慄き跪く周囲の人達をスルーして、奥へと走っていく。チラリと後ろを振り向くと、ディルはショックを受けたような顔で立ち尽くしていた。
ズキッ
・・・追ってこないんだ。
街の中に入った。カイス妖精信仰国は世界で最も発展した国らしく、人の多さも今まで寄って来た国とは桁違いだ。背の高い建物がズラリと並ぶなか、大勢の白系の髪色の人達が、黒猫に乗って駆けるわたしを見て、驚いて腰を抜かしたり、跪いたり、土下座をしたり、歌い出したり、気を失ったりしている。もはやパニック状態だ。
え、えらいこっちゃ・・・。
黒猫はスンスンと鼻を動かしたかと思うと、急に方向転換して路地裏に入った。わたしは必死に背中にしがみつく。
「ちょ、ちょっと!? どこ行くの!?」
「ニャー! ニャー!」
黒猫はぴょんぴょんと壁の小さな突起を上り、建物の二階部分にある開いた窓の中に突っ込んだ。
「え!? ちょっ、住居不法侵入!」
そこは香ばしい匂いが漂うキッチンだった。人の姿は無い。黒猫は迷いもなく、そこに置いてあった美味しそうなチキンにかぶりつく。
わわわわわ・・・勝手に食べちゃったよ。あっ、そういえば碌にエサをあげて無かった気がする! わたし自身が食事を必要としない体だからすっかり忘れてた! ごめんね! ちゃんとエサをあげるから人ん家のご飯を勝手に食べないでぇ!
ガシャーン!
お皿が割れたような音が聞こえた。白髪の3歳くらいの小さな女の子がわたしと黒猫を見て目を丸くして立ち尽くしていた。足元には割れたお皿が散乱している。
見つかった!
「マ・・・」
マ?
「ママァァァァァ!!」
その場で大きく口を開けてそう叫ぶ女の子。
親を呼ばれたぁぁぁ!!
その叫び声で驚いて飛び跳ねる黒猫。宙に放り出されるわたし。「ァァァァ!」と叫ぶ女の子。「どうしたの!?」と素早く駆けつけて来る赤髪の母親。空中にいる黒猫と妖精を見た母親は「なにこれ!?」と口と目を大きく開ける。
ごめんなさいいい!!
黒猫はスチャッと見事に着地して、わたしも黒猫の背にもう一度乗る。
「よ、妖精様!? ・・・と猫!?」
「ママァ、あの猫しゃんがご飯食べてたぁ!」
母親の裾を引っ張りながら黒猫を指差す女の子。
「ごめんなさい! ほら! あなたも謝って!」
「ニャー」
必死にペコペコと頭を下げるわたし。「ニャー」と言いながら再びチキンに向かう黒猫。
「えっと・・・何故妖精様がここに?」
母親は女の子の足元に散らばったお皿の破片を片付けながらそう聞いてくる。
あれ? 思ってた反応と違う・・・?
「もっと敬われたり畏れられたりするかと思った・・・」
街ですれ違った人達もそんな感じだったし、スズメ達もそうだった。
「す、すみません! 私は別の地域の出身で、妖精信仰に理解が乏しく!」
慌てて跪こうとする母親を「いいから!」と止める。
「普通に接してくれていいから!」
「そ、そうですか・・・」
「ママァ、お腹空いたよぉ」
「ニャーン」
とりあえず、女の子のお腹を満たすことにした。リビングにて、椅子に座ってお行儀よくチキンを頬張る女の子と、床で無我夢中にチキンにかぶりつく黒猫。わたしはテーブルの上に座って、母親と向き合う。
「つまり、そちらの黒猫さんがお腹を空かして開いた窓から飛び込んで勝手に食べてしまったと・・・」
「その通りです。すみませんでした。そしてご飯をあげて貰ってありがとうございます」
「い、いえ、お気になさらず・・・それで、妖精様はどのような理由で人間の住む街まで?」
わたしがここに来た理由・・・? 世界一情報が集まる国で、ディルの両親の情報と、わたしの記憶を戻す為に必要なRAMディスクの情報を得るためだ。でもその前に・・・。
「ディルと仲直り・・・ううん! 空の妖精と会ってみたいな!」
近くにいるなら、挨拶くらいしておきたいよね。ディルのことは・・・そのあとで考えよう。
「空の大妖精様ですか?」
「うん! どこにいるか分かる?」
「それなら空の滝壺にいらっしゃると思いますけど・・・妖精様はそこから来たんじゃないんですか?」
「空の滝壺? ううん。わたしは別の地方から来たんだよ」
「そうだったんですか! もしかして空の大妖精様のお友達の妖精様ですか?」
何を想像したのか、母親は「フフッ」と微笑ましそうに笑う。
「そんなとこ。それより、空の滝壺って何? どこにあるの?」
「私は直接見たことは無いんですけど、この国の端に円形状のお城があって、その中央に空の滝というものがあって、その遥か下の空の滝壺に空の大妖精様はいらっしゃる・・・と、聞いたことがあります」
お城の中の空の滝の下の空の滝壺・・・か。
「ありがとう! まずはお城に行ってみる!」
「ニャー!」
あっという間にチキンを食べ終わった黒猫がテーブルの上に乗って鳴いた。わたしはその黒猫の背に跨る。
「じゃあ、また来るね!」
「また来るんですか!?」
「うん! 黒猫のご飯のお礼したいもん。名前は?」
「イチカです! 下の階で夫と一緒に飲食店を経営してます!」
「分かったよ! またね!」
わたしを背に乗せた黒猫は、お腹が満たされて元気になったからか、さっきまでよりも身軽に動く。ぴょんぴょんと窓から出て、今度は表通りではなく路地裏を走る。
・・・ところで、国の端っこってどっち?
