201.【レイカ/ナナカ】恋する乙女のよう
夫と一緒にこの食事処レイカを作って、もう10年近くなる。それほど繫盛しているわけじゃないけれど、常連さんのお陰でなんとかやっていけていた。
「おい! 酒はまだかよ! もう半日くらい待ってるぞ!!」
まぁ、その常連さんも、朝から酒を飲んでるようなどうしようもない人達ばかりなんだけれど。
「もうダンテさん。朝にもまったく同じセリフを言っていましたよ。いい加減に帰らないと奥さん怒るんじゃないですか?」
「どうせ怒られんならもっと飲みてぇだろぉがよぉ~!」
「・・・ハァ」
そんな感じでいつもの日常を送っていると、見慣れないお客さんがやって来た。立派な身なりの護衛士様だ。前にチラリと見たことがあるけど、たぶん聖女様の護衛をしている方だと思う。
「・・・というわけで、明日のお昼頃にフィーユ様と妖精様とその愛し子様とカイス妖精信仰国の王女様がここで会談を行います。突然のことで申し訳ありませんが、その妖精様とお約束をしているというお爺さんにも伝えていただきたいです」
「あっ、はい。・・・え? 妖精? 王女様? なんて?」
「それと、明日は貸し切り状態にした方がよさそうですね。マナーの悪い客が妖精様に絡みでもしたら・・・恐ろしいことになりますから」
そう言って、その護衛士様は去っていってしまった。
円盤がどうとかって話はさっぱり分からないけれど、護衛士様が言っていたお爺さんは分かる。酔っ払いながら凄くウザイ顔で「妖精と話したんじゃ」「ここで一緒に食事をする約束をしたんじゃ」と言っていた。そのお爺さんが妖精となんやかんやあったのは噂で聞いたけど、一緒に食事をする約束をしたって言うのは完全に誇張だと思っていたのに。
「アナタ・・・どうしよう?」
私は隣に立っている旦那から少し距離を取って、顔を見上げる。近くだと身長差がありすぎて首が痛いんだよね。
「今いる客を全て追い出して明日の準備に専念しよう」
それから私達は、お店を閉店して掃除をして、夫が知り合いに荷台を借りて椅子の買い出しに行き、そのお爺さんのもとへ明日のことを伝えに行き、夜遅くまで店中のあらゆるものを磨いて、妖精様ようのクッションを作って・・・当日になった。
・・・。
「い、いらっしゃいませ。俺・・・あっいや、私が食事処レイカの店主のカンテイと申すです」
さっきまで「俺達の店に妖精がくるなんてな! 箔が付くってもんだな!」と豪快に笑っていたけれど、あれは自分なりに緊張を解そうとしていたんだろうね。
使い物にならなそうな夫を横目に、私は一歩前に出る。何故学園にいるハズの息子達が一緒に来ているのかは謎だけれど、敢えて無視する。というか、そんなことを聞ける勇気が出なかった。
初めて見る妖精は、小さな制服を着ていて、まるで子供の頃に着せ替えをして遊んだお人形のように可愛らしく、そして美人だった。
凄く興味深そうに夫の長いコック帽を見ているけれど・・・妖精からしたら不思議な形なのかな?
「初めまして。私はカンテイの妻で、そこのナナカとムツカの母のレイカと申します。この度は私共のお店へようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞ中へお入りください」
そう言うと、妖精様は私を見て、無邪気な笑みを浮かべて口を開いた。
「ちっちゃくて可愛い奥さんだね!」
これが家族や常連客の言葉だったら容赦なく怒っていた。でも、私よりずっと小さな妖精様の言葉だからか、それともその無邪気な笑顔のせいなのか分からないけど、全く腹が立たなかった。だから私は変わらず微笑みを絶やさなかったけど、夫や息子達は私が背の小ささを気にしていることを知っているせいで、「あっ・・・」と顔色を変えていた。
その漏れ出た呟きに、妖精様が夫と息子達の顔を見て「マズい事言っちゃった」というような顔になって、誤魔化すように「えへへ」と微笑んだ。
まさか・・・妖精様が空気を読んだの? 私の勘違いだよね? 妖精様は基本的に幼い子供以外の人間には 興味を示さないって聞いているのに・・・?
