203.~俺達の真実~ピンクのマカロン
食堂でカニ玉炒飯を食べてお腹がいっぱいになっちゃったわたしは、自分のクラスの『妖精様の為のカフェ』とやらに来てほしそうなスズメを無視して、そこら辺の屋台や出し物をウロウロと見学しながらディルのクラスの『ペア執事喫茶』に向かっていた。
「ヒツジ喫茶? なんだかもふもふしてそうだな。間違って燃やしちまいそうだ!」
わたしと手を繋いでいる火の妖精が見当違いなことを言う。
「執事喫茶、だからね!? たくさんのイケメンがもてなしてくれるんだよ!」
「ソニア様? いったいどこでそんな偏った知識を得たんですの? 違いますわよ。男性使用人の恰好をした生徒が接客をしてくれるのですわ。・・・まったく、純粋なソニア様にこんなしょうもない知識を吹き込んだのはどこのどいつですの!?」
それは人間だった頃のわたしです。正確に言うなら、人間だった頃の妹が一時期そういうお店にハマっていた。なんでも、『お嬢様気分を味わえてサイコー』らしい。
「というか、火の妖精。羽の炎を消せるんなら最初からそうすればいいじゃん」
そう。ずっと燃え盛っていた火の妖精の羽が、今は大人しいただの羽になっている。前に『こう見えてもアタイの体は超高温なんだ』とか言ってたのに、今は別に高温でもなんでもない。ただの常温だ。
「この状態を維持するのは結構疲れるんだぞ? 人間や緑の妖精だって睡眠と呼吸を必要としてるだろ? それと同じだ」
確かに、睡眠と呼吸を我慢しろって言われたら疲れるどころじゃないよね。・・・って、ミドリちゃんって人間と同じで睡眠も呼吸も必要だったの!? どうりで、緑の森を出るまで妖精は呼吸の必要無いことをわたしが知らなかったわけだよ!
後ろからスズメの生暖かい視線を感じながら廊下を進んでいると、「ペア×執事喫茶」とデカデカと書かれた看板が付けられている教室が見えてきた。お昼は過ぎたのに10人くらいの女性達が並んでいる。どうやら繫盛していて順番待ちみたいだ。
「仕方ない。わたし達も並ぼっか」
「アタイ達が? なんでだ?」
「どうしてですの?」
本当に不思議そうに首を傾げる火の妖精とスズメ。
「大妖精であるソニア様と火の大妖精様が人間の後ろに並ぶ必要がありますか? 無視して普通に入っても誰も文句は言いませんわ。いえ、言わせませんわ」
「そうだそうだ」
ハァ・・・分かってない。分かってないよ。
「こういうのはね。並んでる時間が長いほど楽しみが大きくなるんだよ!ありがたみを感じるの!だから黙って並ぶの!」
「ソニア様がそのようにおっしゃるのなら・・・」
「雷の妖精は怒ってる姿も可愛いな。それに免じて並んでやろう」
わたし、間違ったこと言ってないよね!? 普通は並ぶよね!?
わたしと火の妖精は一緒にスズメの頭の上に座って並ぶ。前に並んでる人達がやたらとチラチラ見てきたり、スズメの鼻息が荒かったりするけど、気にしない。
そして、スズメの頭の上で火の妖精と一緒にじゃれ合うこと十数分、わたし達の番がやって来た。受付の男子に言われて、空いてる席にスズメが座る。
「ようこそペア執事喫茶へ・・・って、ソニア!?」
ペアの男子と一緒にペコリと男性版カーテシーのような丁寧なお辞儀をしたディルが、わたしを見て態度を崩す。
「もう昼過ぎだし、てっきり今日は来ないと思ってた。はい、これがメニューな。・・・っていうか、スズメ、白目向きかけてるけど大丈夫か? 女の子がしていい顔じゃないぞ?」
「スズメはわたしと火の妖精の重みに集中してるだけだから気にしなくていいよ。・・・それよりも! わたし相手にもちゃんと執事っぽい接客してよ! それを楽しみにしてたのに! ほら! 隣りの男子もシャキッとする!」
ペアの男子は「は、はい!」と背筋を伸ばすけど、ディルは「あーはいはい」と軽く受け流す。
「ディルがやる気無いんなら、わたし帰ろっかな。あーあ、ガッカリだよ!」
そう言いながらスズメの頭の上でプイッとそっぽを向く。
「わ、分かったよ! 分かったから! やればいいんだろ!?」
ディルがわたしに向かって「そこから降りろ」と指でジェスチャーする。わたしがスズメの頭の上から降りてディルの前に移動すると、ディルはそっと膝をついてわたしを見上げた。
わ、わぁ・・・ディル、顔が赤くなってる! メイド喫茶で働いているのを好きな男子に見られたと騒いでいた同級生を思い出すよ。なんだか、わたしまで恥ずかしくなってきちゃった!
