204.妖精を撫でられるカフェ
学園祭二日目、わたしとディルが朝の支度を終えて寮の部屋から出ると、ニコニコ笑顔のスズメが待ち構えていた。
「では、今日も一緒に参りましょう!」
別にいいんだけどね? ただ、自分のクラスの出し物とかはいいのかなって思っちゃうんだよ。ディルだって昨日一日は執事喫茶で働いていたわけだし。
「あら? 今日は火の大妖精様はいらっしゃらないんですの?」
「うん。朝、火の雲まで迎えに行ったんだけど、出てこなかったんだよね。だから今日はわたしとディルとスズメの3人だよ」
「そうですの。きっと今頃は世界にとって何か大事なお仕事をなされているのでしょうね」
「そう・・・かなぁ?」
少なくとも、同じ偉い妖精のミドリちゃんはそんな大層なことはしてなかったと思うけど。
・・・。
「おい! もっと熱々にしろって! アタイはもっとあっつあつのカニ玉炒飯が食べたいんだ!」
火の妖精は食堂に居た。カウンターから厨房に向かって面倒くさい注文をしている。これが世界にとって大事なお仕事なんだとしたら、世界はわたしが思っているよりも、かなりちっぽけなものかもしれない。
カウンターにはミリド王国の元王妃様の食堂のお姉さんの姿もあった。色々あったけど、楽しそうに接客をしていてなによりだ。
「だから、これ以上熱くしたら焦げちゃうんですって! 分かりますか!? 焦げたら苦くなるんですよ!」
厨房の奥からナナカ君の叫びが聞こえてくる。
ホント、ナナカ君は成長したよね。根性がついた。前はあんなに火の妖精やドラゴンに畏怖していたのに。
「うるせー! うるせー! だったら焦げないようにすればいいだろ! ぅおりゃあ!」
「うわぁ! ちょっ! 何するんですか! 勝手に炒飯を燃やさないで・・・って凄い! あんなに燃え盛っていたのに全然焦げてない!」
なんだか取り込み中みたいなので、火の妖精達には声を掛けずに席に着く。ディルはカニ玉炒飯を頼み、わたしとスズメは杏仁豆腐を頼んだ。カニ玉炒飯は凄く美味しかったんだけど、正直、連日で食べれるようなボリュームじゃない。毎日ナナカ君の試作を試食していたのに、ここでもまた食べようとするディルがおかしい。
「今日はわたくしのクラスにいらしてくださいませ」
杏仁豆腐を食べ終わり、カニ玉炒飯をおかわりしたディルが食べ終えるのを待っている間、スズメが何気なくそう言った。
「そういえば昨日は結局行けなかったもんね。じゃあ、またそこら辺をブラブラしたあとはスズメのクラスに行こう。スズメのクラスは何をやってるんだっけ?」
「妖精様の為のカフェですわ」
「そうそう。『妖精様の為のカフェ』だったね。・・・え? なにそれ?」
まったく想像出来ないんですけど?
「フフッ。行ってみれば分かりますわよ」
「なんか、凄く不安なんだけど・・・」
「カニ玉炒飯おかわりー!」
「しなくていいから! いったい何皿食べるつもりなの! 置いてっちゃうよ!?」
名残惜しそうに厨房を見ているディルを連れて食堂から出る。ナナカ君と火の妖精がまだ騒がしくしていたけど、他のお客さんがもう気にしてる様子も無かったので、わたし達も気にしない。
食堂を出て、誰もいないエントランスの受付の前を通って外に出ると、物凄い人混みだった。
「あっ! 妖精様だ!」
誰かがそう言った。その瞬間、人混みがわたし達を囲んだ。
「本当に学園に来てるんだな」「見て! 妖精様も制服着てるよ! 可愛い!」「金髪なんて始めて見たわ。綺麗」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
「どうやら、昨日学園に来ていた人達が街で噂をしていたみたいですわね。それを聞いた人達が学園に押し寄せて来ているのでしょう」
なんて迷惑な・・・いや、学園からしたらお客さんが増えるからいいのかな?