「ウフフッ・・・私よりも妖精様の方が小さくて可愛いですよ」
なんとか取り繕ってそう返事すると、妖精様ではなく後ろの男女の生徒が返事した。
「その通りですわ!」
「まぁ、そうだな」
カイス妖精信仰国の王女様と、妖精の愛し子様のディル様。この2人はずっと妖精様しか見ていない気がする。
「突然押しかけてしまい申し訳ございません。礼儀作法などは気にしないので、どうか普通の客として接して頂ければ・・・」
聖女様が申し訳なさそうに言う。何度か学園でお会いしたことがあるけれど、今日の聖女様は傍から見ても緊張で強張っているのが分かった。
さすがの聖女様も妖精様を前にしてらこうなるよね・・・。
そうして妖精様達を店内に案内したあと、私と夫はすぐにナナカとムツカを厨房まで引っ張った。
「お、お前ら! 妖精様って飯食うのか!? 水とか出した方がいいのか!? ってか、あの小さいクッションで妖精様は良かったのかよ!?」
夫がナナカに掴みかかって凄い剣幕で言う。
そんなこと言ったって・・・ナナカだって知るわけないでしょうに・・・。
「ソニアさんは普通に食べ物を食べてたよ。水は・・・まぁ、出した方がいいんじゃないかな? クッションはあれで大丈夫だと思うよ」
「お、おう・・・」
思いのほか冷静だったナナカに、夫が勢いをそがれたように返事した。そしてナナカの説明に補足するように、ムツカが口を開いた。
「ソニアさんは杏仁豆腐が好きみたいだよ。デザートに出してあげたらいいんじゃないかな?」
「あ、ああ。そうするけどよ・・・」
「ん? ああ、別に出す物を小さく作る必要は無いと思うよ。いつもディルに千切って貰ったり、王女様に切り分けて貰ったりして食べてたから」
こんな状況なのに冷静過ぎる・・・。うちの息子達ってこんなに図太かったっけ?
「ねぇ、ナナカ、ムツカ。どうしてこんな状況でそんなに冷静でいられるの? 妖精様がうちの店に来てるんだよ?」
「私は既に学園の厨房で色々とお話・・・というか、杏仁豆腐を一緒に作ったからね」
「俺も、学園祭の実行委員で一緒だったり、クラスも一緒だったり・・・そして突然ドラゴンの背に乗せられて遠くの島まで連れて行かれたり、ソニアさんのお友達の妖精に脅されたり・・・色々あったからね。それに比べたらどうってことないよ」
「「「・・・」」」
姉弟の中で唯一の男の子で一番平々凡々だったナナカが・・・逞しくなって。外国に行ったお姉ちゃん達に手紙でも書こうかな? でも、嘘だと思われちゃいそう。
とりあえず、コップにストローを差して妖精様にお出ししてみた。そして私達は厨房からコッソリと様子を窺う。
「少しストローが太すぎたかな? 一番小さい物を選んだんだけれど・・・」
妖精様はストローを見て、困った顔をしたあと、チラリと私達の方を見た。そして、意を決したようにストローを咥え、コップの中の水をブクブクとさせて遊び始めた。
「な、何をしてるんだ? 妖精様は?」
夫が困惑しきった顔でそう言う。もちろん私も困惑している。
「うーん。たぶんだけど、ストローを遊び道具か何かだと思ったんじゃないかな? ソニアさんが暇しないように俺達が気を使って出してくれた・・・とか思って、本当は必要は無いけど、様子を見る俺達を見て、気を使って遊び始めた・・・んだと思う」
ナナカが顎に手を当てて「たぶんだけど」と念を押して言う。
「まさか・・・あの妖精様が俺達に気を使ったのか!?」
夫が驚く。私も驚く。ナナカとムツカは驚いた様子がない事から、妖精様が学園でもこんな感じなんだと分かる。
妖精様・・・ううん、ソニアさんだったよね。なんだか良い意味で人間っぽくて、とても好感が持てる。
