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ちっちゃい妖精さんになりました! 暇なので近くにいた少年についていきます  作者: SHIRA
第5章 演じる妖精とドキドキ学園生活
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196.【テミッド】日常と非日常

 退屈だ。平和と書いて、退屈と読む。


俺の名前はテミッド。ドレッド共和国の学園で寮長をやっている。

そして、今日も今日とて受付に肘をついて欠伸を我慢しながら下らないことを考える。


 教員をしてる兄さんの紹介で就職は出来たけど、まさか寮長がこんなにも退屈な仕事だったなんて思わなかったぜ。


別に仕事がない訳では無い。日々の見回りや、生徒間のトラブルの解決、細々とした雑務などがあるのだが、テミッドはちょっとだけ有能だっただけに、簡単に終わらせてしまう。それは本人も自覚しているのだが・・・


 俺みたいな半端者が頑張ったところで、たかが知れてるからな。本物は比べものにならない。ちょっとの頑張りじゃあ埋められない差があるんだよ。


 例えばカーマ。あいつは天才だ。毎回テストで平然と1位をとってるし、努力を苦と思ってない。しかも面倒見も良い。

 しかも、更にもっと凄い天才がいる。カイス妖精信仰国の第一王女であるスズメだ。王女という身分、何をしても上位という才能、そして人望、加えて、魔石の適性が3属性もあるという。まさに平凡な俺とはかけ離れた高みにいる人物だ。


「ハァ・・・俺もどっかの国のトップにでもなって偉そうにしてーなぁ」


いつものように『もし俺が王様になったら』なんて妄想をしながら平和(たいくつ)な日々を過ごしていると、王女様よりもヤバいのが学園に来た。もはや人間じゃない。


ふわふわとした触り心地のよさそうな長い黄金色の髪に、髪と同じ色の長いまつ毛と、その時の感情で忙しく動く細い眉毛。見てると気持ちが落ち着くような群青色の瞳。幼い顔立ちなのに、どこか色っぽい唇。


 俺が今まで見てきた美女なんて目じゃない。俺の好みドストライクってのもあるけど、アレはヤバい。


俺は寝たフリをしながらも、彼女を凝視する。


凄く美人なのもそうだけど、やっぱり圧倒的に目を惹くのは、その潰してしまわないか心配になるくらいに小さい体と、羽ばたいてないのに飛んでいる不思議な羽、そしてデッカイ胸。そう、デッカイ胸だ。デッカイとはいえ、大きすぎず、丁度いい大きさ。まさに男の理想だ。


 妖精の愛し子だかなんだか知らんけど、あのガキが羨ましいぜ。あんなガキが愛し子になれんなら、俺もなりたい。そこを代われ。


妬みはするものの、それを表に出す勇気なんて無い。そしてそれは正解だった。

妖精の愛し子、ディルは王女様をも上回る化け物だった。学園に来て数日足らずで、季節末テストでカーマと王女を押し退け一位になった。しかも、チラッと見えたけど、放課後のグラウンドで護衛士数人を相手に模擬戦をして勝っていた。


 ハァ・・・やっぱり、俺には寮長くらいがお似合いなんだな。


『アンタが健康で働いてくれればそれだけで充分さ』

『結婚しろとまでは言わねぇが、せめて独り立ちしろ』

『お前はやれば出来るんだから、寮長として頑張れよ』


 両親と兄からはそんな評価だ。俺がちゃんと働いてるだけで家族は満足してるみたいだ。・・・いや、満足はしてないかもしれないけど、及第点って感じかな。


ただの従業員より役職はいいけど、出世出来るわけでも凄く良い役職ってわけでもない。どうあがいても平凡から抜け出せない俺には丁度いいかもしれない。


そう諦めかけていた時、俺にチャンスが巡ってきた。


生徒達が寝静まり、寮長としての仕事が終わって、学園の外にある居酒屋で仕事の愚痴やら最近の妖精のことなどを飲み仲間に話したりした帰り道、誰かに連れ去られた。


「んーー!んーー!」


手足を椅子に縛られて、口に何かを詰められた。なんだかよく分からないけど、身の危険を感じた。ちびらなかったのが不幸中の幸いだった。


 嘘だろ? 俺、死ぬのか? まだ彼女も出来てないし、貯金も残ってるってのに・・・勘弁してくれよ・・・。俺が何をしたって言うんだ!


