208.酔ったら危ない
「あ、あれは演技で言ったんだからね! べ、別に本当にディルに恋してるとかじゃないんだから! 変な勘違いしないでよねっ!」
わたしはそう言い残して、ホールから慌てて出る。
まだ、わたしの気持ちがディルにバレるわけにはいかないもん! だって・・・だって・・・ディルはまだ14歳だよ!? まだ未成年なんだよ!? 普通に犯罪じゃん! いや、この世界ではどうなのか知らないし、そもそも妖精と人間で種族も違うんだけど・・・それでも、やっぱり子供と付き合うのはわたしの中では完全にアウトだ。
ホールから出て、少し飛んで、わたしは考える。
勢いに任せて飛び出してきちゃったけど・・・どうしよう? 何も考えてなかった。
やることもないし寮に帰ろうかなと思っていたら、後ろから「ソニアちゃん?」と声を掛けられた。振り返ると、フィーユとその護衛の人が数人立っていた。フィーユ達も演劇を観ていて、今ホールから出て来たところみたいだ。
「ソニアちゃん、そのような格好で不用意に飛び回ると、スカートの中が見えてしまいますよ」
わたしはそっとスカートを手で押さえて、フィーユの手の上に乗る。
「ねぇフィーユ。わたし達の演劇はどうだった?」
「とても素晴らしかったですよ。特に終盤のソニアちゃんの演技は、とても演技とは思えないほど心に響くものでした」
「そ、そうかな? わたしの演技力凄いでしょ?」
フィーユに「ソニアちゃんはどこに向かわれているのですか?」と聞かれたので「寮に帰る!」と答えたら、このまま手の上に乗せて運んでもらえることになった。
「今日の夜は先生方とお世話になった他の従業員やお店の人達と一緒に食堂で打ち上げをする予定なのです。ですので、私もこれから自分の部屋に戻って少し仮眠をしようと思っているのですよ」
「打ち上げ? もしかしてお酒とか飲んだりするの?」
「そうですね。私は飲みませんけれど、飲む方も少なからずいますよ」
おぉ! おぅ! お酒! この世界のお酒! 飲んでみたい! 今までは子供のディルが常に一緒にいたから、そういう居酒屋的なお店に入ることはなかったし、妖精のわたしが一人で行くことも出来なかった。でも、ここでなら・・・学園の中なら、妖精のわたしのことを知ってる人がほとんどだし、危険な人もいないハズ!
今日の夜はわたしも打ち上げに参加しようと心の中で決めて、わたしは寮の部屋まで運んでもらった。
でも、わたしの体のサイズだと飲みづらいんだよね。・・・仕方ない。ストローで我慢しよう。飲めないよりはマシだ。うん。
そう思って、部屋に戻って懐かしい白いワンピースに着替えたわたしは、ディルのリュックの中からストローを出していたら、帰って来たディルに「お酒は子供が飲む物じゃない」と打ち上げに参加することを反対されてしまった。
・・・ディルが寝たらこっそり抜け出そっと。
寝る準備を終えたわたしは、窓からお月様が輝く夜空を眺めながら考えなくてもいいことを考えてしまう。
「どうしたソニア? 寝ないのか?」
ベッドに横になったディルが、枕に肘をつきながらわたしを見みながらポンポンと隣に置いてあるわたしの寝袋を叩く。
なんか・・・なんかヤラシイ。Vネックで胸元が大きく空いてるのが尚更ヤラシイ。意外と逞しい胸筋が気になって仕方ない。今までは特に何も感じなかったのに・・・急にディルと一緒に寝るのが犯罪っぽく感じる。わたし・・・なんだか変態みたい。
わたしはバレないようにチラチラとディルの胸元を見ながら口を開く。
「あ、あのさ・・・今更だとは思うんだけど、その・・・男女が一緒の部屋で寝るのって・・・イケナイことなんじゃないかなーって・・・」
「イケナイって・・・何でだよ?」
何でって・・・そんなの言えるわけ無いじゃん!! もしかして気にしてるのはわたしだけ?
