195.【ディル】俺が守らなきゃ(後編)
この学園は塀で囲まれている。俺の二倍くらいある高い塀で、その上は護衛士達が見回出来るように通路になっていて、東西南北に四つの見張り台がある。そこでは常に空の適性がある護衛士が立っていて、何かあればすぐに空の魔石を使って警報を鳴らすことになっているらしい。
そこらのお城よりも厳重だよな。
そう思って、フィーユに聞いてみたら、「お城にいる大人達よりも学園にいる子供達の方が、自衛手段が少なく将来性もあるから」と返された。俺から聞いておいてアレだけど、ソニアの安全が守れるなら何でもいいやって思った。
というわけで、俺はソニアを守る為に塀の上の通路を歩いて、警備に問題が無いかを確認して周っている。学園祭の準備をしているカーマ達には「スズメの用事に付き合ってる」と適当に言い訳して抜け出して来た。
「あ、ディル様。聞きましたよ。妖精の愛し子であるディル様が自ら警備に加わってくださるとか」
西の見張り台にいる護衛士の1人が、そう気軽に話しかけてきた。暇な時に護衛士達の訓練に混じってたお陰で、ほとんどが顔見知りになっている。
「フィーユ先生から聞いてると思うんですけど、学園の外で怪しい動きがあったから警備を強化したいんです。直近で何か変わったこととかありました?」
俺がそう聞くと、護衛士達は顔を見合わせて首を横に振る。
「ここ最近であった変わったことといえば、たまにここから見える北の森で妖精様と子供達が虫取りをしている姿が見えるくらいですかね」
ああ、ソニアとマドカ達のことか。
護衛士達の視線を追うと、今まさにソニア達が寮から意気揚々と出て来て森に向かっている最中だった。マドカとノルンが虫網を持っているから、これから虫を捕まえて、また寮のエントランスのど真ん中で虫相撲でもするんだろう。
「ディル様と違って身体強化を出来ない我々では、小さな妖精さんの御顔まではよく見えませんが、さぞかし美しいお方なのでしょうね。一度近くで拝見してみたいものです」
護衛士の1人が遠くに見えるソニアを眺めながらそんなことを呟く。その瞬間、他の護衛士達が「お前!」と注意して、本人は「しまった!」と自分で口を慌てて塞ぐ。俺はそんな護衛士達を不思議に思いつつ、質問に答えてあげることにする。
「ソニアは美しいし可愛いですよ。そのちっちゃい体で一生懸命に何かをしようとしてる姿は応援したくなりますし、いつもの無邪気な笑顔も、たまに見せる大人びた色っぽい表情も大好きです。俺がいつもの鍛錬のあと、遅い時間に寮に帰った時は、嬉しそうに羽をパタパタさせながら『おかえり!』って顔面に突撃してくるのはとても愛らしくて、幸せな気持ちになります。それに、だらしなく手をバンザイにして寝てる姿は心が和んで・・・でも、たまに服がはだけて色々と危ない時は頑張って理性を保ってハンカチを・・・」
「ディル様! ディル様! もう充分ですから! ディル様が妖精様を愛してらっしゃることはとても分かりましたから!」
いや、そうじゃなくて。俺はソニアが可愛いことを伝えたかったんだけど・・・。
その後、小一時間くらい護衛士達の訓練に付き合って、俺は北の見張り台に向かった。
・・・。
「おや、ディル様。妖精様の様子でも見にいらしたのですかな? 今は子供達と別れてお一人で大きなクワガタを追い掛けていらっしゃいますよ」