「お前が学園の寮長というのは本当か?」


俺の目の前にあるソファに偉そうに腰かけている2人の黒ずくめの男の内、変わった形の刃物を手入れしている男がそう問いかけて来た。その眼光は鋭く、噓は許さないと目で語っていた。


「んーー!」


コクコクと激しく頷く。


「まぁ、そう怯えるな。お前にいい話がある」


そうして語られた話は、確かに良い話だった。


簡単に言えば、この2人の言う通りにある人物を拘束して学園外に連れ出せば、俺を隣国のミリド王国の貴族にしてくれるらしい。そして、その為の作戦と道具は黒ずくめの2人が用意してくれるそうだ。


 つまり、俺はこの2人の言う通りに動くだけでお貴族様になれるんだな?


 明らかに犯罪の片棒を担がされてるけど、俺は誘拐されて脅されたんだ。そう言えば万が一失敗しても、罪には問われないよな。だって被害者だし。現に2人は刃物をチラつかせて俺を見てるわけだし。


少しだけ、俺のことを大切に思ってくれている家族に罪悪感を覚えたけど、俺はその話を了承した。


 家族はきっと怒るだろう。いや、悲しむかな。でも、俺が貴族になってお金を渡してあげれば心配は無い。お金にはそれだけ人を変える力がある。そうだ。そうしよう。作戦が成功すれば何もかも上手くいく。平凡で退屈な日常もこれでオサラバだ。


激しく鼓動する心臓と、震える足を必死に隠しながら、俺は現在の学園の状況を洗いざらい話して、2人から作戦を聞いた。


作戦は、面倒な妖精を俺が土の魔石で事前に作った洞穴に閉じ込める。そして黒ずくめの2人が妖精の愛し子を人質にとったあと、全力で妖精を確保するそうだ。妖精を捕まえるなんて怖いもの知らずだなと思ったけど、だからと言って俺に挟める口なんて無い。


そして、その間に俺は寮長特権で、ある人物・・・ミリド王国の元王妃である食堂のお姉さん(アネモネ)を2人から預かった魔石を使って拘束して、そのまま部屋で待機して2人が迎えに来るのを待つ。


 待っている時にバレたら怖いとは思うのの、その時は脅迫されて仕方なく・・・と言えばいい。だから、俺にとってはなんのリスクもない作戦だった。


そして、俺は無事にその場を解放されて、そのまま自分の部屋に帰った。


・・・。


そうして、黒ずくめ達を警戒する王女様達によって警戒が厳しくなっていく学園の情報を流したり、それによって作戦を修正したりしながら数日過ごして、ついに決行の日が来た。


「いけー! クワ五郎!」

「・・・って、それクワガタと違うよ! なにその黒光りしたカサカサしてる虫!もしかしてそれって・・・」


相変わらず、今日も人の迷惑なんて関係なくエントランスのど真ん中で虫相撲とやらを楽しんでいる妖精とその取り巻き達のガキ。


 王女様は食事中、その連れの筋肉野郎達はフィーユさん達と一緒に学園の外、愛し子のディルは今は東の見張り台か南の見張り台で護衛士達の訓練中。・・・今しかないな。


ゴキ次郎とかいう、まるで魔物みたいな気色悪い虫を持って騒いでいる妖精とガキ共に、俺は声を掛ける。


「ソ、ソウイエバ! ソノ、ゴキ次郎? トカイウ奴ヨリ、凄イ虫ヲ森デ見カケタナ~」


 ・・・かなり棒読みになっちゃったが。・・・まぁ、相手は人間のことなんて対して知らなさそうな純真無垢な妖精と、馬鹿なお騒がせ三人衆のうち2人だ。簡単に騙されるだろう。


「マジで!? どこ!? 森のどの辺だよ!」

「こ、これで僕もマドカ君に勝てる・・・?」


ガキ共は簡単に騙された。チョロいな。


「ここだ。ここにちょっとした洞窟が・・・」

「へったくそな地図! わかんねーよ! 寮長が案内してくれよ!」


 ・・・コッソリ後ろをつけるつもりだったけど、このさい何でもいいか。


我儘を言うガキ共にイライラしながらも、後ろでだんまりしている妖精の様子を伺う。


 もしかして、怪しまれてるか?


