20.ブラックドッグ
孤児院の扉を勢い良く開け放ったのは、国王の護衛をしていた騎士さんだった。隣には不安そうにこちらを見ている院長さんも居る。
「直ちに避難してください!王都内に魔物が多数侵入しています!」
騎士さんはビシッと背筋を伸ばして、焦りを含んだ声でそう報告する。突然の緊急事態にジェシーが「なんですって!?」と叫びながらマリちゃんをギュッと抱き寄せ、そしてマリちゃんが「よく分からない」というような顔で首を傾げながらわたしをキュッと掴んで胸に引き寄せた。
それ・・・わたし、関係ないよね? たまたまわたしが王都にいる時に魔物が侵入してきたんだよね? 実は妖精は魔物を引き寄せるんです・・・とか、ないよね!?
「馬車を用意しているので、そこに子供達を乗せて下さい! 臨時避難所の城まで送ります!」
「わ、分かりました!子供達を呼んできます!」
ジェシーがマリちゃんの頭をポンと撫でてから、急いで2階へ続く階段を登っていった。
「妖精様とディル君と院長さんはこちらの馬車へ乗ってください」
三台停めてある内の一番小さい馬車に誘導してくれる。
まぁ、ちっちゃいわたしと子供のディルと院長さんだけなら、それくらいの大きさの馬車で十分だよね。
そう思いながらマリちゃんの手を離れて騎士さんの後ろをディルと一緒について行こうとしたら、院長さんが首を横に振った。
「いいえ、私は子供達と一緒に乗ります、馬車の中で怖がっているかもしれません。私が一緒なら子供達も少しは安心出来るハズですから」
「じゃあ、俺もそうするかな」
結果的に、院長さんが大きな馬車に子供達と一緒に乗り、ディルとジェシーはもう一つの大きな馬車に別の子供達と一緒に乗ることになった。わたしは小さな馬車に騎士さんと乗って、移動中に事情を説明される役だ。
「じゃあ、お願いしまーす」
わたしを見て目を丸くしている御者さんにペコリと頭を下げて、小さな馬車の中に乗り込む。
「じゃあ私もソニアちゃんと一緒に・・・」
何故かマリちゃんもわたしと一緒に小さな馬車に乗り込む。
・・・流れるような動きで乗ってきたなぁ。子供達の中で1人だけ別の馬車に乗るマリちゃんに誰も何も言わないし。別にわたしも言わないけど。
他の馬車より少し狭めの馬車の中でマリちゃんの膝の上に座らされたわたしは、ニマニマと微笑ましそうにこちらを見てくる騎士さんに話しかける。
「さて! まずはわたしからひとつ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「聞きたいこと・・・ですか?魔物に関しては私から説明致しますが・・・」
「ううん、それとは別だよ」
魔物についても知りたいけど、その前にちょっと疑問に思ったことがある。
「どうしてわたしとディルが孤児院に居ることを知っていたの?」
「そ、それは・・・コンフィーヤ公爵様が・・・」
そーっと窓の外に目を逸らす騎士さん。
「なるほどね・・・コンフィーヤ公爵の命令で、誰かがわたし達のことを尾行してたんだ?」
「そ、そうです。申し訳ありません」
・・・まあ、あの人ならやりそうだよね。でも、そのお陰でこうして逸早く避難できるんだけど・・・複雑だ。
「別に謝る必要はないよ。悪意があるわけではないだろうし、例えあったとしても騎士さんが謝ることじゃないもん。ごめんね、意地悪なこと聞いちゃって」
「い、いえ。とんでもないです!」
騎士さんがホッと息を吐くのを待って、空気を切り替えるようにパンッと手を叩いて口を開く。
「それじゃ! 気になることも聞けたし、魔物のこと説明してよ!」
「はい」
キッと真面目な顔を作った騎士さんは、「コホン」とわざとらしく咳払いしてから説明を始める。
「妖精様が城から出て行かれてから暫く経ったあと、西門の兵士から遠くの方に黒い霧のようなものが王都に接近して来ていると報告が上がってきました」
黒い霧・・・そういえば、城でディルがそんなようなこと言ってたよね・・・言ってたよね!?・・・どうだったっけ?