そしてソニアさん達の難しい話が一区切りついた所を見計らって、料理を提供した。愛し子様のディル様が千切った唐揚げを、ソニアさんが小さなお口で一所懸命に食べている姿は、とても微笑ましかった。
最後に「デザートに杏仁豆腐はいかがですか?」と聞いたら、ソニアさんは申し訳なさそうな顔で「ごめんなさい。もうお腹いっぱいです・・・ケプッ」と、可愛らしい噯気をしながら言った。
謝るべきは私の方なのに・・・。ソニアさんは周囲に気を使えて、他人を慮ることが出来き、そしてとても愛嬌があり、素晴らしい方。妖精とかは関係無く、ソニアさん自身をとても好きになっちゃった。
皆が食べ終わって、最初と違って砕けた雰囲気になった店内で、私と夫と息子達も一緒にお茶を飲みながら雑談をしていた。
ナナカから学園祭で出す炒飯のことを聞いたり、逆に夫がアドバイスをしたり、聖女様から今の学園の様子を聞いたり、ムツカから新しいデザートのアイディアを聞いたりと、私、夫、ナナカ、ムツカ、聖女様が話している横で、ディル様と王女様が真剣な顔で話し合っていた。
「やっぱり、二刀流よりも片手に盾を持った方がいい気がするんだよな」
「そうですわね・・・ですが、それだとディル様の長所である素早さが活かせなくなってしまうのではなくて?」
「うーん・・・でも、それじゃあソニアを守れないんだよ。確かに俺は強くなりたいけど、ただ強くなりたいだけじゃないんだ」
戦いの話は良く分からないけれど、その真剣な表情で話し合っているディル様を、王女様の頭の上に乗っかって見つめているソニアさんが気になった。
私も・・・まだ若かった頃、「レイカに旨いものを食わせてやりたい」って料理の話をしている夫をああやって見つめていたんだよね。
ディル様を見つめるソニアさんの横顔は、まるで恋する乙女のようだった。
【ナナカ】_________________________
学園祭が翌日に迫った放課後。俺はカニ玉炒飯のレシピを完成させて、学園祭の最終日に影芝居が行われる予定のステージがあるホールに来ていた。
「いや~、楽しみだね~」
露出の多い盗賊のような衣装を身にまとったマイが、ステージ横にある倉庫を見ながら言う。それに、冒険者風の衣装を着たカーマが退屈そうに返事をする。
「楽しみって・・・ソニアちゃんの衣装がか? 俺とマイが作ったんだから、今更楽しみでもなんでも無いだろ」
「ハァ~? 衣装っていうのはね~。誰かに着られて初めて完成するんだよー。・・・あーあ、早くソニアさんの着替え終わらないかな~。ね~? ディル君」
「ん? ああ、そうだな」
ディルは心ここに在らずといった感じで、ソニアさんが着替えている最中の倉庫を見つめていた。
「ねぇ、ソニアさんのドレス姿が楽しみなのは分かるけど・・・いい加減、演劇に出演しない俺がここに呼ばれた理由を教えてもらっていいかな? 肝心の呼び出した王女様がいないけど・・・」
学園祭の目玉の一つであるカニ玉炒飯の件も片付いて、クラスの出し物もおおかた準備が終わってたから、あとは他のクラスを見たりして時間を潰そうと思ってたら、突然王女様に「放課後にホールに集合ですわよ!」と声を掛けられた。そして俺が「え?」と驚いてる間に颯爽と去って行ってしまった。
ソニアさんといい、王女様といい・・・どうして他人の予定を自分の予定のように決めてしまうんだろう。妖精や王族の考えてることなんてただの人間の俺に分かるハズが無いし、何故かその言葉には強制力があるというか、逆らえないんだよね。そしてそんな2人と平然と付き合っていけるディルも普通じゃないと思う。
「王女様ならナナカ君が来る少し前に『学園祭にお母様が来るんですって!?』って言ってどっか行っちゃったよー」
「じゃあ、俺がここにいる理由無いんじゃないかな?」
正直、明日は早朝からクラスの料理とカニ玉炒飯の下準備をしなくちゃいけないから早く帰って寝たいと思ってるんだよ。
