209.大変だったね・・・主にわたしのせいで
「ソニアが窓からこっそり抜け出したことに気付いた俺は、慌てて扉から出て食堂に向かったんだ」
窓際の椅子に座ったディルが「寝たふりしてて良かった」と頷きながら言う。向かいに座っているスズメが「ふむふむ」とニコニコ笑顔で頷いた。
「え、ちょっと待って? ディル、寝たふりしてたの? 何故?」
「ソニアなら絶対に抜け出して食堂でやってる打ち上げに行くと思ったからだ。抜け出す前に止めようと思ったけど、まさか光になって窓から飛び出すとは思わなかった」
「えへへ、まぁね! すごいでしょ!」
わたしもあの時初めてやったんだけどね! 自分でもビックリだよ。
テーブルの上で窓を背に胸を張って見せると、スズメに「さすがですわ!」と褒められ、ディルに「やっかいな・・・」と呆れられた。そんなディルが一つ溜息を吐いて話を続ける。
「それで、食堂の前でスズメのお母さん達と会ったんだけど・・・」
『妖精の愛し子様、ディル様。わたくしはスズメの母で、カイス妖精信仰国の王妃のヒバリと申します。そしてこちらが我がカイス妖精信仰国の魔法師団の団長である・・・』
「・・・そうやって白いローブの集団、魔法師団の一人一人の紹介が始まって、やっと終わったかと思ったら・・・」
『ああ、ディル様。娘から聞いておりましたが、大変凛々しい佇まいをしていらっしゃる。服の上からでも鍛え上げられたお身体が分かりますわ。その歳でそのような肉体を作り上げるには途方もない努力が必要でしょう。我が国の魔法師団も大妖精であるソニア様が筋肉がお好きと聞き・・・」
「それからヒバリさんによる長ーい自国アピールが始まったんだ」
「お母様・・・必死ですわね。娘として恥ずかしい限りですわ。申し訳ありません」
スズメが薄っすらと頬を染めて恥ずかしそうに言うけど、初対面のスズメはもっと凄くて印象的だったよ? 何しろ吐瀉物をかけてきたからね。故意では無かったけど。
「やっとヒバリさんの話が終わって食堂に入ったら、ソニアが大人達に囲まれて顔を真っ赤にして泣いてたんだ。何ソニアを泣かせてんだって怒鳴ろうとした途端、ソニアが泣きながら嬉しそうに笑って俺の顔面に貼り付いてきた」
わぉ・・・わたし、めっちゃ大胆。
「ソニアからお酒の匂いがしたから、すぐに酔っぱらってるんだって気付いたぞ。もうデロデロだった」
「デロデロ・・・わたし、ディルに何か変なこととかしてないよね?」
「え・・・うん。まぁ、してないぞ?」
頬を染めて目を逸らしながら言うディル。
あぁ・・・なんかしたんだな。
「いや、その・・・ちょっとお腹を撫で回されたくらいだ。相変わらず凄い腹筋だぁ、って・・・」
なんてこと! その記憶が無いなんて勿体ない・・・じゃなくて! 普通にセクハラしちゃってるよ!
「ごめんなさい」
「いや、そんなに嫌じゃなかったし・・・別に・・・」
ディルは「コホン」と咳ばらいをして、話を元に戻す。
「えっと・・・とりあえず俺はソニアを引き剝がしてテーブルの上に置いたんだ。そしたらヒバリさん達が一斉に跪いて・・・」
『近くだと一層お美しいですわ。ソニア様。わたくしはカイス妖精信仰国の・・・』
「俺にしたように自己紹介を始めて、白いローブの集団の紹介もして、更に自国アピールもしたんだけど・・・」
『・・・んあ? あ、ごめん寝てた~。もっかい言って? ははは』
「ははは、じゃなねーよって思った。このあと3回も同じやり取りを繰り返したんだからな。何度も聞き返すソニアもだけど、同じ紹介と話を何度もするヒバリさんもおかしいぞ」
おかしいぞって言われてもね。わたし酔ってたし。仕方ないよね。
「それからソニアが白いローブの魔法師団を見て『いい体してるね!へへへ』って言ったことでヒバリさんが気を良くしてローブを脱がせたり、ソニアが『ディルの方が凄いかなぁ』って言ったことで腕相撲大会が始まったりした」
酔っ払ったわたし。本能に忠実過ぎるよ、恥ずかしい。でも、それはそれとして腕相撲大会は気になる。
「腕相撲大会は誰が優勝したの? やっぱり魔法師団? とかいう集団の誰か?」
「・・・俺だよ」
「え、ディルが勝ったの!? 大人達を差し置いて!? すごーい!」
だってディルはまだ子供な上に、平均よりも身長が低いんだよ!? 腕相撲は腕が長い方が有利って聞いたことある。それなのにディルが大人達を負かして優勝しちゃうなんて凄い!