「そして、その報告と同時に王都の各地で魔物の被害報告も上がってきたのです。幸い、今のところ凶暴な魔物は目撃されておらず、死人は出ていませんが、凶暴ではないと言っても魔物は魔物です。怪我人が多数出ていますから、街の兵士達と城の騎士団で連携を取って対応している最中なのです」
「ふむふむ」
「現在、城では各地で目撃されている魔物と同時に発見された黒い霧は何らかの関係があると予測し、騎士団長とコンフィーヤ公爵様が調査と監視の為に西門へと向かいました」
「ふむふむ」
さっきからマリちゃんが「ふむふむ」と頷いているけど、本当に理解してるのかな?・・・まぁ、怖がっているよりはいいんだけどね。
「魔物かぁ・・・どんなのが出たの? ポヨポヨしたスライムとかいる?」
やっぱり魔物って言ったら一番に思い浮かぶのはスライムだよね。見た目に反して意外と危なかったりするんだよね。きっと。
「ここ緑の地方にスライムは生息していません。報告されているのは、ブラックドッグとその眷属達の闇系統の魔物達ですね」
「ブラックドッグ?何それ犬なの?」
名前からして黒い犬かな? 格好良いハスキー犬に違いない。
「黒くて大きな身体を持つ犬の姿をした魔物で、闇の魔石を体内に持っています。ブラックドッグは非常に強い魔物ですが、温厚な性格で縄張りを荒らさない限り滅多に人を襲うことはありません」
本当にハスキー犬みたいだね。
「別に王都が縄張りって訳でもないんでしょ? じゃあ何で怪我人が出てるの?」
「眷属達です。ブラックドッグに比べるとそれほど強くはありませんが、凶暴な性格でよく人間を襲います」
「なるほどね、わたしなんてパクリと一口でおしまいだね」
生きたまま胃まで行っちゃうよ。
「ソニアちゃん・・・」
「ん?」
上を見上げると、マリちゃんが心配そうに眉を下げてわたしを見下ろしていた。
「ソニアちゃん・・・食べられちゃう?」
今にも涙がわたしの頭に落っこちそうな瞳でそっとわたしの頭を撫でてくれる。わたしは撫でられた手の指をギュッと掴んで、安心させる為にニコッと笑ってマリちゃんを見上げた。
「大丈夫だよ! わたしはそんなにどんくさくないから! 」
「本当に?」
「うん!」
割と自信満々に頷いたんだけど、マリちゃんはまだ不安そうにしている。
「・・・私が守ってあげるからね、ソニアちゃん」
「それじゃあ、マリちゃんのことはわたしが守ってあげるね」
マリちゃん・・・もしかして「ディルお兄ちゃんの代わりにソニアちゃんを守るため」とか思ってこの馬車に乗ったのかな? だとしたらなんて良い子なんだろう! 守ってあげたい!
対面に座っている騎士さんが微笑ましそうな目でわたし達を見てくる。馬車の中が少し和んだ。でも、騎士さんの拳にグッと力が入っていたのがわたしの視界にはバッチリ入っていた。
騎士さんはわたしとマリちゃんを守らなきゃいけないもんね・・・。
ガタガタと小さく揺れる馬車の中、あちこちから聞こえる避難誘導の声を聞き流しながら、わたしはマリちゃんに撫でられ続けながら騎士に気になっていることを聞く。
「そういえば、闇の魔石ってどんな魔法が発動するの?」
他の火とか水とかは想像出来るけど、闇ってイマイチ分かんないんだよね。
「人間が使えば、身体強化などが出来ます」
「人間が使えば?じゃあ魔物は違うの?」
「闇の魔石を持つ魔物は身体能力が高いことが特徴ですが、稀に変わった魔法を使う個体がいるんです」
「ふむふむ」
マリちゃんがまた神妙な顔で「ふむふむ」と頷く。
身体能力が高いのか・・・わたし大丈夫かな? 大丈夫だよね。わたしはどんくさくないから・・・
「もうすぐ城門に着き・・・っ!皆さん伏せてください!!」
馬車の窓から外を見ていた騎士さんが、手で伏せの合図をしながら叫んだ。
「へ・・・?」
「ソニアちゃん! こっち!」
突然のことに体が追い付かず、わたしがポカーンとしてると、マリちゃんの胸元に抱き寄せられた。
な、何が起こったの!?