「ディルは平気なの?」
「・・・・・・ああ、平気だ。普通のことだからな」
・・・平気なんだ。わたしはこんなにドキドキしてるのに。わたし、魅力無いのかな。自分で言うのはアレだけど、別にスタイルは悪くないと思う・・・たぶん。きっと、わたしの体がちっちゃいからだ。ハァ・・・わたしもディルと同じサイズになりたい。
「おやすみソニア」
「おやすみディル」
「すぅすぅ」といつもよりも静かなディルの寝息を確認して、わたしは蛹から孵る蝶のように寝袋から出る。そして隠してあったストローを持って窓際まで飛んだ。
今までのわたしなら窓を開けられずに困ったと思う。でも、今のわたしはひと味違うんだよね。
わたしは体をいつものように電気・・・ではなく、光にする。するとどうだろう。ガラスをスーッと通り抜けられた。
電気だけじゃなくて光も出せるならもしかして・・・って思ってたんだよね~。
外から食堂に向かってる最中に気が付いた。ストローを持ってないことに。わたしの体と、妖精の力によく馴染んだ白いワンピースと下着は同じように光になるけど、ストローは当然のように光にはならない。窓際に置いて来てしまった。
もういいや。ここまで来たら引き返すのも面倒だし、どっちにしろ彼はわたしにはついて来れない。置いて行こう。さようなら。
そのまま体を光にしたまま、わたしは寮のエントランスを抜け、食堂に飛び込む。
わぁお! まるで立食パーティーだ!
テーブルの上には色々な料理が置かれていて、大人達はグラスやジョッキを持って立ち話を楽しんでいた。黄色い光の玉が食堂に入って来たことで、大人達は上をふわふわと飛んでいるわたしを驚いたように見上げ、フィーユの護衛は盾を構える。
おっとっと・・・体を光にしたまんまだった。
わたしは光の玉から妖精の姿に戻る。大人達は珍しそうにわたしを見上げ、フィーユの護衛は安堵したように盾を納める。
「やっほー! わたしも打ち上げに参加しに来たよ~!」
「妖精さん!」
真っ先にわたしのもとにやって来たのは、食堂のお姉さんこと、ミリド王国の元王妃アネモネだった。隣にはナナカ君の姉のムツカちゃんもお酒が入ったグラスを持って立っている。
「妖精さん、今回の件、迷惑をおかけしてしまってごめんなさい」
「ううん。気にしないで。悪いのは闇市場の奴らとミリド王国の新しい王様だもん。食堂のお姉さんは被害者だよ」
・・・巻き込まれたのは間違いないんだけどね。でも、責められるようなものではない。
食堂のお姉さんと小声でそんなやり取りをしていたら、フィーユと学園長がやって来た。
「ソニアちゃん、このような夜更けに大丈夫なのですか? ディル君はどうしたのですか?」
「ディルは部屋で寝てるよ! こっそり抜け出して来たの! 秘密だよ?」
フィーユは「あら!」と悪戯っ子を見るような目でわたしを見て微笑む。その様子を見ていた学園長が不思議そうに首を傾げる。
「ところで、ソニア様はお酒を嗜まれるのですかな?」
「ふっふっふ・・・もちろんだよ!」
学園長だけでなく、周囲の人達がわたしの言葉に驚いたように目を見開く。
「その・・・大丈夫なのですか? そのような小さな体でお酒を飲まれて・・・」
「大丈夫なだって! ほら! わたしにもお酒を持って来て! なるべくちっちゃいコップに入れてね!」
わたしがそう言うと、ムツカちゃんが「今持ってきますね!」と走ってくれる。
さて、どんなお酒がくるのかな?
「お待たせしました!」
ムツカちゃんが何かの蓋? みたいなのにお酒を入れて持って来てくれた。わたしはそれを両手で受け取る。まるで力士が優勝した時とかに飲む盃みたいだ。
これならなんとか普通に飲める! 彼は置いて来て正解だった!