「何言ってるの~。ナナカ君は演劇の最終確認の為に、お客さん視点の意見が欲しくて呼んだんだから~。私達は役者だから最初から最後まで通して見ることは出来ないからね~」
・・・なるほど、俺は他のことで忙しくて演劇には出られないからね。確かに学園祭実行委員の中でそれが出来るのは俺しかいない。ここにいる俺以外の9人の実行委員は全員何かしらの役があるから。
マイの説明に納得していたその時、倉庫の扉を開けてソニアさんの着替えを手伝っていた悪の親玉のような格好をしているバネラが出て来た。俺達を見てニマニマしながら手を後ろで組んでいる。まるで物語のボスが満を持して登場したみたいだ。
「ムフフ~・・・皆さんお待ちかねのソニアさんです!」
バネラは王女様以外の全員が揃っているのを確認したあと、「じゃーん!」と後ろで組んでいた手を前に勢い良く差し出す。そこにソニアさんが乗せられていた。
「「おぉ・・・」」
その場にいた全員が息を呑んだ。
まるで、母さんが結婚の時に着ていた花嫁衣装みたいだ・・・。
「ど、どうかな? まんまウェディングドレスみたいだけど・・・わたしに似合ってるかな?」
少し頬を染めて、はにかみながらバネラの手のひらの上でクルッと回るソニアさん。普段はツインテールにしている髪を下ろしていて、その触り心地のよさそうな金髪がふわりと舞う。頭の一番上には高そうな小さなティアラが置かれていた。
ウェディングドレス? が何かは分からないけど・・・凄く似合っていると思う。
上半身はノースリーブで露出が多く、前は魅力的な胸元が強調されていて、後ろは綺麗な薄い黄金色の羽が生えた背中がパックリ開いている。女性らしさを前面に押し出したような感じだ。
そして下半身は反対に露出が少なく、ボリュームのあるヒラヒラがふんわりと広がっていて、お姫様役に相応しい清楚さと豪華さがあった。
ソニアさんが妖精で小さいお陰で「可愛らしい」のままだけど、もしソニアさんが人間だったら・・・惚れてたに違いない。
・・・おっと、こんなことを考えてる場合じゃない。ちゃんとソニアさんを褒めなきゃ。姉ちゃん達にもよく『女性がオシャレしたり着飾ってたら、すぐに褒めること!』って言われてたしね。
俺は「コホン」と咳払いしたあと、ソニアさんに向き合う。ソニアさんは未だに何も言わない俺達を見上げて、不安そうに青い瞳を揺らしていた。
「ソニアさん、とっても似合ってますよ。純白のドレスと綺麗な肌がソニアさんの金髪と青い瞳を際立たせて、とても魅力的な大人の女性に見えます」
「えへへ・・・ありがとっ! ナナカ君はお世辞が上手いね!」
ソニアさんは俺の目元を見て一瞬だけ恥ずかしそうに笑ったあと、いつもの笑顔に戻って俺にそう言った。
お世辞じゃ無いんだけどね。まぁ、そこがソニアさんらしい。少なからず喜んでくれたし、良しとしようかな。
俺がソニアさんに声を掛けたことで、マイがハッとしたように一歩前に出て、ソニアさんに顔を近付ける。
「ソニアさん・・・すっごく可愛い! そしてセクシーだよ~! ホント、ナナカ君が言ってたみたいに、まるで大人の女性みたーい!」
その言葉に、ソニアさんが微妙な顔で「ありがとう」と言って、ボソッと「わたし、大人なんだけどな」と呟いていた。
そう言われても、ディルからソニアさんが8歳だと聞かされてるし、最近はカーマの弟達と遊んでいるイメージが強すぎて、普段は子供にしか見えないよ。
「確かに、大人っぽいよな。もう少し胸の布面積を減らしても良かったんじゃねぇか?」
カーマがソニアさんの胸元をマジマジと見つめながらそんなことを言う。そして冷ややかな目でカーマを見上げるソニアさんと、ボキボキと拳を鳴らすマイによって・・・
バチン!
