197.【スズメ】表と裏
杏仁豆腐・・・素晴らしい響きですわ。
食堂で大量の杏仁豆腐を食べながら、わたくしはソニア様のことを考えます。
ソニア様のあの可愛らしい小さなお口の中に運ばれていたものと同じものを、わたくしは今食べています。正直、味なんてどうでもいいのです。ソニア様と同じものを食べている。それが重要なのですわ。
杖で上空を飛んで学園の警戒をしていたわたくしは、お昼休憩に軽めの昼食をとっていました。しかし、それは突然鳴り響いた警報の音によって中断されました。
ジリリリリリリ!!
これは・・・西門の警報音!?
警報音には5種類あり、東西南北の各見張り台で鳴らす4種類に、本校舎で鳴らす1種類があります。今鳴っているのは西門の見張り台で鳴らす警報音でした。
「キンケイ!ニッコク! ・・・は、フィーユ先生の護衛で学園外でしたわね」
呼べば何処からともなく現れる2人ですが、流石に学園外にいるため現れません。なので、2人と連絡を取る為に、すぐ近くにあった窓を開けて杖を外へ向けて出しました。杖の中に無数に仕込まれている魔石の1つに、離れた者と連絡をとれる魔石があるのです。
「・・・応答なし、ですわね」
この魔石は空気を利用している為、相手が屋内にいたり、遠すぎたりすると届きません。
完全に後手に回ってしまいましたわね。まさか今日攻め込んでくるなんて・・・いえ、まだ攻め込んで来たと分かったわけでは無いのですが、その可能性が一番高いでしょう。
この件はわたくしに任せてくださいませ・・・なんて言っておきながら、結局はディル様やフィーユ首脳代理の力を借りることになり、そしてまんまと侵入されてしまったとは・・・情けない限りですわ。
・・・いいえ、今はそんなこと考えている場合ではありませんわ!
フルフルと頭を振ってマイナスな思考を追いやります。
「とりあえず、わたくし1人で西の見張り台まで行きましょう」
わたくしは食べかけの杏仁豆腐を優雅に口に放り込んで、早足で食堂から出ました。
警報を聞いて普段の避難訓練通りに避難を開始する生徒達。ですが、そこに1人だけ避難を開始せずに寮の受付の前で心配そうに辺りを見回して立っている女の子がいました。緊急事態なので無視しようかとも思いましたが、後にソニア様に失望されそうだと思い、声を掛けることにしました。
「アイリではありませんか。こんな所で何をしているんですの? 早く非難しなければ危険ですわよ」
「あっ、スズメさん! マドカとノルン見なかったですか!?」
「見ていませんけれど・・・?」
わたくしがそう言うと、アイリは今にも泣きそうな顔でわたくしを見上げ、「2人が見当たらないの!」と、わたくしのスカートに掴みかかってきました。
「見当たらないと言われましても・・・既に避難しているのではないですの?」
「違うんです! 私達はいつもの避難訓練でも、ここで集合して一緒に避難してたんです!」
なんて非効率的なことを・・・と思いますが、まだ子供です。効率よりも友情を優先したのでしょう。それはあとでお説教するとして、今はこの子の話を聞きましょう。
「今日もマドカとノルンはここでソニアちゃんと虫相撲するって言ってたんです! なのに、来たらいなくて、警報が鳴ってるのに全然来ないし・・・どうしよぉ・・・」
確かに、わたくしが杏仁豆腐を食べている最中も、あの子供達の騒がしい声は食堂まで聞こえていました。残念ながら2人の子供に比べて声量が小さめのソニア様の御声は聞こえませんでしたが。
・・・そういえば、寮長の声まで聞こえるようになった辺りから、子供達の声が聞こえなくなっていましたわね。少し厳しめに注意したから静かになったのだと思っていましたが・・・もしかして何処かに連れ出しました?
「とりあえず、アイリは先に避難を・・・」
・・・と、アイリの頭を撫でながら言いかけたところで、わたくしの視界に挙動不審な寮長の姿が映りました。
何故、寮長がここに? 避難は? そしてソニア様と子供達は?
