191.男装の麗人、ドキドキする。
「行け! クワ君三代目!」
寮のエントランスで、お騒がせ三人衆の1人でカーマの弟のマドカ君が、大きなクワガタを掲げてそう叫ぶ。
各クラスの出し物が決まり、本格的に学園祭の準備が始まって、数日が経った。
ペア執事喫茶をやるディルのクラスも、衣装を作ったり、教室を飾り付けたり、メニューを決めたりと、とても忙しそうにしている。わたしも最初の方は飾り付けとかを手伝ってたんだけど、「危なっかしい」「踏んづけちゃいそう」と色んな人に申し訳なさそうに言われて、かえって邪魔になっちゃうかなと思って手伝いは諦めた。
そして、それはわたしの目の前でクワガタを持ってニコニコしているマドカ君とノルン君も一緒だった。
彼らのクラスはメイド喫茶だ。なので、メインは女の子達。衣装を作れるのもお裁縫が得意な女の子達。お客さんに出す料理は、初等部の子供達に任せるのは危ないので先生達が用意する。肩身の狭い思いをしている男の子達の仕事は教室の飾り付けくらいしか無いんだけど、マドカ君は張り切りすぎて物を壊してしまい、ノルン君は自分色を出し過ぎて、とても個性的で芸術的で先進的な飾りを作ってしまい・・・。
結果、2人は「やる気があるのはとてもいいことだけれど、クラスの皆と足並みを会わせるのも大切ですよ。とりあえず、気分転換に外で遊んで来なさい。出来そうなことがあれば呼びます」と担任の先生に優しく追い出されたそうだ。
ちなみに、お騒がせ三人衆の紅一点、アイリちゃんは「立派なメイドになってやるわ!」と王女様のスズメに仕えることを目標に、せっせと自分のメイド服を作っているらしい。形から入るのも大切だからね。
というわけで、わたしとマドカ君とノルン君は「追い出され仲間」として、寮のエントランスのど真ん中で虫相撲をして過ごしていた。
「お前ら・・・またこんなとこで虫相撲なんてやってんのかよ」
・・・と、エントランスの奥にある食堂へ昼食を食べに来たカーマが、わたし達とクワ君三代目を交互に見て引き気味に言う。以前にノルン君が使っていたクワ君二代目はまだご存命だけど、最近は恋人のクワちゃん二代目に夢中であまり戦いに身が入っていないみたいだ。なので、マドカ君の相棒がクワ君三代目を襲名した。
「だってしょうがないじゃん兄ちゃん! ここ最近ずっと雨降ってんだもん!」
マドカ君の言う通り。この地域では毎年これくらいの時期に生暖かい雨が降るらしく、ここ数日はずっと降り続いていて止む気配がない。
日本で言うところの梅雨みたいな感じかな。日本と違って雨が冷たくなくて暖かいのがちょっと気持ち悪いけど。
「だからって人通りの多い寮のエントランスでやんなよ! 虫が苦手な奴だっていんだぞ!ソニアちゃんも妖精なら・・・ってか、その前に大人なら注意しろよ! 何を一緒になって楽しんでんだ!」
そんなこと言われてもねぇ~・・・。
「わたし、まだ子供だもーん。8歳だもーん」
今は童心に帰ってマドカ君達と一緒に遊んでるんだもーん。たまに息抜きしたっていいじゃんかね~。
「・・・チッ。そんなデッカイもん付けといて何が子供だよ」
カーマがわたしの胸を見下ろしながら言う。
「は・・・はぁ!? 最低! カーマ、デリカシー無さ過ぎ! 下品! 変態!」
わたしが胸を両手で隠しながらキッと睨んで精一杯の大きな声でそう叫ぶと、周りを歩いていた生徒達が冷たい目線をカーマに向け始める。
「お、おい! やめろ! デリカシーが無ぇのは認めっけど、俺は下品でも変態でもねぇ!」
わたしよりも更に大きな声で自分にデリカシーが無いと叫ぶカーマ。可哀想に。自分に対してもデリカシーが無いんだね。
視界の端で、マドカ君とノルン君が顔を赤くしながらわたしのことをチラチラと見ているのが初心で可愛い。マドカ君は、未だにわたしの胸を見下ろしているデリカシーの無いお兄ちゃんを反面教師にして、紳士な大人に育って欲しいよね。
・・・というか、わたしの胸はそんな言われるほど大きくない。なんなら、双子の妹の方が僅かに大きかった。もしかして、彼氏の有無の差だったり?
「カーマ。何を騒いでるんだ?」
やや呆れ気味にそう声を掛けてきたのはディルだ。その後ろにマイとバネラとナナカ君もいる。
「ディル・・・お前の相棒の妖精が自分はまだ子供だって言うんだよ。あんなデッカイおっ・・・」
パチン!!