「なんにしても、これじゃあ身動き取れないな」
「わたしだけなら飛んでいけるんだけどね」
「わたくしも杖を使えば飛べますわ」
お互いを見合うわたしとスズメ。コクリと頷き合う。
「え? もしかして俺を置いていくつもりか?」
「そんなわけないでしょ! ほら、スズメの杖に掴まって! 一緒に飛ぶんだよ!」
ビシビシとスズメの持っている杖を指差す。
「さすがに重量オーバーですわ」
「「・・・」」
「マジか」と項垂れるディル。そんなディルを見たスズメが「わたくしにお任せください」と杖を構えた。杖の先端が白く光る。
「「退きなさい!!」」
拡声器のように声を大きくさせる。それだけで、人混みはモーゼの海割りのように道を開けてくれた。
「あれってカイス妖精信仰国の王女様じゃないか?」「隣にいる少年はもしかして愛し子様か?」「アタシ、あういう男の子タイプよぉん」
皆の注目がスズメとディルにも集まる。そんな視線や声を受けながら、わたし達は人混みを大胆に割って進んで行く。・・・最後の女の人、出て来なさい。ディルはわたしのだよ。
昨日よりも長めに歩いて、スズメのクラスがある魔法科の校舎に着いた。さすがに校舎の中まではわたし達を遠巻きに見ていた人達もついて来ず、居ても数人くらいだ。
「ここがわたくしのクラスですわ」
『妖精様の為のカフェ』と可愛らしい文字で書かれた看板。まさかそのままの名前だったなんて。
中に入ると、全体的に親子連れの客が多かった。特に女の子のお子さんを連れた客が多い。席に座っている女の子達は、とても小さなお皿に乗せられた小さな料理を目の前に「かわいい!」「ちっちゃい!
」と顔を綻ばせている。
なるほど、『妖精様の為のカフェ』ってそういうことか。妖精サイズの料理を提供してるんだね。食べ応えとかは無さそうだけど、ちっちゃくて可愛い料理は確かに見栄えする。人間だった頃の感覚で言うなら、とてもSNS映えする。
わたしが教室の中を見渡していると、スズメがパンパンと手を叩いた。すると、接客をしていた生徒達が一斉にわたし達の前に跪いた。執事喫茶と違って皆が制服だったけど、その背中にはわたしと似た羽が装着されている。
お客さん達も突然の生徒達の行動に目を見張り、視線で追ってわたし達に注目する。女の子達が「妖精しゃまだ~」と駆け寄ろうとするのを母親が必死に止めている。
「皆、ソニア様とディル様をお連れしました。挨拶を」
「「はい! ソニア様! ディル様!スズメ様発案の『妖精様の為のカフェ』へようこそいらっしゃいました! どうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ」」
なんていうか・・・既にスズメに教育を施されていた。もはや洗脳に近い。だって、皆の目が初対面のスズメと似た感じになってるもん。
わたし達に挨拶をした生徒達は、また一斉に接客に戻って行く。わたしとディルはスズメに案内されて、窓際の席に座る。そう。わたしも席に座った。普通のテーブルの上に、妖精サイズのテーブルと椅子が置かれていた。
「これがメニューですわ」
そう言いながら自分も席に座るスズメ。どんなメニューがあるんだろうとメニュー表を覗き込もうとしたら、隣の席から「ソニアさーん」と声を掛けられた。
「あっ、マイ! 全然気が付かなかったよ!」
隣の席で、マイがニコニコとこちらに手を振っていた。
「マイもあのちっちゃい料理を目当てに来たの?」
「違うよ~。ウチはアレ」
そう言って、接客をしている生徒達の背中に装着されている羽を指差す。
「実はアレ、ウチが作ったんだ~。演劇の衣装を作る片手間だったけど、中々いい出来でしょ~?ウチ、将来は実家の道場を継ぎながらデザイナーもやりたいなって思ってるんだ~。あっ、ちなみにディル君にも協力してもらったんだよ~」
「え、色々と凄い! ていうかディルも!?」
「そうだな。俺も演技の練習の片手間だったけど、色々と助言したりした。ソニアの羽を一番近くで見て来たのは俺だからな。特に例のあの機能は満足してるぞ」
あの機能?
