202.ナナカ君のカニ玉炒飯
今日は3日間に渡って行われる学園祭の1日目。学園には学生では無い一般の人達がお金を払って入場している。そしてそんな景色を目下に、わたしは火の雲へ火の妖精を迎えに行っていた。
「火の妖精〜!! わたしが来たよ〜! 出ておいで〜!」
火の雲を見上げながら大きな声でそう叫ぶと、弾けるような笑みを浮かべた火の妖精がビュンとすっ飛んで来た。そしてその勢いのままわたしに抱きついてくる。
「雷の妖精〜!」
燃え盛る羽をまるで犬の尻尾のようにパタパタとさせながら、わたしの胸に顔を埋める火の妖精。くすぐったいから、わたしはそっと引き剥がしてから口を開く。
「学園祭が始まったから迎えに来たよ」
「ガクエンサイ?」
「そう、学園祭。火の妖精が楽しみにしてるカニ玉炒飯が食べられる日だよ。その日になったら呼びに行くねって火のドラゴンに言伝を頼んでたハズだけど・・・」
わたしがそう言うと、火の妖精はポンと手を打って「あ〜!」と口を大きく開ける。
「カニ玉炒飯は覚えてるぞ!学園祭って単語がピンと来なかったんだ!そうかそうか、もう食べられるのか。よしっ! 早速一緒に行こう!」
火の妖精に両手を掴まれてグイグイと引っ張られるけど、ちょっと待って欲しい。
「待って火の妖精!火の妖精の体って超高温で人間が触れたら火傷どころじゃ済まないんでしょ? そのまま行ったら大変なことになっちゃうよ! 今はたくさんの人間が学園に集まってるんだから!」
前にそれでディルの指が悲惨なことになったの、忘れて無いからね!?
「じゃあ、またあの黒い人間に水を汲んで来させるか! そこにアタイが浸かれば問題無かったもんな!」
「それでもいいんだけど、もっと良い方法があるんだよ」
実は、その為にスズメに近くまで来てもらってるんだよね。
火の妖精が熱すぎてどうしようかと相談したら、「わたくしにお任せくださいませ!」と言ってくれた。本当は寮の部屋の片付けをする予定だったけど、こっちを優先してくれた。
『学園祭の最終日にお母様が来るので、散らかりまくった部屋をどうにかしなくてはいけないのですが、キンケイとニッコクに丸投げしてきました』
・・・と、言っていた。片付けが出来ないなんて王女様以前に人としてだらしないと思う。自分で散らかしたなら自分で片付けるべきだと思うけど、こうして付き合って貰っている以上、わたしは何も言わない。
今はわたしの下の方で杖に跨って恍惚とした表情でわたし達を見上げているスズメに、呆れた目を向ける。
「・・・って言うことで、この子はわたしのお友達のスズメだよ。仲良くしてね!」
火の妖精の手を引っ張って、スズメが浮いているところまで降りて簡単に紹介する。王女様とかそういう情報は、どうせ火の妖精に言ったって無駄だろう。
「は、初めましてですわ! わたくし、雷の大妖精様であるソニア様のお、お友達をさせていただいているスズメと申しますわ!ソニア様の家族とも言える火の大妖精様。こうしてお目にかかれたこと、とても光栄ですわ」
いつもの堂々とした雰囲気は地上に置いてきてしまったのか、とても緊張した様子のスズメ。火の妖精の周囲はやっぱり暑いのか、それとも緊張しているせいなのか、額には汗がキラリと光っている。
わたしの時は緊張よりも興奮が勝ってとんでもない変態みたいになってたけど・・・何の差だろう? やっぱり、わたしには妖精としての威厳が足りないんじゃないだろうか? まぁ、元人間のわたしにそんなものは無いし、身につけれるとも思ってないけど。もう、そういうのは諦めた。でも、スズメが単純に妖精に慣れたおかげっていうのもあるかもしれないよね。
「おう! よろしくな! 空の娘! お前の言う通り、アタイと雷の妖精は家族みたいなもんだからな。人間で言うところの夫婦? だからな!」
・・・はい!? それはちょっと違うんじゃない!?