「いてぇ!?」
カーマの額に軽く静電気を流して、下品な発言を強制的に止めさせた。そして、ニッコリとディルを見上げる。
「ディルも今から昼食?」
「ああ、やっと衣装が完成したんだ。皆で昼食をとったら衣装合わせだな」
おお! ついにディルの執事服姿が見れる!
目を輝かせるわたしに、ディルはコツンと指で軽く額をはじいてグイっと顔を近付ける。
「なんでソニアがそんなにワクワクしてるのか知らないけど、来るとしてもそこら辺の虫やら枝やらを片付けてからだからな?」
ディルが虫相撲の土台作りの為にマドカ君とノルン君が集めて来た枝や草を指差して言う。そして、わたしはその指にぺチンと体当たりして払う。
「大丈夫だよ! 明日も使う予定だからこのまんまにしておくから! ね!? マドカ君、ノルン君!」
「おうよ! ソニア師匠! 日に日にアップグレードさせるんだぜ!」
「うん! どんどん進化させてく!」
2人もわたしと同じ考えみたいだ。
「じゃあ、わたし達も食堂に行こうね!」と微笑み合っていたら、ディルとカーマに「駄目だ!」と怒られた。
「いいか? ソニア。ここは寮の部屋じゃなくて、学園の皆が使う場所なんだ。いつもみたいに片付けをしなかったら、俺だけじゃなくて皆に迷惑をかけるんだ。受付にいる寮長さんを見てみろよ。いつもは居眠りしてるのに、今はめっちゃこっち見てるだろ? きっと怒ってるんだよ」
めっちゃ普通に怒られた・・・。でも、一つ言わせて欲しい。
「わたし、いつも片付けはちゃんと・・・」
「やってないからな! 片付けてるのは俺だ! ・・・まぁ、ソニアは妖精でちっちゃいし、百歩譲って片付けはいいとして、せめて散らかすな! いっつも無駄に散らかしてるだろ!」
確かにディルは片付けてる。でも、わたしもちゃんと片付けてるのに。そして散らかしてもいない。
わたしがディルに怒られている横で、マドカ君とノルン君もカーマに怒られている。
「お前らもだぞ。マドカにノルン。ソニアちゃんは妖精だから片付けが出来なくても仕方ねぇけど、お前らはソニアちゃんの何倍もでけぇんだからちゃんと片付けろ。人間は妖精と違って片付けが出来ないとだらしない大人になんだからな」
まるで、わたしがだらしないみたいに言わないで欲しいよね。
「じゃあ、片付け終わるまでそこを離れるなよ!」
そう言い残して、ディル達は食堂に向かっていった。後ろにいたマイ達が同情するような目で見てくる。同情するなら手伝って欲しい。
「仕方ない。ちゃっちゃと片付けちゃおうか」
「「はーい」」
とういうことで、枝やら草やらを寮長さんがいる受付の方へズサーッとまとめて寄せて、エントランスを綺麗に片付けた。虫は虫かごに戻して、寮長さんの目の前に置いておいた。よっぽどの畜生じゃない限り、ちゃんと面倒を見てくれるだろう。
「とりあえず、このクワガタは面倒見てやるから、もうエントランスを散らかすなよ・・・って言っても無駄だろうから、せめて邪魔にならない隅の方でやってくれ」
寮長さんは仕方なさそうに溜息を吐きながらも、ちゃんと預かってくれた。
「じゃあ、食堂へレッツゴー!」
「れっつごぉ!」
「おー!」
わたしの号令で食堂へ向かい、先に食べていたディル達と一緒に昼食を済ませてエントランスに戻って来たら、受付の方に寄せて片付けていた枝やら草やらが寮長さんによって綺麗さっぱり撤去されていた。
なんてことするの!?
・・・と、ぐ~すか居眠りしている寮長さんを睨むけど、寝てる人を睨んだってどうしようもなかった。
「君達も衣装合わせに来るの?」
トコトコと後ろを付いてくるマドカ君とノルン君に、マイが振り返って少し屈んでそう聞くと、2人は元気に挙手をする。
「行くぜ! 兄ちゃんの執事服姿を笑ってやるんだ!」
「僕も行くよ。そして、アイリにカーマさんの執事服姿がどんなだったか伝えなくちゃ」
2人に揶揄われたカーマは「勝手にしろよ」と、もはや諦めている様子。それとも、自分の執事姿に自信があるのかな?
