21.公爵夫人
「ソニアー!」
城門の方からディルの勢いのある声が勢い良く近付いて来る。
「ディル~! 助けて~!」
「ディルお兄ちゃーん!」
わたしとマリちゃんは走ってくるディルに向かって大きく手を振って助けを求める。ディルは「任せろ!」と言わんばかりの迫力で近くにいた黒い狼を一匹蹴り飛ばした。
ほら!やっぱり来た! わたしの勇者様こと、食いしん坊のディル!
ディルはそのままの勢いで騎士さんに襲い掛かっていた黒い狼に突進した後、周りにいた狼たちも次々と殴り飛ばしていく。
ディル・・・とんでもない強さだよ・・・もはや人間止めてるよ。
狼達をあっという間に一掃したディルは「ふぅ」と軽く息を整えてから、こちらに近付いて来て微笑んだ。
「二人とも、無事だよな?」
「うん!助けてくれてありがとう!」
「ありがとう!」
わたしとマリちゃんでニコリとお礼を言ったら、ディルは照れくさそうに頭を掻きながら「おう!」親指を立てた。
「な、何ですか!この子供の動きは! そこらの騎士よりも凄い動きしてましたよ!?」
騎士さんがディルの動きに驚きながら抱えていたマリちゃんを地面に降ろす。マリちゃんは騎士さんにもしっかり「ありがとう」とお礼をした。わたしも慌ててマリちゃんに続いてお礼を言う。
マリちゃんはまだ幼いのにしっかりお礼を言えて偉いね! わたしが人間サイズだったらマリちゃんの頭をよしょしと撫でまくってたよ。
ジーっとマリちゃんを見ていたら、不審に思ったのか首を傾げられたので、わたしは慌てて視線を外して周囲を見渡す。
・・・あっ、違う違う! マリちゃんにもちゃんとお礼を言わなきゃ!
「マリちゃん、わたしを必死に守ってくれてありがとう! おかげで無事だよ!やったね!」
「・・・うん!」
マリちゃんは一瞬目を見開いたあと、目元をくしくしと手でこすって、満面の笑みで返事してくれた。
守りたい、この笑顔!
「遅くなって悪かったな、国王様の近くにいた騎士様にコレの使い方を教えて貰ってたんだ」
そう言ってディルは左手で握っていた黒い魔石を見せてくれた。
「ううん、ありがとうディル。それは・・・闇の魔石?」
「ああ。教えて貰わなくても大丈夫だって言ったんだけどな。騎士様は信用してくれなかった」
ディルは不貞腐れた様に唇を尖らせる。ディルには悪いけど、その表情はちょっと可愛い。
「まぁ、間に合ったんだからいいじゃん! 魔石をくれた国王様と一応騎士さんにもお礼を言おうね!」
「ああ、もちろんだ。俺は大人だからな」
うん。その発言がまさに子供っぽいけどね。子供は子供らしく笑顔で「ありがとう」を言ったらいい。
「ディル君。ありがとう助かったよ」
ベルガットが直剣を鞘に納めながらこちらに歩いて来て、ディルの肩にポンっと手を置いてお礼を言った。もうこの場はお礼合戦だ。
「騎士さんも格好よかったよ!スパッて!」
身振り手振りでさっきに騎士さんの真似をして見せたら、マリちゃんとディルに「プッ」と笑われた。
「ハハハッ、私なんて騎士団長と比べたらまだまだですよ。それより早く城に入りましょう。次が来ないとは限りません」
「そうだね。行こっか!」
逃げたブラックドッグのことが頭の片隅を離れないけど、気にしたってしょうがないよね! 一旦忘れよう!
