200.わたし達の旅の目的
「アレは30年くらい前のことじゃった。終戦後、戦争で生き残った儂たちは聖女様・・・フィーユ様の指示で新たな国を興す為に戦場の後処理をしておった」
うぅ・・・戦場の後処理かぁ・・・想像したくないなぁ。
「そこで、儂たちはある洞窟を見つけたのじゃ。フィーユ様に判断を仰ぎ、間に合わせの調査隊を結成し、洞窟の調査を行った」
その洞窟って、たぶん・・・
「儂もその調査隊の一員として洞窟に赴いたのじゃが、そこは古代の遺跡じゃった。恐らく火の大妖精様と思われる石像と、その石像と手を繋ぐようにあったもう一つの・・・」
そこで言葉を止めて、目を細めてわたしを見るおじいさん。
「老眼でよく見えんが、お前さんに似ておった気がするのう・・・」
たぶんわたしなんだろうな。そして、そこは火の妖精が言ってたRAMディスクが保管されていた洞窟だろうね。
「調査の結果、そこは遥か昔に建てられた大妖精様を祀る聖殿だと結論を付けて、発見された古代の遺物や石像とかを妖精の専門家が集まるカイス妖精信仰国に調査に送ったのじゃが・・・その中にお前さんの言うキラキラした円盤があった・・・気がするのじゃ」
なるほど・・・じゃあ今はカイス妖精信仰国にあるのかな?
そう思ってスズメを見上げてみる。
「申し訳ありません。わたくしは何も・・・その時代はまだ御爺様が健在の頃でしょうし、何しろわたくしが生まれるずっと前ですので・・・」
「ううん。そうだよね。スズメはディルと同じ14歳だもんね」
わたしだって、妖精になってからと人間だった頃を足しても、30年前なんてまだ生まれて間もない頃だもん。
「でも、フィーユは知ってるんじゃない? というか、当事者だし」
「・・・そうですね。続きは私からお話いたします」
何処か覇気のない声で、フィーユは話始める。
「聖殿から見つかった古代の遺物は、当時の何の知識も地位もない私にはどう扱っていい物か判断出来ませんでした。ですので、戦争の情報を収集する為にやって来ていた情報ギルドの者にお願いしてカイス妖精信仰国に連絡を取って頂き、古代の遺物などを調査の為にあちらに送りました」
情報ギルド―――探検家ギルドとか冒険者ギルドとか呼ばれてるけど、そんな前からあったんだね。いったい、いつからあるんだろう。
「そうしてカイス妖精信仰国から返ってきたのは、『発見された古代の遺物を我が国に譲って欲しい。その代わり国を興すための支援やバックアップをする』というような内容のお手紙と、ソニアちゃんの言うキラキラした円盤でした」
「あ、じゃあ返ってきたんだ」
「はい。カイス妖精信仰国にも同じような物があるそうなのですが、あちらでもソレが何なのか、触れていい物なのかすら分からないみたいでして、とりあえず返す・・・と。そして私は立ち入りを封じた聖殿の奥に保管しました」
ん? じゃあやっぱりスズメは知ってるんじゃないの? だってカイス妖精信仰国にあるって国の偉い人は知ってたわけでしょ?
「わたくしは知りませんし、見たこともないですわね。・・・古代の遺物とは、正確には赤・青・白・緑・茶・黒の既知の6属性の他、遥か昔にはあったとされる黄色い魔石、今ではソニア様の出現で雷だと判明しましたが・・・それが嵌められた魔道具のことを古代の遺物と言い、わたくしの国の研究者達はその未知の属性の魔道具の解析に心血を注いでいますの。ですので、当時の彼らが研究をせずに放置したということは魔道具では無いのでしょうけれど・・・お父様はそのキラキラした円盤のことを知っているのでしょうか・・・確か御爺様の宝物庫の管理はお兄様が・・・」
そう考え込むスズメに、フィーユがそっと声を掛ける。
「カイス王が知っているかは分かりませんが、そのキラキラした円盤はもうカイス妖精信仰国にはありませんよ」
「え、無いの!?」
次の行先が決まったかなって思ったのに・・・。いや、旅の目的はあくまでディルの両親探しだから、わたしの都合で勝手に決めたりはしないんだけどさ。
「3年前の出来事なのですが・・・」
急に最近の話になった! さっきまで30年前とか言ってたのに!
「このドレッド共和国付近に突然黒い霧が現れたと思ったら、そこから大量の魔物達が出現し、この国目掛けて襲ってきたのです」
なんか凄い既視感があるんだけど・・・グリューン王国の時のソレと同じだよね? まさかそれも闇の妖精の仕業だったり? あの時は誘拐されたわたしをガマくんが心配して、それを闇の妖精にポロっと言っちゃった結果の闇の妖精の暴走だったみたいだけど・・・。
「国の護衛士達を総動員して魔物の対処をしていたのですが、それでも魔物達は強く、そして数が多く、もうこの土地を捨てて新たな地に国を移動させることも考え始めた頃・・・あなたのご両親がやって来ました」
そう言って、フィーユはディルを真っ直ぐに見る。
「え、俺の!? ・・・っていうかそれも知ってたのかよ!」
そうだよ! 最初にディルの両親について聞いた時は知らないって言ってたじゃん! RAMディスクのこともそうだけど、何で隠すの!?