「そういえば、女子達が余った布でソニアの執事服も作ってたぞ」
わたしの横でディルがボソッと呟いた。
「え、わたしのも?」
くるっと後ろを振り返ってマイを見ると、とてもいい笑顔でグッと親指を立ててきた。
「そうだよー。ちょどソニアちゃん分の布が余ったからねー。無理にとは言わないけど、出来れば着てみて欲しいかな~」
「うん! ちょっと恥ずかしいけど、ディルとお揃いだもんね! 着るよ!」
「お揃いかぁ」とニヤニヤしだしたディルの頭の上に乗って教室まで移動すると、ちょうど男子が着替え中だった。女子達が教室の外へ追い出されている。
「じゃあ俺達は着替えてくるな」
一度教室に入って、わたし用の執事服を持って来てくれたディルが、そう言って再び教室に戻って行く。
「・・・で、わたしはどこで着替えたらいいんだろう?」
「ここで着替えたらいいんじゃないですか? クラスの女子全員で壁を作れば周りからは見えませんよ」
バネラはそう言うけど、ここには周囲が女の子ばかりで居心地悪そうにしているマドカ君とノルン君もいる。
「僕達は教室に入っていようね~」
マイに「声を掛けるまで出てこないでって皆にも伝えてね~」と伝言を頼まれて、背中を押されて教室に入っていくマドカ君達・・・心なしか残念そうに見える。
「ソニアさんには羽があるし、着替えにくいと思うから、ウチらが手伝うね~」
「え? いや、たぶん1人でもだいじょ・・・あっ、ちょっ・・・」
女子達に囲まれて、あれよあれよと制服を脱がされ、テキパキと執事服を着させられる。
・・・むむ? 平らな紐で胸を抑え込まれたぞ? く、苦しい・・・。
まるで晒のように、小さな布でわたしの胸をグルグル巻きにする女子達。
考えてみれば、執事服って男装だもんね。別にそこまで徹底しなくてもいいんだけど、女の子達の目が本気になってて何も言えないよ。
「ふぅ・・・完成! はい! 鏡!」
わたしの着替えを手伝っていた女子達の1人が手鏡をわたしの前にコトリと置く。
おぉ・・・人間だった頃と違って金髪碧眼だからか、男装がとても様になっている感じがする。これで髪が短かったら男の妖精と見分けつかないんじゃない? ・・・切っちゃおうかな?どうせ一晩経ったら元の長さに戻るんだし。
鏡から視線を外して、微笑ましそうにわたしを見下ろしている女子達を見上げて声を掛ける。
「誰かハサミでわたしの髪を切ってくれない?」
「えぇ!? なんでー!? 確かにその格好には短い方が似合うけど、だからってその綺麗な金髪を切っちゃうのは勿体ないよー!?」
マイが凄い形相で顔を近付けてきた。他の女子達も同意するようにうんうんと頷いている。
「大丈夫だよ! 妖精の髪は切っても明日には元の長さに戻るから!」
「えぇ!? 羨ましい! ・・・いや、そうでもない?」
微妙だよね。・・・今はこの長さが気に入ってるからいいけど、もし短くしたくなっても出来ないからね。
というわけで、普段から文房具を持ち歩いているらしいバネラにバッサリ切って貰って、ついでに毛先を整えて貰う。
うんうん! これはもう完璧に男の妖精だよ! 男の妖精は皆中性的な顔してるからね。童顔だと言われるわたしでも、この格好で胸を押さえつければ立派な男の妖精だよ!
もう一度鏡の前でくるっと回って、うんうんと頷く。
「ふふん! どう? カッコイイでしょ!? もうこれ、喋んなかったら男の妖精だと思われちゃうよね!?」
ふわっと浮き上がって、皆の前でキラッと決め顔でそう言った。
「そうだね~。カッコイイよ~。男の子みたいだよ~」
「はい、カッコイイですよ」
「きゃ~! かわ・・・カッコイイ ! さすが妖精様ですね!」
マイとバネラと、他の女の子達もわたしを見てカッコイイと言ってくれる。凄くいい気分だ。いい気分だけど、ひとつ気になることがある。
「ねぇ、バネラ。その大事そうに手に持ってるわたしの髪の毛・・・どうするの? 捨てるんだよね?」
「あー・・・いえ、王女様に見せたら良い値で買ってくれそう・・・とか思ってませんよ?」
・・・わたしの髪の毛で舞い上がるスズメが容易に想像出来ちゃうよ。
「・・・やめてね?」
「・・・冗談ですよ」
目が本気なような気がするけど・・・ここはバネラを信じよう。さすがにそんな気持ち悪いことはしないでしょう。
「男子達~! もう出て来ていいよ~!」
マイが教室に向かってそう叫ぶと、執事服を着た男子生徒達がぞろぞろと出て来る。皆まだ子供らしさの残った顔立ちをしているせいか、執事というよりは執事見習いに見える。
あっ、ディルも出て来た! ナナカ君とカーマもいる!