ディルは「あの時はディルが優勝間違いなしだよ~って言ってたんだけどな」と心なしか残念そうに言ったあと、続きを話す。
「盛り上がってた皆が落ち着いたところで、ヒバリさんが大事なお話がありますって言ってソニアにまた跪いたんだ。眠そうなソニアに代わって、俺がしっかりと聞いた」
ディルがそう言いながら一枚の紙切れをポッケから出す。そこにメモを取ってくれたみたいだ。
『ミリド王国および闇市場残党による学園襲撃事件に関してです』
ディルが話すヒバリの話によると、ミリド王国の新王はザリースという聞き覚えのありすぎる太ったオジサンで、以前グリューン王国で金髪の妖精を買い損ねたことから、やけに金髪の妖精に固執しているみたいで、その為の褒賞金を持ち逃げしたアネモネ王妃のことを相当恨んでいるらしい。
『そして、ここドレッド王国にソニア様が滞在していると知ったザリース王は、新たな刺客を差し向けました』
『しひゃく~? なんらそれ~? 美味しいの~』
『決して美味しくはありませんわ、ソニア様。かなりの手練れでしたわ」
わたし、めちゃくちゃ酔っ払ってるなぁ。それに真面目に返すヒバリもヒバリだよ。
「・・・ん? あれ? 手練れでした?」
「ああ、どうやら先に情報を掴んでいたヒバリさん達が国に侵入してくる前にまっさ・・・捕らえたみたいだ」
「おぉ・・・優秀だぁ」
でも、それでお終いじゃないんだもんね。わたし、まだ森に深穴を空けるようなことしてないもん。
『もう少し早めに救援に来られれば良かったのですが、今回の件で情報収集にあたっていた一番上の息子のオームから、王妃自ら出向かなくても自分が行く、それに完全に情報が出揃うまでは危険だ、と止められていたのです。本来ならばオームがこの場に出向くハズでしたが、娘の晴れ舞台と大妖精様を見るために、わたくしが来ました』
自分の欲望に素直なところはスズメそっくりだね。さすが親子だ。
『じゃあ、そのスズメのお兄さんはともかく、とりあえずここは安全なんですよね?』
『ミリド王国が再度刺客を送ってくる可能性もありますが、現在ここにはいない魔法師団の半数が見張りをしていますので、安全と言ってもいいでしょう』
『良かった。な、ソニア?』
『へへへ~』
『何が面白いんだよ・・・ったく』
え、わたしのそんな醜態までメモしてるの?
思わずディルのメモを覗き込んだら、確かに『ソニアがへにゃっと笑った。可愛かった』と書いてあった。
か、可愛かったって・・・もうっ!
「それで、俺もソニアも安心したんだけど、ヒバリさんの話はそれで終わりじゃ無かったんだ」
『ソニア様。ディル様。ザリース王が探しているのは金髪の妖精です。そして、金髪の妖精はソニア様だけでは無いのでしょう?』
『あっ・・・虹の妖精の・・・』
『ナナひゃん!!』
そうだよ。金髪の妖精を探してるなら、当然同じ金髪のナナちゃんだってその範疇だよ。瞳の色は違うけど、確かにわたしと同じ金髪だもん!