ボコン!
軽く制裁された。
俺だって視線がそこに行きそうなのを何とか我慢してるから、気持ちは分からなくはないけど・・・さすがにデリカシーが無さすぎるんじゃないかな? この場に姉ちゃん達がいたらこれくらいじゃ済まなかったよ。
俺、マイ、カーマ、それに続いて他の実行委員達に褒められたソニアさんだけど、まだ少し不安そうに瞳を揺らしている。それもそうだろう。だって、ソニアさんの大好きなディルがソニアさんを見つめて固まったままなんだから。
「ディル?」
ソニアさんは不安そうにそう言って、スカートを両手で押さえながらバネラの手のひらから浮かび上がって、ディルの目の前まで移動した。
「俺は・・・未来にでも来ちゃったのか?」
花嫁のような格好のソニアさんを見て、そんなことを呟くディル。呆れる俺達。そして首を傾げるソニアさん。
「えっと・・・ディルはこの恰好、嫌い?」
悲しげに瞳を潤ませて見上げるソニアさんに、ディルが慌ててブンブンと頭を振る。そしてそっと自分の手のひらを前に差し出すと、そこにソニアさんが当たり前のような表情でちょこんと降り立った。
「ディル?」
また首を傾げるソニアさんを、ディルは真剣な眼差しで見下ろしながら呟く。
「嫌いなわけない。ずっと・・・いや、すごく好きだ」
その言葉にソニアさんは、羽だけでなく尖った長い耳までもパタパタとさせて、顔を真っ赤にしてディルを見上げる。さっきまでの俺達の褒め言葉なんて吹き飛んでしまったかのような表情だ。
ソニアさんも恋する乙女なんだね。どんな口説き文句を言われても笑って受け流すのに、想いを寄せている相手からの「好き」の一言でああなっちゃうんだから。ちょっとディルに妬いちゃうな。
それから、ソニアさんが落ち着くまで俺達で他愛ない会話をしたあと、俺はステージの前に立たされて、演劇が始まった。ナレーション役の王女様は今はいないので、たまたま近くを歩いていた学園長を捕まえて代理をしてもらうことになった。
「「それは・・・遥か昔の勇者とお姫様の物語・・・」」
ホールの明かりが消され、役者全員のその台詞から演劇は始まった。ステージ横に設置されている音を拡張させる空の魔石を適性のある実行委員の1人が発動させて、ホール全体に声が響き渡る。
なんだか、これだけで雰囲気あるなぁ・・・。
ステージの前面には白い薄い布が張られていて、その奥でパァッとソニアさんが出した明かりがつき、布に3人の影が浮かび上がった。勇者役のディルと、その相棒役のカーマ、そしてお姫様役のソニアさんだ。上手く奥行きを調整して、ソニアさんの影はディルとカーマと同じ大きさになっている。
「まだ全ての大地が繋がっていた遥か昔、ある辺境の王国に、正義感の強い剣士の少年と、マイペースなお姫様、そしてその2人の良き友人の弓取りがいました」
学園長の拙いナレーションのあと、3人の影が動き始める。
「おいディル! こっちに旨そうな鳥がいるぜ! 今日の晩飯はこれで決定だな!」
役の名前はそのまんま演じる本人の名前にしたんだね。カーマの演技はちょっとぎこちない所もあるけど、見てて気になる程じゃないし、なにより勇者の相棒役がピッタリはまっている。
「カーマ! そんなに早く走ったら姫さんが付いていけないだろ!」
ディルの演技は自然体だった。演技とは思えないほどに。
さすがだね。何をやってもすぐに上達するんだから。
「ワ、ワタクシノコトハキニシナイデクダサイマセ。えーっと・・・ワタクシハ、ナンノシガラミモナク・・・ジユウニカケマワルアナタタチヲ・・・ミテイルダケデ・・・・シアワセナノデス。ソレニ、アマリハシャイデケガヲシテハ・・・あっ、ページめくって!」
ソニアさんはまるで駄目だった。布で影しか見えていないのをいいことに、下に台本を置いているんだろう。ソニアさんの影がチラチラと下を向いている。
本番は学園祭の最終日の三日後だよね? 大丈夫かな?