「お、おかえりなさいませ。お嬢様。ご注文はお決まりでしょうか?」
顔と耳を真っ赤にして、まるで子犬のようなクリクリの瞳でわたしを見上げるディル。
は、破壊力がスゴイ! なんていうか、もう・・・食べちゃいたい!!
「・・・な、何か言えよ! 無反応が一番恥ずかしいだろ!?」
「滑稽だったぞ」
「火の妖精には聞いてないわ!」
所在無さげにしていたペアの男子の手を引いて、さっさと退散しようとするディルに、わたしは「ディル!」と後ろから声を掛ける。
「一生忘れられないくらい良かったよー!」
「・・・へへっ! それは良かった! 本当に!」
クルッと振り返ったディルは、今までで一番と言ってもいいほどの嬉しそうな表情をしていた。
「それで、ソニア様と火の大妖精様は何か注文されますか? 先程までお腹いっぱいと仰ってましたけど・・・」
スズメがテーブルに置かれたメニュー表をトントンと指で突きながら言う。わたしと火の妖精もテーブルの上に座ってメニュー表を覗き込む。
「じゃあ、わたしはこの『~ひと夏のアブナイ恋~甘々スコーン』にする!」
「アタイは『~俺達の真実~ピンクのマカロン』がいい!」
「・・・あぁ、大妖精様方の可愛らしいお口からなんて言葉を・・・」
1人頭を抱えるスズメ。こういうのは商品名だと割り切るのが一番だ。
「すみませーん! 注文いいですかー!?」
たまたま近くを通りかかった男子に声を掛ける。
「ソニアちゃん・・・じゃなくて、お嬢。注文が決まったのか?」
カーマだった。眼つきといい、態度といい、まるでヤクザさんだ。執事服がただの黒スーツにしか見えない。
どこかの組長の一人娘にでもなった気分だよ・・・。
「カーマ君。何度も言ってるけど、お嬢じゃなくてお嬢様だよ。いい加減に覚えてくれないかな? そんなんじゃあ将来この学園の先生になるなんて夢のまた夢だよ。言葉使いはちゃんとしなきゃ」
カーマのペアの男子。ペアを決める時にガラの悪いカーマに難癖をつけて揉めていた男子。名前は、えっと・・・。
「ぁんだよルカ。なんでか分かんねぇけど、これで客が喜んでんだからいいじゃねぇか」
そうそう。ルカだったね。・・・って、それよりも!
「カーマって将来先生になりたいの!?」
意外・・・ってほどでもないけど、それなりにビックリだよ!