わたしに気が付いたディル達が、やや早足で近付いてくる。
「どう? 似合うでしょ? 男の妖精っぽいでしょ?」
皆の前でくるっと回って見せる。
「あ? 確かに似合ってっけど、どっからどう見ても女の子の妖精だろ? 髪を短くしても、その隠しきれてないおっ・・・ぐぼぉ!?」
突然マイに肘鉄を食らわせられたカーマ。
そして女子達から冷めた目で見られるカーマ。
「こんな可愛い男がいるかよ!?」と必死に女子達に言い訳をしているカーマ。
執事服を着て、髪をオールバックにして見た目はカッコイイのに、デリカシーの無さで全てを台無しにしているカーマ。
完全にカーマの自業自得だよ。・・・そして、わたしもちょっとショックだよ。自分ではカッコイイと思ってたんだけどな。
「ハハハ、あの一匹狼だったカーマがクラスに馴染めているみたいで良かったよ。・・・ソニアさん、その執事服、とっても似合っていますよ。さながら男装の麗人ですね」
「あ、ありがとう」
あなたの方が執事服が似合ってますよ・・・。
その垂れ目がイケナイのか。露出はまったくないのに、とてつもなくセクシーだ。何人かの女子がナナカ君を見て目をハートにしている。
わたしの目もハートになりかけたその時、ナナカ君が一歩後ろに引いて、ディルが前に出て来た。
「あっ、ディル。どうかな? カッコイイかな?」
わたしをじーっと見ているディルに、ちょっと自信なさげにそう聞くと、ディルはハッとしたあと、薄っすらと頬を染めながらニッと笑った。
「すっっごい可愛い! こういう格好も好きだぞ!」
カッコイイと言われたかったのに、可愛いと言われた。
「おい! ディルだってソニアちゃんを男の妖精だとは思ってねぇんだろ! 俺だけじゃなくてディルにも肘鉄入れろよ!」
「うるさいよカーマ君! ディル君はいいの! 見なよソニアさんのあの顔! そういう雰囲気じゃないでしょー!?」
カーマとマイが何か言い争ってるけど、耳を素通りしていく。
『すっっごい可愛い! こういう格好も好きだぞ!』
そんな暖かい音が頭の中で何度も再生される。
可愛いって言われた。この格好が好きだって言われた。嬉しいな。
思わず緩んでしまった頬を両手で押さえていると、ディルがモジモジとしながら口を開いた。
「それで・・・その・・・俺の恰好はどうだ? カッコイイか?」
ディルの執事服姿か・・・。
「ビックリするぐらい似合ってないね! でも、すっごい可愛いよ!」
「はぁ~~~・・・だよなぁ~! 分かってたよ・・・って可愛くはないだろ!」
自分の格好を見ながらガックリと肩を落とすディル。
服に着られてるって感じだね。でも、しょうがないよ。ディルもわたしと同じで童顔だし、そもそも、ディルにそんな御堅い格好は似合わない。顔はいいけど、その雰囲気が執事服と合わないんだよね。
「にしても動きずらいなぁ」と執事服に文句を言うディルに、バネラが何かを企んでいそうな怪しい顔をしながらコソコソと耳打ちする。
むぅ・・・何を話してるんだろう。
バネラに何か言われたディルは、疑わし気な目でバネラを見たあと、真っ直ぐにわたしを見る。
え、なに?
ディルはゆっくりと前髪を搔き上げて・・・胸元を少し開けて・・・目を細めて・・・口を開く。
「・・・・・・」
でも、何も言わない。思いのほかカッコよくてドキドキしちゃってるわたしと後ろにいる女子達を前に、何度か口をパクパクさせたあと、バッと後ろを向いてバネラに向かって「言えるか! あんな恥ずかしいこと!」と叫んだ。
ハァ・・・いったいどんな破廉恥なことをディルに吹き込んだのやら。ディルが初心で良かったよ。・・・まぁ、ちょっと聞いてみたかった気持ちはあるけどね。本当にちょっとだけね。
「皆さん! 自分の衣装に問題無いことを確認したら制服に着替え直してください! 万が一本番前に汚してしまったら大変ですからね!」
アキノ先生のその言葉で、執事服姿の男子生徒達が教室に戻り始める。
そして、わたしは髪の毛が元の長さに戻るまでずっと執事服を着ていた。決してディルに可愛いとか好きだとか言われたからじゃない。確かに言われて嬉しかったけど、そんな恋する乙女のような理由で着続けていたわけじゃない。だって、恋愛経験の乏しいわたしには恋なんて全然分からないんだから。
読んでくださりありがとうございます。後日、スズメに「ありがとうございました! 大切にします!」と感謝感激されたソニアでした。