210.新しい魔石と次の行き先
「お昼のお疲れ様会まで少し時間あるし、俺、ちょっと外に出てる」
ディルがそう言って椅子から立ち上がったので、わたしは制服を探す手を止めて浮き上がってディルの肩に乗る。
わたし用の小さい制服、気付いたらなくなっちゃってたんだよね。どこいったんだろう?
なので、わたしは昨日の夕方から旅を始めた頃に着ていたノースリーブの白いワンピースだ。幸いマリちゃんとお揃いの青いリボンはあったので、腰に巻いている。ワンピースとは言っても、中にドロワーズみたいな短パンを履いているから、飛んで中身を気にする必要はない。
「ところで、何処に何をしに行くの? お昼ご飯? お昼ご飯を食べに行くの?」
きっとそうなんだろうなと思って、10階の高さから階段をすっ飛ばして飛び降りたディルの髪に必死に掴まりながら聞いてみたら、着地した瞬間に「違うぞ」と否定された。
「お昼ご飯にはまだ早いし、お疲れ様会で食事が出るらしいからな。今はコレだ」
ディルはそう言って頭の上に座っているわたしに左手に嵌めている穴開きグローブを見せた。そこにはいつも嵌っている闇の魔石は無く、代わりに見覚えの無い雷の魔石が嵌っていた。
そのグローブ、自由に魔石を交換出来たんだ。そりゃそうだよね。魔石って一応消耗品らしいし、交換できないと困っちゃうよね。
「ソニアが寝てる間にヒバリさんが護衛をぞろぞろと引き連れて寮まで来てさ、昨日の打ち上げで迷惑をかけたお詫びにって、この雷の魔石をくれたんだ。謝りに来たって言ってたのに、ついでに自分の国を猛烈にアピールしてから帰ってったぞ。さすがスズメのお母さんだな。自由過ぎる」
・・・男子寮なのに平然とやってくる辺りとか特にね。そして、最初に魔剣や魔石を持ち歩くのは遠慮して欲しいって言われたのに、忘れたフリして普通に持ち出してるディルも大概だよ。
寮から外に出たディルは、そのままグラウンドに向かい、わたしを端にある木陰にそっと置いてから、グローブを嵌めている左手を誰もいない方向に構えた。
何の魔法が発動するか分かんないからね。安全確認は大事だよね。
「よしっ、やるぞ!」
そう言った瞬間、ディルの手から正面に、カラフルな色をした円形の光の盾のようなものが現れた。わたしが「わぁ!」と驚いたのも束の間、ディルの腕が破裂した。風船のように破裂したのではなく、左手のいたるところから血が噴き出した。
「うっ・・・ぐっ・・・」
「ディル!?」
わたしは慌ててディルのもとに飛ぶ。
「ど、どうしたの!? な、何がどうなって・・・!?」
あわあわとディルの左手の周りを飛び回るわたしに、ディルは額に汗を流しながら安心させるように笑う。
「心配するな。大丈夫だ。骨が砕けて血管が破裂して筋肉が千切れただけだ。これくらい今の俺なら闇の魔石の身体強化ですぐに治せる」
「な、何言ってんの!? それのどこが大丈夫なのさ! 早くフィーユに見せて・・・」
ディルはわたしを黙らせるように素早く闇の魔石をポケットから取り出し、右手で握る。すると、みるみるうちに左手が治っていった。
「ほら、な? 治っただろ?」
「ホントだ・・・」
「心配してくれてありがとな」と指で頭を優しく撫でられた。そしてそのまま、するりとディルの指がわたしの頬をなぞり、首筋まで指が落ちてくる。
え、え、え? いつもは頭を撫でて終わりなのに・・・どうしたの!?
突然のスキンシップにどうしていいのか分からず、顔が熱くなるのを感じながら硬直していると、指を放したディルが「フッ」と揶揄うように笑った。
「な、なに?」
「いや、反応が可愛いなって思ってさ」
「は、はぁ!?」
こっちは本気で心配して焦ってたのに!!
「も、もう!そういうのはいいから!! とにかく! その魔石は使用禁止ね!見た感じ盾みたいだけど、支える腕がそんなんになるなら本末転倒だよ! 危険すぎる!」
「盾・・・みたいだったのか?」
「うん。わたしにはカラフルな色の光の盾みたいに見えたけど・・・」
「カラフル? 緑色じゃなくてか? 俺には緑一色に見えたんだけど」
ん?
