205.心が和む占いメイド喫茶
学園祭最終日、わたしとディルが朝の支度を終えて寮の部屋から出ると、眠そうな顔のマドカ君とノルン君が扉の前で待ち構えていた。
「ソニアちゃん、もう学園祭が終わっちゃうのに全然私たちのクラスに遊びに来てくれないのよ! アンタ達は朝早起きしてソニアちゃんを迎えに行って!・・・・・・ってアイリに言われたんだ」
マドカ君が目をクシクシと擦りながら言う。ノルン君が隣で「ふぁ~」と欠伸をしている。
いったい、いつから待ってたんだろう? わたしもディルもお互いがお互いを起こしてくれるだろう的な考えで、かなり起きるのが遅くなっちゃったんだけど・・・。
「言われたんだって・・・当のアイリちゃんは来てないの?」
「何言ってんだよソニア師匠。男子寮に女子のアイリが入れるわけないじゃん」
「あっ、そうだよね・・・」
わたしとディルは顔を見合って肩を竦める。
普通の顔して男子寮に入ってくるスズメのせいで、少し感覚がおかしくなってたみたいだね。まぁ、妖精で女子のわたしが男子寮に居る時点でおかしいんだけど。
「昨日の夜、ソニアと明日はお前らのクラスに行こうって話してたから、2人が来なくても俺達はアイリのクラスに行ったんだけどな」
「うん。朝ごはんはアイリちゃんのメイド喫茶で食べようねって寝る前に話してたの」
「ね?」と見合うわたしとディルに、マドカ君とノルン君が項垂れる。
「マジかよ・・・俺たちは何の為に長い時間ここで立ってたんだよ・・・てか、もう朝飯より昼飯の時間のほうが近いだろ・・・」
「もう眠いしお腹すいたよ・・・」
くぅ~っと可愛らしくお腹を鳴らすノルン君。
「なんか、ごめんね? ディルが全然起きてくれなくってさ」
「いや、普通に噓つくなよ! いつまでも寝袋から出てこなかったのはソニアだろ? どうして俺よりも先に寝たソニアが俺よりも後に起きるんだよ。俺はてっきり先に起きたソニアが起こしてくれると思ってゆっくり寝てたのにさ」
・・・ディルの睡眠時間が短すぎるんだよ。寝る前に筋トレして、起きた後に筋トレしてるんだから・・・成長に良くないと思うよ?
「確かにわたしの方が起きるのが遅かったけど、でも、ディルが寝癖直すのに手間取っててさ。可愛いからそのままでいいって言ったのに」
「だから噓つくなって! 羽の寝癖を丁寧に直して、服の皺をのんびりと伸ばして、髪をこれでもかってくらい手で梳いて・・・可愛いからたまにはそのままでいいんじゃないかって言ったのに」
えへへ、またディルに可愛いって言われちゃった。でも、さすがに寝起きで羽も服もくしゃくしゃのままで身内以外の人の前には出られないよ。
「イチャイチャしてないで、さっさと行こうぜ。俺とノルンはもう待ちすぎて色々と限界なんだ。これ以上待ちたくない」
「「ごめん」」
マドカ君とノルン君に連れられて男子寮から出てエントランスに出ると、反対にある女子寮に向かう扉の前に、白いローブを着た体躯の良い男の集団が立っていた。10人くらいだけど、皆がガタイが良いせいでエントランスが少し狭く感じる。
「明らかに怪しい人達がいるね。何してるんだろう?」
「アレじゃないか? ほら、学園祭の最終日にスズメのお母さんが来るって言ってたから・・・」
「あ~・・・じゃあアレはスズメのお母さん・・・カイス妖精信仰国の王妃様の護衛とかそんな感じなのかな」
わたし達を発見した白いローブの集団は、驚きと歓喜の雄叫びをあげたあと、ざわざわと何やら相談し始めた。たぶん、わたしに話しかけるかどうかを話し合ってるんだと思う。わたし達はそんな彼らを無視してエントランスから外へ出た。