俺と目が合った妖精は、キョトンとした顔で首を傾げた。その愛らしさに思わずドキッとしてしまう。


 でも、あの顔は何も考えてないな。


ホッと安堵の息を吐いた俺は、大人だ子供だとくだらない言い合いをしてる妖精とガキ共を、昨日の内に土の魔石で作った洞穴に案内する。


黒ずくめの奴ら曰く、そこに闇の魔石で使役した魔物を放っているらしい。流石にガキ共が危ないんじゃないかと思ったけど、妖精の力があればちょっとした嫌がらせくらいにしかならないだろうと、時間稼ぎになればそれでいいと言われた。


 子供の頃に授業で習ったけど、妖精は自然を証明する存在らしいからな。よく分からんけど、死なないらしいし、想像も出来ないような力を持ってるらしい。


ご機嫌な様子で俺の後ろをついてきていた妖精とガキ共を、洞穴の中に閉じ込めた。土の魔石で作った土壁は頑丈で、解除方法は土の適性のある人物がもう一度魔石に触れるか、水をかけて掘るかのどっちかしかないらしい。魔石を破壊するって手もあるみたいだけど、ダイヤモンドと双璧をなすくらいに硬い魔石を破壊できる奴なんていないだろう。


「寮長ー! 助けてくれー!」

「寮長さーん!」


ガキ共の助けを呼ぶ声が後ろから聞こえてくる。


「・・・チッ」


ズキズキと痛む心を必死に押さえ込んで、俺は森の中を早足で進む。


 やらなきゃよかった・・・なんて、思ったらダメだ。俺はコレを乗り越えてお貴族様になるんだ。


経験したことのない非日常感に心拍数が上がり、呼吸が荒くなり、視野が狭くなる。そして気が付けば森を抜けていた。


「すぅ・・・はぁあ・・・」


深呼吸をしても、心拍数は下がらない。いつの間にか鳴っていた警報が、より俺を焦らせる。


 これは・・・西門の警報か? あの黒ずくめ達がしくじったわけじゃないよな?


そんな不安を抱えながらも、俺は自分に与えられた仕事を進める。今更後戻りなんて出来ない。


黒ずくめの奴らから貰った、粘土で人を拘束する土の魔石を握りしめて、俺は女子寮のある一室に向かった。


 確か・・・彼女、アネモネ元王妃は、警報が鳴っても陽動の可能性を考えてその場から動かないように王女様達から言われてたハズだ。


寮長しか持っていないマスターキーを使い、部屋の鍵を開けて中に入る。


「あ、寮長さん。警報が鳴ってるけど何かあったの? 私はこのままここに居ていいの? スズメさんから何か指示を預かってるんだよね?」


都合がいいことに、アネモネは俺が王女様から何か指示を頼まれてると思っているみたいだ。


俺は必死に平静を保って、「ああ、王女様から貴女を連れ出すように頼まれてさ」と言いながら、椅子に座っているアネモネに近付く。そして土の魔石を向けて魔気を流す。


「え、何をして・・・きゃあ!」

「・・・なっ!?」


拘束する粘土が出ると思ってた。実際に現れたのは、硬い岩で出来た鋭い槍だった。


 嘘だろ!? これじゃあ人殺しに・・・


慌てて流していた魔気を止めたけど、もう間に合わない。槍は物凄いスピードで回転して、腰を抜かしたアネモネに向かって飛んで・・・。


ポヨヨ~ン


飛んでいって刺さると思ったら、突然アネモネの前にスライムのようなポヨポヨした物体? 液体? が現れた、槍を弾いた。


「これで現行犯ですわね」


背後から俺の劣等感を刺激するような声が聞こえてきた。


相変わらずバクバクとうるさい心臓を抑えながら振り向くと、王女様が先端が青く煌めいている杖を構えて立っていた。


「やれやれですわ。わたくしの未来のメイドが教えてくれなければ危なかったですわね」


王女様はそう言いながら杖を振るう。すると、さっきまでアネモネの前にあったスライムのようなものが消え去った。


 作戦は失敗か。


それなのに、何故か安堵している俺がいる。


 そうだ。これで良かったんだ。洗いざらい吐いて楽になろう。黒ずくめの奴らに脅されて、拘束するように言われてたって。そして、今まで通り身の丈にあった生活を送ればいい。