不安になりながらも、とりあえず何も言わず最後まで演劇を見届ける。
お姫様が悪者に攫われて、ソニアさんの出番が無くなったあとは、前面に張り出されていた布が取り払われて、普通の演劇に戻った。
まぁ、確かに影芝居には勿体ない衣装ばっかりだったからね。話し合いでソニアさんの出番がある最初と最後だけ影芝居になったんだろう。
その後の演劇は普通に楽しんでしまった。勇者と弓取りが凶暴な魔物に力を合わせて立ち向かう姿には胸が熱くなったし、怪我をした弓取りを庇いながら悪の手先との壮絶な戦いは演技だとは思えないほどに臨場感があって、体術が得意なマイとディルだからこそ出来る練度の高いものだった。
そして最終局面、再び布が張られて影芝居。囚われたお姫様を前にした悪の親玉との決戦は、妖精であるソニアさんのバチバチとした不思議な力と影芝居の特性を生かしたとても迫力のあるものだった。
最後に、勇者がお姫様に教会の鐘のような形のお花を渡して求婚して、ハッピーエンド。布が取り払われて、役者全員で一礼して終了した。
「どうだったナナカ君!? 完璧だったでしょう!」
自分がドレスを着ているのも忘れて、ステージの上からニコニコと自信満々に飛んでくるソニアさん。後ろでスカートの中を覗こうとしたカーマがディルとマイに叩かれている。
ソニアさん以外は完璧でしたよ。
最後までチラチラと下を見ながら台本を棒読みしていたソニアさんに、その言葉をグッと飲み込んで、俺は口を開く。
「あの・・・セリフは覚えないんですか?」
「え、セリフ? お、覚えてるよ! 覚えてるけど、これから本番までにもっと完璧に覚えないとだよね!? ア、アハハ・・・そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だって! わたしのセリフはそんなに多く無いんだから・・・うん。ちゃんと覚えられる・・・よね?」
つまり、覚えて無いから、これから頑張って覚えるってことですよね?
そんなんだったら、お騒がせ三人衆と遊んでなんかいないで、台本を覚えてたら良かったんじゃ? ・・・と、この場にいた全員が思ったけど、それを妖精のソニアさんに言えるには・・・
「子供達と遊んでる暇があるなら、台本を覚えれば良かったじゃんか」
ディルが言った。
「な、何をー!? ディルだって『ソニアはいつも通りに遊んでてくれ』とか言ってたじゃん! それに、わたしは遊んでたんじゃなくてマドカ君達の監視をしてたんだよ! 大人がついてないと心配だからねっ!」
「噓言うなよ!『マドカ君達と遊ぶ約束してるから』って自分で言ってただろ!それに、 村に居た頃にジェシーが言ってたぞ? 『ソニアちゃんとマリちゃんの子供だけでお使いに行かせるのは心配なのよね』って!その時のジェシーの気持ちが今になって痛いほど分かるわ!」
「それはジェシーの歳からしたら子供に見えるってだけで・・・」
「ジェシーに言うぞ」
「ごめんなさい」
楽しそうにプリプリと怒るソニアさんと、どこか幸せそうに怒るディル。
・・・完全に2人だけの世界に入っちゃったよ。ホント、仲が良いんだから。早く付き合っちゃいなよ。
読んでくださりありがとうございます。
捕まった学園長「私も忙しいんですけど・・・」(-_-;)