「ひゃあぁ!」
「くっ・・・」
直後、馬車が横転した。マリちゃんに抱えられてるので視界は真っ暗だけど、マリちゃんの悲鳴と騎士さんの呻き声が聞こえ、重力が横にズレたのが体感で分かった。
「・・・うぅ」
「マリちゃん!?大丈夫?」
わたしはマリちゃんの腕の中で無事だったけど、わたしを庇ったマリちゃんはどこか痛めたのか、辛そうな声を出している。
「うん、ちょっと頭をぶつけただけ」
マリちゃんがニコリと微笑んだ。すると、いつの間にか窓を突き破って外に放り出されていた騎士さんが、横転したせいで真上にある扉から慌てて戻ってきた。
「皆さん大丈夫ですか!?」
「うん、マリちゃんのお陰でね。ありがとうマリちゃん」
「うん!」
騎士さんが真上にある馬車の扉から頭だけを出して周囲を警戒しながら現状を説明してくれる。
「馬車にブラックドッグの眷属が突進してきました。今はその眷属達に囲まれています」
え・・・それ、やばくない? ディル達は大丈夫なの!?
「他の馬車は大丈夫なの!?」
「大丈夫です、既に城門を通って城に到着しています」
「良かった・・・」
ホッと胸を撫でおろしていると、誰かが近付いてくる足音が聞こえてきた。
「ベルガット様!中は大丈夫ですか!?」
馬車の御者をしていた別の騎士さんが馬車の外からわたし達の安否を確認しているみたいだ。そして、わたしに色々説明してくれた騎士さんはベルガットという名前らしい。
「大丈夫だ!・・・・私達も外に出ましょう。このまま中に居ても逃げられません」
ベルガットが先に扉から出て、上から手を差し伸べてマリちゃんを引き上げる。最後に、差し出された手を素通りして、わたしが飛んで外に出る。外に出ると、馬車は十数匹の黒い狼に囲まれていた。
「グルルルルゥ・・・」
こわいこわい! 人間だった頃に動物園で見た狼よりも100倍こわい! 檻が無いんだから当たり前だけど!
涎を垂らしてこちらを威嚇する黒い狼達。わたしは目が合わないようにそっと視線を斜めにずらした。
わたしは食べ物じゃないよぉ~・・・。
そんなわたしを背に庇うようしながら、ベルガットは御者をしていた騎士さんに叫ぶ。
「救援の魔石は!?」
「発動しましたが・・・」
「騎士団や兵士は各地で魔物の対応に追われている。城にいる騎士は王の護衛で離れられない・・・か」
「はい・・・」
要するに、めっちゃピンチってことだよね。わたしだけなら飛んで城まで行けるけど・・・さすがにマリちゃん達を置いてはいけないし。それに、この近距離じゃあわたしのガバガバエイムの雷も撃てない。
「ソニアちゃん・・・私が守ってあげるからね」
いつの間にかわたしの背後にいたマリちゃんが、震える手でわたしをもう一度抱える。すると、ベルガットがギリッと歯を食いしばったあと、覚悟を決めたような瞳で狼達を睨みながら口を開いた。
「私が囮になる。その間に其方はこの女の子と妖精様を抱えて城門まで走れ」
ベルガットが御者をしていた騎士にそう言うと、騎士は「必ず!」と大きな声で返事して、わたしとマリちゃんの近くに駆け寄ってくる。
「ちょっと! 囮って大丈夫なの!?」
「大丈夫ですよ。これでも国王様の護衛を任されるくらいには強いですから。あの程度の魔物ならどうってことありません。私などを心配してくださりありがとうございます」
強がりとかじゃないよね? 本当に大丈夫なんだよね!? 信じるよ!?