わたしが首を傾げると、ディルはスズメを見る。見られたスズメがパチンと指を鳴らすと、接客していた生徒達が急にサーっとカーテンを閉め始めた。暗くなった教室で、わたしの羽がキラキラと光り・・・生徒達の背中にある羽もキラキラし始めた。お客さん達が「綺麗・・・」「幻想的」と感想を零す。
「ソニアの羽ほど綺麗じゃないけど、それでも凄いだろ? 蛍石っていうスズメが持ち寄った鉱石を俺の魔剣で切って散りばめたんだ」
「へぇ~! なんかよく分かんないけど凄いよ! とっても綺麗!」
わたしが満足してパチパチと拍手を贈ると、ディルとマイとスズメは誇らしげに笑い、生徒達も嬉しそうにしながらカーテンを再び開ける。
わたしは明るくなって見えるようになったメニュー表を眺めながら、口を開く。
「それにしても、メニュー豊富だよね~。特に炒飯の種類が多い。カニ玉炒飯は無いけど」
「ナナカがカニ玉炒飯の研究の片手間にレシピを教えてくれました。小さく作るのに苦労していたみたいですが、学園祭に間に合ってよかったですわ」
スズメはそう言って、教室の中を見回して、幸せそうに破顔する。
なんだか、妖精以外のことでこんな表情をするスズメは珍しいね。
「ねぇ、スズメ。学園祭は楽しい?」
「・・・ええ、そうですわね。『愛らしいソニア様誘拐未遂事件』の調査の片手間でしたけれど、魔石の研究という同じ趣味を持つ者達と一緒に様々な魔石を使って試行錯誤をして小さな食器などを創り出し、こうして何かを成し遂げるというのは得難い経験でしたわ。学園に来て良かったと思いますわ。・・・出来ることなら、将来は王なんてものにはならずに、こんな気の合う仲間達と共にヨームお兄様が行っていた魔石の研究を引き継ぎたいですわね」
そう言ったスズメの瞳は、将来の夢を語るものではなく、叶わない願い事を言う様な儚い瞳をしていた。
・・・まぁ、ヨームはたぶん今でもクルミ村で意気揚々と魔石の研究をしてると思うけどね。
メニュー表の中から、『愛らしさ満点! アザラシを模したシャーベットアイス』を頼む。ディルは「こんなちっちゃい料理じゃ物足りない」と何も頼まなかった。スズメも「ソニア様が食べている姿だけでお腹いっぱいですわ」と意味の分からないことを言って何も頼まない。
「お待たせいたしました。『愛らしさ満点! アザラシを模したシャーベットアイス』です」
わたしの前にある小さなテーブルの上に、小さなアイスが置かれる。
「わぁ! 可愛い! 本当にアザラシだ!」
水面からひょっこりと顔を出したようなアザラシがアイスになっている。とっても可愛い。
「食堂のお姉さんとディル様からソニア様はアザラシのお肉が大好物だとお聞きしました。残念ながら本物を用意することは出来ませんでしたが、ソニア様に喜んでいただけて良かったですわ」
アザラシの頭部にスプーンをザクっと差してパクパクと食べる。たまにディルが汚れた口を拭いてくれた。
・・・うんま、うんま。・・・あまい、あまい。
「ふぅ・・・ごちそうさま~。可愛いアザラシだった~!」
「そうですわね。本当に可愛らしかったですわ」
「うん。可愛かったな」
微笑ましいものを見るような目でわたしを見下ろしているディルとスズメ。なんか恥ずかしいからやめて欲しい。
「じゃあ、そろそろお暇しよっかなっと・・・」
教室から出ようと、飛んで席から少離れたところで小さな女の子がトコトコとわたしのもとにやって来た。ついさっき教室に入って来たばかりみたいだ。後ろで母親らしき人が顔を真っ青にしている。
「ねぇねぇ!ちっちゃい妖精しゃんも店員しゃんなのー? かわいいね~!」
妖精しゃんも店員しゃん?
