198.「勘違いしないでよねっ!」
「じゃあ、お互いに昨日あったことを報告し合おうか」
医療室にて、ベッドに横たわったディルが完治した両目を開けて、椅子に座っているスズメと、そのスズメの頭の上に座っているわたしを見る。
・・・。
昨日、洞穴に閉じ込められていたわたし達を助けに来たディルは、わたしが無事だと分かった瞬間、緊張の糸が切れるように安堵の笑みを浮かべたあと、その場にバタリと倒れてしまった。
「え、嘘・・・ディル!? し、死なないで! 死んじゃ嫌だよ!」
こんなお別れなんてやだ! まだ両親と合わせてあげられてないし、ディルの気持ちに応えてあげられて無いのに!
倒れたディルの指を必死に持ち上げて、年甲斐もなく泣きじゃくっていた。すると、森の方から複数の足音が聞こえてきた。
ま、まさか黒ずくめが来たの!?
わたしは涙を拭う余裕もなく、気を失っているディルとマドカ君達を庇うようにして手を広げて飛び上がる。
「ディ、ディル達には指一本も触れさせないんだから!」
震える声でそう叫ぶ。ディルはわたしが守るんだから!
「ソニア様?」
茂みから姿を現したのは、スズメだった。後ろにキンケイとニッコクの姿も見える。
「ス、スズメ~~~!!」
動けるのがわたししか居なかった状況に、とても頼りになる人物が現れた。安堵の涙を流しながらスズメの顔面に飛びつく。
「ソニア様! ご無事で・・・うぶぁ!」
「スズメ~~! ディルとマドカ君達を助けて~! 酸素が足りなくて倒れちゃって! あ、虫! 虫の魔物がいっぱいいて! それからディルが来たら目が見えてなくて! 顔色も悪いし心配で! ・・・でも倒れちゃってぇ~~! うぅ・・・うぇ・・・た、助けて~~~!」
スズメの顔面がわたしの涙と鼻水で凄いことになってるけど、気にしてる余裕なんて無かった。今ここで頼りになるはスズメだけなんだから、わたしじゃディルを運ぶことはもちろん、子供達を運ぶことすら出来ないんだもん。
「ソ、ソニア様! お、落ち着いてくださいませ! 大丈夫ですわ! わたくしが来た以上、必ずディル様と子供達は助けますから! ですから泣かないでくださいませ! ソニア様には笑顔が一番似合っていますわ!」
わたしを宥めるようにそう言いながら大事な杖を地面に放り投げて、まるで初めて赤子を抱くように、おっかなびっくりといった感じでわたしをそーっと両手で持って顔から引き剝がす。
「本当に、安心してくださいませ。大丈夫ですから・・・。キンケイ、ニッコク」
スズメが2人の名前を呼ぶと、キンケイとニッコクは素早くディルと子供達の容体を見始める。
「子供達はただ気を失っているだけみたいですな。これなら時間経過で無事に目を覚ますでしょう」
その言葉に安堵したのも束の間、ニッコクが慌てた様にディルの容体を告げる。
「ディル様は大変危険な状態ですぞ! すぐに解毒薬を飲ませてフィーユ様のもとへ連れて行かなければ命が・・・」
「ニッコク!」
「ッ! 申し訳ありません!」
い、命が・・・?
その言葉に、止まりかけていた涙が再び溢れてくる。
「ソニア様・・・絶対にディル様の命は繋ぎ留めますのでご安心ください。どんなに危険な状況でも、かつて聖女と呼ばれていたフィーユ首脳代理なら確実に治療可能です。そして、スズメ・ピス・カイスの名に誓って、必ず息のある状態でフィーユ首脳代理のもとまでディル様をお運びしましょう」
スズメがそう言って、優しくわたしの頭を撫でてくれる。ディル程じゃないけど、マリちゃんと同じくらいには心地良くて、安心した。
そうこうしている間にも、ニッコクは数種類ある解毒薬を次々とディルに飲ませていった。
「キンケイは子供達を、ニッコクはディル様を持ちなさい。わたくしはソニア様をお運びします」
別にわたしは運ばれる必要はないんだけど、不思議と安心感のある手のひらから離れたくなった。スズメは一言「失礼しますわね」と言ってわたしを片手に持ち直したあと、地面に落ちている杖を拾った。
「ソニア様、少しの間耳を塞いでいてくださいませ」
「え、う、うん!」
なんだか分からないけど、言う通りに自分の尖った耳を両手で塞いだ。尖ってるせいで塞ぎきれてないけど、たぶん大丈夫。
スズメは杖の先端を白く光らせて、そこに口を近付けて「すぅ」と大きく息を吸って・・・。
「「フィーユ首脳代理!! 今すぐに寮のエントランスに来てくださいませ! でなければ、大妖精様のお怒りがこの国を襲うことになりますわよ!!」」
杖を拡声器のようにして、スズメはそう叫んだ。
別に怒ったりしないよ・・・とも言い切れない。わたしはそんな出来た妖精じゃないから。もし
フィーユが遅れたせいでディルが死んだりしたら・・・自分でも何をするか分かんないし、想像したくない。
その後、未だにわたしの涙と鼻水で顔面がベチョベチョになっているスズメが凛々しい表情でキンケイとニッコクを引き連れて森を駆け抜け、そして寮のエントランス付近で顔を真っ青にして息を切らしていたフィーユの手によって、ディルは無事に命をつなぎ留めた。
・・・。
わたしはディルとスズメに、寮長さんに凄い虫がいると騙されて、ベルゼアブラとかいうゴキブリそっくりの気持ち悪い魔物がいる洞穴に閉じ込められたこと、そして魔物は頑張って何とかしたけど、マドカ君とノルン君が酸素不足で死にそうになっていたところを、間一髪でディルが助けに来てくれたこと、それからスズメが来て、フィーユにディルを助けて貰ったことを話した。
それを聞いたディルとスズメは・・・。
「寮長の野郎・・・一発ぶん殴るくらいじゃ済まないな」
物凄い怖い顔でボキボキと拳を鳴らすディル。
「申し訳ありません。寮長は既に殺してしまいました。ディル様のことを考えて生かしておくべきだったですわね」
と、平然ととんでもないことを言うスズメ。
・・・え? 死んだの? 殺したの!? スズメが寮長を!?