護衛士が指差す先では、何やらすばしっこい虫を走って追い掛けているマドカと、切り株に座って休憩しているノルンと、その2人と少し離れたところで自分の身の丈くらいあるクワガタを「ま、待てー!」と言って追い掛けているソニアがいた。
ソニアの飛ぶスピードなら簡単に追いつけるだろうに・・・虫を触るのに躊躇ってるんだろうな。村にいた時も、たまに出てくるムカデにジェシーと一緒にビビりまくってたし。とてもミドリさんと一緒に森で暮らしてたとは思えない。
北の見張り台でも護衛士達の訓練に付き合った俺は、昼食を食べに食堂に向かった。
・・・。
ナナカが試作した熱々のカニ玉炒飯をうまうまと頬張りながら、俺は考える。
ここの護衛士達は弱くない。ブルーメにいた頃の俺なら負けてたかもしれないし、こと何かを守ることに関しては、今の俺でも見習うべき点がいくつもある。
彼らは盾の使い方がとても上手い。攻撃は全然だけど、その大盾があれば並大抵の魔物や人なら彼らの守るものを傷付けることは出来ないだろう。
でも、経験が足りてないんだよな。俺もそんなに経験豊富なわけじゃないけど、ここの護衛士達はそれ以上に経験不足だ。たぶん、命をかけた実戦なんてやったことが無いんだと思う。それがダメなことでは無いんだけど、そのせいで危機感というか、緊張感というか・・・そういうものが欠けている。
とにかく、実戦で本来の実力が出せるか分からないんだよな。中には既に死地を乗り越えたような護衛士もいるけど、その人達は大抵老人で戦力に数えていいか怪しい。
「一回、本気で相手した方がいいかな」
そう結論を出して、俺は食器を下げて食堂を出る。そこで、スズメとすれ違った。
「お疲れ様ですわ、ディル様。上空から見ていましたけど、今のところは何も異常はありませんでしたわ。学園の外に調査に向かったフィーユ首脳代理達の護衛についているキンケイとニッコクからも、まだ報告はありません」
「そっか。俺はとりあえず、ここの護衛士達を鍛え直すことにするよ」
「それはいい考えですわね。彼らは守ることしか考えておらず、魔石の扱い方もあまり上手くありませんでしたから。わたくしもその辺りをどうにかしたいと思っていましたの。魔石のことに関してはわたくしが指導しますから、他のことはディル様にお任せいたしますわね。攻撃も守りの手段だということを教えて差し上げてくださいませ」
スズメと別れて、寮長さんの横を通り過ぎて寮のエントランスから出ようとしたら、今度はソニア達とすれ違った。
「あっ、ディル! マドカ君がスンゴイ虫を捕まえたんだって! ディルはまた見回り? 頑張ってね!」
「おう! ソニアは何かあったら俺を呼べよ!」
「うん!」
楽しそうなソニアとそんな短いやり取りをして、俺は東の見張り台に向かった。
・・・。
「ディル様。現在こちらは何の異常もありません!」
真面目そうな護衛士がビシッと敬礼してそう言う。そして、バッと頭を下げる。
「西や北の護衛士達にしたように、我々にも戦闘訓練をお願い致します!」
「え? なんで西と北の見張り台でのことを知ってるんです?」
「こちらの空の魔石を使えば、各見張り台と短い連絡がとれるのです!」
ビシッと指差す先には、警報を鳴らす魔石の他に、もう一つ空の魔石があった。
「へぇ、どんな感じなんですか?」
「はい! このように・・・」
空の適性がある護衛士がその魔石に手を翳して魔気を流す。そして・・・。
「こちら東の見張り台。西の見張り台、応答せよ」
「・・・・・・」
「・・・応答せよ!」
「・・・・・・」
えっと・・・?