「くるみ村が危ないよ!!」
慌てて飛び上がったわたしを、ディルがそっと手を翳して止める。
「その時のソニアも同じことを言ったよ。そしてそのまま酔っ払って呂律が回ってない状態でナナちゃんにテレパシーで連絡を取り始めたんだ」
『もひもひ! ナナひゃん!? らいじょうぶ!? 村のみんあはらいじょうぶ!? 今お母さんから話聞いて・・・それで・・・それで・・・わらひ・・・え? 酔っへないよ! シラフらよ!・・・・・・はい?ガマくん? ほんらことより聞いへよ! くるみ村が・・・!』
『ヒバリさん。とりあえずソニアのことは放っておいていいから、詳しい話を聞かせてください』
『・・・かしこまりました』
ああ・・・人間だった頃もこうやって妹や後輩に迷惑かけてたんだろうな。
『現在ミリド王国から調教された闇属性の魔物と騎士団の集団がくるみ村に向かって進軍しており、そちらには息子のオームの側近と我が国の騎士団が救援に向かっております』
『そうですか・・・勝てるんですよね?』
『間に合えば・・・必ず勝利出来ると思います』
「間に合えば・・・凄く不安な言葉。それで、わたしは我慢出来ずに飛び出しちゃったの? っていうか、酔っ払ってない状態でもそれを聞いたら飛び出すと思うんだけど」
「いや、ソニアは我慢した。ナナちゃんと話し終わったソニアは泣きながら・・・」
『うぅ・・・うぐっ。なんかね。今、村ではマリちゃんやヨーム達が・・・ずびっ・・・わらひとディルの帰る場所は自分達が守るって・・・いっへ・・・頑張っへるはら・・・心配はいらはいっへ・・・! 気にせずディルの両親を探してっへ・・・!』
『そうか・・・村には俺の師匠のデンガも、治癒の魔石が使えるマリも、凄腕の鍛冶師で俺に魔剣を作ってくれたコルトも、体力は無いけど頭のいいヨームもいるんだ。きっと大丈夫だろう』
『うん! うん!』
マリちゃん達の気持ちに心が暖かくなるよ・・・。あれ? でも、そしたらわたしはどのタイミングで飛び出していったんだろう?
「これで話も終わりかと思ったら、食堂のお姉さん・・・ミリド王国の元王妃さんが不安そうな顔で話に入って来たんだ」
『あの・・・たぶん、ミリド王国の進軍はそれだけで終わりじゃないと思うわ』
『え、どういうことだ?』
『ヒバリ様は御存知かと思うけど、ミリド王国は世界でもトップレベルの騎士国家なの。国民の三分の一が騎士だと言われているくらいで、得意としているのはその圧倒的な兵力による人海戦術。最初の進軍が失敗に終わっても、更に多数の騎士達が攻めてくる可能性があるのよ』
「それを聞いて血の気が引いた。そして、気が付けばソニアが消えてた。数秒後、地が揺れるような物凄い振動と一緒にスドーンっていう轟音がミリド王国の方から聞こえて来たんだ。俺はついにやっちまったかと思ったよ。国を消滅させたのかと・・・」
「させてなくて良かったよ・・・」
スズメは「そうなってもおかしくない罪をミリド王国は犯しましたけどね」と笑って言うけど、さすがに国を消滅させるほどの罪は犯してないと思う。
「俺は轟音を聞いて慌てて外に出たんだ。あと、何が起こったのかってパニックになってる大人達の中で、唯一冷静さを保っていたヒバリさんも、魔法師団の全員を連れて一緒に外に出た」
『ディル様! 今のは・・・』
『たぶんソニアだと思います。本気を出せばか俺の目でも追えないくらいのスピードで飛べるから、この短時間でミリド王国まで飛ぶことも出来る・・・と思います』
うん、最近は本当に音速を軽く超えるようなスピードを出せるようになってきたからね。
「内心不安になりながら外で待ってたら、スッキリした表情で気持ちよさそうに寝てるソニアが、火の妖精に抱えられて上空から飛んできたんだ。口を開けてフリーズしているヒバリさんを横目に、俺はとりあえずソニアを受け取ろうと手を伸ばしたら、凄い怖い顔で睨まれた」
『おい人間共、もしアタイの愛しの雷の妖精が悲しむようなことがあれば、アタイは昔の約束なんて忘れて人間共に制裁を与えるからな』
『俺はソニアを悲しませるようなことは絶対にしないし、させない。何があってもソニアの味方だ。・・・さっきの轟音は火の妖精がやったのか?』
『そんなわけないだろ。今のアタイにあんな力は無い。アタイは帰って来て眠そうにフラフラ飛んでた雷の妖精を運んだだけだ』
「火の妖精はそう言いながらそっとソニアの額を撫でてから、俺にソニアを渡したんだ。それからは、轟音で飛び起きて来た寝起きのスズメにミリド王国の偵察を頼んで、火の妖精の威圧に気を失ってたヒバリさん達を介抱してから寮に帰った」
「そうだったんだ。大変だったね。・・・主にわたしのせいで」
というか、スズメのボサボサの頭って風で煽られたんじゃなくて、寝癖だったんだね。よく見たら制服のボタンも掛け違えてるし。
わたしにマジマジと見られたスズメは、「次はわたくしの番」と言わんばかりに「コホン」と咳払いして、口を開く。
「先程もご報告した通り、ミリド王国周辺の森は地面が深く抉れて底が見えない深穴となっていて、ミリド王国は陸の孤島と化しております」
正直、自分でもビックリだよ。まさか地面に穴をあけるくらい高威力の雷?かビーム? か分からないけど、そんな攻撃が出来るなんて・・・酔った勢いって凄いよね。普段からそんなことが出来るのなら洞穴に閉じ込められた時もどうにか出来たのにな。
「現在はミリド王国の者が急ごしらえの橋を建造中でしたので、わたくしが軽く吹き飛ばしておきました」
「え!? 何してんの!?」
「大丈夫ですわ。姿は見られていません」
そういう問題じゃないよ! ・・・あっ、でもそっか、もし橋が完成したら、また追加の騎士団がくるみ村に進軍しちゃうのか。ならこれでよかった・・・のかな?