そして、わたし達は城の客室に案内された。元々わたしとディルが借りていた城門近くの客室ではなく、20人強いる子供達が全員入っても余裕があるくらい広い客室だ。2階にあるので窓からの眺めはそこそこ良い。ベルガットと御者をしていた騎士さんは、王様がいるらしい展望台へと向かって行った。
これは、もう客室って呼べる広さじゃないんじゃない?ホールだよ。家具とかも何もない、すっからかんだし。
わたしは何となくマリちゃんの頭の上に乗った。マリちゃんが何故かキョロキョロと頭を動かして部屋の中を見回すので、バランスを崩して落っこちる。そして両手で受け止められた。
「あっ、ソニアちゃん。どこに居たの?・・・探してたんだよ」
「マリちゃんの頭の上に居たよ」
「・・・え?」
マリちゃんの顔がうっすらと赤くなった。
あらら・・・ここは大人なわたしが話題を変えてあげよう。
「そういえば、ジェシーと院長さんは何処にいるんだろうね?」
「ジェシーお姉さんならあそこにいるぞ」
隣にいたディルが答えた・・・。
ディルの指差した方向には、微笑ましそうに子供達を眺めてる女性が壁に寄りかかっていた。ジェシーだ。
「ジェシー!」
「ソニアちゃん!マリちゃん!よかったぁ、無事だったのね!」
パーッと明るい笑顔をわたし達に向けて、ジェシーはゆっくりと歩いてくる。
「騎士さんとディルが守ってくれたからね! あとマリちゃんも!」
「え?マリちゃんも?」
ジェシーが目を見開いてマリちゃんを見下ろすと、マリちゃんは照れちゃったのか俯いてしまった。
「マリちゃんはしっかりとわたしを守ってくれたもんね?」
「う、うん・・・」
「ふふっ、偉いわね。よくやったわ」
ジェシーがマリちゃんの頭を優しく撫でる。マリちゃんはもじもじとはにかんだ。
わたしも撫でたいけど、手の大きさが圧倒的に足りない。現状わたしがマリちゃんに撫でられてるくらいだもん。
「ところで、院長さんは?」
「あそこでお城のお偉いさんとお話してるわよ」
お偉いさん?コンフィーヤ公爵・・・ではないよね。あのぽっちゃり紳士は騎士団長と一緒に西門に行ってるんだっけ。
わたしはジェシーが視線を向けた部屋の隅の方へと飛んで行く。ディルがマリちゃんを連れて子供達のところに行ったのが視界の端で見えた。
「院長さーん!」
「妖精様!ご無事で何よりでございます」
「う、うん・・・」
なんか院長さんとは話しずらいなぁ・・・。敬われてる感がすごいんだもん、
苦手な院長さんから、バックで少しずつ距離を取っていたら「ぽよん」と何か柔らかいものにぶつかった。何だろうと振り返ると、大きなお胸だった。
「初めまして、可愛らしい妖精さん」
頭上から声が聞こえたので見上げたら、ニッコリと優しく微笑む温厚そうな目をした女性と目が合った。
「えっと、初めまして・・・誰?」
院長さんとお話していたのは、豪華なドレスを着た綺麗なご婦人だった。まるで貴族だ。いや、確実に貴族だ。
「私はカラスーリと言います。夫から色々とお話は伺っておりますわ」
カラスーリと名乗った女性は、華麗なカーテシーをして、わたしに微笑みかける。
「夫って、もしかして・・・」
「はい、ソニア様のご察しの通り・・・」
やっぱり!わたしと関わった貴族で、奥さんがいそうな人と言えば・・・あの人か! 確かに強そうだし、顔も悪く無かった。こんな綺麗な奥さんが居てもおかしくないよね!
「騎士団長の奥さ・・・」
「違います」
食い気味に否定されたよ・・・。
「私はカラスーリと申します。コンフィーヤ公爵夫人です」
「コンフィーヤ公爵・・・えぇ!? あのぽっちゃり紳士の!?」
言われてみれば年齢的に結婚してそうではあるけど・・・あんな仏頂面で仕事一筋みたいな男にこんな綺麗な奥さん・・・勿体ないよ! ・・・・・・いやいや、ちょっと待って? もしかしたらコンフィーヤ公爵って奥さんの前じゃあデレデレなんじゃ? 普段は無表情だけど、自分の前でだけ見せる柔らかい表情! きっとそうだ! それでこの奥さんは落ちたんだ!
「うんうん、ギャップっていいもんね」
「ギャップ?・・・フフフッ、ソニア様が何を考えているか分かりませんが、若い頃の夫は、女性貴族の間では薔薇の貴公子と言われるくらいには美丈夫でしたのよ?」
「ーーっぷ!あはははは!薔薇の貴公子って!そんなベッタベタなー!」
わたしはその場でクルクルと旋回しながらお腹を抱えて笑う。
「ちょっとソニアちゃん。この緊急事態に何を大笑いしてるのよ!」
「あ、ジェシー!だってあのコンフィーヤ公爵にこんな美人な奥さんが居て、昔は薔薇の貴公子って呼ばれてたって!」
「薔薇の貴公子!?あの宰相様が!?ーーっぷ。ダ、ダメよソニアちゃん、人の夫を悪く言っちゃ・・・」
そう言うジェシーも、口を抑えて肩を震わせている。
「いいんですよ。今のあの方の体型は甘い物の食べ過ぎですからね。いくら注意しても止めないんですもの。自業自得です」
「ハハハッ、でも仕事は卒なくこなしそうだし、ちょっと不愛想なところはあるけど面倒見も良さそうだし、小太りなのを除けば素敵な男性かもしれないね!」
「まぁ!ソニア様は人をよく見てらっしゃるのですね。周囲からは誤解されがちですが、人並み以上の優しさを持ち合わせてるお方なのです。最近ではあのタプタプのお腹も可愛らしく思えてきましたわ」
「愛ですねー」
「愛だねー」
ジェシーと「ねー!」と微笑み合っていると、自分が惚気話のようなことを話してしまったことに気付いたのか、カラスーリはハッとして顔をペチペチと叩いたあと、引き締まった表情を作った。
「・・・コホン!それよりも!ソニア様には大切なお話があるのです」
カラスーリの耳が真っ赤なのは言わないでおこう。案外可愛い人だ。
「夫からの言伝なのですが、『申し訳ないが、村に帰るのは黒い霧の原因が分かった後で、安全が確認できてからにしてほしい』・・・と」
「あぁ、そうだよね。こんな状況で帰れないよね」
お疲れさまですコンフィーヤ公爵。
心の中で労ってあげておいた。
「それで、孤児院の皆様方はこの客室に寝具を運び込んで寝泊まりするのですが、ソニア様とディル君は元々使っていた客室がありますよね?どちらで過ごされますか?」
「それは、ディルと相談してから決めるけど・・・」
・・・っていうか、大事な話ってそれ!?ただ話を逸らしたかっただけじゃないの?