スズメのお母さんの護衛なら、どうせまた会うことにはなりそうだし、話すのは今じゃなくていいよね。だってマドカ君とノルン君の歩みがとても早くなってるもん。
『メイド喫茶』と、拙いながらも一生懸命に子供達が書いたことが分かる大きな看板が立てられているクラス。その扉の前で1人の女の子が可愛らしいメイド服を着て立っていた。
「あ、マドカ君にノルン君! アイリちゃんが遅いって怒ってたよ!」
「しょうがないだろ! だってソニア師匠が遅かったんだから!」
マドカ君がそう言いながらわたしをビシッと指差してくる。女の子はわたしを見て「わぁ! 妖精さん!」と頬を赤くする。
「まぁまぁ。そんなに寝坊したディルを責めないであげて」
「おい・・・」
ディルにかる~く後頭部を小突かれながら教室の中に入る。
「おかえりなさいませ!ご主人様!」
メイド服姿のアイリちゃんがニコニコと可愛らしい笑みを浮かべながらトコトコと近寄って来て、わたしを見上げる。マドカ君が「おう! 帰ったぞ!」と返事をして「アンタじゃないわよ!」と怒られている。
「ソニアちゃん! やっと来てくれたのね! 嬉しい!」
ぴょんぴょんと跳ねながら嬉しそうにわたしの手を指で摘まむアイリちゃんに、わたしも笑顔で「楽しみにしてたよ!」と返す。
アイリちゃんのクラスは、『執事喫茶』や『妖精様の為のカフェ』と違ってそれ程お客さんは多くなく、ここでメイドの恰好をして接客をしている女の子達の保護者や親族が多いように見える。今は皆がわたしとアイリちゃんのやり取りを暖かい目で見守っていた。
「これがメニュー表ね! ソニアちゃん達はあそこの席に座ってね!」
アイリちゃんに案内されて空いている席に座ると、マドカ君とノルン君も同じ席に座った。
「2人は手伝いとかしなくていいのか? それとも男子はあんまり出番が無い感じか?」
ディルがアイリちゃんから受け取ったメニュー表を広げながら聞く。
「他の男子達は裏で料理の盛り付けとか、食器を洗ったりしてるよ。僕達は頼まれてこうしてるんだよ」
「そうだぜ! クラスの皆に『お願いだから何もしないで大人しくしてて』って頼まれてんだ!」
「そうか・・・俺は純粋にマドカとノルンの将来が心配だよ」
ディルはそう言いながら、元気に他の女の子達に指示を出しているアイリちゃんを見る。
確か、アイリちゃんは将来スズメのメイドさんになるって言ってたよね。夢に向かって頑張ってるみたい。
「むぅ・・・俺達だってちゃんと将来のことは考えてんだぞ! なぁ? ノルン」
「うん。僕は世界中を旅して魔物の研究をしたいんだ」
「んで、俺はそのノルンの護衛で一緒に旅をすんだ! いいだろ!」
胸を張ってそう言うマドカ君とノルン君。
立派な夢を持ってると思うよ! わたしがこの子達くらいの歳の頃は将来なんて全く考えてなかったもん。強いて言うなら、家族と・・・双子の妹とずっと一緒に居たいって思ってたくらいかな。それは叶わなかったけど。
「その将来の夢の為に努力しような」
「「はい!!」」
元気よく返事する2人に、ディルはコクリと満足そうに頷いて、メニュー表に視線を落とす。
「じゃあ、何か頼むか・・・えーっと、メニューは、ラーメンに炒飯に唐揚げ・・・」
「好物ばっかりだ」と嬉しそうにディルが言うけど、おかしいと思う。
「ねぇ、ここって一応メイド喫茶なんだよね? 喫茶なんだよね? 何この重すぎるメニューは!普通、メイド喫茶って言ったらさ、アイスクリームとかパンケーキとか、百歩譲ってオムライスとかじゃないの!?」
わたしがメニュー表の上に座ってパシパシとメニュー表を叩きながら訴えると、3人は首を傾げてわたしを見下ろてくる。
「ソニアってメイド喫茶なんて行ったことあったのか? 俺はこの学園に来て始めてメイド喫茶っていうのを知ったけど」