「それじゃあ、さっそく・・・」
皆が不安そうに見守る中、わたしはクピッと一気に飲んだ。
「んくんく・・・ぷはぁ! 思ったよりもお酒!」
日本酒に近いかな? アルコール度数はそれよりも高い気がする。さっそく頭が熱くなってきた。
「良い飲みっぷりですな!」
学園長が豪快に笑う。わたしは「でしょう!」と得意げに笑い、更に何杯か追加で持って来て貰い、テーブルに置いてある料理の横にペチャっと座ってつまみながら飲む。・・・飲む。
「ソ、ソニアちゃん大丈夫ですか? かなり顔が赤いみたいですけれど」
なんだか歪んだ顔に見えるフィーユが心配そうにわたしを見下ろす。フィーユだけでなく、周囲の人達もわたしを囲んで心配そうに見ている。ただ一人、わたしにお酒を注いでくれていたムツカちゃんだけが「こんなの実家のお客さんに比べたらまだまだですよ」と笑っている。
「そうらよぉ・・・昔はひごほおわりに妹といっひょに何缶もあへへはんははらぁ・・・うっ、うぅ・・・会いたいよぉ・・・」
突然泣き出したわたしを囲んで、良い大人達がオロオロしている。
あぁ、家族に会いたいな。一緒に飲みに行っていた仲の良かった友達に会いたいな。ディルに抱き着きたいな。
食堂の入口から見覚えのある人がやって来た。スズメのお母さんとキンケイとニッコクだ。何故か疲れた顔のディルも一緒にいる。わたしは盃に残っていたお酒をクピッと飲み干して、ディルに向かって勢い良く飛び立った。
・・・。
気が付いたら寮の部屋のベッドに寝ていた。
「お、起きたか? おはよう。もう朝だぞ?」
横に置いてある椅子に座って、見覚えの無い黄色い魔石を手の上で転がしながら言うディル。
「おはようディル。・・・えっと、教えて貰っていい? 食堂にディルが来てからの記憶があやふやなんだけど」
「やっぱり覚えてないか・・・」
ディルは「ハァ・・・」と溜息を吐いて、窓の外を見る。
「色々と大変だったんだぞ? ソニアが急に服を脱いで踊り出して・・・」
「えっ、えっ、うそ!?」
「嘘だよ」
「・・・やめてよ!! そういうの!」
思えば、人間だった頃はよく妹や後輩に『酔ったら危ない』『男と一緒に飲んだらダメだよ』って言われてた。本当にやってそうで怖いから、そういう冗談はやめて欲しい。
「まぁ、でも、大変なことになったのは本当だ」
「え、何その言い方。こわいこわい。聞きたくない」
バァン!!
突然部屋の扉が勢い良く開け放たれた。
「聞いてくださいませ! ソニア様! ディル様!」
「うわぁ! 何!? スズメ!?」
ぐしゃぐしゃに髪が乱れたスズメが、杖を持ってズカズカと部屋に入ってくる。ディルはそんなスズメを咎めることなく「おっ、来たか」と冷静に言う。
「スズメ。見て来てくれたのか?」
「ええ、ディル様に言われて、急いで飛んで確認して来ましたわ!」
ディルに言われて? 何を確認したの? 全然話がつかめないよ。
首を傾げるわたしに、スズメは「流石ですわね!」と何故かわたしを褒めて、報告を始める。
「上空からミリド王国の周辺を確認して来たのですが、木々が生い茂っていた王国周辺は、一晩で底が見えないほどの深い穴になっていて、ミリド王国は完全に陸の孤島と化していましたわ!」
「マジか・・・」
ディルが呆気にとられる。
え、なんか分かんないけど、それやばくない? 天変地異じゃない? 一晩で地形が変わるなんて・・・。
「ソニア。目を丸くして可愛く驚いてるところ悪いけど、たぶん、これやったのソニアだからな?」
「え、やば・・・」
『酔ったら危ない』どころじゃないじゃん。
読んでくださりありがとうございます。
ソニア「お酒おいちー!」
学園長(゜Д゜;)




