192.ちっちゃなお姫様、ドキドキする。
「やっちゃえ! クワ君四代目!」
寮のエントランスのど真ん中で、ノルン君が大きなクワガタを掲げてそう叫ぶ。
「行け! ゴーレム君!その生臭さで相手の心をけちょんけちょんにしちゃえ!」
ゴーレム君の中に生きたカニを詰めて運んだあの日から、ゴーレム君はすっかり生臭くなってしまった。何をしても臭いが取れなかったので、今は仕方なく寮のエントランスにある寮長さんにクワ君達と一緒に預かって貰っている。お陰で、寮長さんは少しだけ生臭くなった。
「距離を取って! クワ君四代目! 臭いのが移っちゃう!」
ちなみに、前にマドカ君が使っていたクワ君三代目は、今はクワちゃん二代目に夢中らしく、クワ君二代目との嫁取りに明け暮れている。
「おい・・・前に邪魔にならないように端でやってくれって言ったよな? エントランスでやること自体は仕方なく許してやってるんだから、せめて言う事は聞いてくれよ」
寮長さんがそんなことを言いながらじーっとわたしを見てくるけど、わたしは屈しない。確かに端でやって欲しいとは言われたけど、わたしもマドカ君達も了承はしてないんだから。
それに、邪魔になるって言うけど、今のところ寮長さんくらいしか文句を言って来てないもん。
・・・と、思ってたら、ある人物がわたし達を目の前で可愛く頬を膨らませて口を開いた。
「ちょっとアナタ達! こんなとこで何をしてるのよ!」
「アイリちゃん」
メイド服姿のアイリちゃんと、その横にスズメがニコニコ笑顔で立っていた。
「私がメイドとして頑張ってる時に2人だけで遊んでるなんてズルいわよ! 私だって遊びたいのに! 仲間外れにしないで!」
「なんだよアイリ。俺らはちゃんと誘っただろ? なのに、立派なメイドになるんだって言って断ったのはアイリじゃん」
「そ、そうだけど~!」
元気に言い合いを始めたお騒がせ三人衆を横目に、わたしはずっとニコニコ笑顔のスズメに声を掛ける。
「スズメはどうしたの? これから昼食とか?」
「そうですわ。ソニア様。それと、ディル様達がステージの方でソニア様を呼んでいらっしゃいましたわよ」
「あ、うん。食堂に行くついでに伝言を頼まれたんだね・・・」
それにしては、さっきからスズメがいい笑顔すぎる。ずっとニコニコしててちょっと不気味だ。
「ねぇ、なんか良いことでもあった? やけにニコニコしてるみたいだけど・・・」
「はい! 久しぶりにソニア様の美しく可愛らしいご尊顔を見ることが出来ましたので!それはもうとっても良いことですわ!」
「あ、そう」
スズメは《愛らしいソニア様誘拐未遂事件》の犯人を追ってくれてるからね。だからこそ、こんな気持ち悪いことを言われてもわたしは何も言わないけど、嫌な顔にはなってしまう。
「ソニア師匠! これから僕達のクラスで先生達が作ったメニューの試食会をやるらしいんだけど、ソニア師匠も一緒に行こうよ!」
ノルン君がトテトテと駆け寄って来て、スズメとは違って純粋に可愛らしい笑顔でわたしを見上げてそう言ってきた。後ろではアイリちゃんとマドカ君がまだ何か言い合いをしている。
「ごめんねノルン君。わたしもこれから予定が出来ちゃったんだよね。ディル達が呼んでるらしいから行かないといけないの」
「そっか~・・・」
うぅ・・・露骨に悲しそうな顔をするじゃん。
「学園祭当日は絶対に遊びに行くからね! その時の楽しみにしておくよ!」
「うん! 僕達はなんにもしてないけど、遊びに来てね!」
パァッと明るい笑顔で大きく頷くノルン君。何もしてないのは注意すべきことだけど、可愛いから許しちゃう。
「じゃあスズメ! わたし達はもう行くから、ここの片付けよろしくね!」
「はい! お任せくださいですわ!」
喜んで片付けを引き受けてくれた。王女様を相手に若干緊張した様子の寮長さんに、スズメはどんどんと虫かごやらゴーレム君やらを預けていく。ボソッと「誰かは注意しろよ」と呟く寮長さん。
