199.食事処レイカへ向かう
確か・・・わたしが一番最初に学園外に出て、黒ずくめに襲われた時だったよね。
その時に、わたしのことを息子の仇だなんだと言っていた見知らぬおじいさんと和解して、わたしの失った記憶を取り戻すのに必要なRAMディスク・・・かは分かんないけど、それっぽい物の情報を、そのおじいさんが知っていたんだ。あの時は黒ずくめに襲われて情報を聞くどころじゃ無かったから、『落ち着いたらまた聞きに来るね』的なことを言って別れたんだよね。
そして、無事《愛らしいソニア様誘拐未遂事件》が解決した今なら、ゆっくりと話を聞けるね!
・・・と、いうわけで。現在わたし達は、ガタガタと揺れる馬車に乗って、名も知らぬおじいさんと日時も決めずに『顔を出すね』とその場のノリで約束した食事処レイカへと向かっている。
「ナナカ・・・アンタ、よくこの状況で寛いでいられるね?」
「まぁ・・・これ以上にとんでもない経験をしたからね」
ナナカ君と、ナナカ君のお姉ちゃんのムツカちゃんがわたしの前でコソコソと話している。
この2人が一緒なのは、ただ友達を連れて来たから・・・って言うわけでは無い。ちゃんと理由がある。
それは《愛らしいソニア様誘拐未遂事件》改め《黒ずくめ学園襲来事件》の報告会を行った際のこと・・・
『・・・っていうわけでさ! わたしとディルは学園外にある食事処レイカって場所に行くから!』
・・・と、わたしがスズメの頭の上で勢い良く挙手して、
『俺は今初めて聞いたけど・・・まぁ、いっか』
・・・と、言いつつも、どこか嬉しそうな顔でディルが言って、
『でしたら、わたくしもぜひ御一緒させてくださいませ!』
・・・と、スズメが鼻息荒く食いついて来て、
『・・・そうですか。それは・・・いえ、仕方ありませんね。私も一緒に行きます』
・・・と、その場に合わない深刻そうな・・・何かを諦めたような顔でフィーユが言った。
そして、その日の内にフィーユが食事処レイカへ使いを送り、明日の午後にわたし達が行くことを伝えてくれて、スズメが万が一を考えてその食事処レイカのことを徹底的に調べ上げてくれた。
その結果、食事処レイカがナナカ君達の実家だと判明したのだった。
『あっ、ナナカ君。明日のお昼にお姉ちゃんのムツカちゃんと一緒に南門に集合ね!』
『え!? 急に何ですか!? 俺、学園祭の準備で忙しいんですけど・・・って、ソニアさんに姉ちゃんのこと話したことありましたっけ!?』
『じゃあ伝えたからね! 絶対に来てね! 一緒にナナカ君の実家に行くから!』
『はぁ!?』
こんな感じのやり取りがあって・・・現在、人目を惹く豪華な馬車の中には・・・
何故か馬車に乗ってから深刻な顔をして喋らないフィーユ。
ずっとコソコソと「なんでこうなったの?」と話しているナナカ君とムツカちゃんの姉弟。
スズメの膝の上で(こう見るとナナカ君達って激似だなぁ)と思いながら寛いでるわたし。
そんなわたしを膝の上に乗せて「ハァ・・・ハァ・・・今が人生の最高潮ですわ」と幸せそうなスズメ。
そして、そのスズメを恨めしそうに見ているディル。
・・・その6名が乗っていた。
わたしを頭の上に乗せているスズメとフィーユが同じ椅子に座っていて、その向かいにディルとナナカ君とムツカちゃんが座っている感じだ。ちなみに、後ろに走っているもう一つの馬車にはフィーユの護衛とキンケイとニッコクが乗っている。
「なぁ、スズメ。昨日から思ってたんだけど、なんか凄いソニアに懐かれてないか?」
「そ、そそ・・・そうですわね!? わたくし自身ももしかて懐かれているのでは? と思っていたのですわ・・・」
2人の視線がわたしに集まる。
懐いてるって感覚は無かったけど・・・まぁ、確かに前と比べてスズメのことは気に入ってるかな?