「ん? ああ。俺も担任のアキノ先生みてぇに他人の間違いを正せる男になりてぇって思ってな。学園を卒業したら先生を目指すって決めたんだ」
「へぇ~! 立派だと思う! 頑張って! 正直、カーマに先生は似合わないと思うけど応援してる!」
「似合わないは余計だっつーの。でもまあ、応援は嬉しい」
ちょっぴり照れるカーマ。あれ? カーマにも可愛いとこあるじゃん、って思ってたら、ルカが間にずいっと入って来た。
「カーマ君! お客さんと雑談してないで早く注文を聞かないと! 教室の外にまだいっぱい並んでるし、中にも注文待ちのお客さんがまだいるんだから!」
ルカが周囲を見回しながらカーマに注意する。よく見てみると、教室にいるお客さん達のほとんどはこちらに注目していた。
妖精がいるから・・・ってだけじゃないね。これは。
どうやらカーマとルカのペアが女性達に人気みたいだ。ディルよりも人気なのがちょっぴり悔しいけど、ディルに執事服は似合わないからしょうがない。それに、よく考えてみればディルの良さを知ってしまったら、ディルのことを好きになっちゃう女性が出てくるかもしれない。うん、これで良かった。
「・・・ったく、先に話しかけてきたのはソニアちゃんの方だろ。ハァ・・・お嬢。ご注文は何ですか?・・・って、うぷっ」
ルカがカーマの唇を指でそっと押さえる。女性達から小さな歓声が聞こえて来る。その中にはしっかりとバネラの姿もあった。
「お嬢じゃなくて、お嬢様でしょ?」
「分かったから! その変なスキンシップをやめろ! 気持ち悪い!」
バッとルカの手を払ったカーマが改めて「ご注文は何ですか?」と伺ってくる。
「『~ひと夏のアブナイ恋~甘々スコーン』と『~俺達の真実~ピンクのマカロン』をください!」
「あっ、わたくしもソニア様と同じスコーンをお願いしますわ。それと紅茶を人数分・・・いえ、一つで大丈夫です」
注文を聞いたカーマは「よくあんな恥ずかしい名前を口に出せるよな」と呟きながら、簡易的な壁で仕切られたバックヤードにルカと一緒に下がっていった。
妖精が2人もいるし、目立つかなって思ったけど、ここではそんなに目立たないね。みんな執事服姿の男子に釘付けだもん。一番がカーマ&ルカで、二番がディルって感じかな。
ナナカ君がいたらもっと良かったのにな。あのセクシーな垂れ目で「お嬢様」とか言われてみたい。カニ玉炒飯で忙しいからそれどころじゃないから仕方ないんだけどね。
火の妖精に頬を突かれて、スズメに頭をクリクリと撫でられながら、そんなしょうもない妄想をしていると、頼んだ物を別の男子ペアが運んで来た。
「お嬢様方。ご注文の品になります。それと、こちらをどうぞお使いください。あちらの執事からです」
紅茶をテーブルに置いた男子は、そう言いながら小さなストローをわたしと火の妖精の前に置いてチラリとディルの方を見た。そしてわたしとディルの目が合った。ニコリと微笑むディル。気の利く男子だ。
それにしても、ナナカ君のとこの小さな食器といい、ここの小さなストローといい・・・いったい誰が作ってるんだろ? 皆自分で作ってるのかな?
「このスコーンとマカロンは事前に作り置きしていた物を火の魔石を使って一瞬で焼き上げた物ですわね。これでお金を取るんですの?」
自分の前に置かれたスコーンと、メニュー表の「銅貨5枚」の文字を見て文句を言うスズメ。
王女様なのに変なところでケチなんだから・・・。
「あのね、スズメ。さっきも似たようなこと言ったけど、こういうのは雰囲気を含めて楽しむの。スズメはお金を払って、こうしてわたしと火の妖精と一緒にティータイムを楽しんでるの。それでも不満?」
「・・・いいえ、いいえ! そう考えると、これは破格の値段ですわね! 大金貨を支払っても足りないくらいですわ!」
「お金のことは分かんないけど、アタイはこうしてまた雷の妖精と一緒にお喋り出来るだけでもめちゃくちゃ感動だぞ!」
「そこまでは言ってないけど、まぁ・・・いいや。いただきまーす! ・・・んん! めっちゃ甘い!」
わたしに続いて、スコーンとマカロンを一口食べるスズメと火の妖精。2人ともわたしを見ながら「そうだな」「そうですわね」と幸せそうに微笑む。
お互いのマカロンとスコーンを交換したりして何口か食べたわたしと火の妖精は、最後に少し苦めの紅茶を一口飲んで「ごちそうさま」した。マカロンとスコーンは欠片も減っていない。
「じゃあ、あとはスズメにあげるね!」
「あ、ありがたく頂戴いたしますわ・・・」
自分のお腹のお肉をぷにぷにと摘まみながらヒクヒクと無理矢理に笑って「まだ杖で飛べますわよね?」と小さく呟くスズメ。
頑張って! わたしも火の妖精ももう食べられないから!