寮長さん・・・妖精のわたしには全然緊張した様子無かったのに・・・威厳が足りないのかな? いや、別に緊張して欲しいわけじゃ無いんだけどさ。なんか釈然としない。
寮から出て、マドカ君達とお別れしたあと、わたしはディル達がいるらしい大きなホールに向かう。
「ふふんふーん」
鼻歌まじりに上空を飛ぶこと数分、あっという間に着いた。
「おーいディル~。わたしが来たよ~・・・って、皆もう衣装着てる!」
わたしが手を振りながらステージに近付くと、ディルは勇者様の衣装を、カーマは冒険者風の衣装を、バネラは悪の親玉風の豪華な衣装を、マイはおへそを出したやや露出度高めの盗賊のような衣装を着ていた。他の皆もそれぞれの役の衣装を着ている。
「わぁ! 凄い皆! ディルは何故か勇者様の衣装がめっちゃしっくりくるし! カーマもガラの悪い冒険者みたいで似合ってる! バネラはどこからどうみても女魔王だし! マイは・・・可哀想に、バネラの餌食になっちゃったんだね」
わたしに褒められて皆が誇らしげな顔をするなか、マイがおへそを隠して言い訳をする。
「影芝居なんだからおへそを出す必要無いって言ったのに、バネラが何故か強引に着せてくるんだよ~!」
「フフフ、マイちゃん、凄く似合ってますよ」
恍惚とした顔で幸せそうなバネラと、恥ずかしいと言いつつも、決して脱ごうとはしないマイちゃん。末永くお幸せに。
「じゃあ、ソニアさん。こっちに来てください。衣装を着るの手伝いますね」
「・・・はーい」
ウフフと笑うバネラに、舞台裏の物置き場に連れられて、あっという間に制服を脱がされて豪華な衣装を着させられる。
「他の皆の衣装もそうですけど、お客さんには影しか見えないので、シルエットだけで役が判別出来るようにかなり豪華な衣装を作りました。主にカーマ氏とマイちゃんが頑張ったんですよ」
うん。必要以上に豪華だもんね。
お姫様役のわたしが着させられたのは、たくさんの薄青色のシースルーのフリルが付いた純白のドレスだった。鏡に写るわたしの姿は、まるで花嫁だ。
それに、こんな立派なティアラまで・・・。
「あ、そのティアラは王女様が身に付けていた指輪を頂きました」
「え!? これ指輪なの!?」
「はい。その指輪をディル氏がカッコイイ短剣で半分に切断しました」
ま、マジか・・・。
「かなり高そうな感じするけど・・・良かったのかな?」
「王都でそれなりの土地が買えるくらいの値段だって言ってましたね。でも、相応の品を貰ったからと、快く譲って下さいましたよ」
「相応の品?」
「ソニアさんの髪の・・・あっ、何でもないです」
・・・聞かなかったことにしよう。お互いのためにね?
「あっ、それと、そのドレスはちゃんとスカートなので、あんまり人の上を飛ばない方がいいですよ」
「そうだね。気を付ける!」
いつも着ている制服は、スカートのように見えて実はズボンだからね。それでも覗こうと思えば見えるのかもしれないけど、スカートほど簡単には見えない。でも、今回のドレスはちゃんと見えてしまう。
「それじゃあ、ソニアさんのドレス姿を一番楽しみにしているディル氏に見せに行きましょうか」
「え、えぇ? 今見せる必要あるかな~?」
なんだか急に恥ずかしくなってきた。前の執事服の時はそんなこと無かったのに、このウエディングドレスのような衣装だと凄く恥ずかしい。
「まぁ、ディル氏に見せるのはともかく。実際にシルエットがどんな風に見えるのか知りたいですし」
「そ、そうだね。行こう・・・」
バネラがわたしが飛ばなくていいようにそっと手を目の前に差し伸べてくれる。今は別に男の子がいるわけでもないし飛んでもいいんだけどな、と思いつつも、せっかくの厚意に甘えることにする。
ドレスの裾を踏まないように気を付けながら、一歩踏み出す。そして二歩目・・・。
トテン!