わたしが首を傾げていると、ディルがわたしを心配するように見ながら「人的被害はあったのか?」と聞いた。
「今のところは確認されていません。わたくしが橋を吹き飛ばした時に何人か谷底に落ちそうになっていましたが、なんとか落ちずに堪えていましたわ」
「そっか、良かったぁ。・・・でも、陸の孤島になっちゃったんなら、国の食糧とか足りなくなっちゃうよね? それに、外国に行ってた人は帰れないし、逆にミリド王国に外国から来てた人は出られないし・・・自分でやって置いてアレだけど、大丈夫かなぁ」
「国の食糧がすぐに尽きることはありませんわ。今後ミリド王国がどうなるかは分かりませんが、状況が変わるまでは食糧は持つと思いますわよ。閉じ込められた人や返ってこれない人など、国民は困るかもしれませんが、死ぬことはありません。せいぜい馬鹿なことをした新王を恨むことですわね」
うーん・・・本当に大丈夫なのかなぁ。確かに、わたしはミリド王国なんて滅んじゃえみたいなことを思ったこともあったけど、本当に滅んで欲しいわけじゃないし、わたしのせいで無関係な人達に迷惑をかけるのは嫌なんだよ。ホント、酔った勢いでとんでもないことしちゃったよ。わたし。
わたしが「ハァ」と溜息を吐いて項垂れていると、スズメが仕方なさそうに肩を竦めて「ソニア様はお優しいですわね」と言う。
「もしも、ソニア様が不安ならば、お母様にお願いして空の便を手配して貰うことも出来ますわよ。迎撃される危険はありますが、魔法師団の一員を護衛に付ければ大丈夫でしょう」
「ううん。大丈夫。とりあえず様子を見よう。ミリド王国の関係の無い人達が困るのは嫌だけど、スズメの仲間達が傷ついたりするのはもっと嫌だもん」
「フフッ。ありがとうございます。ソニア様。ですが、わたくしは他の誰が傷つくよりも、ソニア様が悲しまれる方が嫌なのです。それだけは覚えておいてくださいませ」
「うん、わかった」
誰も傷つかないのが一番なんだけどね。世の中ってなかなかそう上手くはいかないよね。
「では、報告は終わったことですし、わたくしは部屋に戻って少し仮眠を取ってきますわね。ソニア様、ディル様、またお昼頃のお疲れ様会で」
「おう、おやすみ」
「うん、おやすみー」
スズメが部屋から出ていった。静かになった部屋で、ディルとスズメから聞いた話を思い出して「ハァ」と溜息が出る。そんなわたしに、ディルがそっと頭に指を乗っけて撫でてくれる。
「ソニアがどう思ってるのかは何となく想像出来るけど、俺は、ソニアのやったことに感謝してるんだからな。おかげでくるみ村にこれ以上の騎士が進軍することは無くなったし、ミリド王国にナナちゃんが連れ去られる心配も無くなったんだから。だから、よくやってくれた!ありがとな!」
ディルにそう言われて頭を撫でられて、わたしは自分の行動をやっと肯定できた。
ディルに感謝されて、褒められた。それだけでも、ミリド王国の周辺の森を消し去っただけの価値はあるよね!
わたしは頭の上に乗せられているディルの指を両手で掴んだ。温もりがある。
国に帰れない? ミリド王国から出られない? そんなの知らないよ。ディルはあなた達の王様のせいで死にそうになったんだから、それくらい我慢してよね!
読んでくださりありがとうございます。
ズドーン!!
スズメ「・・・ふみゃ!?」Σ(゜Д゜)