「黒い霧の原因を探るのってそんなに時間が掛かるの?」
「夫と騎士団長が戻ってこない限りは、私には何とも言えませんね」
「そっかー。わたしも西門に行って見ようかなー」
暗い窓の外をチラリと見る。
わたしも黒い霧のことは気になるし、逃げたブラックドッグのこともやっぱり気になるもん。
「え・・・!?西門にソニア様がですか!?」
「うん。西門にわたしが」
「妖精様!先程危険な目にあったばかりではございませんか!」
院長さんがグワッと凄い形相でわたしに迫ってくる。そして、それに同意するようにジェシーがうんうんと頷く。
「そうだよソニアちゃん、ここにいた方が安全よ。それに今からお城のメイドさんが大浴場に案内してくれるそうなの。一緒に入りましょ?」
二人して大きな声を出してわたしを止めようとする。
うーん、みんなと一緒にお風呂も楽しそうだけど・・・向こうも気になるしなー。急いで行って戻って来ればお風呂まで間に合うかなぁ? 間に合うよね?
「うん!行こう!」
「ふぅ、良かったわ。もう少ししたらメイドさん達が来るらしいから一緒に行きましょうか」
「違う違う!西門に行くの!」
「そっち!?」
お風呂も行くし、西門にも行く! それが一番いい!
「まだ街には魔物が残っていると聞いていますわよ?」
カラスーリが「危ないですわよ?」と頬に手を当てて、首をコテっと傾げた。
何その仕草!可愛いとセクシーがイイ感じ!今度わたしもやってみよっと!
「魔物に関しては問題無いよ!飛んで行くから!」
「あぁ、そうでしたわね。妖精様ですものね」
うん。妖精だからね。
「じゃあ今から行ってくるね! お風呂から戻るまでには帰ってくるつもりだけど、遅くなったらディルに先に寝ててって言っといて!」
「分かったわ、くれぐれも危険な所には行かないようにね」
「もう、わたしを何歳だと思ってるの?大丈夫だよ」
「まだ5歳なんでしょ?マリちゃんと同い年じゃない。心配するわよ」
うっ・・・完全に墓穴を掘った。
「と・に・か・く!もう行くから!」
これ以上子供扱いされたくないので、さっさと出発することにする。心配そうにわたしを見るジェシーと「5歳・・・?」と呆けた顔をしてるカラスーリと院長から離れて、客室にある大きな窓に向かって勢い良く飛び出す。わたしはこのまま窓から出て西門へと向かう・・・つもりだった。
コツン
「いったぁ!? ちょっと! 急に進行方向に出てこないでよ!」
わたしの目の前には、窓に映った自分の姿があった。頬を膨らませて羽をパタパタさせている。
窓にぶつかった!何で!?・・・って閉まってるからか。そうだよね、こんな夜に窓を開けてたら夜風が入って寒いもんね。
ジェシーとカラスーリが後ろでクスクスと笑っている。
恥ずかしい・・・!
窓に映ったわたしは、引き攣った笑顔を浮かべながら、激しく羽を動かしている。
わたしの羽!・・・鎮まれ! 動揺してるのがバレて余計恥ずかしい!
「はぁ、やっぱり心配だわ・・・」
「ジェシー・・・」
「ほら、これで出られるでしょう?」
ジェシーが「仕方ないんだから」と言いながら、わたしが通れるくらいの隙間を開けてくれた。
「あ、ありがとう・・・行ってきまーす」
「フフッ、気を付けて行ってらっしゃい」
きっと今のわたしは、さっきのカラスーリやマリちゃんみたいに顔が赤くなってるに違いない。夜空に浮かんでいるお月様がそんなわたしを揶揄うように光っている・・・気がする。
読んでくださりありがとうございます。愛があればどんなものでも好ましく思えるんです。きっと