「だって、スズメはディルの命を助けてくれたもん」
最終的にディルを治療したのはフィーユだけど、でも、その前にスズメが来てくれなかったら、スズメがお母さんに言って解毒薬を貰ってなかったら、自分の解毒薬を惜しげもなくディルに飲ませてくれなかったら・・・ディルは死んじゃってた。
『ソニア様には笑顔が一番似合っていますわ!』
『スズメ・ピス・カイスの名に誓って、必ず息のある状態でフィーユ首脳代理のもとまでディル様をお運びしましょう』
それに、その時のスズメの言葉で、そして頭をそっと撫でてくれて、わたしはすっごく安心したんだもん。
「・・・それに関しては、報告会の時にも言ったけど、スズメには本当に感謝してる。でも、それとこれとは別っていうか・・・とにかく! こういう時って今までなら俺の頭の上とかに居たじゃん」
「いや、別にソニアの自由でいいんだけどさ」とゴニョゴニョと言うディル。
これは・・・妬いてるんだよね? たぶん・・そうだと思う。
「でも、ディルとは毎日一緒に寝てるじゃん」
「変な言い方するなよ・・・」
変な言い方も何も、そのままのことを言っただけだけど・・・。
ジトーっと見つめ合うわたしとディル。そんなわたしに、スズメがコソコソと耳打ちしてくる。
「――――――という風に言ってみてくださいませ。きっと、それだけでディル様は満足しますわよ」
えぇ? そんなことで満足するかなぁ?
見上げると、スズメはわたしに向かってパチッとウィンクした。最初はまともに会話すら出来なかったスズメと、こんな友人同士みたいな気軽なやり取りが出来るようになったことを嬉しく思いつつ、わたしはディルを見上げてスズメが言った通りのことをそのまま言う。
「ディル、今日の夜も一緒に寝よ?」
ここで少し前屈みになって上目遣い・・・が、ポイントらしい。
ただ一緒に寝ようって言ってるだけなんだけど・・・本当にこれでいいの?
疑問に思いながらもディルを見る。・・・鼻血を出していた。
何故?
「フフッ、ディル様には少し刺激が強過ぎましたわね」
必死に鼻血を手で抑えるディルに、スズメがそっとハンカチを渡す。ハンカチで鼻を抑えながら窓の外を見つめるディルの横顔は、何故か少し大人っぽかった。
なんだか分からないけど、ディルの機嫌は直った・・・んだよね?
・・・。
その後・・・「説明を求む!」と言わんばかりの眼力でわたしを見ていたナナカ君とムツカちゃんに事情を説明して・・・そして、馬車が止まった。どうやら食事処レイカに着いたみたいだ。
「い、いらっしゃいませ。俺・・・あっいや、私が食事処レイカの店主のカンテイと申すです」
申すです?
馬車から降りたわたし達を、明らかに緊張した様子で出迎えてくれたのは、赤い短髪の背の大きな男性で、その頭には細長いコック帽が乗っている。高身長なうえに長い帽子を被ってるせいで、とても大きく見える。
「初めまして。私はカンテイの妻で、そこのナナカとムツカの母のレイカと申します。この度は私共のお店へようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞ中へお入りください」
わたしがカンテイの長い帽子をぽけーっと見てたら、そんな声が下の方から聞こえてきた。背の小さな女性が大きな垂れ目をニッコリさせて、わたしを見上げていた。
お店の名前は奥さんからとったんだね。というか、ナナカ君とムツカちゃん、めっちゃお母さんに似てるじゃん! お父さん要素は身長くらいだよ!
「ちっちゃくて可愛い奥さんだね!」
わたしが何気なくそう言った瞬間、空気が凍った。・・・いや、正確にはカンテイとナナカ君とムツカちゃんが「あっ」と手で口を押さえた。
えっ、もしかして地雷だった? 背が小さいの気にしてたの? ・・・ごめんなさい! 悪気は無いの!
「え、えへへ・・・」
ずっとニッコリのままわたしを見上げているレイカさんが怖くて、なんとか和ませようと笑ってみた。
「ウフフッ・・・私よりも妖精様の方が小さくて可愛いですよ」
後ろから「その通りですわ!」「まぁ、そうだな」と聞こえてくるけど、わたしはスルーする。そしてフィーユも同じく2人をスルーして、一歩前に出てレイカさん達に挨拶する。
「突然押しかけてしまい申し訳ございません。礼儀作法などは気にしないので、どうか普通の客として接して頂ければ・・・」
突然押しかけてって・・・昨日のうちに事前に使いを出して知らせてたじゃんね。それに、普通の客って言われても、豪華な馬車で護衛まで引き連れといて・・・それは無理でしょう。
「あっ、いえいえ・・・聖女様と他国の王女様、それに妖精様とその愛し子様が俺の店に来てくれて箔が付く・・・じゃなくて、私の店に来ていただき光栄で申します」
光栄で申します? ほら、もうテンパっておかしなこと言っちゃってるもん。
「2人を緊張させちゃうから」という理由でキンケイとニッコクと護衛達はお店の外で見張って貰い、わたし達はお店の中に入る。店内は小さいながらもとても綺麗で、椅子なんかもそこらの普通の椅子と違ってクッション付きのお尻プニプニ椅子だった。
この世界であの椅子はそこそこ高いだろうに・・・きっと外見からは想像できないくらい儲かってるんだろうなぁ。行列のできる店に違いない!
