189.勇者物語
「おはようディル」
「おはようソニア。・・・あのあと俺とナナカがどれだけ大変な目にあったか聞かせてやろうか?」
起きて早々、窓の外に見える太陽をバックに、ディルに恨めしそうな顔でそう言われた。
「ソニアがスヤスヤと寝てる間になぁ・・・」
・・・何も返事してないのに話し出すし。
わたしがゴーレム君の上で寝落ちしたあと、ディルが片手に眠るわたしを乗せ、もう片方の手でカニが詰まったゴーレム君を引き摺って歩き、ナナカ君はその後ろをついて歩いて寮の入口まで歩いたらしい。
「重たいゴーレム君をディルが運ぶのは分かるけど、わたしのことはナナカ君に運んで貰っても良かったんじゃない? 寝てたわたしが言うのもなんだけどさ」
「俺はソニアの愛し子だからな。運ぶのは俺の役割だ」
うーん・・・そう言われると何故だか納得しちゃう。いや、別に納得してもいいんだけどさ。ただ、ディルがわたしに恋してるんだと思うとちょっぴり恥ずかしい。
「そして、火の妖精が燃やして破壊した寮の扉を見て難しい顔をしてる先生達の隣りをそーっと通ろうとしたんだけど、案の定そこに居たフィーユ先生と学園長にバレた」
「でしょうね」
片手に妖精を乗せて、もう片手でゴーレム君を引き摺ってて何故バレないと思ったのか。
「怒られるかと思ったけど、事情を話して全部ソニアと火の妖精のせいにしたら怒られずに済んだ。フィーユ先生は凄く頭の痛そうな顔で寝てるソニアを見てたけど」
「えぇ・・・わたし何も悪くないのに~。提案した火の妖精が悪いんじゃん」
「元を辿ればカニ玉炒飯を提案したソニアだし、乗り気だったんだだから同じだろ。新しい妖精の友達が出来て嬉しいのは分かるけど、もう少し人間側の事情も考えてくれたら助かる」
普通に注意された・・・しゅん。
「・・・いや悪い。俺、ちっちゃいこと言ったな。ソニアはそのまんまでいいよ。俺はそのまんまのソニアが・・・いいからな。うん」
なんか1人で言って1人で納得しちゃってるけど・・・わたしはこのままでいいってことかな?
何故か少し頬を赤らめたディル曰く、フィーユと学園長は妖精のしたことなら仕方が無いと扉を破壊したことは快く許してくれたらしい。そして、ついでに厨房にある冷凍の魔道具を貸してくれると言ってくれたそうだ。なんと、カニを生きたまま冷凍出来るらしい。
「・・・寮に帰った俺は、ソニアをベッドに寝かせたあと、何故か散らかってた部屋を片付けてたせいで一睡も出来ずに登校して、そして昼休憩にソニアの様子を見に戻って来たのが今現在だ。眠すぎて辛い」
「なるほど・・・じゃあ今は正午なんだ。やけに太陽が高い位置に見えるなと思ってたんだよ」
そして部屋が散らかってたのはわたしも分からない。昨日ゴーレム君を取り出す為にディルのリュックをひっくり返したけど、それはただ荷物を出しただけで散らかしたわけじゃないし・・・関係無いよね。
「午後は自由時間らしいからな。皆は学園祭の準備を進めるらしいけど、俺は今から寝る」
欠伸混じりに言ってベッドに横になるディルに、わたしはペシペシと頬を叩いて話し掛ける。
「ちなみに午前中は何してたのー?」
「ふあ~~ぁ・・・午前中は執事喫茶の衣装の為に体のサイズを測られて、その後はバネラが徹夜で完成させた勇者物語の台本で初回の台詞合わせをした感じだな。・・・ああそうだ、ソニア用の台本も貰ったぞ」
そう言ってディルは一度起き上がってゴソゴソと小さなバッグの中を焦って、わたしに台本を差し出してきた。
「いや、大きいよ。台本が大きいよ。わたしの腰くらいまであるじゃん。持つのも一苦労だよ」