疑問に思うわたしとディルの視線に応えるように、フィーユは口を開く。
「ディル君のお父さん、ルイヴさんは闇の魔石を持ち、地面を抉り、空気が裂ける程の凄まじい怪力で次々と凶暴な魔物達を殴り飛ばしていきました」
うわぁ・・・何その怪物。さすがディルのお父さんだよ。ディルはどっちかというとスピード特化な感じだけど。
「そしてディル君のお母さん、サディさんは緑の魔石で出現させた高い木の上に立ました。その木は近付く魔物を蔦で倒していたのですが、サディさんはそれを気にする様子もなく、何故か冷たい微笑みを浮かべながら空の魔石が嵌められた長弓を絞り、矢を放ちました。そして放たれた矢は音を置き去りに飛んでいき、厄介な魔物を倒したり牽制したりして、的確にルイヴさんの援護を行っていました」
わぉ・・・お母さんもとんでもないよ。魔物に囲まれた状態でそんな冷静に弓を扱えるのがまず凄いし、音速で飛ぶ矢を躊躇いもなく夫の近くの魔物に討てるのも凄い。
「さすがお父さん達だな。そしてお母さんはきっと無茶するお父さんに怒ってたからそんな表情をしてたんだと思うぞ。お母さん、怒ると何故か笑うからな」
ディルは昔を懐かしむようにそう言って、「早く会いたいな」と小さくて呟いた。
わたしも、早くディルに両親と会わせてあげたいな。その為にも、今のフィーユの話はちゃんと聞かないとね。
「ルイヴさんとサディさんのお陰で国は無事守られました。そして、国の英雄であるお二人に何かお礼を差し上げようと思い、希望を聞きました。すると、例のキラキラした円盤が欲しいと言われたのです」
・・・何故?
わたしは首を傾げる。ディルも傾げる。そしてフィーユまでも傾げる。
「理由を尋ねましたが、『守るために必要だから』と言われました。国の英雄であるのもそうですが、私はその『守るため』という言葉を信じ、この2人なら用途の分からないソレを正しく扱ってくれるだろうと、余り目立ちたくないという2人の希望通り、公にはせずにコッソリとキラキラした円盤を褒賞として渡したのです」
戦場で暴れまわっておいて目立ちたく無いっていうには無理がある気がするけど・・・。というか、今はディルの両親がRAMディスクを持ってるのか。ここでディルの目的とわたしの目的が同じになっちゃったよ。
「もしかして、ソニアに届ける為だったりしてな。ほら、前に土の地方でお父さん達と昔話したことあるって言ってたネリィのお父さんがさ、お父さん達は金髪碧眼の妖精を探してたって言ってただろ?」
「確かに言ってたけど・・・そうなのかなぁ?」
どちらかといえば、逆に記憶を取り戻すのを邪魔されてる気がするんだけど・・・。まぁ、今の時点じゃ何とも言えないか。
「フィーユ首脳代理、この国にもう円盤が無いのは分かりましたわ。ですが、カイス妖精信仰国の方も無い理由と、ディル様のご両親のことなどを黙っていた理由を教えて頂けれますか?」
スズメが噓は許さないと言わんばかりの表情でフィーユを見る。
「そのようなお顔をされなくても、ちゃんと話しますよ」
フィーユはそこで一度水を飲んで、ゆっくりとわたし達を見回してから、勿体ぶるように口を開く。
「ルイヴさんとサディさんに褒賞を与えたあと、暫くの間お二人はこの国に滞在していました。そんなある日、カイス妖精信仰国から第一王子の側近を名乗る女性がやって来たのです」
その言葉に、スズメがピクリと反応して「彼女ですか」と呟く。
「スズメの知ってる人なの?」
「はい。上のお兄様の側近で、主の願いを叶える為ならどんな汚い手段をも使い、他がどうなろうと構わない、そのような質の悪い女ですわ。ヨームお兄様とわたくしも少なからず嫌がらせを受けていましたの。流石に大妖精様にまでそのようなことはしませんと思いますが、ソニア様の視界に入れたくは無いですわね」
「うん。わたしも会いたくない」
でも、何故だか会いそうな気がするんだよね。こういう感は当たって欲しくない。
「それで、そんなめんどくさそうな人がこの国に来て、どうなったの?」
話を戻す為に、フィーユを見る。
「彼女は言いました。『我が国で保管していた宝が盗まれたんですよぉ』と」
なんだその喋り方は・・・と、皆が思ったけど、話が進まなくなるのでスルーする。
『その宝を盗んだ犯人の名前はルイヴとサディっていうらしいんですけどぉ・・・フィーユ首脳代理は知ってますよねぇ?三日後、それまでに身柄を拘束して引き渡してくださぁい。もし断るならぁ・・・カイス妖精信仰国からドレッド共和国にちょっとした嫌がらせをしちゃうかも・・・ですよぉ?』
なにそれ!? すんごい嫌な言い方! わたしその人嫌いかも!