「返事無いですけど?」
「ディル様! 異常事態です!」
「マジか!?」
慌てて身体強化で視力を強化して、西の見張り台を見る。・・・立っているハズの護衛士達が見当たらない。
「ど、どうすれば・・・」
「周囲の警戒を怠らないでください! 俺は西の見張り台を見に行ってきます!」
そう言い残して、たまたま全員で出払ってるだけだよなと、ありもしない可能性を思いながら見張り台を飛び降りて西へ向かう。
・・・。
「誰かいますか!」
そう叫びながら西の見張り台に飛び乗る。そこには、血を吐き、目や耳から血を流して倒れている護衛士達がいた。皆、体の何処かに針のようなものが刺さっている。
「クソ! 毒か! まだ生きてますよね!?」
「グッ・・・ゴポッ・・・! ディ、ディル様・・・申し訳ありません・・・黒ずくめの何者かが・・・」
俺にソニアのことを聞いてきた護衛士達が血を吐き出しながら喋る。
「侵入してきたんですね!? 分かりましたから、早くフィーユ先生の・・・」
いや、フィーユ先生は今、学園の外に調査に向かってるんだったな・・・。
「とりあえずコレを飲んでください!」
俺は内ポケットからスズメに貰った解毒薬を出し、苦しそうに倒れている護衛士達に飲ませていく。その時・・・
(ディル! 助けて! たぶん寮長さんに嵌められた! 西の森の洞穴に閉じ込められてるの! 凄くピンチ! 助けてー!)
ソニアの余裕のない声が俺の頭の中に響いた。
は!? 寮長さん!? それに西の森に洞穴なんて無かったぞ!?
「クソ! とにかく助けにいかなきゃ! ・・・お前ら! 毒で苦しい所悪いけど警報鳴らしといてくれ!」
「え・・・ディル様?」
「さっさとしろ! 俺はソニアを助けに行く!」
突然口調が変わった俺に戸惑う護衛士達に一喝して、俺は焦る心を無理矢理落ち着かせて、冷静に学園内を見渡す。
洞穴は見当たらない・・・。閉じ込められたっていうことは埋められたんだろう。なら・・・
警報が鳴り響き、普段から行ているという避難訓練通りに地下へ避難に向かう生徒達に紛れて、1人だけ寮に向かっている人物を見つける。
寮長・・・お前にソニアの居場所を吐かせる方が早い!
見張り台を飛び降りて、森を全力疾走で駆け抜ける。そして寮長に向かって手を伸ばした瞬間、何かゾッと伸ばした手に悪寒が走った。
・・・っ!?
自分の本能を信じて、慌てて手を引っ込める。そして、俺の手があった所に変わった形の刃物が物凄いスピードで飛んで来た。
「ふはっ!」
思わず変な息が出る。
あ、危ねぇ・・・。この刃物って・・・ソニアが言ってた手裏剣とやらか?
寮に向かって走っていく寮長を視界の端に捉えながら、俺は刃物が飛んで来た方向を見る。
「チッ、思ったよりもだいぶ早く気付かれたと思ったら、妖精の愛し子・・・ディル。お前の仕業か。それに、俺の手裏剣を躱したあげく、飛んで来た方向までも見ていたとは・・・」
少しだけ悔しそうに舌打ちをしながら木陰の中から姿を現したのは、黒ずくめの”ニンジャ”だった。ソニアに聞いた特徴と合致している。
「どうやら本気で相手をしないといけないようですね」
そして、冷静にそう言いながら反対側からも一人、”針使い”が出てくる。
挟まれた・・・。寮長を追い掛けたいところだけど、諦めるしか無いな。それに、チラッと見えたけど、寮のエントランスにはスズメがいた。何故かアイリと一緒だったけど、頭のいいスズメならこの状況で避難せずに寮に戻ってきた寮長を不審に思うハズ・・・たぶん。
どっちにしろ、今の俺には寮長を追いかける余裕は無さそうだな。
左手に装備している闇の魔石付き手袋に魔気を流して身体強化を更に強化して、魔剣を鞘から抜いて構える。
「一応聞くけど、ソニアの居場所を教えてくれる気はないんだよな?」
俺のその質問は無駄だったみたいだ。答える様子など微塵もなく、両サイドから手裏剣と針が飛んでくる。
そうして、短くて長い戦闘が始まった。
あ、頭が破裂しそうだ・・・。
マイに教えて貰った『戦闘における筋肉の使い方』が役に立っている。立っているけど、そのせいで頭が痛い。
身体強化で五感を最大限まで強化して、相手の筋肉の動きを見極めて先の行動を予測する。そうやってなんとか2人の投擲武器を躱し続けているんだけど、頭に流れてくる情報量がとてつもない。何故か鼻血が出てくるくらいだ。
くっ・・・それに、全然攻められない! 躱すのに手一杯で全く近付けない!切実に、 護衛士達の持っていた盾が 欲しい! 盾さえあれば何とか近付けそうなんだよ!