「お優しいソニア様には本当のことは隠そうかとも思っていましたが、ソニア様に隠し事はしたくありませんので、正直にお話しますわね」
そうして、スズメはわたしが閉じ込められている間に何をしていたのかを話してくれた。
な、なるほどね。怪しい動きをしていた寮長さんをつけていったら、食堂のお姉さんを殺そうとしていたと、そして脅して話を聞いた結果、わたしが寮長さんの手によって魔物がいる洞穴に閉じ込められていることが分かり、自分の国の法律に則って処刑をした・・・と。
「スズメさん。ここには私もいることを忘れていませんか?」
パーテーションの奥からフィーユの声が聞こえてきた。
そうだよ。ここはスズメの国じゃないんだから、勝手に処刑なんてしたらマズイでしょ。
「あら、寮長は追い詰められて自害した。そういうことにすればよろしいですわ。・・・それに、どちらにしろ大妖精様に危害を加えたとなると、お父様が黙っていません。例えあの場で生かしていても、結果的にはお父様の手の者によって殺されていたでしょう」
スズメがそう言うと、パーテーションの奥からフィーユの声が聞こえなくなった。
寮長さんは何だかんだと言って面倒見が良くてイイ人だったんだけどな。あれは演技だったのかな? ううん、わたしにはそうは思えない。
「俺はスズメの判断が間違ってるとは思わないぞ。まぁ、正しいかと言われれば、そうも言えないけど」
ディルがスズメの頭の上に座っているわたしを心配そうに見ながら口を開く。
「もし、寮長さんが殺そうとしてたのがソニアだったとして、殺す気は無かったんだって言われても、俺は絶対に許せない」
わたしも、殺されそうになっていたのがディルだったと想像して考えてみる。
「ソ、ソニア様!? なんだかバチバチといって・・・も、申し訳ありません! 例えソニア様に危害を加えた大罪人でも殺すべきではなかったですわよね!?」
「ソニア! 何を考えてるのか知らないけど落ち着け! 電気が溢れてるぞ!」
・・・おっと、危ない危ない。ディルを殺そうとした想像上の寮長さんに殺意が芽生えてしまった。わたしは優しい元人間。目には目を歯には歯を的な考えで人を殺したりなんてしない。けど、こんなんじゃあ、わたしがスズメに何か言えることなんてない。
「ごめんねスズメ。わたしはスズメのしたことを肯定はしないけど、責めたりもしないよ。わたしの為に色々と頑張ってくれたり、怒ってくれてありがとね」
言いながら、わたしの静電気で逆立ちしたスズメの髪の毛を撫でて平らにする。
「あぁ、ソニア様がわたくしの頭を撫でて・・・昇天してしまいそうですわぁ」
相変わらず残念な思考回路だけど、慣れてきた今ではそこまで気持ち悪くない。
「じゃあ、スズメが正直に話したし、俺も話すな」
ディルがそう言って語ってくれる。更にとんでもない話を。
「・・・そして俺は後ろから針に刺されながらも”ニンジャ”に突貫して・・・」
・・・ディルを毒の針で刺した?
ドコーーン!!
「・・・それで、俺が立ち上がったことで首を切断するハズだった手裏剣は両目を斬るだけで済んで・・・」
・・・ディルの首を狙ったあげく、両目を斬った? ミリド王国だっけ? その国、潰しちゃおうかな。
ドコーーン!!