「そ、そうだったのですか! わたくしはてっきりソニア様はディル様のことが・・・」
「いやいやいや! 家族って言っても、たぶん姉妹みたいな感じでしょう? わたしにその記憶は無いけど・・・」
わたしとスズメの声が重なる。火の妖精は首を傾げたあと、「それで、どうやってアタイの熱を抑えるんだ?」と話題を急転換する。
「あ、それはですわね・・・。ちょっと失礼致しますわね」
スズメはそう言って、自分が跨っている杖に視線を向ける。すると、杖の先端が青く光り、火の妖精の体を水球が包み込んだ。
「これで火の大妖精様の熱は抑えられたと思うのですが・・・」
水の中でも火の妖精の羽は燃えているけど、水球のお陰であたりの気温がガクッと下がった・・・気がする。
「それじゃあ、早速カニ玉炒飯を食べに行くぞー!」
火の妖精の元気な号令で、わたし達は地上に降りる。
・・・。
学園の門から校舎に続く広い道には、たくさんの屋台が出てお客さんで賑わっている。そんな所の真上をわたし達は飛んでいるわけで、それはもう、かなり目立つ。皆がわたしと火の妖精とついでにスズメを見上げて口をあんぐりと開けていた。まるで親鳥から餌を貰う雀の子みたいだ。
「スズメは普通にスカートで飛んでるけど、恥ずかしくないの?」
「何がですの?」
「いや、何がって・・・スカートの中が下から見えちゃうでしょ?」
「ああ、中に短パンを履いているので問題無いですわ」
なんか・・・スズメに会ってからわたしの中の王女様像がどんどん崩れている気がするよ。
「最近まで人間同士で争っていたかと思ったら、見ないうちに中々面白そうなことをやってるんだな」
火の妖精が興味深そう屋台が並ぶ景色を見ながらそう言う。
戦争をしてたのは30年くらい前なハズだけど、とんでもない年数を生きてる火の妖精からしたら最近なんだろうね。
ナナカ君が主体となって出しているカニ玉炒飯は、火の妖精が注目していることや今回の学園祭の目玉なだけあって、他の皆が外で屋台を出しているのと違って、食堂を使い、学生だけでなく従業員にも全面的に協力してもらっているみたいだ。
「ナナカ君! 約束通り火の妖精を連れて来たよ~!」
お昼時じゃないからか、食堂はまだそんなに混んでは居なかったけど、いつの間にかわたし達の後をつけて来ていた人達がわたしに続いてぞろぞろと入ってくる。そして何を注文するでもなく遠巻きにわたし達を見ている。
「妖精なんて初めて見た」「想像してたよりも可愛らしいね」「後ろにいるのはカイス国の王女様じゃないか?」
そんな声が聞こえる中、一際大きな声が厨房から聞こえて来る。
「ソニアさん! 火の大妖精様! それと王女様! もう直ぐ出来るので適当に座って待ってて貰ってもいいですか?」
厨房の奥からお玉を片手に顔を出したナナカ君が、輝く汗を拭いながら言う。いつもより胸元が空いたVネックのTシャツがとてもセクシーだった。何人かの女の子が顔を赤くさせているのが視界の端に写った。
「じゃあ、わたし達は他のお客さんの迷惑にならないように隅の席にでも座ってよっか」
「そうですわね」
「雷の妖精に任せるぞ」
わたしの後ろを水球に入った火の妖精と、杖を持ったスズメがついてくる。遠巻きにわたし達を見ている人達もそれぞれが空いてる席に座り始める。席に座ると言っても、わたし達の中で実際に椅子に座っているのはスズメだけ。火の妖精はテーブルの上で水球に浮かんでぷかぷかと気持ちよさそうにしていて、わたしはそんな火の妖精の横でちょこんと座っている。
「そういえば、今日は雷の妖精のお気に入りの黒い人間はいないんだな」
「ディルのこと? ディルなら今はクラスの出し物の執事喫茶で執事の恰好で頑張って働いてるよ」
「ふーん・・・」
自分から聞いたくせに興味無さそうに返事をする火の妖精。ぷかぷかと水球の上で浮かびながら、わたしのことをじーっと見ている。
・・・いいなぁそれ。気持ちよさそう。
そう思いながら水球を見ていたら、スズメが微笑ましいものを見るような目でフフフと笑って「もう一つ出しましょうか?」と同じ物をわたしにも出してくれた。ぷかぷか。
「ところで、スズメのクラスって学園祭で何をしてるの? 今まで聞いたことなかったよね?」
火の妖精と同じように水球にぷかぷかと浮かびながら聞く。
確か、スズメは魔法科だったハズ。人間だった頃は学校にそんな科無かったから、どんなことをしているのか気になるよね。
「わたくしのクラスは、妖精様カフェですわ」
「・・・ん?」
なんだって?