相手も闇の適性持ちなんだろう。普通なら目で追えないような速度で木の上を移動しながら四方八方から武器を投げてくる。俺はそれを躱し、たまに魔剣で斬る。
このままじゃ埒が明かない! 早くソニアを助けに行かないと! 持久戦なんてやってる暇は無いのに! クソ!
だんだんと焦りが表に出て来て、攻撃が掠りそうになることが多くなって来たその時、またソニアの声が頭に響いた。
(ディル! ディル! わたし達はここだよ! マドカ君とノルン君が危ないの! 急いで!)
ソニアの焦りが直接伝わってくる。同時に、ある方向からビリビリと静電気のような、小さな刺激が頭に流れてくるのが分かった。
なんだ!? いつもはこんな感覚無いのに・・・身体強化で五感を最大限強化してるせいか!? よく分かんないけど、こっちの・・・なんかビリビリする方にソニアがいるのは分かる!
どんな状況でマドカとノルンが危ないのか知らないけど、ソニアが俺に助けを求めてるんだから、早く向かわないと! 毒なんか恐れてる場合じゃない!
投擲武器に塗られているという毒を警戒して、当たらないようにしてたけど、もはやそんな悠長なことを言ってる場合じゃない。素早く2人を無力化してソニアのもとに行く! そのためには・・・。
2、3発くらいくらう覚悟で突貫だ!
俺は素早く木の上を移動する”ニンジャ”目掛けて地面を蹴る。正面から飛んでくる手裏剣は魔剣で防ぐけど、後ろから飛んでくる針は受けざる負えない。
何本かの針が俺に刺さる。即効性の毒が体中に駆け巡るのが分かる。でも、俺は止まらない。無茶をしてでも守らなきゃいけない好きな人がいるから。
「アホかこいつ! 俺をやってももう1人いんだぞ!?」
黒いフードの中から驚愕に見開れた目が見える。
「もう一人はお前をやってから考えればいい話だ!」
「クソが! 本物の馬鹿か!」
”ニンジャ”は咄嗟に近接戦闘に切り替えようと構えたけど、間に合わない。
「近接戦で俺に敵うやつは師匠くらいだ!」
”ニンジャ”の顔面を魔剣の柄で思いっ切り殴った。殴り飛ばされた勢いで何本かの木をへし折ったあと、“ニンジャ”は地面に転がった。鼻と顎が変な方向に曲がってるけど、生きてはいる。気は失ってるけど。
さてと・・・あとは”針使い”だけだ。
今も俺目掛けて針を投擲してくる”針使い”。焦っているのかさっきよりも狙いが甘い。
「ゴフッ・・・」
血を吐き出す。
一対一ならどうにか出来る。そんな自信があったんだけど、思ったよりも毒が辛い。
でも。毒の治療に身体強化を回してる余裕は無いな。早めにあいつを片付けて、ソニア達を助けて・・・毒はそのあとだな。
そう思い、地面を蹴ろうとした。
「ディル・・・?」
いるハズの無い人物が木陰から出て来た。
「カーマ!? なんで地下に避難してないんだよ!」
「いや・・・だって警報が鳴ってんのにいつまで経っても避難してこねぇやつらがいるからよ・・・心配して探しに来たんだけど・・・お前、血だらけじゃねぇか! 何があったのか知らねぇけど、早くフィーユ先生に・・・」
何かあったんじゃなくて、何かある最中なんだよ! 心配して来てくれたのは嬉しいけど、今はそれどころじゃない! 俺がカーマに気を取られているうちに”針使い”を見失っちゃったぞ!