表紙にでかでかと「ソニアちゃん用」と書かれた、身長の半分くらいはある大きな台本にわたしは驚愕する。こんなのどこかに置かないとページを捲れないよ。
「台本が大きいんじゃなくて、ソニアが小さいんだよ。これでもバネラが頑張って小さい紙に小さく文字を書いてたんだぞ? 徹夜明けの死んだ目で黙々と」
「・・・あとでお礼を言っとくね」
「そうしてくれ。まぁ、今は俺と同じで部屋で寝てると思うけどな」
もしかして役者全員分を1人で書いてたのかな? お疲れ様です。
「じゃあ寝るわ。おやすみソニア」
「うん。ゆっくり休んでね。おやすみディル」
ベッドの上で制服のまま「すぅすぅ」と以外にも静かな寝息を立て始めたディルを横目に、わたしは貰った大きな台本をテーブルの上に置いてページを捲る。
「ふむふむ・・・」
わたしの出番はそんなに多くないんだね。
お姫様役のわたしは序盤で悪者の親玉に攫われてしまうため、出番は序盤と終盤だけだった。
勇者役のディルとその相棒役のカーマは流石に台詞が多いね。それに、悪者の親玉役がバネラで、その手下役がマイなんだ。そしてナレーションがスズメ・・・っと。なんかバネラの都合のいい配役な気がするけど、悪者が女の子っていうのもこれはこれでアリな気がするし別にいっか。
勇者物語は全世界で最も有名な昔話で、各地方で少しストーリーが違ったりするらしい。実際の史実がどんなのかは知らないけど、今回は火の地方に伝わる勇者物語にディルが知る緑の地方の勇者物語とバネラの趣味嗜好を取り入れたような形になった。
「勇者物語って大昔のお話らしいし、誇張が入ったり面白おかしく事実が捻じ曲げられたりしてるからか色々とおかしな部分があるんだよね」
まず、ある田舎の村に住んでいたお姫様と仲良しな勇者様っていう最初の設定がおかしい。最初から勇者様と呼ばれてるのもそうだけど、田舎の村に住んでた少年が何故お姫様と仲良しだったのか。絶対事実と違うと思う。
「まぁ、昔話に真面目にツッコミを入れたってしょうがないんだけどね」
お姫様が悪者に攫われたと知った勇者様は、同じ歳で仲の良かった相棒の弓使いと一緒にお姫様を救い出す為に村を出る。そして凶悪な魔物を次々と屠っていき、悪者の手下を退け、ついに親玉と対峙する。
ちなみに、勇者様の武器はその地方によって違うらしい。緑の地方では拳で戦っていたと伝えられているけど、ここ火の地方では盾と短剣を使っていたと言われているらしい。
今回の劇では間を取って短剣だけを持つらしいね。ディルにぴったりだ。
悪者の親玉に勝利して見事にお姫様を救い出した勇者様は、最後に教会の下で「ソニア」という名前の教会の鐘のような形をした綺麗な黄金色のお花をお姫様に格好良く渡して婚約する。ハッピーエンドだ。
「ありきたりな話だけど、だからこそ各地で色んな進化を遂げて広がったんだろうね」
それにしても、わたしの台詞のところに書いてる(ここはお姫様っぽく)とか(恋する乙女のような感じで)とか・・・凄い抽象的な無茶ぶりが書いてあるけど・・・わたしに出来るかなぁ?
少しずつ重くなっていくお姫様役の責任を感じながらパラパラとページを捲っていくと、最後のシーンでとんでもない無茶ぶりを見つけてしまった。
えぇ!? キスシーンあるんですけどぉ!? いや、影芝居だから本当にくっつけるわけじゃないと思うけど・・・でも、やっぱりフリとは言え恥ずかしいよ!
思わずディルの唇を見てしまう。羽がパタパタと激しく動く。顔も熱くなっていくのが分かる。
ダメダメ! い、今は考えないようにしよう! とりあえず目先のことから片付けていこう! まずは台詞を覚えなきゃ!