わたしが首を傾げると、女の子は周囲の生徒達を指差して口を開く。
「だって、おっきい妖精しゃんと同じ格好だよ~?」
確かに、接客をしている生徒達は制服姿に羽が生えている・・・ように見える。わたしも制服を着てるし、この女の子からしたら体の大きさが違うだけで同じに見えるかもしれない。
「私、あそこの人とおんなじケーキが食べたい! おねがいしましゅ!」
そう言いながら元気に張り切って挙手する女の子。
・・・まぁ、別にいっか! それはそれで楽しいかもしれないね!
慌てて女の子の口を手で塞ぐ母親にニコリと笑って、わたしは「かしこまりました!」と元気に返事をして、ディルとスズメを連れてバックヤードに入る。
「ソニア様に給仕をさせるなんて・・・」
「いいんだよ。本人がやる気だし、楽しそうなんだから。俺達は席に座って見守っていよう」
そんなやり取りをして、ディルとスズメはさっきまでわたし達が座っていた席に戻って行った。
「・・・っていうことだから、少しの間よろしくね!」
バックヤードにいる生徒達に向かってパチッとウィンクする。何人かが鼻血を吹き出した。さすがスズメに洗脳・・・じゃなくて教育されただけのことはある。
「では、こちらのケーキを先程の女の子までお願いします」
心配そうな生徒達に見送られて、わたしの手に丁度良く収まるケーキが乗ったお皿を持ってバックヤードを出る。表ではディルとスズメも心配そうにわたしを見ていて、お客さん達は物珍しそうに、まるで街中で猫に乗っかった小鳥を目撃したかのような微笑ましい目をわたしに向けてくる。
「お待たせしました! ショートケーキです!」
「わぁ! ちっちゃい妖精しゃんがちっちゃいケーキを持ってきた! かわいいね! お母さん!」
「え、ええ、そうね。本当に・・・可愛らしいわね」
女の子はわたしの頭をクリクリと撫でながら「偉いね!」と褒めてくれる。明らかに子供扱いされてるけど、悪い気はしなかった。
「えへへ」と笑っていると、「こっちも注文お願いしたいでーす!」「わ、わたくしも!」とディルとスズメの声が聞こえてきた。
「何さ2人とも、ここでは何も食べないんじゃなかったの?」
「気が変わったんだよ」
「気が変わったんですわ」
ディルとスズメは、さっきわたしが頼んだ『愛らしさ満点! アザラシを模したシャーベットアイス』を頼む。
なんだ、2人もわたしと同じの食べたかったんじゃん。どうして我慢してたか知らないけど。
バックヤードに戻り、『愛らしさ満点! アザラシを模したシャーベットアイス』を2つ両手に持って表に出る。
わたしは全然平気なんだけど、両手に持ってるせいでお客さん達が心配そうに見てくる。
「お待たせ! 『愛らしさ満点! アザラシを模したシャーベットアイス』だよ!」
コトリと置くと、ディルとスズメがわたしの頭を撫でようとして、両者の手がぶつかった。少女漫画とかなら恋が始まるシーンなんだけど、そうはならない。お互い無言で睨み合っている。
何をしてるんだか・・・。
「あ、あの! 私達のほうも注文お願いしてもいいですかー?」
「あ、はーい! 今行くねー!」
「え、ちょっ、ソニア様待って・・・」
「ソニア? 俺達まだ・・・」
何か言いたげな2人を置いて、わたしは注文を取りに行く。
・・・。
結局、最後までわたしは働いた。お客さんが途絶えくて止め時が分からなくなっちゃったのだ。
この出来事は「妖精を撫でられるカフェ」として学園の伝説になって語り継がれる・・・らしい。
ちなみに、寮に帰ったディルは不貞腐れたような顔で、わたしの顔が真っ赤になるまで頭をグリグリと撫でまわしていた。後半はわたしの反応を面白がるような顔になっていたのをわたしは見逃さなかった。
読んでくださりありがとうございます。
ソニア(片手間で出来上がったカフェなんだね)
ディル(実は演技の方が片手間になってたなんて言えない)