「・・・ソニア、怒ってくれるのは嬉しいけど、いちいち雷を落とさないでくれ。学園の皆がビックリするし、話が進まないだろ」
「・・・ごめんなさい気を付けます」
わたしは必死に怒りを抑えて、ディルの話に耳を傾ける。
「・・・と、まぁ、こんな感じで、目が見えなくなった俺は、なんとかソニア達を助けるのに間に合ったんだ」
え、待って待って、ディルはあの黒ずくめを2人同時に相手したうえに、どっちも殺したの!? ディルが人を!?
そう語ってくれたディルの手は微かに震えていた。何かに怯えてるみたいだ。
大丈夫だよ。わたしはディルが何をしても嫌いにはならないから。
わたしはスズメの頭から降りて、そっとディルの左の指を両手で持ち上げる。
「ディル。改めて助けてくれてありがとう。・・・あのね。ディルが生きるためなら、そんな奴らの1人や2人・・・例え何百人を殺したって、わたしは気にしないよ。大好きなディルが生きてくれたら、それだけでいいの」
そして、ギュッとディルの薬指を抱きしめた。
「ソニア・・・」
・・・あれ? わたし、なんか凄いこと口走らなかった!?
「ま、待って! ディルのことは大好きだけど、そういういんじゃなくて! 親友とか相棒とかそう感じで大好きってことだから! だ、だからね?! か、勘違いしないでよねっ!」
バッとディルの指から離れて、プイッとそっぽを向きながら言ってやった。いや、言ってしまった。羽がパタパタと動く。
な、なにこのツンデレみたいな台詞! わたし、本当にそういうんじゃないから!
「・・・ぷっ、はは!」
突然笑い出すディル。スズメまでも微笑ましいものを見るような、幸せそうな目でわたしを見下ろしている。パーテーションの奥からもフィーユの「クスクス」という笑い声が聞こえてくる。
「な、何を笑ってるのさ!」
「はは・・・いや、ソニアってやっぱり可愛いなって思って・・・な? スズメ」
「ええ、本当に。ディル様に妬いてしまいそうですわ」
またそうやって余裕ぶって! わ、わたしのことが好きなくせに!
恥ずかしすぎて、体を電気にしてどこかに隠れようかと思ってたら、ガラガラと医療室の扉を開けて誰かが入って来た。
「3人とも、友人方がお見舞いに来ましたよ」
フィーユがそう言いながらパーテーションを開ける。そこには、マドカ君とノルン君とアイリちゃんのお騒がせ三人衆と、それに加えてカーマが立っていた。今回の事件に関わった生徒達だ。
「ようディル。思い悩んでんじゃねぇかと思ったら、案外元気そうだな。廊下まで笑い声が響いてたぜ?」
「フッ、悪いな。お前に慰められなくても、俺には可愛い相棒がいるんだよ」
そう軽口を叩きながらも「無事でよかった」と拳を突き合わせるディルとカーマ。
「もう!スズメさん! 地下に避難して待ってたのに、結局、警報が鳴りやんでも来なかったじゃないですか!」
「『全員無事です』と、子供達を連れていったキンケイに伝言を頼んだハズですけれど?」
「確かにその伝言は聞きましたし、マドカとノルンもスヤスヤ寝てる状態で帰って来ましたけど! 私はスズメさんの帰りも待ってたんです! わたくしの帰りを待ちなさいって言ったじゃないですか!」
「フフッ、主人の言動に振り回されるのも、メイドの仕事ですわよ」
ポカポカとスズメのスカートを叩くアイリちゃんと、揶揄うように笑ってアイリちゃんの頭を撫でるスズメ。なんだかいつの間にか仲良くなってる。
「「ソニア師匠!」」
元気な笑顔でベッドに手をついて、わたしの体をマジマジと見るマドカ君とノルン君。
「ソニア師匠! 俺達の為に頑張って戦ってくれてありがとう! すっげーカッコ良かった! 憧れるぜ! 」
「うん! あんな凶暴な魔物を1人で倒しちゃうなんて、ソニア師匠は凄い妖精だよ! 僕もソニア師匠に憧れちゃった!」
うん。男の子が憧れる対象が妖精なのは少し間違ってる気がするけど、こうやって元気にはしゃぐこの子達を見て、頑張って良かったって思うよ!
マドカ君とノルン君の頭を順番にわしゃわしゃと全身を使って撫でまわしたあと、わたしはふと窓の外に視線を向ける。
「どうしたんだソニア? 窓の外に何かあるか?」
ディルがそっとわたしに顔を近付けてそう呟く。
「ううん。ただ、もう学園の外に出ても大丈夫かなって」
「あ~、ソニアの失った記憶の件か」
どうせなら、気になる事を全て片付けてから学園祭を楽しみたいもん! ディルはもう完全回復してるみたいだし、明日はディルを連れて学園外に行こう!
読んでくださりありがとうございます。ソニア「べ、別にアンタのことなんて好きじゃないんだからねっ」