「「騎士さん、頑張って!」」
「ありがとうございます。それでは行ってきます」
わたしとマリちゃんの応援を背に、ベルガットが腰に下げていた直剣を鞘から抜いた。柄には茶色の魔石がはめ込まれているのが見える。
「では、失礼しますね」
騎士さんがわたしを抱えたマリちゃんをお姫様抱っこし、その瞬間ベルガットが「走れ!」と叫んだ。
お城までどれくらい!?100mくらい!? 頑張って!
ベルガットが黒い狼に切りかかるのが視界の端に見える。切られた黒い狼はスッパリと真っ二つになって地面に転がった。
うぇ~・・・真っ二つだよ。見なきゃ良かった。あの剣切れ味抜群すぎない? 普通骨まであんな綺麗に切れるかなー?
「あと少しで城門です!」
ドスン!
「んなっ!何故!?」
「グルルルルゥ!」
もう少しで城門というところで、目の前にさっきの黒い狼よりも一回りも二回りも大きい黒い犬が立ちはだかる。
「もしかして・・・これがブラックドック!?」
デッカイ・・・真っ黒なハスキー犬だぁ!
「はい、これがブラックドッグです。眷属ならともかく、ブラックドッグは人間に危害を加えることは・・・」
「いやいや! 明らかに敵意剝き出しだよ!? 涎、すんごい垂らしてるよ?」
ブラックドッグは思いっ切り敵意を剝き出しに騎士さんを見ている。そして、少し視線を落としてわたしを見た。ブラックドッグと目が合った。騎士さんを獲物を見る目で見ていた赤い目は、何故かわたしを見た時だけは敵意は感じなかった。
「ウォーーーーン!」
うわぁ! 急に叫んだ! なに!? わたし達何か癇に障ることでもしましたか!?
ブラックドッグが西門の方を向いて咆哮して・・・そのままどこかへ立ち去って行った。
「な、何だか分かりませんが早くお城へ・・・っ!?」
ブラックドッグが去った瞬間、ベルガットの相手をしていた眷属達がわたし達を抱っこしている騎士さん目掛けて凄い速さで駆けてきた。騎士さんは城門に向かって全速力で逃げるけど、黒い狼達の方が断然早く、明らかに間に合いそうにない。
い、一か八か雷で撃退する!? でもでも・・・失敗したらマリちゃんや騎士さんが丸焦げになっちゃうかも・・・。
わたしが内心パニックになっていると、狼達の荒々しい息の音が間近に聞こえてきた。
・・・死なせたくない! ついでにわたしも死にたくない!
「妖精様!」
「くっ・・・どうすれば・・・!」
遠くで別の狼達と戦っているベルガットと、わたし達を抱えている騎士さんが悔しそうに叫ぶ。
そして、いよいよ狼達が進行方向に回り込んで来た。騎士さんはマリちゃんを片手で抱えて、もう片方の手で剣を構えて狼達と対峙する。
「ソニアちゃんソニアちゃん・・・大丈夫だよ・・・大丈夫・・・うっ・・・うぅ・・・」
マリちゃんは泣きながら胸元で大事そうにわたしを両手で持っている。
「マリちゃん・・・」
・・・・でも、きっと大丈夫。大丈夫だから! 一向に城に入ってこないわたし達を黙って待ってるわけがないもん。だって、わたしの・・・
わたしは雷よりももっと確実なものに頼ることにした。
読んでくださりありがとうございます。マリちゃんは天使です。