「そう言われた私は、国の存亡と英雄への恩義を天秤に掛けました。そして、国の存亡へと傾いたのです」
それは・・・責められないよね。
ディルもわたしと同じ気持ちなのか、黙ってフィーユの話を聞いている。
「ですが、ルイヴさんとサディさんはその事に気が付いていました。私と彼女の会話を盗み聞いていたようなのです」
おぉ・・・話の展開が読めなくなってきたよ!?
わたしとディルは若干前のめりになってフィーユの話に耳を傾ける。
「ルイヴさん達は言いました」
『宝を盗んだってのは事実だ。この間貰ったあの円盤と同じ物を盗んだんだよ。バレてないと思ってたが、流石は情報ギルドの総本山だな。俺らの行動は筒抜けってことみたいだな』
『そうね~。ここは大人しく捕まりましょうか』
『だな!・・・ってことだからさ、フィーユさんは気にすんなよ。ただ俺達がバカやっただけだからな!』
イイ人! 流石はディルの両親だよ! 拍手したい!
「そんな彼らに、私は提案しました。拘束をわざと緩くして、荷物は門の護衛士に預けておく・・・と」
『国同士のことはよく分からんけどさ、そんなことしたらマズイんじゃないのか?』
『ですので、これはここだけの話にしてください。お二人は自らの手で逃走した。そういうことにしますので。・・・その後のことは、申し訳ありませんが私には何も出来ません』
『いや、それだけしてくれれば大丈夫だ! カミ様に誓ってこのことは誰にも言わないからな!』
それ、スズメがいるこの場で言っちゃって大丈夫なの!?
「・・・そうして、お二人を簡単に解けるように拘束して、カイス妖精信仰国へと引渡しました」
「そのようなことが・・・わたくし、何も知りませんでしたし、報告も受けていませんわ」
「そうでしょうね。後日、カイス妖精信仰国の第一王子から『2人に逃げられた。このことは絶対に口外しないように。もし、すれば・・・分かるな?』というような音声が入った空の魔石が送られてきたのです」
「ああ、お兄様は自身の失敗を隠そうとしたのですわね。納得ですわ」
スズメは平然としてるけど、わたしとディル、そしてフィーユとおじいさんも不安で仕方がない。
「ねぇスズメ・・・今の話って王様とかお兄さんに報告したり・・・しないよね?」
恐る恐ると聞く。ディルとフィーユも固唾を吞んでスズメの返事を待っている。その返事次第でドレッド共和国が大変なことになっちゃうもん。おじいさんなんか「儂が聞いていい話なのか?」と頭を抱えている。フィーユが今まで黙って隠していた理由が分かった。
スズメのことだから心配は無いと思うけどね? 一応聞いておかないとね?
「ソニア様はどうして欲しいですか?」
「え、わたし? わたしはもちろん、このことは黙っていて欲しいけど」
「でしたら、そのようにしますわ」
あら、あっさりと。
その言葉に一番安堵したのはフィーユだった。
「ありがとうございます。このご恩は必ず・・・」
「必要ありませんわ。わたくしはただ、お友達を悲しませたくないだけですので、決してこの国を守る為とか、そういう理由ではありませんので」
そういうけど、わたしが関係なくても何だかんだと言って黙っていた気がする。そんな素直じゃないところも、またスズメらしいなと思えるこの頃だ。それに、わたしを友達と言ってくれて嬉しいな。
話が一区切りついたところで、ナナカ君とムツカちゃんが注文したメニューを運んできた。一緒に食事をする為に連れて来たんだけど、どうやら妖精を相手に接客するのがこわいらしい店主達に手伝わされているみたいだ。
フィーユが酢豚で、おじいさんが餃子定食、ディルが唐揚げ定食、スズメは杏仁豆腐、わたしはディルから唐揚げをおすそ分け。
各々がさっきの話の内容を頭の中で整理しながら食事をする。そんな中、わたしはディルの耳元でコッソリと話しかける。
「もぐもぐ・・・ごっくん。ディルの両親の情報が聞けて良かったね」
「ああ、ソニアの探し物の情報もな。・・・まぁ、結局居場所は分かんないけど」
そうなんだよね。情報は得たけど、この先何処に向かえばいいのか手掛かりが無いままなんだよね。わたしが探してるRAMディスク、それをもったディルの両親が逃走したあと、いったいどこに向かったのか・・・。
「もぐもぐ・・・ごっくん。学園祭が終わったら・・・次はどこに向かう?」
「うーん・・・どうしよっか。カイス妖精信仰国にはもう確実にお父さん達はいないだろうし・・・」
だよね。自分達を追ってる国に滞在してるわけ無いもんね。
わたしとディルの会話を、スズメが何か言いたげな顔でチラチラと見ながら聞き耳を立てていたけど、わたしはディルが次々とわたしの口に押せててくる唐揚げの欠片を対処するのに忙しくて、構ってあげられなかった。
読んでくださりありがとうございます。スズメ (´・ω・`)チラチラ