遠くに見える、夕焼けで綺麗なグラデーションカラーになっている火の雲を窓から眺めながら、ゆ~っくりとスコーンをつまむスズメと、わたしに抱きついて離れなくなってしまった火の妖精と共に和やかな時間を過ごしていると、執事服じゃなく、制服姿のディルに声を掛けられた。
「なぁ・・・もう学園祭一日目が終わるんだけどさ。まだ食べ終わらないのか? たったそれだけだろ?ソニアじゃないんだから、一口でいけるだろ」
既にお客さんは誰もいなく、執事服姿だった男子達も制服に戻っていた。閉めるの早くない? って思ったけど、そもそもこれは学園祭の出し物であって、普通のカフェじゃない。
大人が経営してるお店じゃなくて、学生がやってる出し物なんだから、そりゃあいつも授業が終わるくらいの時間で閉めるよね。
「・・・ディル様。わたくしはここに来る前にカニ玉炒飯を食べ、屋台で色々な物を大妖精様方に食べさせられ・・・いえ、食べさせていただいたのです。つまり、もう限界なのです」
そういえばそうだよね。ただでさえお腹に溜まるあんかけのカニ玉炒飯を食べて、わたしと火の妖精に「わたし達の代わりに食べて感想聞かせて!」と色々な屋台で試食させまくった。それに加えて自分の分のスコーンも食べてるんだから、普通の女の子なら限界だよ。
「そういえば、スズメってお昼を杏仁豆腐だけで済ませるくらいには小食だったよな。じゃあ、それは俺が食うよ」
「た、助かりますわ・・・うっぷ」
ディルは「いただきます」と食べかけのスコーンをひょいっと一口で食べる。
「申し訳ありませんが、わたくしは先に帰らせていただきますわね。早く帰らなければお腹が・・・」
そう言ったスズメは、本当に限界だったんだろう。杖を使ってその場に大きな水球を出して、その上に寝転がりながらぷよぷよと教室を出ていった。
「じゃあ、火の妖精も帰ろうね? いつまでもわたしに抱き着いてないで。ほら、羽の炎が燃え始めてるよ」
「ハァ・・・もう少しこうしてたい」
「ううん。だめ。このままだと校舎が燃えちゃうから。もしそんなことになったら、火の妖精のこと嫌いになっちゃ・・・」
「帰る!!」
火の妖精は窓に向かって勢い良く飛び立つ。ディルが慌てて窓を開けたことで、ガラスが火の妖精の熱で溶けずに済んだ。
「・・・じゃあディル。わたし達も帰ろっか!」
「いや、俺は教室の掃除とか明日の準備とかしてから帰るから、先に帰っててくれ。あ、眠かったら先に寝ててもいいぞ」
「・・・」
仕方ない。一人で帰ろっと。
「ぷっ・・・ははっ、そんな不貞腐れた顔するなって! 明日は俺、一日中自由だから、一緒に学園祭を見て回ろうな!」
「・・・うん! じゃあ、おやすみ!ディル!」
「うん。おやすみ、ソニア」
わたしは火の妖精が出ていった窓から外に出て、「ふふーんふーん♪」と鼻歌を歌いながら帰路に着いた。
読んでくださりありがとうございます。
ソニア(紅茶はストローで飲むものじゃないなぁ)
スズメ(ソニア様が口を付けたストロー・・・)