・・・って思いながら店内を見ていたら、後ろを歩いていたナナカ君とムツカちゃんの会話が聞こえてきた。
「うわっ・・・お店の中凄い綺麗になってる。父さん達、きっと昨日慌てて掃除したんだろうね」
「そ、そうだね。それにあの椅子・・・普段はケチな母さんも流石に妖精様を招く為にはケチってられなかったんだろうね。私、仕送り額増やそうかな」
・・・なんかごめんなさい。わたし達はおじいさんがここを指定したから来ただけなんです。ホント、ごめんなさい。
お店の一番奥、そこに、そのおじいさんが強張った顔で座っていた。わたし達もそこに案内される。
フィーユ、スズメ、ディルがプニプニの椅子に座り、わたしは予めテーブルの上に用意されていた、わたし用の小さなクッションの上にちょこんと座る。そしてナナカ君とムツカちゃんはカンテイに引きずられるように厨房へと連れ去られていった。そして・・・
「お、お前ら! 妖精様って飯食うのか!? 水とか出した方がいいのか!? ってか、あの小さいクッションで妖精様は良かったのかよ!?」
厨房からそんなカンテイの叫び声が聞こえてきた。それから程なくして、レイカさんが水を運んできて、わたしの前にも皆と同じコップが置かれる。そこには木製の(妖精にとっては)少し太めのストローが刺さっていた。
・・・の、飲めるかな? わたしの肺活量で吸えるかな?
チラッと厨房の方に視線をやると、カンテイとレイカさんが固唾を呑んでわたしのことを見ていた。
そんなに見られたら穴が空いちゃうよ・・・。どうしよう? せっかく気を使ってストローまで付けてくれたのに飲まないのは失礼だよね?
わたしは心の中で「よしっ」と気合を入れて息を吸い込んだ。そしてみっともなく大きく口を開けてストローを咥える。
ぶくぶくぶく!!
「ソニア。それはストローって言って、吹いて遊ぶ為の物じゃなくて、吸って水を飲む物なんだよ。・・・初めて見たのか?」
初めてじゃないです。人間だった頃に何度も見ました。
ディルが丁寧に使い方を教えてくれる。
そうだよね。そりゃ息を吸ってストローを咥えて吐いたらぶくぶくってなるよね。わたし何やってんだろ。人間だった頃の名残りが薄れてきてるせいか、意識的に息をしようとしたら逆になっちゃった。普段は無意識にする必要もない呼吸をしてるのにね。
「だからな、こうやって口で・・・」
ディルがお手本を見せようとわたしが咥えていたストローを咥えようとして、ハッとしたあと、ちょっぴり頬を染めてそっとコップをテーブルに置いた。
か、間接キスってやつだよね? べ、別にわたしは気しないけどね!?
わたしはストローで頑張って水を吸い上げて飲んだあと、厨房から顔を覗かせていたカンテイとレイカさんが何故か感動したような顔で引っ込んでいったのを横目で確認して、ずっと強張った顔で座っているおじいさんに話しかける。
「おじいさん、久しぶり!」
「う、うむ。そうじゃな、久しぶりじゃな。・・・まさか店を貸し切りにするほど大事になるとは思わなかったぞい・・・」
でしょうね。おじいさんからしたら「行きつけのお店でお昼ご飯でも食べながら話そう」みたいな感覚だっただろうしね。
壁に掛けられたメニューから各々が好きなものを注文したあと、スズメが「わたくし達のことは気にせず話してくださいませ」と言ったことで、おじいさんの話は始まった。
「さて、キラキラした円盤状の中心に穴が空いた物・・・じゃったな?」
「うん! それそれ! それをどこで見たか教えて欲しいの!」
わたしの失った記憶が入ってる(?)らしいRAMディスク! よくもまぁそんな雑な説明で伝わったなと今更ながら呆れちゃうよね。
そして、おじいさんはチラリとフィーユを見たあと、過去の話を語り始める・・・。
読んでくださりありがとうございます。小さいクッションはレイカさんの手作りです。