「え・・・いや、ないけど・・・その・・・誰かがそういう風に言ってた・・・ような? ハハハ・・・」
「あ~・・・どうせカーマとかその辺りだろ。他にも変なこと吹き込まれてたりしないよな?」
「な、ないよ」
ふぅ・・・危ない危ない。カーマを犠牲にしてなんとか誤魔化せてよかった。
ノルン君の説明によると、メイド喫茶のメニューはクラスの人気投票で決まったらしい。どうりで子供が好きそうなメニューばかりな訳だ。
「じゃあ、俺は唐揚げにする」
「僕はラーメンがいい」
「俺は餃子!」
「わたしは3人から少しずつ貰おうかな」
というわけで、近くを歩いていた小さなメイドさんに声を掛けて注文する。
「ひゃい! ご、ごちゅうみょ・・・ご注文はななな何でしゅか!?」
いきなり妖精に声を掛けられた小さなメイドさんは、オドオドと瞳を揺らしながら頑張って背筋を伸ばして注文を伺ってくれる。その健気な姿が微笑ましい。わたしはそんな頑張り屋さんに気を使って、ゆっくりとした口調で注文を伝える。
「唐揚げと、ラーメンと、餃子を、一つずつ、下さい!」
「か、かしこまりました! えっと・・・唐揚げと、ラーメンと、餃子を一つずつ・・・少々お待ちくださいましぇ!」
小さなメイドさんはそう注文を復唱して確認したあと、スカートを揺らしながらバックヤードに向かって駆けだした。そして、ビターンッと顔面から転んでしまった。
「あぁ! たいへん!」
わたしが慌てて飛び寄ろうと立ち上がったところで、教室内で接客していた女の子達が、全員揃って各々のお客さんをほっぽり出して転んでしまった小さなメイドさんに駆け寄った。
「ミクちゃん! 大丈夫!? 怪我無い?」「泣かないで! 血は出て無いよ!」「先生に見てもらわなきゃ!」
駆け寄った女の子達の言葉で、小さなメイドさんはグッと涙を堪えて立ち上がり、「唐揚げと、ラーメンと、餃子を一つずつ・・・」と呟きながら、皆の肩を借りてヨロヨロとバックヤードに戻っていった。
そして、教室内は放ったらかしにされたお客さんだけになったけど、文句を言う人なんていない。いるわけがない。ホロリと流れた涙をハンカチで拭ってる女性が「立派になって・・・」と小さく呟いた。たぶん、あの転んだ小さなメイドさんのお母さんだと思う。
「ハァ・・・なんだか心が癒されたよ」
「俺はいつもソニアを見てそんな気持ちになってるけどな」
「え、どういうこと!? わたしが子供っぽいってこと!?」
「さぁな」と揶揄うように笑うディルをじとーっと見ていると、バックヤードから女の子達が戻って来て、いそいそと接客を再開し始めた。わたし達のところにはアイリちゃんがやって来る。
「料理を作ってくれてる先生が今は手を離せなくなっちゃったから、その間サービスで占いをしてあげるわ!」
突然の占い!? たぶん、先生はさっきの転んだ小さなメイドさんの対応で手が離せないんだと思うけど・・・時間稼ぎの為に占いなの? 出来るの?
わたしとディルが疑問に思っていると、マドカ君が「あ~・・・そういえば、今クラスの女子達の間で占いが流行ってたんだよな~」と椅子をカタカタさせながら天井を仰いだ。
「じゃあ・・・アンタ達2人はもう散々見てあげたから、まずはディルさんから! 手を出して下さい!」
ディルが「おう!」と手を差し出すと、アイリちゃんは小さな手でディルの手を持って掌をじーっと見つめる。
なるほど、手相占いなんだね。
わたしもディルの手首らへんに立って、アイリちゃんと一緒に手相を覗いて見る。細いけど、逞しい手だ。
「ディルさんは何が知りたいですか?」
「うーん・・・じゃあ恋愛に関することで」
ドキッとした。
つまり、わたしのこと・・・だよね?