二人して首を傾げて雷の魔石を見つめる。
「もう一回発動して・・・」
「ダメだって! さっき自分の腕が大変なことになったの忘れたの!?」
ディルの左手をペシペシと叩きながら訴えるけど、ディルは首を横に振る。
「さっきは雷の魔石から尋常じゃない力が放出して、その反動に耐えられずに腕が壊れたんだ。でも、身体強化すれば耐えられる」
「わたしの心が耐えられないの! だからダーメ!!」
ディルの左手の甲に乗ってグローブに嵌った雷の魔石を「んーーーっ!」と踏ん張って無理矢理外そうとするけど、わたしの小さな腕と非力さじゃビクともしない。しかも、ディルに首根っこを掴まれて、また木陰に置かれてしまった。
「よしっ、じゃあもう一回・・・」
今度は右手に闇の魔石を持って身体強化したまま、雷の魔石を発動させる。
・・・大丈夫でありますように。
さっきと同じようにわたしにはカラフルに見える光の盾が現れた。でも、さっきと違ってディルの腕は破裂しない。
「ほら見ろ! 大丈夫だった! それにやっぱり緑だ!」
ディルがどう見てもカラフルな光の盾を構えたまま、得意げな顔で走ってくる。
「いや、わたしにはカラフルに見えるんだけど、確かに緑色も見えるけど、他にもたくさんの色があるよ」
また首を傾げて見合うわたし達。
「人によって見え方が違うのか? それともソニアが妖精だからか? ・・・こういう時ヨームが居れば何か分かりそうなんだけどな」
「まぁ、そうかもね。じゃあ、色も確認できたし、早くその光の盾解除してよ。なんか、見ててヒヤヒヤする」
ディルの左手が破裂した光景が脳裏から離れないんだよ。その光の盾を見るたびに思い出しちゃいそう。
「もう少し色々と試してからな。ソニアは俺に構わず自由にしてていいぞ」
「・・・ハァ、しょうがないなぁ」
仕方ないので、わたしは枝の上に寝転がって寛ぎながら、グラウンドで激しく動き回るディルを見守ることにした。
「チュンチュン」
わたしと同じくらいの大きさの小鳥さんが隣にとまった。びっくりしてビクッと身体が震える。
「びっくりした~。鳥って近くで見たらちょっとこわいかも・・・」
「チュン?」
それにしても、最近はジメジメしてたのに今日はいい天気だなぁ。風も心地良いし。
「ふぁ~~~ぁ・・・ちょっとお昼寝でもしようかな」
遠くの方に見える火の雲を眺めながら、わたしはそっと瞼を閉じた。
・・・。
目が覚めると、物凄い数の小鳥さんに囲まれていた。
「うわぁ!? こわっ!」
わたしが大声(妖精にとっては)を上げると、小鳥さん達は一斉にバサバサと飛び去っていった。
「どうしたソニア!?」
「どうしましたの!? ソニア様!」
光の盾を出したディルと、何故か私服姿のスズメが、わたしが寝ていた木の近くまで走ってきて、心配そうな顔でわたしを見上げてくる。スズメの服は王女様然とした可愛らしいドレスで、正直、破天荒なスズメが着ていると違和感がある。・・・似合ってはいるんだけどね。
「あ、ごめん。ちょっとお昼寝してたんだけど、起きたら小鳥さん達に囲まれてて驚いただけ・・・」
「なんだ。よかった・・・」
「よかったですわ」
安堵の表情を浮かべる2人。後ろにはキンケイとニッコクもいて、「よくソニア様の小さなお声が聞こえましたな」「私には聞こえませんでしたぞ」と微妙な顔をしている。
確かに、身体強化をしてたであろうディルはともかく、スズメにまで聞こえてたのはおかしいよ。地獄耳過ぎる。
「どうしてスズメがここにいるの? お疲れ様会まで仮眠をとるって言ってなかった?」
「仮眠はとっていましたわ。もうすぐお疲れ様会の時間ですので、集合場所の会議室に向かっている最中にディル様をお見かけしましたので、こうしてディル様の相談にのっていたんですの」
「相談?」
わたしが木の上から降りてディルを見ると、「ああ」と頷いて光の盾と右手に構えている魔剣を見る。闇の魔石は布で巻いて腕に付けていた。
「光の盾は何でも弾く凄い盾だった。でも、魔剣を発動させながら同時に発動出来ないんだよ」
「2つの魔石に同時に魔気を流せないってこと? あれ? でも闇の魔石は使えてるから3つ?」
「闇の魔石は昔から使ってて、今では無意識に発動出来るから何の負担も無いから大丈夫なんだけど、雷の魔石が嵌められた魔剣と、光の盾を同時に発動させるのは難しい。頭が追いつかないんだよ」
つまり要約すると、闇の魔石は呼吸のように無意識に発動出来るけど、他の魔石を同時に発動させるのは左右の手で別々の作業をするように難しい・・・と。
「それで通りがかったスズメに相談してたんだけど・・・演奏しながら歌うようにって言われても分かんないよ。俺は生まれてから一度も楽器に触れたことがないし、歌うのも得意じゃないんだ」
「そのように言われてましても・・・わたくしはそう教わりましたし・・・」
スズメの言いたいことは分かるような分からないような・・・。でも、人間だった頃にピアノを習おうとして出来なくて諦めたわたしには、ディルの気持ちの方が分かるよ。
「まぁ、習うより慣れよってことだな。この光の盾が自由に使えるようになれば、その分ソニアを守りやすくなるし、頑張るか!」
・・・そっか、わたしを守るためにディルは頑張ってたんだ。わたしも、ディルを守るからね。
「そうですわね。わたくしのあらゆる攻撃を全て弾いたその盾と、ディル様の身体能力があれば無敵でしょう。ただ、色が緑色なのは少し・・・似合わないですが」
あ、スズメにも緑色に見えるんだ。わたしが妖精だから、わたしにだけカラフルに見えるのかな?