いくつもの疑問が浮かび上がってきます。時間にして十数秒、短い長考の末、ある可能性に至って全て解決しました。
寮長が裏切った? ・・・確証はありませんが、その可能性が一番高いのは事実ですわね。平々凡々な人物だと思っていましたが・・・どうして、大胆なことをしますわね。
・・・いいえ、人は変わるものです。過去の経歴や人物像だけで判断し、あらゆる可能性を想定していなかったわたくしの落ち度ですわね。
「スズメさん・・・? ずっと一点を見つめてボーっとして、どうしたんですか?」
「いいえ、なんでもありませんわ。アイリ、貴方は先に避難していてくださいませ」
「で、でも・・・」
心配そうに外を眺めるアイリ。わたくしは自らの膝を曲げ、アイリと視線を合わせて口を開きます。
「メイドとは、どんな状況でも主人を信じ、万全を期してその主人の帰りを待つ者ですわよ。わたくしの未来のメイドとして、わたくしの帰りを待っていなさい」
アイリはゴシゴシと零れかけていた涙を拭って、力強く頷きました。
「安心しなさい。マドカとノルンがソニア様と一緒にいるのなら、絶対に大丈夫ですわ。ソニア様は大妖精ですもの」
「はい! そうですね!」
既に避難した生徒達を追い掛けるように、アイリは走って行きました。
それに、ディル様は絶対にソニア様のもとに行くハズです。そこに子供達もいるのなら、ソニア様のつでに助けるでしょう。悔しいことに、あの方はわたくしよりもソニア様を愛してらっしゃいますから。
ですから、ソニア様のことはディル様に任せて、わたくしはこちらを片付けてしまうとしましょうか。
案の定というべきか、そうですわよねと言うべきか、寮長は女子寮へ繋がる扉を開けました。
間違いなく狙いはアネモネ元王妃ですわね。誘拐か、殺害か・・・どちらにしろ、現行犯で捉えなくては。ここで声を掛けても、証拠がない以上言い逃れされるかもしれませんもの。
後をつけるわたくしに全く気が付く様子も無く、寮長はマスターキーを使ってアネモネ元王妃の部屋の扉を開けて中に入っていきます。
あ、危ないですわ!
扉が閉まる前にサッと滑り込み、慌てて物陰に隠れます。扉の角に杖がぶつかりましたが、何とか気付かれずに済みました。
「あ、寮長さん。警報が鳴ってるけど何かあったの? 私はこのままここに居ていいの? スズメさんから何か指示を預かってるんだよね?」
「ああ、王女様から貴女を連れ出すように頼まれてさ」
などと平然と噓を吐く寮長。そして、寮長が発動させた魔石から鋭い槍が飛び出した。
・・・目的は殺害ですのね。
わたくしは物陰から体を出して、杖に魔気を流して魔法を発動させます。
ポヨヨ~ン
スティッキースライムという魔物の魔石を使った水の魔法で、あらゆるものを弾きます。ただそれだけですが、このように、使いどころは多様にあります。
「これで現行犯ですわね」
わたくしがそう言うと、寮長は胸を抑えながら振り返りました。やっとわたくしに気が付いたみたいです。
「やれやれですわ。わたくしの未来のメイドが教えてくれなければ危なかったですわね」
そう言って魔法で出した水を消しながら、寮長に杖を向けます。いつでも魔法を放つ準備は出来ているので、万が一逃ようとしたり、反撃しようとしてきても問題ありません。いつでも殺せます。
さて、目撃者・・というか被害者がこの場にいますし、言い逃れは出来ません。この男はもう終わりでしょう。あとは敵の作戦を聞き出して、然るべきところに預けて、わたくしもさっさとソニア様のもとへ馳せ参じなければいけません。
「王女様、これは・・・」
「黙りなさい」
何か言おうとした寮長を黙らせます。
まずは自分がどのような立場か分からせませんといけませんね。わたくしがまだ未成年だからと侮られては、作戦を聞き出すのに時間がかかってしまいそうです。
「ここドレッド共和国では、殺人は一番重い罪ですわ。例え未遂であっても良くて禁固30年と、決して軽い罪ではありません。それを踏まえた上で問います。お前は何故このようなことをしたのですか?」
これで正直に全てを話してくれれば助かったのですが、寮長・・・こいつは何も分かっていません。
「お、脅されたんだ! 学園の外で黒ずくめの奴らに攫われて、刃物をチラつかされて協力しろって!それに、この魔石がこんな危ないもんだなんて知らなかった! 拘束して連れ出すだけって言われてたんだ!殺す気なんて無かったんだから、未遂ですらないだろ! 事故だ!」
みっともなく言い訳を始めました。何故このようなことをしたのか問うてるのに、知らなかっただの、殺す気なんてなかっただのと、全くわたくしの質問に答えていません。それに、その言い訳を馬鹿正直に信じる訳がないでしょう。
「・・・噓を言っていませんか?」
「言ってない!」
「では、言っていないこと、もしくは隠していることはありませんか?」
「・・・ッ!?」
分かりやす過ぎます。全く表情が取り繕えてません。感情のままに表情がコロコロと変わるソニア様はとても可愛らしいですが、この男に関しては不快なだけです。
「な、無い! 言えることは全部言っ・・・痛っ・・・!?」
みっともなく噓を吐こうとした寮長の頬を、風の魔法で斬りました。
これ以上、わたくしを不快にさせないで欲しいですわ。
「普段からポーカーフェイスに長けた貴族連中を相手しているわたくしに、ただの平民が隠し事を出来ると思わないことですわね。・・・次は腕を斬り落としますわよ?」
本気で斬り落とすつもりでしたが、寮長は観念して全てを話しました。
そしてそれは、わたくしの許容範囲を遥かに超えた話でした。
寮長の身の上話や心情なんてどうでもいいですわ。それよりも・・・なんですって? ソニア様を魔物のいる洞穴に閉じ込めた? それも子供達と一緒に?