「カーマ! 今は避難してくれ! 本当に危ないんだ!」
「は? そんなこといってもマドカのやつも見当たらないしよぉ・・・」
「いいから! 死にたくないなら・・・っ!?」
案の定というか、やっぱり、ソニアに話を聞いてそういう手段を取るんじゃないかと思ってたけど、”針使い”は俺の友達のカーマを狙った。
「こいつを殺されたくなければ、大人しく武器と魔石を置いて両手を頭の後ろに置きなさい」
カーマの後ろから音もなく現れた”針使い”はその鋭い針をカーマの喉元に突き付けて、そう淡々と言った。
「は・・・?」
困惑したように目を丸くしたカーマは、俺と自分の喉元に突き刺された針を見て、後悔と罪悪感が入り混じったような表情をする。
・・・どうしようもない。
俺は武器を地面に置き、魔石が嵌められた手袋を外そうとした。
「ぐほぉっ!?」
”針使い”のそんなマヌケな声が聞こえた。喉元に針を突き付けられていたカーマの、勇気を振り絞った蹴りが、見事に”針使い”の股間にヒットした。
あれは身体強化してても悶絶するよな・・・。
吞気にそんなことを思いながらも、俺は地面に置いた武器を拾って悶絶する”針使い”に向かって地面を蹴る。
頼む! 痛みから復活する前に間に合え!
”針使い”の回復は早かった。いや、回復する前に、苦痛に歪ませた顔でカーマ目掛けて針を振り下ろした。その速度に、闇の適性持ちでも、護衛士でも無いカーマは反応出来ない。
間に合わない!
その瞬間、脳裏に親友の死がよぎった。そして、それを知って何故か自分を責めるソニアの泣き顔も。
「っざけんなぁああ! そんな未来、あってたまるかああ!!」
そう叫び終わった頃には、決着がついていた。俺の投げた魔剣が”針使い”の眉間に刺さっている。”針使い”は死んだ。俺が殺した。
「ディル・・・ごめん、なんだか分かんねぇけど、俺のせいで・・・」
”針使い”の死体と俺を交互に見ながら、カーマは悔しそうに唇を嚙み締める。
カーマのせいじゃない。
そう言おうとした瞬間、また悪寒が走った。気絶させたハズの”ニンジャ”が見当たらない。
もしかして、もう回復したのか!? 早すぎるだろ!
周囲を見回そうと慌てて立ち上ろうと膝を伸ばした瞬間・・・。
ザシュ!
視界が赤く染まり、そして真っ暗になった。
目が見えない!
「ぐっ・・・あぁ! い、痛ってー!」
「ディル!? おいマジかよ!」
あまりの痛さによろける俺を、カーマが支えてくれる。俺は激痛が走る両目を片手で抑えながら、慌てて考える。
くそっ・・・どこからだ? どこから飛んできた? たまたま立ち上がった瞬間だったから目で済んだけど、そうじゃなかったら首が飛んでたぞ!
身体強化の全てを聴覚に回す。
・・・風の音、動物の呼吸の音、カーマの呼吸の音、そして奴の呼吸の音、何かが風を切る音。
くる!
カーマの頭を抑えて、地面に倒れる。その頭上をシュッと手裏剣が通った音がした。
人を殺したことに動揺してる場合じゃない! しっかりしろ! 俺! 既に覚悟してたことだ!