「そうだ、試しにソニアも俺に攻撃してみてくれよ」
「え、嫌だよ」
攻撃を弾けるかどうか以前に、わたしがディルに攻撃するなんてありえない。ディルも言ってみただけだったみたいで、「ま、そうだよな」とあっさり引いてくれた。
ゴーン・・・ゴーン・・・
学園にお昼を知らせる鐘の音が鳴り響く。
「じゃあ、俺達も会議室に向かうか」
ディルはそう言って光の盾を仕舞い、グローブに嵌めていた雷の魔石を外して闇の魔石を嵌め直す。その様子を見ていたスズメが、何度か口を開け閉めしたあと「あの・・・」と声を出した。
「も、もしよろしければ、一緒にカイス妖精信仰国に行きませんか? わたくしの知り合いにお願いすれば、そのグローブに2つの魔石を嵌めることも出来ますし、複数の魔石の扱い方も教えて貰えると思いますわ」
「うーん・・・そうだなぁ。でも、行ったところでソニアの記憶を取り戻す為の道具は盗まれて無いって聞いてるしなぁ」
そう言いながら、わたしを見るディル。
「た、確かにそうかもしれませんが! 大切なソニア様を守ることが出来なければ記憶を取り戻すことも出来ませんわよ!」
「確かに」
ディルは納得したみたいだけど、わたしは納得してないよ。基本的にわたしはディルについていくと決めてるけど、わたしの都合でディルに寄り道をさせるわけにはいかないもん。
「ダメだよ。ディル。わたしは両親を探すディルについていくつもりで緑の森を出て来たんだから。ディルはわたしのことは気にせず、自分の目的を果たして?」
わたしの言葉に、ディルではなくスズメが難しい顔をする。
「・・・ソニア様。カイス妖精信仰国は世界で最も情報が集まる国ですわ。闇雲に探すよりも確かな情報を得る方がいいと思います。カイス妖精信仰国に寄ることは遠回りに見えても、近道になると思いますわよ。それに、ソニア様の記憶を取り戻す為の道具はディル様のご両親が持っているハズですわよね? お2人の目的は一緒だと思うのですが・・・」
「「確かに」」
わたしとディルはお互いを見合ってコクリと頷く。
「次の行き先はカイス妖精信仰国で決定だな!」
「うん! なんか不穏な名前な国だけど、ディルが守ってくれるもんね!?」
「任せろ!」
「フフッ、大丈夫ですわよ。我が国の民達は皆、妖精様を崇めていますから」
それが不安なんだけどね・・・。
・・・というわけで、次の行き先が決まった。
「ふぅ・・・間に合って良かったですわ・・・」
会議室に向かう途中、スズメがそんなことを呟いた。ディルが「何がだ?」と聞くと、「しまった!」みたいな顔をして口を手で塞いだあと、諦めた様に口を開く。
「その・・・わたくしがここを出発するまでに、どうにかしてソニア様とディル様を説得して我が国にお連れしたかったもので・・・申し訳ありません」
「あ~、別にいいよ。ヒバリさんがめちゃくちゃカイス妖精信仰国についてアピールしてくるし、どうせそんなことだろうと思ってた。それに、スズメはちゃんと俺達のことを考えて提案してくれたんだ。全部が自分の都合ってわけでもないんだろ?」
「・・・はい。ソニア様とディル様の助けになりたい。その気持ちに噓偽りはありませんわ。雷の大妖精であるソニア様に誓って」
いや、誓う相手間違ってるよ? なんかいい感じに話が纏まってるから、わざわざ声には出さないけども。
「ところで、出発するまでって言ってたけど、出発っていつなんだ?」
「今日、お疲れ様会が終わったらですわ。お母様が乗ってきた帆船に乗って、わたくし達もカイス妖精信仰国に向かいます」
「「・・・今日!?」」
突然過ぎるよ!! だからスズメは制服じゃなくて私服姿だったんだ!
こうして、お疲れ様会がお別れ会になってしまった。
読んでくださりありがとうございます。
光の盾を目撃した他の生徒「なんだあれ!? ・・・あぁ、また妖精様達か」
光の盾を目撃した学園長「!?」 Σ(゜Д゜)