「恋愛ですね! えーっとディルさんは・・・・・・振られます!」
ニッコリと、そしてスッパリとそう言い切ったアイリちゃん。ディルは「え? マジで?」と固まっている。
わたし、ディルのこと振るの? いや、それはわたし次第だけど。でも、もしディルに告白されたらわたしはどうしたらいいんだろう?
想像してみたけど答えは出て来ない。でも、わたしがディルのことを振るっていうのはちょっと考えられないな、とわたしは思った。
「た、ただの占いだもんな」と繰り返すディルを横目に、アイリちゃんは「次はソニアちゃんよ!」とわたしに手を差し出すよう促してくる。
わたしが「はい」と手を差し出すと、アイリちゃんはその大きな手でわたしの小さな手をそっと下から支える。
「う、うーん? ソニアちゃんの手、ちっちゃ過ぎてよく見えない・・・ソニアちゃんは何を知りたいの?」
「じゃあ・・・わたしも恋愛のことを」
ディルがバッと顔を上げてわたしを見る。
別に好きな人がいるわけじゃないけど、ディルのあの結果を聞いたら、わたしの方はどうなのか気になる。
「ソニアちゃん、もしかして好きな妖精さんがいるの?」
「秘密」
ぶぅっと口を尖らせて一瞬だけ不貞腐れた顔をしたアイリちゃんは、目を細めてわたしの手相を凝視する。ディルが視界の端でソワソワしていた。
「えっと・・・ソニアちゃんは・・・・・・うん! 大丈夫よ! 好きな人と結ばれるわ!」
「え、そうなの?」
というか、わたしの好きな人って誰なの? 別にいないんだけど?
椅子から滑り落ちるディル。周囲を見回してみるとアイリちゃんと同じように他のテーブルでも女の子達が占いをしていた。
「将来は100歳まで生きられます! 長生きしてね! ママ!」
「フフッ、そうね」
「お父さんと仲直り出来なきゃ一生不幸になります!」
「・・・それは大変ね。ありがとう、もう一度話し合ってみるわね」
「無駄遣いをしないで、私に可愛い服を買ったらお金持ちになれます!」
「何言ってるの・・・」
どうやら、占いと言っても子供のお遊びみたいだ。心が暖かくなる占い結果ばかりだ。
その後もアイリちゃんが適当に占いをしているうちに、注文していた料理がやって来た。
「腹減った~!いただきまーす!・・・うんめぇー!」
さっきまで落ち込んでいたディルがお肉を前に元気を取り戻した。
恋愛のことはその程度なの? いや、たぶんディルも子供の占いだからそんなに気にしてないだけだと思うけど、なんだか面白くない。
ディルに「ほら! ソニアにもやるよ!」と千切った唐揚げを無理矢理口に押し当てられていると、教室の扉がピシャーン!と勢い良く開けられた。
「妖精がいるって噂を聞いてみれば・・・おい! ディル! ソニアちゃん! 今日は午後から演劇のリハーサルをするって予定だっただろうが! 何をこんなところでのんびりしてんだよ!」
額に汗を流したカーマが、隣の教室にまで聞こえるんじゃないかというくらいの大声でそう言ってディルを睨む。
「あ、ごめん。体感ではまだ午前中だったわ」
「わたしも」
ディルは急いで残りの唐揚げを口に詰め込んで、代金をマドカ君に託して立ち上がる。わたしもディルに押し当てられていた唐揚げを口に詰め込んで、立ち上がったディルの袖にぶらーんと掴まる。
「カーマさん! 演劇頑張ってください! 私観に行きます!」
「おう、アイリ。お前もメイド頑張れよ。すげー似合ってんぞ」
「へへ。そう? ありがとう!」
カーマとアイリちゃんがそんな微笑ましいやり取りをしている。
「マドカ君とノルン君も観に来てね! わたしお姫様役頑張るから!」
「観に行くぜ! 兄ちゃんも珍しく頑張ってるみたいだしな!」
「うん! 楽しみにしてる!」
わたしとディルとカーマは、やや速足でホールへと向かった。
読んでくださりありがとうございます。
アイリちゃん(この手相は・・・よく分かんないけど、意外な結果を言った方が面白そうね!)