ディルが寝相が悪すぎて時々どこかに体をぶつける音を聞きながら、窓から差し込む太陽の光に照らされて台本と睨めっこしていると、ゴーンゴーンとお昼休憩の終わりを告げる鐘の音が聞こえた。
「ディルは・・・まだ起きないね」
台詞も大体覚えられたし、演技の参考でも見に行こうかな。お姫様っぽくとか、恋する乙女みたいにって言う指示がるからね。恋する乙女はバネラがそうな気がするけど、ちょっと特殊だから参考にはしにくい。でもお姫様なら、せっかく学園内にスズメという本物のお姫様がいるんだから、参考にさせて貰おう。
問題は、わたしが傍にいるとスズメは狂信者ぶりを発揮しておかしくなってしまうことだよね。バレないようにコッソリと後ろをつけよう。
大きなペンを両手で持って「スズメを尾行してきます」と書置きをして、窓から飛び出す。
「ふふふふふーん」
鼻歌を歌いながら学園の上空を飛ぶけど、肝心のスズメの居場所が分からない。
「スズメさんなら食堂で大量の杏仁豆腐を食べていましたよ」
・・・と、フィーユが。
「あの元気な王女様ならついさっき杖を持って食堂を飛び出して言ったわよ」
・・・と、食堂のおばあちゃんが。
「カイスの王女様なら森の方に飛んで行きましたよ」
・・・と、何気に初めて喋る寮長の男の人が。
森で見つからなかったら今日はもう諦めようと、少しやる気を失ってフワフワと森の方へ飛んで行くと、木陰に隠れてコソコソしているスズメを見つけた。
何してるんだろう・・・何かを見てる?
どうやら、スズメは陰に隠れて何かを覗き見ている様子。
もしかして、このあいだ学園の外でわたしを襲ってきた元闇市場幹部の黒ずくめを見つけた・・・とか?
そーっと飛び上がって、森の上空からスズメが何を見ているのか見下ろしてみる。
あれは・・・アイリちゃん!?
スズメが陰からコソコソと見ていたのは、お騒がせ三人衆の紅一点、ちっちゃな乙女のアイリちゃんだった。そして、そのアイリちゃんも茂みに隠れて何かを見ている。
「アイリちゃんは一体何を・・・!?」
少しワクワクしてきたわたしは、森の上空を移動してアイリちゃんの視線の先を追う。
あれは・・・カーマ!?
カーマが森の奥で1人で何かを叫んでいる。
なにこれ・・・一体どういう繋がりでこんな状況になってるの?
森の奥で何かを叫ぶカーマ・・・を陰から見ているアイリちゃん・・・を陰から見ているスズメ・・・の3人を上空から見下ろしているわたし。
さすがに気になりすぎる。黙ってスズメを観察するつもりだったけど、我慢できない。
わたしは恐らく大元であろう何かを叫ぶカーマの下までゆっくりと降りて、後ろから声を掛ける。
「・・・ココハオレニマカセテサキニ・・・!」
「カーマ?」
「・・・ぅおわぁ!? ソニアちゃん!? なんでこんなとこにいんだ!?」
驚いてぴょんっと跳ねるカーマ。そして、その奥の方からガサッと物音を立ててスズメが姿を現す。
「ソニア様!? このような場所に何故!?」
それに続いて、スズメのちょっと手前からガサガサと物音を立てながらアイリちゃんが転がって来た。
「きゃあ! どうして私の後ろに王女様がいるのよ!?」
そんな2人に口をポカーンと開けるのは、最初に驚いたカーマだった。
「え、俺こいつらに見られてたのか!?」
珍しく赤面するカーマ。そんなカーマに、わたしは容赦なく質問する。
「見られたら恥ずかしいことをしてたの?」
「純粋な目で変な言い方すんなよ・・・俺はただ演劇の練習をしてただけなんだけど・・・見られたらなんか恥ずかしいだろうが」
うん、何となく気持ちは分かる。わたしも独り言とか聞かれたら恥ずかしいタイプの人間だったもん。そんな感じだよね!
読んでくださりありがとうございます。
教員「学園長! 寮の扉が何者かに燃やされて無くなっています!」
学園長 Σ( ̄□ ̄|||)
上空からその様子を眺める火の妖精 ( *´艸`)