「王女様、これは・・・」

「黙りなさい」


俺が口を開いた瞬間、王女様は俺に杖を向けて睨んでくる。まだ成人してない子供だっていうのに、その迫力に大人の俺が気圧される。


「ここドレッド共和国では、殺人は一番重い罪ですわ。例え未遂であっても良くて禁固30年と、決して軽い罪ではありません。それを踏まえた上で問います。お前は何故このようなことをしたのですか?」


汗が止まらない。でも、何も言わないわけにはいかない。


 大丈夫だ。事情を説明すれば王女様だって分かってくれるハズだ。


「お、脅されたんだ! 学園の外で黒ずくめの奴らに攫われて、刃物をチラつかされて協力しろって!それに、この魔石がこんな危ないもんだなんて知らなかった! 拘束して連れ出すだけって言われてたんだ!殺す気なんて無かったんだから、未遂ですらないだろ! 事故だ!」


身振り手振りを使って必死に叫んだ。王女様の表情は変わらない。


「・・・噓を言っていませんか?」

「言ってない!」


 本当に噓なんか付いてない。後ろに下がりたくなるのを頑張って我慢しながら、俺は鋭い目付きで俺を見てくる王女様を真正面から見る。


「では、言っていないこと、もしくは隠していることはありませんか?」


ドキッとした。


 お、お貴族様に取り立てて貰えることになってたとか、妖精を魔物がいる洞穴に閉じ込めたとか、確かに言ってない。でも、わざわざ言う必要はないよな?


「な、無い! 言えることは全部言っ・・・」


スパッ・・・


「痛っ・・・!?」


王女様の杖の先端が白く煌めいたと思ったら、頬に痛みが走った。


 か、風で頬を斬られたのか!?


自分の頬を手で触れると、ベッタリと赤い血が付いた。


「普段からポーカーフェイスに長けた貴族連中を相手しているわたくしに、ただの平民が隠し事を出来ると思わないことですわね。・・・次は腕を斬り落としますわよ?」


背筋が凍った。思わず自分の腕を抑える。


 ハァ・・・もうダメか。諦めよう。ゴメン、母さん、お父さん、兄さん。罪を償ったら、もっと真面目に働くよ。


俺は全てを話した。常日頃から劣等感を抱いていたこと、この平和な日常を退屈に思っていたこと、そんな時に黒ずくめ達から話を持ち掛けられたこと、そして、今日俺が犯した罪を。


「もうこれ以上話すことはないですわね?」

「ああ、ないよ」


俺は両手を差し出す。捕まえてくれ、と。


「何か勘違いしているようですので教えて差し上げますけど、わたくしの国、カイス妖精信仰国では殺人よりも大逆罪、つまり、妖精様に危害を加える罪の方が圧倒的に重いのですわよ?」


 ・・・はい?


「いや、でも、ここはドレッド共和国で・・・」

「ええ、そうですわね。この国でそれは通用しません。ですから、何が言いたいかと言いますと、ソニア様に危害を加えたお前に、わたくしが我慢できないのですわ」


王女様は、そう言ってニッコリと笑う。でも、目はさっきよりも鋭く俺を捉えている。


 この妖精馬鹿は何を言ってるんだ?


王女様が持つ杖の先端が赤く煌めき始める。


 は!? 噓だろおい! マジでやるつもりか!?


「大逆罪の罰は死刑です」


淡々と告げられたその言葉に、血の気が引いた。

 

「ふ、ふじゃけんにゃ! しょ、それじゃあお前が人殺しになるんだぞ! いいのか!? 一回冷静になれよ!」


噛みながらも必死に叫ぶ。


 ここで俺を殺せば、今度はお前が罪に問われるんだぞ!?


焦る俺を、王女様は嘲笑う。


「フフッ、治外法権ですわ」

「はぁ!? っざけんな!」


 嫌だ死にたくない嫌だ嫌だ!


「では、さようなら」


 マジでふざけんな! まだ家族に――――――


ボフゥッ

読んでくださりありがとうございます。次話はスズメ視点のお話になります。

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