あまりの衝撃に、クラリと倒れそうになるのを必死に堪えます。
お優しいソニア様は、戦うのが嫌いだと伺っています。それなのに、ソニア様にとっては庇護対象である子供達と一緒に閉じ込めたなどと・・・なんてことを・・・。きっと、ソニア様は戦う術を持たない子供達を庇って、自分だって戦うのは嫌いなのに、頑張って魔物と戦っておられるのでしょう。
ソニア様に危害を加えたこと、そしてそのお優しい心を消耗させたこと。絶対に許せません。
何を勘違いしたのか、どこかスッキリした顔で両手を差し出す寮長に、わたしはイライラを隠し切れません。
「何か勘違いしているようですので教えて差し上げますけど、わたくしの国、カイス妖精信仰国では殺人よりも大逆罪、つまり、妖精様に危害を加える罪の方が圧倒的に重いのですわよ?」
「いや、でも、ここはドレッド共和国で・・・」
「ええ、そうですわね。この国でそれは通用しません。ですから、何が言いたいかと言いますと、ソニア様に危害を加えたお前に、わたくしが我慢できないのですわ」
お前の顔を見ているだけで腸が煮えくり返りますわ。
「大逆罪の罰は死刑です」
「ふ、ふじゃけんにゃ! しょ、それじゃあお前が人殺しになるんだぞ! いいのか!? 一回冷静になれよ!」
「フフッ、治外法権ですわ」
「はぁ!? っざけんな!」
まぁ、冗談ですが。フィーユ首脳代理がお前ごときの命1つでカイス妖精信仰国を敵に回すハズがありませんもの。綺麗事だけでは国は立ち行かないのですわ。
「では、さようなら」
わたくしは杖から魔法を発動させました。
ボフゥッ
火と風の魔石を使った複合魔法によって、寮長は粉々に切り刻まれ、同時に超高度の炎で燃やされて、跡形もなく消えました。
「さて、アネモネ元王妃」
焦げた臭いを喚起するために窓を開けながら、アネモネ元王妃に声を掛けます。
「呼び捨てでいいよ。スズメ王女。私はもうただの平民だもの」
「そうですわね。・・・・・・目の前で人が死んだというのに冷静ですわね?」
「フフッ、これでも少し前までは王妃だったんだよ。貴女と同じで、世の中の表も裏も見て来たよ」
さすが、革命が起きた途端に新たな王から金貨を盗んで逃亡するだけはありますわね。そのお陰で、こちらはだいぶ迷惑していますけれど。ですが、それで彼女を責めるのは御門違いです。フィーユ首脳代理と正式に取引をしてここに滞在しているわけですし。
・・・もっとも、わたくしにとっては表と裏の境界がもはや分かりませんけれど。寮長を殺したことだって、日常の内ですわ。妖精に危害を加える者を裁くのは王女としての義務であり、当たり前のことなのですもの。
わたくしは「ふぅ」と息を吐いて気持ちを切り替えて、未だに床に座り込んでいるアネモネを見下ろします。
「寮長は追い詰められて自害してしまいました」
「ええ、本当に残念だね。ああ見えてそれなりに優秀だったそうなのに」
そういうことになりました。
「では、全てが終わったら説明しますので。申し訳ないですけれど、それまではここで大人しくしていてくださいませ」
「分かったよ」
わたくしは換気のために開けた窓からそのまま飛び出して、杖に跨って緩やかに下へ降りていきます。
あそにいるのは・・・キンケイとニッコクですわね。ようやく戻ってきましたか。
南門から走ってきているキンケイとニッコクのもとまで、滑空しながら向かいました。
「遅れてしまい申し訳ありません。フィーユ首脳代理の歩みがとてもゆっくりでいらっしゃり・・・」
「いえ、入ってはおられたのですが、それでもやはり・・・」
キンケイとニッコクがわたくしの前で跪き、フィーユ首脳代理に気を使いながら遅れた理由を話します。
「まぁ、フィーユ首脳代理ももう御歳ですからね。仕方ありません。それで、そのフィーユ首脳代理はどちらに?」
「「置いてきました」」
・・・まぁ、ここで何を言っても、何が変わるわけでもありませんし、スルーしましょう。
「事情は後で説明します。今はただわたくしの指示に従ってついてきなさい。ソニア様のもとへいきますわよ」
そうして、わたくしはキンケイとニッコクを連れて西の森にいるらしいソニア様のもとへ向かいました。
読んでくださりありがとうございます。
キンケイとニッコク「遅いですぞ! 我々は先に行きます!」
フィーユ・学園長 Σ(・□・;)