「カーマ! 息を止めて頭を下げてろ!」
「・・・っ!」
カーマは何も言わず、俺の言う通り息を殺して屈んでくれる。
集中しろ。相手は俺を殺す気できてるんだ。だから、俺も相手を殺す気で本気を出す。
魔剣に魔気を流して、砂鉄を振動させる。これで腕の筋力に身体強化回さなくても敵の骨を斬れる。あとは聴覚と脚力に全てを回す。
「ゴホッ・・・ゴフッ・・・」
毒の治療は後回しに、俺はもう一度、地面を蹴った。
逃がさない。敵の呼吸の音を、心臓の音を・・・。
木を蹴り、地面を蹴り、目標に向かって魔剣を振るう。
ザシュ・・・
「ぐぁっ・・・ば、化け物が・・・」
そんな音を最後に、ようやく決着がついた。
「ゴフッ・・・」
血を吐く。
「ハァ・・・ハァ・・・。カーマ、もういいぞ」
俺が力なくそう言うと、ガサガサという草を別ける音と共にカーマが近付いてきた。
「お前! ヤバいぞ! 血だらけだし! 顔色も悪いし! 早くフィーユ先生んとこで治療を・・・!」
(ディル! どこにいるの!? 無事なの!? ・・・生きてるよね!? ・・・ねぇ!)
カーマの心配そうな声と、ソニアの泣きそうな声が同時に頭に入ってくる。
そうだよな。待たせ過ぎだよな。すぐに助けに行くぞ、ソニア。
「おい! どこ行くんだよ! そんな体で!」
よろよろと歩き出す俺に、カーマが叫ぶ。
「カーマ、友達の俺を心配して探しに来てくれてありがとな。嬉しかった。お前の弟達も必ず助けるから、戻っててくれ」
「・・・俺には今の状況がよく分かんねぇけど、友達のお前を信用して待ってるからな! それと、心配してたのは俺だけじゃねぇ! 皆がお前らを心配してんだから、絶対に無事に戻ってこいよ!」
「あたりまえだ。俺はソニアと一緒に学園祭を成功させるんだ」
「お前はブレねぇな」と呆れたように言うカーマを置いて、俺はまた身体強化をして森の中を走る。
ソニアから伝わってくるビリビリは・・・こっちの方か!
そうして、すぐにソニアの居場所まで着いた。
クソ! なんだこれ! この奥にいるハズなんだけど・・・土か何かで塞がれてる! 閉じ込められたって言ってたし、洞穴を土で塞がれたのか!
「斬るか」
手で掘るよりも、魔剣で土を斬ってしまった方が早いだろ。
とにかく焦っていた俺は、何も考えずに魔剣に魔気を流して土を斬った。すると、何か硬い物に当たって、パリンと砕けた音がした。
直後、目の前にあったであろう土の感触が無くなった。
塞がれてた土が無くなった・・・?
「ソニア!! ここか!?」
そう叫びながら、恐る恐ると空いた洞穴に入って行くと、ずっと脳内に直接届いていた声が、鼓膜越しに届いた。
「ディル!」
歓喜に満ち溢れたような元気な声が聞こえた。
「ソニアの声・・・! そこにいるのか!? 間に合ったのか!?」
そう言いつつも、か細いながらもちゃんと聞こえる小さな2つの呼吸音を聞いて、俺は確信する。
マドカとノルンも無事だ! ソニアも俺が来て嬉しそうな声を出してたし、ちゃんと間に合ったみたいだ!
そう思ってたら、ソニアの嬉しそうな声が、心配そうな声に変わった。
「ディ・・・ディル・・・目が・・・それに・・・顔色も悪いし血だらけだし・・・な、何があって・・・うっ・・・うぇ・・・」
あ、泣くやつだ。
俺の為に泣いてくれることを、そして、そんなソニアとこうして生きてまた会えた幸せを嚙み締めながら、俺はソニアの声が聞こえる方へ手を差し伸ばす。
「ディル~・・・」
たぶん、ソニアが俺の指に頬擦りしながら泣いている。
こんなちっちゃなソニアだけど、実は俺が守らなくても妖精だから死にはしなかったりする。でも、死にはしないだけで、ちゃんと痛みは感じるみたいだし、大雑把に見えて、心は妖精とは思えないくらいに繊細なんだ。
俺の中ではおっきな存在になっている好きな人。そんな好きな人の優しい心を、無事守れて良かった。
読んでくださりありがとうございます。ソニア愛が爆発するディルでした。