黒猫の思うがままに走らせていると、路地裏から再び表通りに出た。最初に通った表通りよりもずっと広く、歩いてる人達の恰好も何だか高貴な感じになった。ここら辺はお金持ちのエリアみたいだ。
「ニャー」
「あっ、しーーっ!」
黒猫の吞気な鳴き声のせいで、通行人に見つかった。皆が妖精を見て目を丸くする。また跪かれたり、失神されたりするのかなと思ってたら、そんなことは無かった。
皆がお互いを見合ってコクリと頷いたかと思うと、全員がバッと服を脱いで半裸になった。突然の奇行にビクッと驚くわたしと黒猫。さすがに女性は下着を身につけたままだけど、それでもおかしい。
「ふぇえ!? な、何!? いったい何が始まるの!?」
半裸になった人達は一斉に「むん!」とポーズを決めて、歌い始めた。無駄に上手いし、無駄にいい筋肉だ。
な、なんじゃこれ・・・。
「あ~~ぁ♪ 見目麗しい金髪の大妖精様~~♪ お可愛らしい~~♪ めっちゃお可愛らしい~~♪」
歌詞を考えるの下手くそ!
「なんだか分からないけど付き合ってらんないよ。無視して行こう」
カイス妖精信仰国の人達の頭のネジが何本か抜けていることは既にスズメ達を見て知ってる。今更驚くこともないよね。
わたしを背に乗せた黒猫は、歌う筋肉達の足元を颯爽と駆けて行く。そして、ぴょんぴょんと身軽に馬車や物の上を飛んで、建物の屋根の上に乗った。
始めから屋根の上を進めば良かったんだよ。鬱陶しいカイス妖精信仰国の人達に見つからないし、見晴らしがいいからお城の場所がすぐ分かる。
屋根と屋根を身軽に渡って、あっという間にお城の前に着いた。屋根から降りて、城門の前に立っている白いローブを着た魔法師団と思われる数人の男を見上げるわたしと黒猫。
「き、金髪の妖精・・・ソニア様!」
「ん? わたしのこと知ってるの?」
「もちろんでございます! スズメ様と愛し子様のディル様から、ソニア様が来たらお通しするように言付かっております!」
そっか、ディル達はもう先にお城に来てるんだ。
門番の魔法師は「どうぞこちらへ」と門の中へと案内してくれる。わたしを背に乗せた黒猫はその男についていく。賢い猫だ。
あれ? もしかしてこれってディル達の所に案内されてる?
「・・・カササギ様!」
まだディルの前に顔を出す勇気がないなと思っていたら、案内していた魔法師の男がそう言って立ち止まった。ぴょこっと男の後ろから顔を覗かして見ると、そこには黒いローブを着た白髪の若い女性が立っていた。
偉い人なのかな?
カササギと呼ばれたその女性はわたしを見てニコリと微笑んだ。
あら、美人さん。
「上からの命令で、妖精様はわたくしが案内しますわぁ。あなたは見張りに戻って結構ですよぉ」
喋り方で美人が台無しだよ・・・。
魔法師の男は素早く去っていき、わたしの案内をカササギという女性に譲った。
「初めまして、ソニア様ぁ。わたくしはこのカイス妖精信仰国の第一王子オーム様の側近のカササギと申しますぅ」
・・・ん? 第一王子?
首を傾げるわたしを乗せた黒猫は、くるっと進行方向を変えて「こちらへどうぞぉ」と微笑むカササギについていく。
読んでくださりありがとうございます。
ディル「ソニア!!」ガタン! (荷物を放り投げる)
一緒に荷物を持っていたスズメ 「ひゃあ!?」(>_<)!?