壮大にこけた。
「ソニアさん!?」
バネラが慌ててわたしを起き上がらせてくれる。
「そうだった・・・わたし、飛べるけど歩けないんだった・・・」
わたしの呟きに、バネラは目と口を開けて固まる。
「い、衣装合わせよりも、演技の練習よりも、ソニアさんはまず歩く練習をしないといけませんね」
「・・・そうだね。さすがにお姫様が一歩も歩かないのは不自然だし、これじゃあドレス姿で皆の前に出ることすら出来ないよ」
「転んだ時、後ろから見たら丸見えでしょうからね」
着たばっかりだけど、早々に衣装を脱がせて貰い、物置き場から出る。
「あれ? 衣装はどうしたんだ? 何か問題があったか?」
心配そうに、というよりは残念そうにそう聞いてくるディルに、衣装は問題無かったけど、わたしが歩けなくて転んでしまうことを小さめの声量で伝えた。
「あ~・・・そういえばそうだったよな。確かに、転んで怪我したりしたら危ないし、衣装も汚れちゃうもんな~」
「転んだら見えるかもしれねぇってことか・・・」
今度は心配そうに言うディルと、残念そうに呟くカーマ。
「とりあえず、ソニアは隅の方で歩く練習だな。俺も付き合うからさ、頑張ろうぜ」
「ディル・・・」
実は演劇の練習をちょっと楽しみにしてたわたしだけど、ディルと2人で歩く練習も悪くないかなと思ってたら、バネラがそれを却下した。
「ダメですよ。ディル氏はカーマ氏に負けず劣らず演技が下手なんですから。ソニアさんに付き合ってるような余裕はありません。2人はこっちで一緒に仲良く演技の練習です」
「あ、はい・・・」
耳を引っ張られてバネラに連れていかれるディルとカーマ。
学生時代って女子の方が立場が上だったりするよね。大人になって男が上ってわけでは無いんだけどさ。そういうケースが多い気がする。
「じゃあ、ソニアさんの歩く練習にはウチが付き合ってあげるね~」
「マイは演技の練習しなくていいの?」
屈んで見下ろしてくるマイに、わたしが首を傾げてそう聞くと、マイはバッと立ち上がって決めポーズを取った。
「よくここまでたどり着いたな! 勇者! アタイがお前をぶちのめしてやる!・・・・・・どう? 完璧でしょ~?」
「凄い! 迫力満点だった!」
「ふふん! そういうわけだから、ウチはディル君達ほど練習しなくても大丈夫なんだよ~」
というわけで、意外にも厳しいマイの歩行指導が始まった。
「オレタチフタリナラ、ドンナマモノガアイテデモマケルキガシナイゼー」
「ソーダナ、イキピッタリノコンビネーションヲミセツケテヤルー」
下手くそな演技をしているディルが気になって歩く練習に集中出来ない。
「こら! ソニアさん! ディル君が気になるのは分かるけど、余所見しないでちゃんと歩いて!」
「は、はい!」
マイがわたしの腕と足を指で掴んで歩く動作を丁寧に、そして厳しく教えてくれる。
わたしが歩けるようにならないと演劇が成功しないんだから、しっかりと頑張らないと!
それから皆の演技の練習が終わるまで、わたしはマイと一緒に歩く練習をしていた。結果、かなりぎこちないけど一応歩けるようにはなった。
「・・・でも、まだまだ練習は必要だね~。歩き方がカクカクだもーん。カーマ君なんてソニアさんの歩き姿を見てずっと笑ってるし・・・てりゃあ!」
「ぐぼぁ!」
わたしを馬鹿にするように笑っていたカーマだったけど、わたしが静電気でお仕置きをする前にマイの肘鉄が入った。仕方ないのでこれで許してあげよう。
「ディルもまだまだ演技の練習が必要そうだよね! 一緒に頑張ろうね!」
「ん? あ、ああ。そうだな」
・・・ん?
なんか歯切れが悪いなぁと思ってたら、マイが揶揄う様な口調で「普段はもっと出来てるのにね~」と言う。
「ソニアさんにあんな熱い視線を送られたら、ディル君も気になっちゃうでしょ~?」
「え!? わたしが原因!? ・・・って、そんな熱い視線なんて送ってないよ!」
確かにチラチラと見てはいたと思うけど、ただ頑張ってるなぁって思ってただけだし・・・。
「ウチが何度注意しても、ソニアさんったらとても可愛らしい表情でディル君を目で追っちゃうんだもーん」
「そ、そんなに見てたかなー?」
チラッとディルを見ると「めっちゃ見られてた」と返事が返って来た。
「アハハ、ソニアさん凄い羽がパタパタしてるよ~。照れちゃって~」
ディルを見てただけで何も照れる理由なんて無いのに、何故かわたしの羽がパタパタを止めないし、顔が物凄く熱い。自分のことなのにわけがわからないよ! どうしちゃったの!? わたし!
読んでくださりありがとうございます。
スズメ「あの指輪程度では安過ぎたかもしれませんわね」
キンケイとニッコク「「確かにそうですな」」