「妖精様の為のカフェですわ。是非火の大妖精様とご一緒にいらしてくださいませ」
「あ、うん。あとでね」
とてもいい笑顔のスズメに、不穏な空気を感じていると、美味しそうな匂いが近付いて来た。
「お待たせしました。カニ玉炒飯です」
ナナカ君がトレイを持ってやって来た。わたしの位置からはトレイの上が見えないけど、美味しそうな湯気が漂っているのは見える。
「おお! 旨そうな匂いがするぞ!」
火の大妖精が水球から半身出して、目を輝かせてトレイを見上げる。わたしもポチャンと水球から飛び出して、一度体を電気にして濡れた体を元に戻してからテーブルの上に座り直す。
コトリと、ナナカ君が自信に満ちた表情でスズメの前にカニ玉炒飯を置く。
わぁ! 見ただけで分かる! とろとろのあつあつ! そしてプリプリの蟹によく絡んだ半熟に近い卵! 人間だった頃でもこんな美味しそうなカニ玉炒飯は見たことないよ! さすがナナカ君!
「おい! アタイと雷の妖精にも早くよこせ!」
火の妖精が我慢できないと言わんばかりに手をブンブンと振りながらナナカ君を睨む。睨まれたナナカ君は、特に慌てる様子もなく、丁寧な仕草でコトッと、わたしと火の妖精の前にお皿を置いた。
えぇ! うそ!? 凄い! 普通のカニ玉炒飯だ!
わたしと火の妖精の前に置かれたのは、スズメの前に置かれたカニ玉炒飯よりも遥かに小さい・・・妖精サイズのカニ玉炒飯だった。どうやったのか、米の一粒一粒も小さく刻まれている。
「うわぁ・・・」
火の妖精の表情が誕生日プレゼントを貰った子供のような、喜びが隠し切れない顔になっている。
「これ・・・どうしたの!? ちゃんとレンゲまで小さいし・・・」
わたしがカニ玉炒飯を指差してナナカ君を見上げると、ただ一言、「冷める前にどうぞ召し上がってください」とニコリと言われた。
そ、そうだね。これを冷めてから食べるなんて勿体ないもん。食べよう!
「いただきます!」
「「いただきます(わ)」」
パクリと、3人同時に食べ始める。
「う、うまうま~~!」
プリプリと歯ごたえのある蟹と、それに絡みついてくる熱々のあんと卵! もう・・・・さいっこう!
「・・・っ! ナナカ、わたくしの専属料理人になりませんこと?」
「とても魅力的な提案ですけど、卒業後は姉ちゃん達がそうしてるみたいに、俺自身の腕だけで外国に店を構えたいんです」
そんな会話をしているスズメとナナカを気にする様子も無く、火の妖精は幸せそうに、そしてどこか懐かしそうにゆっくりと黙々とカニ玉炒飯を味わっていた。
「ごちそうさまでした! とっても美味しかったよ!」
「ええ、ええ・・・本当に美味でしたわ。ソニア様や火の大妖精様が注目するだけはありました。とても満足ですわ」
わたしとスズメが感想を言うと、火の妖精も水球の中からナナカ君を見上げて口を開く。
「人間の中にも見所のあるやつはいるんだな。・・・その、ありがとう。お前と雷の妖精のお陰で久しぶりに旨いもんを食えた。だから・・・また来るから、また作れ」
照れくさそうに言う火の妖精に、わたしとスズメはお互いを見合ってクスリと笑う。
元人間として、火の妖精が人間に対して少しでも好印象を持ってくれて嬉しいね。
「俺、王女様や妖精様にそんな風に言って貰えて凄く嬉しいです!本当に・・・頑張って良かったなって・・・」
瞳を潤ませながら、なんとか笑みを作ってわたし達を見るナナカ君。
きっと、わたしの知らない所で色々と試行錯誤を繰り返したりしてたんだろうな。
「俺が店を持つようになったら、その時は是非来てください! きっと、今よりも美味しい炒飯を作って待ってるんで!」
そう言って涙を拭ったナナカ君は、最初に出会った時にわたしに怯えまくっていたナナカ君とはまるで別人のようだった。
男子三日会わざればなんとやらって言うけど、男の子って本当に短期間で見違えるよね。
深々と頭を下げる厨房の人達に見送られて、わたし達が食堂から出ると、閉まった扉の奥から「俺にもあの妖精様と同じやつを!」「私もあの炒飯を! 人間サイズのやつで!」と、皆が一斉にカニ玉炒飯を頼み始める声が聞こえてきた。
いつか、ディルの両親が見つかって、わたしの記憶も戻ったら、これまでの旅で仲良くなった人達全員でナナカ君のお店に行くのもいいかもしれない。・・・あっ、でも、さすがに店内がぎゅうぎゅうになっちゃうかな?
読んでくださりありがとうございます。
ソニア「片付けが出来ないなんてだらしないと思う」
ディル「・・・」(゜-゜)




